Life in America ~JAPAN編

I love Jazz, fine cuisine, good wine

スリル満点のJam Session ~その2

2010-08-28 12:36:39 | music/festival
午前12時をまわったころ、フリーマンがなにやらぼそぼそとつぶやいた。
どうやら、シンガータイムが始まったようだ。

進行ルールも何も知らない私はひとりでカウンターに座ってただ事の次第を見ていた。
と、そんな私を見かねてか(?)、ロバートというおじさんが私の横に座っていろいろ話しかけてくれた。
ロバートはこの店に通い始めて20年以上にもなるらしく、店のことやほかの常連客のこと、
ミュージシャンのことなど何でも知っていて得意気に話して聞かせてくれた。
偶然にも、彼の息子さんは今神戸で働いているそうで、私が大学時代神戸で過ごしたことを知るといっそううれしそうにしゃべり始めた。

このJamはかれこれ30年も前に始まったこと。
このBarのオーナーは音楽には一切興味がなく、レジの「チ~ン」という音が唯一大好きなこと。
今まで名だたるJazzミュージャンたち(最近ではフレディー・コール)がこの店に遊びにきたこと。
フリーマンの息子のチコがまだ駆け出しの頃、マイルス・デイビスからかかってきたツアー参加の誘いの電話に、ミュージシャンになることを快く思っていなかった彼の母親が「チコはいません」といって即切りしてしまったこと。
フリーマンはここで歌ったシンガーの顔と歌った歌を決して忘れないこと。
今までフリーマンがここから世に送り出したミュージシャンは数知れないこと。
・・・・・・・・・

★ ★

店の常連客のひとりである黒人のおじさんが、ステージのフリーマンから指名された。
デイビッドというこのおっさんは、長年シカゴのブルースバンドでドラマー&ヴォーカルをしていた人らしかった。
野球帽をとラフなシャツな姿でステージに歩み寄ったデイビッドが歌い始めると、とたんに店の空気が変わったのがわかった。
少ししゃがれたブルージーな声と抜群のグルーブ。
巧みな歌詞まわしで観客を笑いに包み込む。
客も彼をよく知っているのだろう、彼がグルーブするたびにやんやの歓声が飛ぶ。
いいなぁ~こういうの。ノースあたりの気取ったJazzクラブでは見られない光景だ。


「君も歌うのかい?」とロバートが聞いてきた。
「そのつもり。でも初めてだからしくみがよくわかんない」
「ここに君の名前と曲名を書いて」そういって、どこからか紙とペンを持ってきた。
ナナミとレベッカちゃんにもそれぞれ曲名を書いてもらい、それをロバートがステージに持っていく。
すると、すぐにナナミの名前が呼ばれた。
ナナミは「I Can Give You Anything But Love」をごきげんに、得意のスキャット回しで歌い上げる。
「Hey! She can sing!!」とうしろで見ていたおばさまたちは歓声をあげる。
フリーマンもなんだか孫娘を見守るおじいちゃんのようにやさしい眼差しでナナミを見つめている。
フリーマンは進行だけで演奏には参加しないものの、バックのミュージシャンたち(Bass、Drums、Guitar)はフリーマンと長年演奏を共にしているプロ中のプロ。
楽譜なしでどんな曲にも対応してくれるばかりか、演奏もさすがのクォリティだ。
ナナミもさすがプロ、堂々たるステージだ。


そのあと、私の名前が呼ばれる。
(げっ。ナナミのあとじゃやりづらいやんか。まいったな・・・)とロバートにぶつぶつ言いながらステージへ。
「日本人がふたり続いてもいいんですか?」とフリーマンに冗談めいてささやくと、
「ビューティフルなジャーパニーズウーマンなら何人でもかまやしないよ」と肩をぽんぽんと叩かれた。
私が選んだのは「What Are You Doing The Rest Of Your Life?」
超スローなバラード。
あえてこれを選んだのは、この店の雰囲気があのカーメン・マクレエの名盤『Great American Song Book』のライブ録音に似ていたから。
人々の笑い声やグラスの交わる音。いかにもそのあたりでみんなが飲んでます、という一体感が妙に懐かしくて
このレコードに収められている曲を選びたくなったのだ。

もうひとつの理由は、咳のしすぎで喉の調子が最悪だったこと。
アップテンポでスウィングする曲は今日はとても無理だ。それならばちょっと抑え気味の、あえて歌詞をじっくり聴いてもらえる語り調の曲にするしかない。
店のお客さんはほとんどが40代以上のようだし、「これからの人生、どうすんの?一緒にどうよ?」という、酸いも甘いも噛み分けた男女の曲のターゲットになんだかぴったりな気がした。
実は私自身、この曲を歌うのに「老け待ち」していたところもあった。
今日はいいタイミングかもしれない。

伴奏はギターのみ。(カーメンのアルバムもジョー・パスのギターのみだったなぁ)
ノーテンポで自由に歌う私に、ギタリストは絡みつくようにしっかりとついてきてくれた。感激。
フェイクもスキャットもなしの、1コーラスのみ。
歌の途中で「私なんで、こんな難しい曲歌っとんやろ・・」と後悔しそうになったけれど、なんとか歌い終わる。
ああ・・疲れた。

席に戻ると、しょっぱなに歌ったあのディビッドおじさんが、よかったよとねぎらいの声をかけてくれた。
「Let me buy you a drink」(何か一杯おごらしてくれ)
というので、遠慮なくミネラルウォーターをごちそうになる。

このあと、レベッカちゃんが「Squeeze Me」を天使のような可憐な声で歌ってくれた。
彼女が歌うと、Deepなサウスの店が、上品なノースのBarに早代わりしてしまうようだった。


★ ★

シンガータイムはここまでで、1時を過ぎたら楽器を抱えたミュージシャンの卵たちが続々と店に現れた。
これからはinstrumentalistたちの時間。
サックス、トランペット、ギター、トロンボーン・・・店はとたんににぎやかになる。
(いったいいつになったら終わるんだろう・・?)
1時過ぎには帰ると言って家を出てきたものの、まさに今ちょうどJamが始まったという感じだ。

この店の楽しいところは、Jazzを愛するいろんな人たちとの輪が一気に広がること。
私はフリーマンバンドのドラマーを20年以上つとめるマイケルと意気投合、彼が昔参加したアジアツアーの話や、どうしてフリーマンバンドの一員になったかなどを聞かせてもらっていた。

音楽への夢が捨てきれずにいた大学生のころ、ある日ラジオから流れてきたフリーマンのサッックスに衝撃を受ける。
友人からフリーマンが主催しているこのJamのことを聞き、ある晩ドラムで参加したところフリーマンから大層気に入られ、数日後「今作っているアルバムに参加しないか?」と彼から直接電話がかかってきて狂喜乱舞!
こういう話はまさに、アメリカならではの実話だ。


★ ★

そうこうするうちに店にはprostitute(娼婦)のお姉さんたちも店にやってきてお客を誘惑し始め、なんだか一層、Deepになってきた。
まだまだJamは続いていたが、私たちはここらで退散することにした。
「君たち、車は近くに停めたのかい?車まで送ってあげるよ」
といってロバートがわざわざ店の外まで送ってくれた。
店の外でタバコを吸いながら立ち話をしていたお客さんも、「車に乗るまで見ていてあげるからね」と声をかけてくれた。
やばい場所にある、最高のホスピタリティーのBar。
それがうわさの“New Apartment Lounge”だった。


(左)2時を過ぎても宴たけなわ (右)ナナミとフリーマン



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