磯野鱧男Blog [平和・読書日記・創作・etc.]

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私たちはこうして「原発大国」を選んだ

2011年08月04日 | 読書日記など
『私たちはこうして「原発大国」を選んだ』
   武田徹・著/中央公論新社2011年

「「核」論」(中公文庫 2006年刊)の改題増補版。
若い人にとっては、選んだのではなく、生まれた時からあったのが、事実でしょうね……。



裏表紙に書かれてあります。下「」引用。

「豊かさを求めて「原発大国」を選んだ唯一の被爆国・日本。核の傘の下で平和憲法を制定した日本。このねじれを政財官の動き、映画館の文化を題材に検証。2011年論を加え、文庫版に増補。」

著者は十分前に飛び立ったという。下「」引用。

「第一報を聞いたのはトルコ・イスタンブールのホテルでした。東日本大震災が発生するほんの十分前に離陸する飛行機で日本を発っていたのです。「原発のある東北で地震が起きたようだ」と伝えてくれたフロントマンは相当に深刻な表情で、尋常でないことを感じ取りました。」

戦後史が影を落す。下「」引用。

「原発事故は天災ではなく人災、起こるべくして起こったと思います。そして、この人災の被害がここまで大きくなってしまった背景には、日本の戦後史が間違いなく影を落していると思います。
 戦後の日本は、核エネルギーを科学の力で解放し、制御する、原子力発電という技術を手に入れました。一九七○年代に起きた二度のオイルショックを経験したものの、次々に運転を開始した原発のおかげで、「豊かな」社会を築いて来られた。経済発展によって増加する電力消費にも不安を感じることはなかったのです。今日に至るまでこの「原子力的日光」(GHQのホイットニー准将の言葉。詳細は「はじめに」参照)による恩恵に浴して来たわけです。」

「神話」を信じこまされていたにすぎないのでは?

清水幾太郎と核武装論。下「」引用。

「本書ではアメリカの核の傘から離れて国家の「独立」を求める一貫した流れに沿ったものとして扱いました。」

ツィート「脊髄反射」。 下「」引用。

「一四○文字でつぶやくというツイッターにの形式が、不安を感じた瞬間にツイートしてしまう「脊髄反射」を導いたと言えるかも知れない。」

いわゆる「脊髄反射」といわれるものでは、字は書けないでしようね……。しかし、ボクのような人間には、熟考はできそうにないシステムでしょうね……。俳句の会ならば、熟考しそうですが……。

社会的弱者=「フクシマ50」 下「」引用。

「当初、福島第一原子力発電所に残っている作業員も、国外のメディアから「フクシマの五○人」などといわれ英雄視されてはいるものの、実は雇用を逆手にとられた社会的弱者ではないか、と考えてみる必要はあると思います。」

武谷がオリジナル? 下「」引用。

「-略-四月の学術会議総会で決議、日本の原子力研究の原則となる。三つの内容をキーワード的に執りだしたものが「民主、自主、公開」だ。
 伏見はそのそれれについて注釈をつけている。
(1) 公開の原則が、軍事に秘密はつきものだから、機密を否定する条件が原子力兵器化への最大のとりでになると考えたのである。
 実はこれは私のオリジナテリティ(原文ママ)ではない。ちょうどそれより一年前、武谷三男さんが『改造』というその後廃刊になった雑誌で、この条件をつけることによって、原子力研究を始めよう提案していたのである。ただその後原子力核研究所の中で原子力反対の気運が盛り上がってきたときに、武谷さんはそんなことはいわなかったような顔しただけである。-略-」

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二千万人。下「」引用。

「東京杉並の主婦グループが起こした原水爆禁止運動は瞬く間に全国に広がり、五四年八月八日には原水爆禁止署名運動全国協議会が結成され、同年一二月までに二○○○万人を突破する署名を集めた。」

昔の主婦は家族のことを思っていましたよね。
もちろん、今もそういう感じの人はおられると思います……。
正義のためではなく、愛のために動かれたところが、ボクは尊敬できると思います。

放射能酒……。下「」引用。

「人形峠だけでもない。福島県石川や岐阜県中津川苗木もウラン鉱石が出ることで有名で、苗木の採掘権を所有している日々美子(本名なのだろうか?)という女性も放射能酒なるものを作っていたようだ。-略-」

1950年、『アトム大陸』というタイトルでまだ新興の光文社から出版されたという。

アトム大使』のアトム。下「」引用。

「後に一○万馬力(時に一○○万)馬力を使って悪者をやっつける超人的ロボットではない。サーカスの見せ物になる哀れな存在なのだ。-略-」

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「原発の後はまた原発で」 下「」引用。

「町の用意した企画書には美しい若狭の海岸に沿って作られた施設のイメージ画が描かれており、「電気のふるさと、美浜町のシンボルとして……、二四時間光り輝くまちづくり」の言葉が添えられている。原子力発電所と豊かな自然資源とを響き合わせて、豊かさに向けて離陸したいという気持ちは強くあるのだ。
 しかし、となると、やはり財源をということになる。そこで、ここでも増炉要請という話が出ているという。「原発の後はまた原発で」というレールがやはり敷かれている。-略-
 将来のためにらなる振興策とは、それがきっかけとなって次々に地域を豊かにする流れが生まれていく「起爆剤」的なもの。職員はそう主張する。しかしそれはおそらくは難しい。事故の際の被害者の問題を脇に置いても、原発はそれ自体がそう多くの労働力を必要とする施設ではない。つまり原発が出来たからといって地域の人口が倍増するようなものではない。-略-」

「原発の後はまた原発で」
--今もそういう政治家もいっぱいいますね。

「美しい日本!」--放射能汚染された日本をそう思えますか?
ボクには思えませんが……。






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