サイババが帰って来るよ

Count down to the Golden age

神のレッスンシリーズ(7)

2018-02-26 04:00:10 | 日記

ポニョ:今日もダイアナさんの手記をお送りします。内容が盛りだくさんで楽しいですよ。

ヨシオ:その前に、前回ポニョが、サイババさんが物質化された指輪の肖像が二十四時間で指輪の中を一周回るというエピソードを紹介してくれたけれど、ヒスロップさんもサイババさんから、アメジストの大きな指輪をもらっていて、プレマサイババの絵が浮き出ているんや。
と言うか、三センチか四センチの長さのプレマサイババの顔がアメジストに刻んであって、サイババさんからもらった時は、横顔やったんやけれど、毎年プレマサイババが少しずつ正面の方を向いて、俺に見せてくれた時は、両目が見えるぐらいハッキリとプレマサイの顔が見えたな。

ポニョ:それは誰でも知っている有名な話やぜよ。おいらがアシュラムで出会った人は、サイババさんからサイババさんの肖像が付いている指輪をもらったんやけれど、その肖像の真ん中から金の糸が一センチぐらい出ていて、その先に小さな真珠が付いていたんや。
その真珠は、その人が手を動かす度にサイババさんの絵の周りをクルクルと回るんや。それで普段の生活をする上で支障になるから、「どうしてこんな真珠がクルクルと回る指輪を下さったんですか?」とサイババさんに尋ねたら、サイババさんはニコニコと微笑みながら、「君が普段、僕のことをいつも思いながら生活をしてくれているので、僕はとても嬉しいんだよ。だから、僕の絵の周りに君である真珠を付け加えたんだ。その真珠は実は君なんだよ。」と幸せそうな表情で言われたので、その人は真珠を取り除いて欲しいと言うことが出来なくなって、毎日その指輪をされているんや。

ヨシオ:それってありがた迷惑って感じやな。


人間的価値

道徳は感覚の制御を通して達成されます。自分自身を制御できる人だけが、他の人々を制御できます。自己抑制できない人が、他人に自己抑制を強いることができるでしょ うか? 言葉と行動が一致していれば、人は人生で偉大なことを成し遂げることができ ます。もし自分の説くことを実践するなら、その人は普通の人ではなく、マハートマ(悟 りを得た人)であり、偉大な人です。もし一つのことを言い、別のことを行うなら、そ の人は人間ではなく、ただの獣です。現代社会には言葉と行動の間に一致がありません。
-サティヤ サイ ババ
スワミはくり返し、不滅への道は不道徳を取り除くことだとおっしゃっている。西洋 で道徳と見なされているものは、現に、古い規則の型に基づいたピューリタニズム〔清 教徒主義〕の型である。そのような教えの信奉者たちは、一連の規則に従わない人々を 批判したり、非難したり、罰したりしている時、たいてい自分は正しいと感じている。 しかし、罪悪感や怖れや非難によって強要された規則は、道徳の烙印を押されるはずが ない。それらはまったく愛や慈悲や許しを欠いたものである。
道徳とは、ただ文化や時代によって変化する一連の指導方針ではない。何であれ変化 するものは束の間のものであり、それゆえ真理に基づいたものではない。道徳とは、ス ワミがこの言葉を使われる場合、勇気、忠誠心、正直さのような徳目に基づいている。 これらの価値は真理に根ざしているために永遠である。道徳とは、より劣った動物的な 性質の代わりに、そのような神聖な性質に同調して、もっぱら最高の霊的高潔さに従う ことを意味している。
人間の高潔さと高貴さは、スワミの教えである五大価値――サティヤ〔真理〕、ダル マ〔正義〕、シャーンティ〔平安〕、プレーマ〔愛〕、アヒムサー〔非暴力〕――をしっかりと守ることによってもたらされる。それぞれの価値は本質的に不変であり、すべて の宗教の共通核をなしている。人生の他のものごとや価値は、時おり所々で変化して正 当性を失うかもしれない。しかし、これら五つの基本的な不変の価値は、常に永続して 残ることだろう。そういうわけで、スワミはこれらの価値を、人生の五つの生命原理(パ ンチャ・プラーナ)になぞらえていらっしゃる。

さらに、スワミはこれらの価値を解説なさり、明瞭に二段階に分けていらっしゃる。 道徳および人間の段階と、霊性および神の段階である。これらの価値を道徳の段階で実 践することによって、人は、過去世から受け継がれてきた残存する動物的な性質を取り 除き、純粋な人間の地位に上ることができる。これらの価値を霊性の段階で順守するこ とによって、精神の浄化プロセスが完了すれば、人は人間の性質を超越して、生まれ持 った神の卓越性を実現することができる。
人間としての生は、単なる楽しみのために起こったわけではない。世界は感覚に耽る ための遊園地と見なされるべきではないのだが、今や多くの人や文化はそのように見な している。むしろ、この世界は霊的成長のための最も素晴らしい見込みある機会を私た ちに差し出している。ここで、もし「遊園地」の刺激と興奮を超越することができれば、 私たちは覚醒し、自分が誰であるかを思い出す機会を手に入れる。
スワミは、私たちの状態を見事に説明するストーリーをお話しになっている。天界の 賢者が二人、大地の上を飛んで下界を眺めていた時、大きな豚とその家族が泥の中で遊 んでいるのを見かけた。二人は即座に、その豚が偉大な聖者ナーラダであることに気づ いた。ナーラダが豚の姿になっているのを見てショックを受けた二人は、急いで地上に 降りて豚に話しかけた。
「ナーラダ、君はいったい何をしているのだ?」と二人は尋ねた。 「家族と泥んこ遊びをして楽しんでいるのさ」と、その豚は答えた。 「しかし、君は自分が誰なのかを知らないのか? 君は偉大な天界の聖者、ナーラダなんだぞ。どうかその豚の体を捨てて、自分のいるべき場所に戻ってくれたまえ」 二人は豚のナーラダに懇願した。しかし、ナーラダは答えた。 「私が誰であろうとかまうものか。私はここで、妻や小さな子豚たちと泥の中にいて幸せなのだ。ここを立ち去れ、私のことは、ほっといてくれ」と。

これが私たち全員の現状だとスワミはおっしゃっている。私たちは自分の本性を忘れ てしまった神なる存在なのだ。無知のせいで、感覚の罠は魂の代わりに物質(肉体)と の自己同一視を引き起こす。欲望に従い、感覚に引きずられるのを許せば許すほど、私たちはこの世に夢中になり、真理から離れた状態により長く留まることになる。14 世紀のスーフィーの神秘主義者、ラッラは自分の在り方を次のように述べた。
「私は病んでいる、この世が私の病気。私はこの世の愛が、私をそっとしておいてくれるのを待っている」
私たちは道徳に従わなくてはならない。それは道徳が私たちを「善」であると感じさ せてくれるからではなく、道徳性は私たちに生来備わった神なる本性の一部だからであ る。私たちが「覚醒する」までは、自分を真理の性質に同調させようとする意識的な努 力が、私たちを正しい方向と正しい意志へと導き、その間、ゴールへの道すがら、助言 や激励として働くのだ。本当に「覚醒する」時、私たちが道徳的でないことなどあり得 ないだろう。
敬愛する友人であり、アメリカのサティヤ・サイ・オーガニゼーションの初代会長で、 サティヤ・サイ・ババの何冊かの傑出した本の著者でもあるジャック・ヒスロップ氏は、 彼がスワミの御名をくり返し唱え、意識の高い境地にいた時、悪を為すことは不可能だ ったと教えてくれた。私にも似たような体験があり、神の愛を前にすれば不道徳は実行 不可能であることを私は知っている。
社会から課された規則や規範に従うことは、善き国民でありたいという願いからだけ ではなく、私たちが目的もなく勝手に特定の国に生まれてきたのではないという認識の ためにも必要だ。人生は過ちを犯さない。人生は、私たちの成長と進化と理解を最大限 まで発揮させるよう計画された場所に私たちを置く。法そのものの一部となるまでは、 私たちが法より勝ることはない。その後、私たちは法を破ることを超越する。

多くの人は、不当な法や状況であると思うものの中に身を置いているとわかると、自 分が犠牲者になっていると感じて、大声で反抗し、変化を要求する。だがスワミは、「あ なた方は(人を)導く前に、従うことを学ばねばならない」とおっしゃっている。変化 は真理に根ざした強いリーダーシップを必要とする。自らの人生の運命を受け入れ、身 を任せることは、神意の英知である。それは、高次の原理に基づいた行動に私たちを駆 り立てる神の召命を感じる場合を除いては、よりよい行動方針である。
時おりスワミが、正しい行動基準に従わない人々に大変厳しくなるのを私は見てきた。 けれども、ある時には驚くほどの理解を示し、寛容なこともあった。1970 年代の初期、 自由な精神で生きるヒッピーの小集団がアシュラムに住んでいた。彼らの多くは西洋人 だった。私たちはヒッピーやヒッピーの生き方を個人的には知らなかったが、スワミか ら彼らについて多くのことを聞いた。スワミは時おり明らかな不満を示して、私たちに ヒッピーたちの行動を語られることがあり、とりわけドラッグ〔麻薬〕の使用に関してお話しになっていた。
スワミは私の母に、ヒッピーたちに話をしてドラッグの使用をやめさせるようにとおっしゃった。しばらくして、母の話は効果がなかったことを知ると、 スワミはヒッピーたち全員をブリンダーヴァンのスワミの住居に呼び集め、最大の愛を込めて話をなさった。スワミはドラッグの有害な影響を説明し、その使用をやめるよう申し分のない激励を与えられた。
スワミは、誰であれドラッグをやめた者には、ブリンダーヴァンの敷地の中の部屋を与えようと約束なさった。
ヒッピーたちが去った時、私は彼らの意見を小耳に挟み、後ほど確認したのだが、そ の集団全体の中で、スワミの忠告を真剣に受け止めたのはたった一人だった。
ヒッピー たちは、スワミは彼らを自宅に招く口実としてその話をしただけで、本気で自分たちにドラッグの使用をやめてほしがっているのではないと感じていた。それは私にとって、人々は自らの欲望に耽溺するためには、どれほど理屈をこね、それを正当化しかねない かを知る啓示となった。スワミの忠告を受け入れた唯一の女性は、今日までずっとスワ ミから与えられた部屋を所有している。


真の帰依者トップ10の発表です❸

2018-02-22 04:00:44 | 日記

ポニョ:今日は、真の帰依者トップ10の第5位に選ばれた星やんのエピソードの続きの予定でしたが、少し寄り道をして、星やんの一番の親友であったS夫人こと、酒田夫人に登場して頂きましょう。

ヨシオ:星やんがアシュラムの近くの願望成就の木の前で、子供になったサイババさんに五体投地をしろと言われたやろ。そして酒田夫妻も一緒に、三人で言われた通りに岩山に顔を付けて五体投地をして祠に向かって拝むと、サイババさんが「それは神に向かって拝むとは言わないのだ。もっと心から神に帰依しなさい」と言って星やんの頭をグリグリと岩山に押し付けたエピソードがあったけれど、実はサイババさんは、一方の手で星やんの頭を地面に押し付け、もう一方の手で酒田夫人の頭を押し付けらたんやで。酒田夫人もメガネを掛けているから、もうちょっとでフレームが歪むぐらいきつく岩に押し付けられて、顔が痛かったと言っておられたな。

ポニョ:サイババさんが子供の頃のお姿になって現れられたってすごいよな。おいらはそのエピソードを聞いた時に、感激してしまって泣いてしまったぜよ。日本にもすごい帰依者がいるんやなと思って。
おいらは時々思うけれど、サイの組織は、サーダナキャンプや大きな会合や降誕祭の時に、海外から有名な帰依者を招待して通訳付きで講演をしてもらうけれど、もちろんそれはそれに越したことがないけれど、日本にも酒田夫人のような素晴らしい帰依者がいるんやから、もっと岡山から引っ張り出してこのような話を伺ったらええのになと感じるんや。
もう星やんも酒田さんの御主人も鬼籍に入られてこの世におられないし、このような素晴らしいサイの奇跡を体験されたのは酒田夫人だけになってしまったぜよ。そういう意味で酒田夫人は日本のサイムーブメントの大きな宝やぜよ。鬼籍に入られる前にもっと話を聞かないともったいないぜよ。

ヨシオ:そんな簡単に人を殺すなっちゅうにポニョは。なにが鬼籍に入られる前にや。酒田夫人に失礼やないか。多分、今はサイの組織にあまり関与されていないからサイの組織も酒田夫人を招待しないのかもしれないな。
ずっと以前も、まだ故津山さんがサイの組織に深く関与されていた頃、サイババさんの講話やヒスロップさんの話をそのまま間に受けて、「この世界に天変地異や大艱難は一切起こりません」と御自分が出版されていた雑誌の中で宣言されたけれど、酒田夫人がそれを読んで、インタビュールームの中で未来の地図を見た酒田夫人は、「そんな風に短絡的な結論を出すのは良くない」と言っておられたから、サイの組織の公式見解と違う観点で一般の人々に話されると、組織も困るんやろな

ポニョ:でも、サイババさんが未来の地図を物質化された事を知らないサイの関係者はたくさんいるぜよ。おいらが未来の地図を持ってアシュラムの霊性博物館に行った時も誰も知らなかったぜよ。

ヨシオ:なんで鬼の首を取ったみたいに、喜んでそんな人が見たら驚くような地図を持って霊性博物館に行くんや。

ポニョ:だって霊性博物館に展示したら、皆んなが未来の地図を見れてええかなと思ったんやぜよ。

ヨシオ:そういう風にサイババさんが意図されているんやったら、星やんや酒田夫婦などの特別な人にだけに見せるんじゃなくて、御講話で明らかにされるやろ。酒田夫人のような少数の人にしか見せられないという事は、深い意味があるんや。

ポニョ:それだけ酒田夫人たちは、スペシャルな帰依者だって事なんやろな。そういや数年前に、元三さんがムッディナハリの方に移られた時も、元三さんと比良さんの両者から酒田夫人に電話があって「『ムッディナハリについてどう思いますか』と聞かれたけれど、私はムッディナハリについて何も知らないので答えられなくて困ったわ」と困惑されていたぜよ。
それぐらい酒田夫人は、サイの帰依者の間では有名なんやで。アラチの日本語版も作詞されたし。酒田夫人の事を知らなかったら、サイの関係者の間ではモグリだと言われるぐらいなんや。

ヨシオ:モグリはないやろ。でも酒田夫人のように、もうすでに心の中にサイババさんを持っておられる帰依者は、ムッディナハリなんて必要無いんやろな。

ポニョ:おいらもそう思って何も言わなかったぜよ。酒田さんのような霊的に高いところにいる人は、そういう下々の事は知る必要はないズラ。でもおいらは、酒田夫人の少し早口やけれど、サイババさんについてのいろんな話を聞くのが好きやったな。
酒田夫人は結構、話が上手いで。生まれ持っての語り部やぜよ。

ヨシオ:それは俺も知っているけれど、御本人が人前に出るのを嫌がっておられるかもしれないで。

ポニョ:そうなんやろか。でも有名な海外からの帰依者に、高い飛行機代とかホテル代とか出して来てもらうよりも、「新幹線代と三食菜食弁当付きで、近くの温泉にも浸かれますよ。」と言えば、酒田夫人は喜んでどこにでも来られると思うけれど。

ヨシオ:それはポニョだけや。

サイババさんがムンバイへ旅立つことになり、星やんたちも一緒について行くことにした。
今回、星やんはS夫妻と同行した。
やがて、ムンバイのダルシャン会場に着いたが、何十万人もの信じられないぐらいたくさんの人々が集まっていた。
するとS夫人に突然、セヴァダル(ボランティア)が来て、「サイババさんが、あなたにバジャンを歌って欲しいと言っておられますので、最前列まで急いで来てください。」
と言って彼女を連れて人混みの中へ消えて行った。

星やんは唖然として、S氏に「こんなこともあるんや。」と言った。
S氏は感激した面持ちで「…あいつの夢やったんやで…。サイババさんの前でマーナサバジャレの歌を歌うのが…。」と言う声が泣き声に変わっていた。

その間、S夫人は他のインド人のバジャンシンガー達から怪訝な顔で、ジロジロ見られながら最前列に席を取った。
少し緊張したのでチューンがハイピッチになったが、自分ではとても満足だった。
何と言っても、目の前に憧れのサイババさんがいて、自分の上手でもない歌を聞いていてくれている。もうこれ以上の幸福な事はないと思った。

バジャンセッションも終わり、信者達がぞろぞろと帰り始めた時、またセヴァダルが来てサイババさんがS夫人をお呼びだと伝えに来た。

急いで、サイババさんのお部屋へ行くと、サイババさんは部屋の横にあるトイレにちょうど入られるところだった。
こんなところを見られちゃったなと、少しバツの悪い顔をしてトイレに入られた。
ほんの数人の女性だけしか部屋にいなかったけれど、それを見て、皆で顔を見合って微笑んだ。
そのうち、お小水の音が聞こえてきたが、それと同時にその音を聞かせないようにする為にかどうか分からないけれど、サイババさんが大きな声でトイレの中でバジャンを歌い始めた。
皆は、もうたまらずお腹を抱えて笑いこけてしまった。
ニコニコしてトイレから出てこられると、サイババさんはフロアーの床に直接座られた。そして、とてもリラックスした様子で、冗談を言って皆を笑わしたあと、横になって目を閉じられた。

皆はそっと、円状にサイババさんの身体を取り囲むように座り直した。
そのうちの一人が、目配せをしてS夫人にも、横に来て座るように合図をした。
やがて、目配せをした信者が小さい声でバジャンを歌い始めた。
他の信者達もそれに合わせて、小さい声で歌い始めた。
横になって休んでおられるサイババさんを起こさないように、優しいチューンのクリシュナバジャンだけを選んで、一人ひとり順番に歌った。
サイババさんは、静かに寝息を立てておられた。
オレンジ色の見慣れたローブが、静かに、そしてゆっくりと、寝息を立てる毎に上下に動いていた。
だんだんとS夫人は、自分がいるところが地上か天国かサッパリと分からなくなって来てしまった。
もう自分の生きている世界に戻りたくなくなってきた気分だった。
世俗の事には、一切関わりたく無くなって、全く関心も無くなってしまった。
このままずっと、この至福の時が続いて時間が止まればいいのに、と願った。
このままずっと…。サイババさんと一緒に.......。 ずっと 一緒に.....。ずっと ずっと ずっと 一緒に.........。

星やんは、S夫人がサイババさんのお部屋から戻って来て以来、無口になっているのに気がついた。

「僕も、その気持ちがよく分かる。もう神さんしか欲しくなくなるんや。」

「やれ結婚だの、財産だの、人間関係のゴタゴタだの、金だの、世俗的な事や、政治や世界の事なんかどうでも良くなってしまうねん。」

「神さんしか欲しく無くなるねん。神さんしか要らんようになるねん。神さんだけやねん。でもそうしてたら、やがていつか、神さんでさえも、要らないようになる日が来るらしい。だって自分自身が、実は自分があれだけ追い求めていた神さんだったと悟る時が来るから.....」

「その時まで、自分が神さんだと悟れるその時が来るまで....神さん〜。神さんよ〜。神様〜。神様よ〜!と泣いて叫ばなあかんねん。」

「Sさん。あんたの奥さんの気持ちはよく分かるんや。ほんまによく分かる。僕も何度もそんな気持ちになったことがあるから」とS氏に語った。

私たちが、より強い愛で神に向けば向く程、この世界は小さく感じられて行き最後にはほとんど認知出来ないくらい小さくなってしまいます。実際のところこの世界はハート以外何も無いのです。
サイババとの会話p99


神のレッスンシリーズ(6)

2018-02-19 04:00:15 | 日記

ポニョ:この前、あんたが紹介してくれたサイババ関係の本を代読してくれるサイトを開けて、ヒスロップさんが紹介したエピソードを聞いていたけれど、一つめちゃ面白いエピソードがあったぜよ。
http://www.radiosai.org/program/SearchProgramme.php
それはある帰依者が、サイババさんからサイババさんのポートレートが描いてある指輪をもらったんやけれど、その指輪をサイババさんに返しに来た帰依者がいるんや。
どうしてせっかくサイババさんに物質化してもらった指輪を返そうとしたのかと言うと、その指輪のサイババさんのポートレートが、二十四時間でくるりと一回りするんや。
そのサイババさんのポートレートの向きによって時間が大体推測できる優れものやけれど、その奇跡を見たいと思って、毎日のように帰依者がその人の家に押しかけるんや。
それで、その人は毎日のようにサイババさんの帰依者たちの接待に追われて元の生活が出来なくなって困っていたんや。
それでその指輪を返しに来たんやて。でもサイババさんはその人に「どんな指輪を帰依者にプレゼントするかは、私の勝手だ」と言われて突っぱねられたんや。

ヨシオ:その指輪のお陰で、毎日のようにサイババさんの帰依者たちにサイババさんの奇跡の話を出来るようになったんやろ。それってサイババさんがその帰依者に対する恩寵やないか。今までその人は、毎日の生活でサイババさんの事を思う時間が少なかったんやろ。

ポニョ:それにしてもめちゃおかしいよな。笑ちゃったぜよ。ということで、今日の記事で興味深かったのは、卵の黄身はガンの原因やけれど、白身は浄性な食べ物だと言われた事や。おいらがインタビューに呼ばれた時に後ろの方に座っていたんやけれど、前の方の人たちに、肉食は動物の性質が人に入って良くないし、何よりも動物を殺す時に痛みを与えるので良くないという話をされていたんや。
おいらはそれを聞いて、心の中で「それじゃ玉子は大丈夫やんか。ニワトリに痛みを与えないから」と思った瞬間、サイババさんは会話を突然中断しておいらの方を見ながら、「玉子もダメだ」と、怖い顔をしながら言われたんや。
でも今日の話によると、白身はOKなんやな。でも黄身を捨てて白身だけ食べるって難しいズラ。

ヨシオ:ポニョは食べる事しか興味が無いんか?

食餌

一般的な指針を与えてはいても、スワミは一人ひとりに特別な、異なる食べ物をお勧 めになる。牛乳はサットワ(浄性)と考えられているが、スワミの親族の一人には胃に よくないので飲まないように忠告し、私の母には大量に飲むようにお勧めになっている。 マンゴーや米も浄性の食べ物ではあるが、私の娘には有害だとおっしゃった。アーユル ヴェーダの伝統医学には、体を冷やす食べ物と温める食べ物とがある。スワミは多くの 場合、特定の人の体調に最もふさわしい適切なバランスを推奨なさる。
西洋では、食べ 物やスパイスやハーブで病気を治療し予防する古来のアーユルヴェーダの実践に、人々 が慣れ親しんでいない。インドでは、アーユルヴェーダは何千年もの間、研究され、実 践されてきている。
西洋人帰依者たちとのあるインタビューで、スワミはサーダカ〔霊性求道者〕が守る べき基本的な食餌の規律を指示なさった。
・どんな種類の肉にも五感の意識があり、摂取すれば、その摂取した動物の下等な本能 が人に伝わるため、どんな種類の肉も避けるべきである。
・牛乳とカード〔凝乳/ヨーグルト〕は必要なたんぱく質である。しかし、中庸を守り、 毎日コップ 1 杯を 2 回とする。
・卵はよくない。特に黄身は癌の原因になり、サットワ〔浄性〕ではない。しかし、白 身は浄性である。
・果物、野菜、ナッツ類はサットワの食べ物として推奨される。
・チリ〔唐辛子〕は怒りを引き起こすとスワミはご説明になり、アシュラムのキャンテ ィーン〔食堂〕の食べ物は香辛料が強すぎるが、インド人帰依者たちが「外で」、「汚 い」ホテルで食べるという二つの弊害よりは害が少ない、と付け加えられた。
スワミは、ご自身の簡素な食餌は、ご飯と野菜とサンバル〔南インドのスープ〕で、 濃厚なカレーや唐辛子なしのものだ、と言い添えられた。スワミのお気に入りの常食は ピーナッツのチャツネを添えたラギー サンカティ(半固形の稗粥)である。しかし、 その場に居合わせた西洋の帰依者たちがスワミの例に倣うことは期待していない、とお っしゃった。
浄性の食べ物とは、口から取り入れる食べ物だけでなく、五感という入り口を通って 取り入れる一切のものの純粋性にある。私たちが食べるもの、呼吸するもの、見るもの、 聞くもの、感じるもの、それらすべては、尊敬、謙虚さ、バランス、平常心、簡素さを 増進するものでなければならない。心は健康と幸福の鍵であるため、逆に五感を通して 心に悪影響を与える汚れを許さないように注意しなくてはならない。

スワミはある帰依者に、「あなたは疑いを持っていますね」とおっしゃった。 その帰依者がどこから疑いが生じるのかを尋ねると、スワミは「まずサットワ〔浄性〕 でない食べ物、ラジャス〔激性〕の食べ物から生じます。次に、仲間と環境から生じま す」と助言なさった。こうして、スワミは清らかな食べ物と良い仲間の重要性を強調さ れたのである。
大気、水、食べ物の汚染は癌の原因になる、とスワミは私たちに教えてくださった。 それに応えて、「ではどうすればよいのでしょう?」と私は尋ねた。私は空気清浄機や 浄水器の提案を予想していた。代わりに、スワミの助言は、ポジティブ〔肯定的〕な思 考と正しい行動を維持することが何らかの防御になる、というものだった。精神状態〔心 の状態〕の重要性は、健康の必須条件として、スワミとの対話の中で定期的に力説され てきた。また別の折、スワミは私たちにこうおっしゃった。「神はポジティブ〔陽極・ 肯定〕です。この世はネガティブ〔陰極・否定〕です。良い思考と良い行動によって、 利己主義とネガティブをポジティブに置き換えなさい」
友人の偏頭痛の原因として、スワミは心にも言及なさった。私たちの大切なある友人 は、一緒にインタビューを受けた時、長年彼を苦しめている偏頭痛について尋ねた。ス ワミの答えは、「あなたはいつも過去や未来や自分の研究について考えてばかりいます。 考えすぎです。過ぎてしまった過去や不確かな未来ではなく、現在にいなさい」だった。
私は、子宮癌を患っているカリフォルニアの友人に代わって、スワミの助言を求めた。 私たちがインドへ旅立った時、その友人は放射線治療を受けるかどうかを決めかねてい た。スワミは、放射線治療はもうすでに始まっていると述べられ、インタビューの後、 私はアシュラムから彼女に電話をかけて、それが真実であることを知った。その時スワ ミは、女性が 50 歳あたりで閉経すると子宮に癌が発生する可能性がある、とおっしゃ った。それは身体が自己浄化を停止するせいですかと尋ねると、スワミはそれに同意し、 医者たちは理解していない、と付け加えられた。私は以前、あるアーユルヴェーダ医師 から、女性の月経は身体が自らの毒素を取り除く手段である、と聞いたことがあった。

思考の力

癌の原因は何かと尋ねると、スワミはお答えになった。
「90 パーセントは心的なものです。癌はマッド・モンキー・マインド〔狂った猿の心〕 によって作られます」。スワミは「90 パーセントは心的なものです」とおっしゃった時、 「心的」を強調しながらきっぱりと断言されたので、その言葉の力は即座に忘れていた 真理を私に思い出させた。スワミの前提の言外の意味に一撃をくらい、私は尋ねた。「で は、癌は心〔マインド〕を使って癒すことができるのですか? 」スワミは返答なさっ た。「ええ。心は〔癌を〕癒すことができます」
以前「恐怖と怒りが病気の主な原因である」という御言葉を読んだ時には、それを直 接スワミから聞いた時ほどの深い衝撃はなかった。その時まで、私は心が身体の健康に 及ぼす力の程度と大きさをあまり理解していなかった。その時以来、私は、自滅的、否 定的思考や感情に耽らないことが重要なのだと理解している。そのような思考は、最初 の段階で捕らえれば止めることができる。最初にその自滅的、否定的思考の形成が心に 湧き起こった時、心がさらにその方向に進むのを許さないようにするのだ。そのような 否定的思考をくよくよ考えれば考えるほど、心をコントロールするのはさらに難しくな り、やがて、心は勝手に面白い話を作り上げ、感情を活性化させ、私たちを罠に陥れる。
もし注意深く、丹念に自分の信念の仕組みを調べてみれば、私たちは自ら真実として 無意識に受け入れている数多くの想念を発見することだろう。これらの想念は、社会的 な条件づけや両親の信念から取り入れられてきたものだ。身体はうやうやしく心からの 指令を受け入れ、その後、私たちが信じたものが身体の上に現れる。もし風邪を引くと 信じていれば、身体はどうしても風邪をこじらせざるを得なくなる。伝染病が発生した 時、実際にその病気で死んだのは 2、3 人だけだった、とスワミはおっしゃった。大多 数の人は、その伝染病に罹るという恐怖心から死んだのだ。実際、スワミは、死全体の 98 パーセントは病気や死への恐怖心に由来するものであり得る、とおっしゃっている。 それゆえスワミは、病気や死を引き寄せる場として働く「否定的思考」を避ける重要性 を強調なさっているのだ。

私たちの人となりや心に抱いているものが、自分のエネルギーの場に引き付けるもの を決定する。もし私たちが恐怖に波長を合わせていれば、ラジオの周波数のように、あ らゆる恐ろしいものが、合わせたチャンネルに注ぎ込まれ、恐怖を増大させていく。思 考は引き付ける磁石であるばかりか、とても人に伝染しやすいものであり、それに打ち 勝つための霊的意志を持つ断固たる行動を要することが多い。
西洋では、私たちの心や信念の体系に及ぼすマスコミの影響力を打ち消すだけでも、 毎日の難題である。聞いたことをやみくもに受け入れず、その想念が無意識に心の中に 入り込まないようにしなければいけない、ということをすぐに思い出さなくてはならない。世間での生活はアシュラムでの生活ほど平和なものではないが、世間で生活をする 上での難題の数々は、成長のための素晴らしい機会を与えてくれる。スワミがおっしゃ ったように、霊的生活は弱さではなく強さ、つまり「強靭な神経」を要するものなのだ。
「1オンスの予防は1ポンド〔16 オンス〕の治癒に値する」という格言どおり、ス ワミは、マスメディアの影響、特にテレビ(テレヴィジョン)に身をさらすのを避ける よう忠告なさっている。スワミは、テレビを「まったくの毒」(テレヴィシャム)とお 呼びになる。
信心こそがあらゆる治癒の主要な部分であることを知りながら、スワミは、今日の世 界で最も感銘を与える最先端技術を備えた病院をいくつか建設なさった。非常に熟練し た献身的な医師たちが、複雑で、しばしば最前線でもある外科手術を執刀している。患 者たちは、最も進化した快適さと栄養を体と魂に与えられる。一度、アシュラムを訪れ ていた時、スワミは私たちにシュリ サティヤ サイ高等医療機関、すなわちプッタパル ティの新しい高度専門病院を訪れるように勧められ、その手配をしてくださった。私は、 一日その病院を見学して回った後、自分がこの目で見た、スワミに不治の病を癒された 大勢の人々ことを思い、なぜスワミがいるのに病院が必要なのだろうと不思議がった。 その後すぐに、スワミになぜ病院を建てたのかを尋ねてみた。スワミの回答は意味深長 なものだった。「すべての人が神を信じているわけではありません。薬や医者だけを信 じている人もいるのです」。
無類のユーモアを持って、スワミはある帰依者のほうを振り向いてお尋ねになった。
「あなたはラムを飲みますか?」その帰依者は不意を突かれ、驚いた口調でこう答え た。「いいえ、スワミ、私はお酒を飲みません! 」すると、スワミは笑っておっしゃっ た。「ラムとは、薬を常用することです」〔RUM= Regular Use of Medicine〕


真の帰依者トップ10の発表です❷

2018-02-15 04:00:29 | 日記

ポニョ:今日は、「真の帰依者トップ10の発表」の第2回目です。ところで先日シヴァラトリやったけれど、また一人で朝までエーカーダシャ ルッドラ パーラーヤナをしたんか?

ヨシオ:いや、まだ体の状態が本調子じゃないので、いつものようにルッドラムを朝晩一回だけ唱えただけや。でも少しでもサイババさんの事を思って夜中中起きておこうと思って、ラジオサイで生中継されていたアシュラムでのシヴァラトリの祝賀行事を一晩中見てたな。ひょっとしたら、サイババさんが再降臨されるのを生中継で見れるかもしれない、と密かに期待して見ていたけれど出て来られなかったな。
でも途中で数時間、中継が途切れたので、その間、ラジオサイでいろんなサイババさんに関する本を代読してくれるサイトの中で「神聖さを探求する」というタイトルの、ヒスロップさんが著された本の代読を聞いていたけれど、とても良かった。6章まで聞いて寝てしまったけれど。
http://www.radiosai.org/program/SearchProgramme.php
ポニョ:ヘェ〜そんな代読サイトがあるんや。 でも英語やろ。おいらやったらすぐ寝てしまうやろな。
という事で、この場を借りてのお知らせですが、四月二十一日土曜日に京都の岡崎で、ルッドラムを十一回唱えるエーカーダシャ ルッドラ パーラーヤナを開催するんやて。参加費無料なのに、菜食の夕食弁当を提供してくれるんやで。

ヨシオ:去年も北陸でエーカーダシャ ルッドラ パーラーヤナを開催した時も、菜食弁当が無料やとか言って喜んで行くなんて言ってたけれど、目的は菜食弁当か世界の平和を祈りに行くのかどっちやねん。

ポニョ:もちろん、どっちもでヤンス。しかも有料やけれど、昼食も事前に予約をしたら菜食弁当を用意してくれるんや。

ヨシオ:ポニョは食べる事ばっかりやな。俺も同じ頃にルッドラムを十一回唱えようかな。北半球と南半球で一緒に唱えたら、ルッドラムの神聖な波動が世界中に広まって、もっと大きな効果があるやろな。今、世界がややこしいから、こういうイベントは神さんも喜ばれるやろな。
サイババさんは、エーカーダシャ ルッドラ パーラーヤナを、85の家庭で行うというプログラムを実行したバンガーロールの帰依者たちに「これこそまさに、世界の平和と調和にとって必要とされていることです」と言われたんや。

ポニョ:この前のアシュラムで催された世界ヴェーダ会議では 、朝夕十分しかヴェーダを唱えなかったのでちょっとガッカリしたな。でも今回は、昼の一時から夜の六時までやから、しっかりルッドラムを唱えられるぜよ。しかもヴェーダの詠唱の後、無料の菜食弁当が待っていると思ったら、最後まで元気良く唱えられるやろな。

ヨシオ:勝手にし。
http://www.sathyasai.or.jp/event/201804kyoto.pdf
ポニョ:さて、いよいよ本題に戻りますが、真の帰依者トップ10の第5位に入賞したのはジャジャジャーン!我ら日本人帰依者の誇り、星やんで〜す。

ヨシオ:星やんが真の帰依者トップ10の第5位に選ばれたっていうニュースを天国で知ったら、めちゃ喜ぶやろな。

ポニョ:生前友達やったから、少し依怙贔屓したんでヤンス。どうして第5位に入賞したかと言うと、星やんは、サイババさんから数え切れないほどのテストを受けているんやぜよ。
例えば、ビルの工事現場の屋上から足を滑らせて落下し、全身を思いっきり打撲したり、カンボジアに行って、青年協力隊のトラックに乗って僻地の村に奉仕に行く途中、トラックが横転して頭蓋骨損傷の大怪我をしたり、ダルシャンでサイババさんにずっと無視続けられたりしたけれど、その間、一度だってその帰依心を揺るがせてたことは無いんやぜよ。その神への信仰心は、とても強かったぜよ。

ヨシオ:だから、サイババさんが星やんがいつも持ち歩いているサイババさんの写真に、金色の神聖灰を物質化されたんやろ。金の信仰心を持っている者には、金のヴィブティが出ると言われて。
俺が日本に行って第一回サイババ全国大会が終わり、星やんと一緒に、交通事故で娘さんを亡くされた俺の昔の友達の家に一緒に慰めに行ったんや。その友達の家は京都岩倉の山奥にあるので、その間車中で、大きな声でバジャンを一緒に歌ったのがええ思い出やな。

ポニョ:星やんは、サイババさんの話ししか、しなかったぜよ。もし話題が途切れたら、バジャンを歌い始めるんや。星やんは、神への信仰心をいつも持っているという意味で理想的な帰依者やったぜよ。おいらの間近にいる帰依者で、一番篤い信仰心を持っていたぜよ。
ということで、今日は、このブログから削除した星やんのエピソードを、少し長いので、二回に分けて全文を載せようと思います。ではハッピーリーディング!


奴の噂は風の便りに、聞いたことがあった。
何でも、いつも神のことだけを思い、あまり世俗の者どもとは交じりたがらない、インド狂いがいるとのことだった。
初めてヨシオと星やんの二人が会った時、それが当たり前のように深く肩を抱き合い、お互いの心が溶け合うのを感じた。三十年も前の話だ。彼の事を仮に星やんとでも呼んでおこう。
星やんは、インドに行くのが夢で、特にリシケシュやべナーレスなどの聖地巡礼をしたいと思っていた。
やがてその夢がかない、インドで汽車のコンパートメントに乗っていると、聖者が弟子を二三人引き連れて、同じコンパートメントに乗り込んできた。
そして星やんの正面に腰掛けると、おもむろに右手の親指を星やんの眉間にあてた。
すると身体中が至福で満たされ、意識を失ってしまったのだ。
しばらくして気がつくと、汽車は次の駅にまだ到着していないにもかかわらず、その聖者と弟子たちは、星やんが車中をくまなく探したのにもかかわらず、跡形もなく消えてしまっていたのだ。
その後、サイババさんにインタビューに呼ばれた時、「あの時の聖者は私だったんだよ。
お前をここに導くために、ほんの少し天国の至福を体験させたのだ。」と明かされた。

また、スワミがホワイトフィールドにおられた時に、是非、まだ見ぬプタパルティを見たい。スワミが若い時、幾つもの奇跡を執り行った聖地を見たいと思い、その日のダルシャンに出ない後ろめたさに後ろ髪を引かれる思いで、早朝、タクシーを飛ばしてプタパルティに日帰りで行った。
スワミが願望成就の木から、いろいろな違う種類の果物を出された岩山の麓に来ると、親切な地元の少年が、その願望成就のタマリンドの木のあるところまで案内をかって出てくれた。

そして岩山の頂上まで来ると、そこにはスワミの奇跡を執り行った事を記念して、神の祠が願望成就の木の側にあり、その男の子は、「ここで五体投地をし、地面に頭を付けて祠に向かい、そこに祀ってある神に心から祈りなさい。」と言ったのでそれに従うと、男の子は「そんなんじゃないよ!心から神に帰依して祈れと言ったろ!」と命令口調で言った。
星やんは少しむかっとしたが、その子供の言う通りに従った。
しかしその子は更にもっと命令口調で、「そんなのは帰依とは言わないのだ!心から神に祈るんだ!もっともっと心の深いところから帰依するのだ!」と言って、星やんの頭の上に手を乗せて、グイグイと頭を岩に押し付けた。

「もっとだ!もっとだ!」と力任せに固い岩に顔を押し続けたので、せっかく今回の旅のために新調した金縁のメガネのフレームが曲がってしまったのだ。
さすがに星やんもこれ以上堪えきれなくなり、「あのな、このガキ!」と言おうとして男の子の手を払いのけると、その男の子は「それで十分だよ。さて、君たちはどんな果物をお望みかい?」と問うた。
星やんは、『こんなガキがサイババさんの真似事をしてけしからん。このガキを一つ懲らしめてやろう』と思い、その時期には日本でも手に入らないし、もちろん熱帯のインドでは見かけない果物を考えついて次のように言った。
「どんな果物でもいいんだな。それじゃ、日本の甘柿を出してみろ。」と。
するとその男の子は、「三人とも同じのでいいんだね。」と言い終わるや否や、大きな少し押しつ潰したような日本の甘柿を手から物質化して星やんたちに手渡した。
星やんは夢でも見ているような気になって、その甘柿を受け取ったが、少し気を取り戻して、「君は一体誰で、どこに住んでいるの?」と尋ねた。
男の子は「僕はここにいるんだ。」と祠を指差して言うと、あっという間に岩の上から丘の下の方へ飛び降りて行った。三人は急いでその男の子の後を追いかけたが、その子はもうどこにも見当たらず、まるで空中にかき消えてしまったかのようだった。

そして驚きのあまり、お互いの顔だけを見て、一言も言葉を発する事が出来ない三人の手の中には、よく熟れた三つの甘柿があった。
その熟れた甘柿を見つめて、初めて三人は、その男の子が若い時のサイババさんだと分かった。
というのもプッタパルティに来るタクシーの車中で「あと五十年早くここに来ていれば、若い時のサイババさんに会えて、願望成就の木から好きな果物を出してもらえたのに残念だな。」と仲間たちと話をしていたのを思い出したのだ。
そのあと、その甘柿を口に頬張りながら三人で号泣したのは言うまでもない。
ヨシオも日本で冷凍庫に保存してあった残りの半分の甘柿をもらって食べたけれど、サイババさんの無限の愛に触れて涙を隠す事が出来ずに、甘柿が塩味の柿になってしまった。
ちなみにその日の朝のホワイトフィールドでのダルシャンは、サイババさんが部屋から出て来られなかったので、キャンセルになっていた。

左から二人目がサイババさんです


さて、そのあと三人はサイババさんにインタビューに呼んでもらい、サイババさんは、星やんに「君はいいメガネをしているね。」と曲がったメガネのフレームを少し指で触れられた。それ以来、星やんはめまいをするようになった。
星やんは曲がったフレームのせいでレンズの焦点が合わなくなったと思い、日本に帰ると、そのメガネを買ったメガネ屋へフレームの修理をしてもらおうと持って行った。
メガネ屋は、金縁のメガネを持って奥の作業場に行って数分で戻って来ると、星やんにメガネを返しながらこう言った。
「このメガネはうちで売った覚えはありません。うちのはこれと同じデザインの金縁メガネやけれど軽合金の金縁や。」
「これは、ほんまの24金で出来た純金のメガネのフレームや。こんな純金のメガネのフレームなんて今まで見たことがないわ。」

「こんな純金の重たいメガネをかけたら、誰でもめまいするやろな。お客さん、もっと賢くお金は使わないとあきまへんな。」と言われた。

星やんは、どこへ行く時も小さなかばんを持ち歩いているので、ある日、ヨシオは一体そのカバンに何を入れてるのか聞いたことがある。
すると、おもむろにカバンを開けると、大事そうに箱に入った小さい10cmぐらいのガラス付きのサイババさんの写真が入っている額を取り出した。ババの顔はヴィブティ神聖灰に覆われていて半分ぐらいしか見えない。
そして、その箱もヴィブティだらけだった。

「ほっとくと、ヴィブティで箱が一杯になるんです。」と星やんは言った。

「バジャンの時に、これを祭壇に置く為に持ち歩いているんです。」

そして、バジャン会場に着きお祈りが始まると、先ほどきれいに拭いたはずのビブティが写真全体から再び噴き出し始めた。

それも今回は、サイババさんの写真とガラスの間に噴き出して来ているようだった。
バジャンが佳境に近づいた頃、突然パチンという音がしてガラスにひびが入って割れた。大量のビブティが行き場を失いガラスを割ったのだ……。


いつでも、どこでも星やんはバジャンを口ずさんでいた。
そして、少し歌と歌の間が空いたので、どうしたのかなと思って星やんの顔を見ると、サイババさんへの思いに感極まって頬を涙で濡らしていたのだった。

コダイカナルでは、ボランティア達が一列になって竹で編んだザルに土を載せ、アシュラムに建てるビルの建築現場に運んでいた。
星やんも列の中央付近にいたが、とても辛くなって罪の意識にかられながら列を離れ、誰からも見えないビルの反対側の木陰で腰を下ろしていた。
すると、いつの間にかサイババさんが目の前に立っておられた。
星やんは、サイババさんが自分が隠れて木の陰で休んでいるのを咎めに来られたと思い、
「スワミ!どうもすみません。すぐに仕事現場の列に戻るので許して下さい。」と言った。

するとサイババさんは、
「いいんだよ。ゆっくりそこで休んでおきなさい。ところでお前は毎日、日記をつけている手帳を持っているだろう。ちょっとそれを出してごらん。」

そして、サイババさんは手帳を受け取ると、そのページをめくり、ペンで空いているページに何やら書き始められた。そして、手帳をポンと星やんに投げて返しながら、
「ここに、これからどのようにお前が生きて行ったら良いか、お前の為に人生の指針を記しておいた。それらをよく読んでおきなさい。そして、将来のお前の花嫁候補の名前も書いておいた。全部で四人の女性の名前が書いてあるが、どの娘もとても良い娘だ。お前がその中から一番気に入った娘を選ぶが良い。」と言って立ち去られた。

星やんは、その手帳をヨシオに見せながら
「このうちの三人にはもう出会ったんやけれど、あと一人はまだなんです。」と言った。

ヨシオは「ところで、その三人の娘さん達はええ娘やったか?」と聞くと

「はい。とても。でも四人目の娘と会ってから決めようと思ってます。でも、僕、本当は結婚なんかしたくないんです。神さんの事だけを思って生きて行きたいんです。」
と寂しそうに答えた。

そして、星やんはそれを貫き通した。
そう。彼は、一生結婚しなかったのだ。



神のレッスンシリーズ(5)

2018-02-12 04:00:57 | 日記

ヨシオ:ポニョのQ情報をいくつか読んだけれど、快調にとばしているやないか。でも俺が読もうとしたけれど、すぐに削除してたから読めなかったやろ。

ポニョ:期間限定で投稿したから。三日も公開すれば充分やぜよ。それにおいらも100%情報源に自信が無いし、それにQの情報はこのブログの趣旨に合わないし。

ヨシオ:そうやな。この世で本当に知らなければいけないのは、自分が一体誰なのかだって事や。それ以外の情報は一時的で二義的な情報やもんな。

ポニョ:でもサイババさんは、おいら達のように世界に情報を発信している人たちは、この世で一体何が起こっているのか、真実を知らなければいけないと言っておられるぜよ。

ヨシオ:世界のことはポニョに任せとくわ。それに俺は政治家を一切信用していないんや。そのQっていう奴も、どっちみちQPマヨネーズの回しもんやろ。

ポニョ:どこからQPマヨネーズが出て来るんですか?でも確かにトランプはアメリカ第一の大前提政策を掲げているから、イスラエルなどのユダヤ勢力を取り込んだり、軍産複合体を取り込んだりする為に、パレスチナの人々や、シリア、アフガニスタンの人々を犠牲にしてるんや。
歴代の大統領で、トランプが一番民間人を殺傷しているんやで。最近も、露軍の爆撃機がアメリカ製の対空小型ミサイルで撃墜されてロシア人のパイロットが殺害されたし、最近の米軍機によるシリア軍への爆撃で、百人以上のシリア軍と、ロシア人の顧問も数人亡くなっているんやで。
また 、昨日もシリアを爆撃していたイスラエルの爆撃機が、シリアのミサイルで撃墜されているし。
このまま行くと、サイババさんが言った通り、ロシアとアメリカの全面戦争の突入や。ロシアの忍耐力がどこまで続くかによるけれど。
だって支配層は、絶対に今クルド勢力を使って支配している油田地帯をシリア政府に譲り渡さないから。

ヨシオ:サイババさんの再降臨が近づいているって印やから、良い事やないか。それに結局は、神さんが計画したようにしかならないんやから、ポニョも、もっとサイババさんの教えに集中しろや。ポニョのように、こんな世俗的な事に囚われていると、ますます神さんから離れて行ってしまうやろな。

ポニョ:おいらもそう感じていたんでヤンス。もうやめとこかな。

ヨシオ:という事で今日の記事で俺が面白いと思ったのは、精神的に異常をきたして乱暴な若者が、前世でドイツのヒットラー親衛隊の将校として行った残虐な行為の結果により、そのような精神病になったと言われた事や。

ポニョ:以前、「どうしてアシュラムにこんなに野良犬が多いのですか?」と尋ねた帰依者に、サイババさんは
「あの野良犬たちの前世はナチスの親衛隊だったんだよ」と言われた事があるやろ。人が大きな罪を犯すと次の生では動物に逆戻りしたり、精神的に病的な人になって生まれ変わるんやな。

ヨシオ:また、女性が子どもを産んで母乳を与えないでいると、 それが癌の原因になることがある、と言われたけれど、ダイアナさんは母乳がシコリになって乳房の中に残ってしまったと言っておられたよな。
母乳が充分子供に飲ます事が出来ず乳房に溜まったままになると、それがガンの原因になるんやろな。俺の嫁さんもミルクが余ったと言ってよく捨てていたな。

ポニョ:あんたの嫁さんは大きなオッパイをしているから、よく乳が出たやろな。

ヨシオ:オッパイの大きさと、乳の出具合は関係無いやろ。俺が面白いなと思ったのは、精神病の徴候を示していた青年が、目の前にドアと窓をイメージしてそれを見ていたんやけれど、サイババさんが、その青年はドアと窓を見ていると言われたんやろ。それってすごいよな。精神病患者の頭の中まで分かるって。

ポニョ:さすがやぜよ。やっぱり神さんは何でもご存知なんや。というわけで記事に入って行きましょう。

健康と食餌

人々は、肉体の病気と精神の病気という二種類の病に苦しみます。徳の育成がその両 方の病を癒すというのは、特徴的な事実です。肉体の健康は精神の健康にとって必須で あり、精神の健康は肉体の健康を確かなものにします。
悲しみと損失に際しての不屈の態度、善をなすための熱心な精神、自らの能力の限りを尽くして奉仕すること―これら は心(マインド)と体の両方を丈夫にします。体と心は密接な相互関係にあるのです。

サティヤ サイ ババ


ロバートと私は、以前から、症状だけを治療するより、病気の原因を予防することに 焦点を合わせた健康の伝承に興味を抱いてきた。その結果、私たちは逆症療法よりも代替医療〔鍼、灸、漢方、整体などの総称〕の方をより好んでいる。


聖なる診断医

スワミと共に過ごした初期のころ、スワミは肉体の健康を維持するための浄性の食べ 物の重要性について、数多くの助言を与えてくださった。一般の御講話の中で、スワミ は広範囲にわたる従うべきガイドラインをお与えになっている。
しかし、長年スワミの 指導を守ってきた後、健康問題に関する指示は一般論に過ぎないということがわかった。 スワミのような名診断医がいれば、一般論が必ずしも個人に適用されるとは限らないの だ。
私たちの過去を見抜く力をお持ちのスワミは、ある病気が、償う必要のある過去の行 為の結果であるかどうかをご存知なのである。
しばしば、神の恩寵によってスワミはカルマ的な結果を変更し、苦しみを軽減なさる。 私の義母が痛みを伴う病気で死にかけていた時、スワミは、自分がその痛みを取り除い たので彼女はもう痛みを感じていない、と私たちにおっしゃった。そして、私たちが義母を助けることのできる最善の方法は、祈りによるものであることを付け加えられた。
別の事例では、ある精神障害を持つ若者があまりにも狂暴であったため、ストレート ジャケット〔狂暴な人の両腕を自由に使えなくするための上着〕を着せて彼の腕を抑え なくてはならなかった。スワミは若者の母親に、彼が拘束服を着る必要がなくなるよう にスワミが彼の暴力を弱めるけれども、その狂暴な精神状態を取り除くことはできない とおっしゃった。それは、その若者が前世でドイツのヒットラー親衛隊の将校として行った、残虐な行為の結果だったのだ。

ある友人に代わって、私は彼女の状態がカルマ的なものかどうかをスワミに尋ねたことがある。その友人は絶え間ない背中の痛みを取り除くために手術をしたのだが、痛み はずっと続いていた。数多くの代替療法を試みて失敗した後、彼女は自分のカルマがその痛みを引き起こしているのかどうかを知りたがっていた。それはカルマではなく、むしろ医者たちが犯した誤りのせいだ、とスワミはおっしゃった。
危険かつ自殺願望のある精神病の徴候を示していたある若者の別の事例では、悲嘆に暮れたその若者の母親が、スワミの助けを求めて私に頼んできた。
私はその母親がスワミ宛てに書いた手紙を持って行った。
手紙を渡すとスワミは封を開けもせず、「彼女は 息子を心配しています」とおっしゃった。私からの説明も手紙を読むこともなく、スワミは、彼の問題は精神的なものではなく、純粋に体調によるものだと述べられた。
その情報から、母親は彼の体調をすぐ平常に回復させることのできるアーユルヴェーダ医の 元へ息子を連れて行った。
スワミはその若者に関するコメントの中で、「ドアと窓」に言及されたのだが、私たちにはその意味がわからなかった。しかし、私がそのことを伝 えると、母親は私に、息子は実際には存在しない「ドアと窓」を見ていたのだと教えてくれた。
別の機会に、発作を起こす息子を持つ、ひどく困惑した母親の手紙をスワミに手渡し た。この事例では、スワミはその手紙の中で母親が息子の治療のための「お金」を見つけるためにスワミの恩寵を求めている部分を大声で読み上げ始めた。スワミは「お金」 という言葉を強調した後、その手紙を下に置いて、後ほど話そうとおっしゃったのだが、 少なくとも私たちに、その件についてお話しになったことは一度もない。

時おり、スワミの診断は通常の医学的診断とはどうしても矛盾する。多くの場合、病 気の由来や本質をもっともらしく発見できる人間などいない。私の母は、多くの検査を 受けた後、医師から目の中にヘルペス〔疱疹〕があり、おそらく視力を失うだろうと言 われたのだが、スワミは母の症状は蜂に刺されたことによるものだとおっしゃり、ヴィ ブーティを物質化して母を癒された。
かつて、母がインドのスワミの元を訪れていた時、 私はアメリカ合衆国の医師たちから、胸部に見つかったしこりのバイオプシー(生体組 織検査)を受けるよう強く勧められていた。私は母にスワミのアドバイスがほしいと頼 んだ。返ってきた答えは、「心配しないよう娘に伝えなさい。それはただの凝縮した母 乳に過ぎません」というものだった。これは、私が息子に授乳してから 15 年後のこと だった。
後にあるインタビューのとき、女性が子どもを産んで母乳を与えないでいると、 それが癌の原因になることがある、とスワミはおっしゃった。
スワミはよく帰依者たちに医師のアドバイスに従うよう促されるのだが、正反対のアドバイスをお与えになることもある。ある家族が、最近癌から回復した娘の癌が再発し た場合に備えて、将来の治療に必要な骨髄組織を保存するための骨髄抽出を行うという 医師の要請に応じるべきかどうかをスワミに尋ねた。スワミは「キャンサー〔癌〕はキャンセルされ、全部消えてしまった」ため、その必要はないとおっしゃった。