磯野鱧男Blog [平和・読書日記・創作・etc.]

鱧男の小説などをUP。環境問題に戦争・原発を!環境問題解決に民主主義は不可欠!

昭和史の発掘 第五福竜丸-その真相と現在

2008年04月23日 | 読書日記など
『昭和史の発掘 第五福竜丸-その真相と現在』
   広田重道・著/白石書店1989年

どうも、その核実験の規模からいって、第五福竜丸だけに被害があったというのは、嘘だということが理解できるし、他の船も汚染マグロがあったのに、そのことは報道されなかったのが不思議でならない。第一に第五福竜丸事件を伝えたのは、讀売新聞だったという。

index



平和の砦になっているという。下「」引用。

「美濃部革新都政のもとで、七六年六月、江東区・夢の島に第五福竜丸永久保存のための建物--都立・第五福竜丸展示館の誕生となって、実を結びました。
 かつて第五福竜丸の成れの果て「はやぶさ丸」が捨てられていたゴミの島、ハエの島の名でよばれていた埋め立て地--夢の島は、いまや、緑の公園となり、その一角にそびえ立つ展示館は、世界にも類のないユニークな存在として、被爆国・日本にふさわしい核兵器廃絶の旗を高らかにかかげた平和の砦となっています。」

美濃部さんのころは、老人医療は無料でしたね。バスなども無料……。
--いまではウソのような話ですね。
社会システムが大きくかわりましたね。

第五福竜丸事件は世界のニュースだったようです。下「」引用。

「第五福竜丸が放射能にやられたというニュースは、日本国内はおろか、世界のトピックになった。」

やはり第五福竜丸以外の船からも……。下「」引用。

「また福竜丸以外の漁船も厚生省と県衛生部からきた技師の手で検査され、一○○カウント以上のガイガー反応をしめしたまぐろ類は、みんな海にの捨てるか、地上に穴を掘って埋めるか、いわゆる廃棄処分がとられた。」

以前紹介した本ですが、被害をおった高校生たちがいますね。

ビキニの海は忘れない 核実験被災船を追う高校生たち

米ソの冷戦が、人命軽視の非文化的行為を繰り返しをさせた……。

オッペンハイマーの追放の影には裏切り者のウィットフォーゲル博士が暗躍したという。

そして、マッドドクターといわれるテーラーの登場。
事実と公表は違ったようである……。下「」引用。

「オッペンハイマー博士にかわってアメリカの原子力委員会の指導者となったエドワード・テーラー博士は、ソ連と同じく“かわいた水爆”を作って、“水爆の父”とよばれ、アメリカは、この水爆がビキニ水爆だったとして“運搬できる、きれいな水爆」と宣伝した。しかし、実は、航空機ではこべるほど軽くて、戦略的にきわめて価値の高い水爆は、翌年の一九五五年十一月にソ連が実験に成功するまでは、地球上に存在していなかった。また“きれいな水爆”という表現は、むしろ、太平洋を汚染し、ミクロネシアの人畜に恐るべき被害を与え、日本漁船のみか日本国民全体に恐怖と被害をもたらした事実に対する責任回避であるとしか考えられない。」

アメリカに従属した日本の原子力行政は、ビキニ事件と無関係ではないという。下「」引用。

「なぜ、日本政府はこのような政治的圧力によって、原子炉の設置を急いだのか。それは、一言でいえばアメリカの原子力政策の圧力によってり、否定なしにとらされた政策だった。野党だった改進党は、その手先であり、中曽根らはまさにその急先鋒だった。」

そして、中曽根と組んでいたのが、讀売新聞の正力松太郎。

アトミック・ソルジャーのことも書かれてありました。下「」引用。

「一九四五年から六四年までの二十年間に、本物の各種の核兵器を使った軍事演習に、アメリカ兵を使ったこと、それらの兵士のなかには白血病におかされているものもあることなどが明るみに出て、アメリカ国民はもとより、全世界の人びとに大きなショックを与えた。このことを伝えた一九七七年四月十五日付けの朝日新聞を次に引用する。
    原爆演習で「人体実験」
      米紙報道、退役米軍人が白血病〔ワシントン14日=共同〕-略-」

index


水爆被害者には被爆手帳を交付されなかったという。

「第五福竜丸」は以前は「第七事代丸」であったという。
--かつお漁船からまぐろ漁船に改造。持主がかわって、「第五福竜丸」に。

そして、「第五福竜丸」から「はやぶさ丸」に。
--伊勢市大湊町の強力造船所で、第五福竜丸は改修され「はやぶさ丸」となったという。








index

index






エンタメ@BlogRanking


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。