錦之助ざんまい

時代劇のスーパースター中村錦之助(萬屋錦之介)の出演した映画について、感想や監督・共演者のことなどを書いていきます。

『宮本武蔵』(その二十二)

2007-06-19 23:07:41 | 宮本武蔵
 「八幡、命あっての勝負!」小刀を左手で抜き、武蔵が裏山の傾斜を初めはゆっくり、そして徐々に加速して駆け下りていくあの場面から、吉岡一門七十三人との壮絶な死闘が始まる。
 鉢巻に突き刺した小柄を一本また一本と手にとり、木の上に向かって手裏剣のように投げつける。飛び道具を構えていた男が二人とも地面に落ちてくる。あんなに離れていてよくもまあ命中するものだなと思ったのも束の間、「約定によって宮本武蔵、試合に参った。いざ!」という名乗り声を上げて、二刀を両手に持った武蔵が下がり松の本陣目指し一直線に襲いかかかる。

 ここから武蔵は吉岡勢を何人斬ったのであろうか。まず、本陣を護衛していた四人を一気に斬り倒す。そして、恐れおののいて松の幹にすがった源次郎と彼を抱きかかえ身を挺してかばった壬生源左衛門を背中から襲う。武蔵は「許せ!」と叫んで、十三歳の少年ではあるが名目人の大将と後見人である彼の父を、二人もろとも串刺しにする。
 実は、この二人の殺し方に関しては、予告編を観ると違う形になっていて、源次郎は突き刺し、源左衛門は袈裟斬りにして殺していた。が、原作はもっとリアルで凄かった。源次郎の首を斬り落とし、返す刀で源左衛門をなぎ倒すのだ。「般若坂の決斗」では武蔵が牢人の首を斬り落とす場面があり、しかもカラーで生々しかったが、「一乗寺の決闘」ではモノクロだったとはいえ、さすがに罪のない少年の首をはねるのは抵抗があったのかもしれない。しかし、よく考えれば、串刺しにしただけでは死んだかどうかも分からず、敵の大将ならとどめを刺して頚動脈を切るか、首をはねて殺すのが当然であり、原作の描き方が正しいと言えないこともない。

 さて、敵の大将を討って勝利を得た武蔵は、駆け寄ってきた吉岡勢を次々に斬り倒しながら血路を開いていく。まず三人斬り、あぜ道を走りながら十数人斬る。途中で武蔵がバランスを失いそうになるところもあるが、錦之助の武蔵の立ち回りはすさまじく、見てくれもなにもあったものではない。カッコ良くなんてことを気にしていたら、あの迫力は生まれなっただろう。斬る方も必死なら、斬られる方も必死である。
 この時武蔵は二刀流であるが、多人数の敵を相手にする場合は当然、両手に二刀を持って闘わざるを得なかったのだろう。武蔵の二刀流はそうした戦闘の必然性から編み出されたのだと思う。しかし、右手に大刀を持って振り回すのだから、相当な腕力が必要だと思うし、あれほど長い間二刀を持って闘っていたら、肩が抜けるか腕がバカになってしまうと思うが、いかがなものだろう。錦之助には悪いが、彼はあまり腕力がなさそうな感じがしないでもない。でも、錦之助はよく頑張った!

 途中で、林彦次郎(河原崎長一郎)が闘いに加わるが、その時、丘の中腹で高みの見物をしていた佐々木小次郎(高倉健)が映し出され、「無駄だ。武蔵の剣を倒せる者はオレ以外にはない!」と言うカットが挿入される。しかし、ここは余計だった。健さんの小次郎が登場すると調子が狂ってしまう。私は高倉健が嫌いではないし、仁侠映画の健さんのファンでもあるが、『宮本武蔵』の佐々木小次郎だけはいだだけなかった。高倉健は時代劇には向いていないと思うし、小次郎ほど似合わない役柄はなかったと思う。天才肌の美剣士、気障(きざ)で傲慢な女ったらし、なんて人物は、健さんの柄に合わない。『宮本武蔵』で小次郎を扮した高倉健に対し私は同情を感じ、可哀想だったとすら思っている。だから、小次郎のことは書きたくないのだが、「一乗寺の決闘」のシーンでちょこちょこ顔を出す小次郎は、ひどかった。折角緊迫したシーンに水を差してしまい、興覚めだった。
 
 さて、話は変わるが、原作にはない登場人物、吉岡一門だったが伝七郎に破門され、その後武蔵に批判的な目を向ける「林何某」、河原崎長一郎が演じたこの人物のことはすでに書いた。林という苗字だけは分かっていたのだが、名前が不明だった。彼は第二部から登場するのだが、クレジットタイトルの部分を一時停止してよく見ると、「林彦次郎」となっている。それが不思議なことに、第三部からは、「キネマ旬報」のデータもDVDの付録にある配役名も「林吉次郎」になっていて、鈴木尚之の『内田吐夢伝』でも林吉次郎で通している。映画の中では、彼をフルネームで呼ぶ場面はないので、どうでもよいが、『宮本武蔵』第三部から第五部までは、クレジットタイトルに役名が書かれていないので、どこでどう間違ったのか調べようがない。きっとシナリオを書いた鈴木尚之が第三部から名前を書き間違え、それが通ってしまったのかもしれない。前回引用した『吐夢がゆく』には張本人河原崎長一郎の苦労話が載っているが、役名については彼も書いていない。
 「一乗寺の決闘」の撮影の時、河原崎は胃痙攣に悩まされた上に、吐夢に徹底的にしごかれ、惨憺たる有様だったそうだが、あの林彦次郎(もしくは吉次郎)の頬のこけた悲愴な表情は、そんな事情があったからなのだろう。
 「貴様の剣は非道だ。卑怯者!」と叫んで、武蔵に斬りかかり、あぜ道から転げ落ち、田んぼのぬかるみを這ってまで武蔵を追いかけていく林の執念が凄かった。

 追いすがる林の顔面を横一文字に斬って、武蔵が田んぼのぬかるみを絶叫しながら逃げていく最後の場面まで、戦闘開始からいったい何分あったのだろうか。
 測ってみると五分十五秒、斬り倒した吉岡勢はなんと三十六名に及んでいた。(つづく)




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