『さようなら原発 岩波ブックレット No.824』
鎌田慧・編/岩波書店2011年
図書館の説明文。下「」引用。
「東京で実現した「さようなら原発」6万人集会。そのはちきれんばかりの思いと人間の存在をかけた発言をまとめる。集会開催についての記者会見、集会前に開かれた講演会の様子なども収録。」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0a/53/66b0bfb65fcadb9aae58ac4006d54a69.jpg)
「一○○○万人がいやだと言えば止められる」澤地久枝。下「」引用。
「日本は世界に先駆けて、はっきりと、核兵器はもとより原発を無くす方向へ、国の政治を変えていくべきだと思います。これはまったく正論で、しかし、そう考えている人たちが、テレビや新聞に出てきて、物を言える社会かというと、そうではありません。
「何かやらなくていいのか」と思っている人ちちはたくさんいます。しかし何もしないでいたら、このまま進んでしまいそうです。知らない間に、原発が五四基もできてしまったのです。そして案じていた通りにの原発事故が起き、水素爆発も起きてしまったのです。私は最初からメルトダウン(炉心溶融)が起きていると思っていましたから、子どもたちの集団疎開も必要だと思いました。-略-
一人の力は小さいです。しかし一○○○万人が「原発はいやだ」と署名したら、いくら頭のよくない政治家にあっても、それは無視できません。一○○万人ではダメだと思うのです。人を動かすことができる数字は、一○○○万人だと思うのです。鎌田慧さんから提案をもらった時に、鎌田さんにそういう話をしたら、同じ意見でした。
一○○○万人署名の準備はできています。いまあちこちで運動が始まっていますが、ひとつの形をつくって、呼びかけ人の責任で取りまとめて、政治家たちに突きつけます。その実績を早くつくりたいのです。-略-」
そんなシステムにはなってないとボクは思います。
1パーセントの金持ちが、ほとんどの富をもっている時代ですね。
本当の民主主義が必要で、大量動員だけではそれは無理では?……。
「原発や公害のあるところに民主主義はない」というのは事実です。パフォーマンスが民主主義ではありません。原子力ファシズムに勝つには、お祭りよりも、実質の民主主義では?
「寅さんにまで至る幅広い運動を」山田洋次(映画監督)。下「」引用。
「立場を超えて、思想を超えてまとまろう、という言い方は、昔から言い古されています。いまこそ本当の意味で、様ざまな考え方や立場を超えて、脱原発については、日本人は、はっきりとした意思を表さなければいけないと思います。いま大切なことは分裂することではなくて、一緒にやろうよと声をあげると、一緒にやろうよという気持ちで、お互いにまとまることではないでしょうか。」
「死の灰は死の灰」アーサ・ビナード(詩人)。下「」引用。
「原子爆弾をつくるために重宝するのは原子炉。核兵器のカムフラージュに使われるのは核燃料。「平和利用」と「軍事利用」を巧みに分けた原発のPRキャンペーンは、「世紀の詐欺」といって過言ではない。いくら「平和」の包装紙にきれい包んでも、死の灰は死の灰だ。ヒロシマとナガサキとフクシマを乗り越えていく未知は、核廃絶の道--。もちろん、その「核」には燃料も兵器も含まれる。」
「オルタナティヴヘ舵を切る」ダニエル・コーン=ベンディット(欧州議会緑の党連合の共同代表)。下「」引用。
「原子力のオルタナティヴは存在します。それは再生可能エネルギーの開発であり、エネルギー効率などへの投資です 。これらのオルタナティヴが、脱原発への障害は技術的次元のものではなく、政治的次元のものであることを示しています。以前は、一握りの軽率な物たちの夢に過ぎなく、政治的次元のものであることを示しています。以前は、一握りの軽率な者たちの夢に過ぎない非難されていましたが、脱原発は実現可能な選択肢となったのです。たとえばドイツ、スイス、イタリアのような国々が行なった選択です。ならば、日本にそれができないわけはありません。」
もはや……。下「」引用。
「脱原発は、もはや、「できるか」「できないか」の話ではありません。政治的に、「やるのか」「やらないのか」の話なのです。電力会社の解体や、再生可能エネルギーの拡大によって、それは可能なのです。
いま私たちは、民主主義の下で、脱原発を声高く訴える時なのです。-略-」
「抵抗の意思を示す時」大江健三郎。下「」引用。
「そのために、私たちに何ができるのか。私たちには、このような民主主義の集会、市民のデモンストレーションしかないのです。
しっかりやりましょう。」
それだけで、止められるなら、チェルノブイリ事故の後に、もう止まったのでは?
この国のかたちを司馬遼太郎のように考えるべきだとボクは思う……。
正しい知識と現実検討能力をもつことですね。
節電は原発推進のマイナスに確実になります。
企業なら、東電から買わないことも(2012年2月現在)……。
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沢田研二。下「」引用。
「美しい日本を護るために一人でも多くの覚悟が不可欠です。
個人としては微力ですが、歩を進めましょう。声きな声を集めて。さあ!」
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目 次
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鎌田慧・編/岩波書店2011年
図書館の説明文。下「」引用。
「東京で実現した「さようなら原発」6万人集会。そのはちきれんばかりの思いと人間の存在をかけた発言をまとめる。集会開催についての記者会見、集会前に開かれた講演会の様子なども収録。」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0a/53/66b0bfb65fcadb9aae58ac4006d54a69.jpg)
「一○○○万人がいやだと言えば止められる」澤地久枝。下「」引用。
「日本は世界に先駆けて、はっきりと、核兵器はもとより原発を無くす方向へ、国の政治を変えていくべきだと思います。これはまったく正論で、しかし、そう考えている人たちが、テレビや新聞に出てきて、物を言える社会かというと、そうではありません。
「何かやらなくていいのか」と思っている人ちちはたくさんいます。しかし何もしないでいたら、このまま進んでしまいそうです。知らない間に、原発が五四基もできてしまったのです。そして案じていた通りにの原発事故が起き、水素爆発も起きてしまったのです。私は最初からメルトダウン(炉心溶融)が起きていると思っていましたから、子どもたちの集団疎開も必要だと思いました。-略-
一人の力は小さいです。しかし一○○○万人が「原発はいやだ」と署名したら、いくら頭のよくない政治家にあっても、それは無視できません。一○○万人ではダメだと思うのです。人を動かすことができる数字は、一○○○万人だと思うのです。鎌田慧さんから提案をもらった時に、鎌田さんにそういう話をしたら、同じ意見でした。
一○○○万人署名の準備はできています。いまあちこちで運動が始まっていますが、ひとつの形をつくって、呼びかけ人の責任で取りまとめて、政治家たちに突きつけます。その実績を早くつくりたいのです。-略-」
そんなシステムにはなってないとボクは思います。
1パーセントの金持ちが、ほとんどの富をもっている時代ですね。
本当の民主主義が必要で、大量動員だけではそれは無理では?……。
「原発や公害のあるところに民主主義はない」というのは事実です。パフォーマンスが民主主義ではありません。原子力ファシズムに勝つには、お祭りよりも、実質の民主主義では?
「寅さんにまで至る幅広い運動を」山田洋次(映画監督)。下「」引用。
「立場を超えて、思想を超えてまとまろう、という言い方は、昔から言い古されています。いまこそ本当の意味で、様ざまな考え方や立場を超えて、脱原発については、日本人は、はっきりとした意思を表さなければいけないと思います。いま大切なことは分裂することではなくて、一緒にやろうよと声をあげると、一緒にやろうよという気持ちで、お互いにまとまることではないでしょうか。」
「死の灰は死の灰」アーサ・ビナード(詩人)。下「」引用。
「原子爆弾をつくるために重宝するのは原子炉。核兵器のカムフラージュに使われるのは核燃料。「平和利用」と「軍事利用」を巧みに分けた原発のPRキャンペーンは、「世紀の詐欺」といって過言ではない。いくら「平和」の包装紙にきれい包んでも、死の灰は死の灰だ。ヒロシマとナガサキとフクシマを乗り越えていく未知は、核廃絶の道--。もちろん、その「核」には燃料も兵器も含まれる。」
「オルタナティヴヘ舵を切る」ダニエル・コーン=ベンディット(欧州議会緑の党連合の共同代表)。下「」引用。
「原子力のオルタナティヴは存在します。それは再生可能エネルギーの開発であり、エネルギー効率などへの投資です 。これらのオルタナティヴが、脱原発への障害は技術的次元のものではなく、政治的次元のものであることを示しています。以前は、一握りの軽率な物たちの夢に過ぎなく、政治的次元のものであることを示しています。以前は、一握りの軽率な者たちの夢に過ぎない非難されていましたが、脱原発は実現可能な選択肢となったのです。たとえばドイツ、スイス、イタリアのような国々が行なった選択です。ならば、日本にそれができないわけはありません。」
もはや……。下「」引用。
「脱原発は、もはや、「できるか」「できないか」の話ではありません。政治的に、「やるのか」「やらないのか」の話なのです。電力会社の解体や、再生可能エネルギーの拡大によって、それは可能なのです。
いま私たちは、民主主義の下で、脱原発を声高く訴える時なのです。-略-」
「抵抗の意思を示す時」大江健三郎。下「」引用。
「そのために、私たちに何ができるのか。私たちには、このような民主主義の集会、市民のデモンストレーションしかないのです。
しっかりやりましょう。」
それだけで、止められるなら、チェルノブイリ事故の後に、もう止まったのでは?
この国のかたちを司馬遼太郎のように考えるべきだとボクは思う……。
正しい知識と現実検討能力をもつことですね。
節電は原発推進のマイナスに確実になります。
企業なら、東電から買わないことも(2012年2月現在)……。
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沢田研二。下「」引用。
「美しい日本を護るために一人でも多くの覚悟が不可欠です。
個人としては微力ですが、歩を進めましょう。声きな声を集めて。さあ!」
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