Senboうそ本当

広東省恵州市→宮崎県に転居。
話題は波乗り、流木、温泉、里山、農耕、
撮影、中国語、タクシー乗務、アルトサックス。

千住家の教育白書  千住 文子 2005年 新潮文庫

2017年08月20日 | 毒書感想(宮崎)

三人の“世界的芸術家"を育てた母の記録・・・という宣伝文句に惹かれ手にしました。私にとって「家庭での教育とは、どうあるべきか?」とても興味ある問題です。自身が育った家庭環境について、いろいろ思うところがあるからです。このネジレた性格は、いったい何が原因したのか。本書がそれを解明するヒントになるかも知れません。

長男(博)は日本画、次男(明)は作曲、そして娘(真理子)はヴァイオリン。3人ともその世界では有名です、私は知りませんでしたが。著者の千住 文子さんは1926年生まれ、2013年に他界されてます。明治製菓の薬品研究室で勤めていた理系女子、ご主人(千住鎮雄)は慶應義塾大学名誉教授、専門は「経済性工学」です。

以下は本文からの抜粋。

 

 本当にこれが夢の国なのだろうか。
 これでいいのだろうかと迷い、夫と話し合った。
 どの壁にも襖にも絵が描かれている、どう判断したら良いのかしら・・・。
「おそるべき集中力をもっている。放っておこう」
 ケジメはどの辺りを考えれば・・・。
「他の場所に行ってやってはいけないということは、しっかり教育しておこう」
 それから大切なのは、これが悪戯ではないということかしら。
「もちろんさ」
 これが悪戯でないと、どう説明できるのだろう。ある人は悪戯書きというだろう。よその家の塀に落書きすることと、どこが違うのだろう。自分の家だからいい、よその家だったらよくない。
 悩んだ末に、一つの結論に達した。
「描くなら徹底的に描け」と夫は言った。
 描くという行為は、子供の唯一の自己表現であった。その形の出来不出来は問題にならない。要は真剣か不真面目かにかかっているのではないか。

  (途中略)

 私は夫に質問した。成績の良い子供は、よくできる大人になるのかしら。先生の中にはそのように信じている方がいらっしゃるけど・・・。
「うーん、そうはいかないと思うよ。親の押しつけの勉強、押しつけの教育はかえって子供を興味から遠ざけるだけでなく、せっかく持っている可能性さえも失わせてしまうよ」
 問題は子供がいかに興味をもつかということ、それに対して何パーセントの集中力をもって突進するかということ。
「同感だね。そして一度集中したことのある子は、興味の対象が変わっても、集中できるしね」
 教育、教育で大人の頭がカチカチだったら、子供は迷惑する。
「迷惑どころじゃない。子供を駄目にするね」
 子供は親の私物じゃない。一人前の人格をもち、優れた可能性をひめている。それを壊すのは大人なのかも・・・。

  (途中略)

 やがて、先生は屈むようにしてアキラに話しかけた。
「坊や、ヴァイオリンは好き? 弾いてみたい?」
 このとき、アキラは、今まで私に見せたことのないような愛想のよい顔で笑ってうなずいた。
 先生は、アキラにヴァイオリンを持たせると、ご自分の膝の中に抱え込まれた。そして、手を添えながら、ドドソソララソ、ファファミミレレドと音を出した。
 アキラの耳がこのとき一変したのである。一瞬の空気から、幼児の感覚の変化というものが読み取れた。鷲見先生がアキラを見つめられた。  (第三章 星とヴァイオリン より)

 

 ヒロシは公衆電話から、研究室にいる父親に“日本画をやりたい”ことを告げた。
 何と、夫は、賛成したと言う。
「いいだろう。その代わり、どんなことがあっても音を上げずに頑張れるか。誰も助けることはできない。一人でやるんだよ。いいか、もう一度よく考えてから決めろ」
 帰宅した夫に、私は怒った。
「なんてこと。このまま進学すれば大学への道が約束されているのに、それをわざわざ辞退して、芸大を受験するなんて」
「本人が望むことが一番いいんだ」と、夫は平然としている。
「あの子に、芸術の道はこうやればいいって、指導してやれますか。家では誰も進む方法を知らないでしょう」
「それは自分で開拓するのだよ」
 夫はヒロシにこうも言っている。
「受験するのは、芸大一校のみ。滑り止めなんか考えるなよ」
 何ということ。それでは、もしかすると風来坊になれということじゃない。私は、一瞬にして目の前が真っ暗になった。
「本人がそれほど望むなら、その一途な情熱を僕は高く評価するよ。あの子はこれから先とても大変な道を選ぼうとしているのだよ。まず高いハードルを越えなければ駄目だ。僕が言っているのは、学校の優劣ということではない。ハードルの問題なのだよ。安易な道を選んでは駄目なんだよ。」
「・・・・・・」
「僕はあの子ならきっとやれると信じているよ」

  (途中略)

「一度や二度で音を上げるな。芸大の美術の先輩には九浪もいるという。四浪、五浪はざらにいる。皆そう簡単には入学していない。必死で実力を磨くんだろう」
 確かに真理はこの辺にある。入学できたからといって良いものではない。合格実力に達してから入学までの間に、大切な人間形成の時間があるのかもしれない。
 母である私は、近くてよい道はないのだろうかと、つい思い悩む。こういうときも父親は動じない、信念は強い。
「近い道など探すな。遠い道を苦労して行けよ」
 私は心で何度も反発した。息子がかわいかったら、手を引いてやってほしかった。
 ヒロシの二年目の塾通いが始まった。ヒロシは、思いつめてもいたし、努力もしていた。  (第六章 芸術開眼! より)

 

 

 

 

 


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