大分のさだまさしファンの独り言

大分に住んでいるさだまさしさんのファンです。所有のアルバムなどを紹介しながら不定期に思い出などを書いていこうと思います。

Sada Pedia 33 うつろひ

2014-07-14 23:50:52 | SADAPEDIA

台風が日本を横切って結構な被害が出ましたが、皆さまはご無事でしたか?
幸い大分は直撃などもせず、被害らしい被害はなく平穏でした。
世間ではワールドカップに湧いておりますが、日本は残念な結果に終わりました。私はこういうイベントのあるなしに関係なくそれほど大きな興味はないのですが、仕事が夜なもので、帰ってTVをつけるとワールドカップをやってて、食事をしながら見るともなしに見てたんですが、やはり面白いですね。
オリンピックとは違った意味で「国」と言うものについて考えさせられる出来事ではあります。

そんなこんなで、一番濃いゾーンに入ったこの企画。本日はこちらです。

うつろひ  (81.6.25)



1、住所録 2、鳥辺野 3、第三者 4、邪馬臺 5、肖像画
6、昔物語 7、明日檜 8、分岐点 9、黄昏迄 10、小夜曲

①ヒット:C
シングル曲があり、ヒットしていればA、していなければB(ただしほぼ知名度なしならC)、シングル無しならC
②コミカル:B
関白宣言、関白失脚、雨やどり、私は犬になりたいなどのコミカル系があるか?
③国風:B
飛梅、まほろば、修二会などの日本の文化、建造物などの曲があるか?
④恋愛ソング:A
いわゆる恋愛ソングが多いかどうか?ちなみにさださんの場合皆無のアルバムは無いです。
⑤社会性:C
前夜、空き缶と白鷺、遥かなるクリスマスなどの社会的な曲があるか?またその程度により分類

このアルバムは先日の印象派とは逆で、昔は聴きまくっていたのに今ではほとんど聴かなくなったアルバムです。しかし、高校・大学時代はちょっとカセットテープを何本か持って出るときには間違いなく入っていたアルバムです。
全体として聴きやすく、アレンジがきれいなのが特徴で、曲のバラエティさも多く、よりたくさんの人の共感が得やすいものだと思っています。良い曲が多いためか、聴き過ぎると飽きやすいのかもしれません。

まずはヒット曲。私花集より後の夢供養、印象派、うつろひの3枚のアルバムはリアルタイムでシングルカットした曲がありません。この後の夢の轍で退職の日がシングルになっていますが、原則この時期のさださんのアルバムはシングル曲を入れないのが普通だった気がします。
尤もこの時期はシングルの売り上げが落ち始めた時期であり、後の恋愛症候群でヒットするまで、どちらかと言うとアルバム&ライブのアーティストとなっていました。ですからアルバムにシングル曲が入っていないことも気にはならない訳です。ちなみにこのアルバムの頃のシングル曲は81年に「驛舎/APRIL FOOL」(←私が初めてさださんのシングルを手にしたのがこれ)「生生流転/むかし子供たちは」82年が「しあわせについて/苺ノ唄」「長崎小夜曲/北の国から」と、かなりの重厚感ですが売り上げはこの辺りまでは10万枚の壁は超えていたようです。しかし20を超えるようなヒットは防人の詩以降ないようです。

さて、よってアルバムの中にヒット曲が無いのは当り前。コミカル曲は系統はやや違うものの「分岐点」がギリギリそれにあたるかなあ、と。反面日本の風景を歌った曲は邪馬臺、鳥辺野と良い曲がそろっています。恋愛ソングは若い恋愛、昔の恋愛の回顧、片思い、破局、老人の愛と様々なバリエーションがそろっており、極めて間口は広いと思います。
また編曲は前作に続き服部克久さんが全曲を担当しており、きれいな弦の構成で聴くことができます。

全ての楽曲が漢字三文字で構成されているのも前作までのアルバムタイトル漢字三文字へのオマージュ(自作の物に使ってよい言葉かはわからないが)とも取れます。

さて、1曲目の「住所録」。今のように携帯のない時代、それどころか留守番電話もさほどなく、基本黒電話だった時代に必須アイテムだったのが住所録(アドレスノート)。住所というより電話番号に主眼を置き、今でも好きな人対する一人芝居を描いた曲で、切なさ満載なのに曲が暗くないのが良くできている。今風に言うと「片思いあるある」か?
「鳥辺野」は前作印象派に無かった「まほろば」テイストの曲。まほろばより歌詞がやや硬質な感じがするが、アレンジのせいか、静かな風景と自分がマッチしているのが感じられる。「遠近」を「おちこち」と読むことを高校の時この曲で知った(笑)。
「第三者」は別れの曲。高校時代別に失恋したわけでもないのにこの曲が好きだった。あまりに好き過ぎて、修学旅行の時アカペラでバスの中で歌ってどん引きされた。そこで二つのことを学んだ。世間のさだまさしの曲の知名度が低いということと、こんな私でも歌い終わったと義理で拍手をくれた『友情』について(爆)。ただ曲は今聴いても良くできていると思う。喫茶店で、冷めかけたコーヒーを挟んで別れる二人がいて、こんなに近くにいるのに別々の方向を見ている。たくさんの同じ過去を持ちながらそれが懐かしい過去になり、未来に接点が亡くなる(異教徒という表現はいかにもきついが、これこそが明日からの二人の立場なのだろう)。いたたまれない時間と、しかし、儀式としての必然性。最期のウェイターの言葉がきちんとしめている。修学旅行時代の一般人(笑)は別にしてさださんのファンの間でもっと語られるべき曲だと思う。まあ地味なことは異存がないけどね。
「邪馬臺」は当時さださんと交流のあった古代史研究家の宮崎康平氏へささげた曲。さださんのアルバムにはこうした直接的なレクイエムがかなり多く、そのほとんどが良い曲であることは身びいきは別にして事実だと思う。
「肖像画」は少し男性に都合がよすぎるような気がしなくもないが、この曲とこの後の「分岐点」、あるいは少し前のシングル曲「吸殻の風景」などに当時のさださんの恋愛観が見え隠れする、と言ったら怒られるだろうか。
団塊世代あるいはそれ以降70年代辺りに青春を迎えた人たちにはたまらないのが、「昔物語」。男女が「純粋な友人として」行動しているうちに(それは今風に言えば何かのサークルでもバンド活動でも良いのだが)次第に恋愛を意識するようになり、ただ友人関係と自分の恋愛で葛藤があり、ついには悲喜こもごもの結果を迎える。その青春時代の出来事を、その後かなりの時間がたって「同級会か何かで」語り合う。そんな後味の良い文字通り「昔物語」。さだが嫌いな人はいてもこの曲を嫌いと言う人はあまりいないと思う(笑)。まあ知名度は…だけど。
「翌日檜」は善良な人間が日々の生活の中で迷い、それを内向的に(あるいは自責的に)考え続ける、思春期の極めて純な心情の曲だが、今ここまで深く内省する人間がどれだけいるかは不明です。
「黄昏迄」は引き潮と並んで当時のさださんの代表的なバラード。奥さんを亡くした老人の未だ冷めぬ愛を海辺で語る曲で編曲と相まって当時の大傑作だった。
よって、と言うわけではないが、最後の「小夜曲」の影が薄くなってしまった。短いがしみじみとしたラブソング。

当時さださん29歳。
こうしてみると、年相応の曲から、40~50代の男女、老人の曲までとても幅広い。この振れ幅の広さが私の考えるさだまさしの最大の魅力だと思うのです。よって年をとればとるほど残りの年齢の長さが短くなるので、この魅力がやや薄れるのは仕方ないかもしれません。60歳が20代の曲を作るのはかなり難しいし、滑る可能性が高いですからね。そういう意味で20~30代のさださんこそやはりさだまさしの円熟期と考えてしまいます。今が良いとか悪いとかではなく、アルバムを聴けば曲の純度、振れ幅、共感度全てが私に様々なエネルギーをくれたし、今聴いてもくれるのです。

さて今回改めて、久しぶりにこのアルバムを聴いたのですが、やっぱりいいですね。弦が多用されているのでアレンジもさほど古さが無い気がしますし(とはいえ、私、最近の若い人の曲あまり聴かないんでアレンジがわからないんですが:笑)。

ランキングですね。

1位「風見鶏」
2位「夢供養」
3位「夢ばかりみていた」
4位「うつろひ」
5位「夢の吹く頃」
6位「印象派」
7位「ADVANTAGE」
8位「夢回帰線Ⅱ」
9位「私花集」
10位「風待ち通りの人々」

さだファンになろうとしている人、とりわけ20代の方々には共感度の強いアルバムではないかと思います。曲の良さ、アレンジの良さ、詩の分りやすさ、と三拍子そろって、最低でも数曲は好きな曲ができるのでは?と思うのは欲目でしょうか(苦笑)。

では、またいつか!


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