磯野鱧男Blog [平和・読書日記・創作・etc.]

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週刊現代 2011-4-2

2011年08月27日 | 読書日記など
『週刊現代 2011-4-2』
   鈴木章一・編/講談社2011年

特集名 被曝拡大「全情報」



【モノクロ口絵】「放射能汚染の恐るべき現実」森住卓。下「」引用。

「-略-双葉町はすでに退避指示が出ており、まったく人気がなかった。病院の玄関は開け放れたままで、ストレッチャーや輸血用チューブなどが散乱。何もかも打ち棄てて避難したさまが見て取れる。そしてどの場所でも、測定器の針は振り知れていた(写真左)。」

「制御不能 福島原発 これから始まる「本当の恐怖」 下「」引用。

「この巨大システムを誰が本当に理解しているのか。枝野長官か。東電か。原子力安全保安院か。実は誰も全容を把握していないというのが真相だろう。人体に影響はないと発表するがそれは希望的観測に過ぎない。」

「被曝者が次々に運び込まれた」 下「」引用。

「千葉・稲毛にある放射線医学総合研究所(放医研)に、夜8時半、一機のヘリコプターが轟音を上げて降り立った。
 完全防備の医療関係者によってストレッチャーに乗せられ、研究所内に運びこまれたのは30歳の自衛隊員。直前まで福島第一原子力発電所3号機周辺で作業をしていたが、水素爆発に巻き込まれ、水素爆発に巻き込まれ、右ヒザに切り傷、左脇腹に打撲を負い、研究所内にある入院施設に担ぎ込まれた。
「患者は軽症で、食欲も旺盛です。念のために検査を行うが、数日内に家族のもとに帰れるのではないか」(放医研緊急被ばく医療研究センター・明石真言センター長)
 これが、3月14日夜の出来事である。しかし、異変は翌日も続いた。
 15日深夜、今度はヘリや車によって、合計42名もの被曝者が運びこまれたのである。内訳は、東京電力社員が33名。自衛隊員5名、「協力会社」と呼ばれる原発で働く建設会社社員が3名、消防署員が1名だった。年齢は21歳から50歳である。しかも、そのケガの程度は、前日よりはるかに酷かった。
「上腕部を骨折した人や、重度の打撲など、大ケガを負った人たちがいた。福島第一原発で、給水作業に当たっていた人たちらしい。水素爆発の爆風でケガをしたうえ、放射線に被曝している可能性が高い。今後は髪の毛や皮膚だけでなく、気管支などを通じて体内に入った放射線の検査が必須でしょう」(現地で取材に当たっていたジャーナリスト)」

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750名避難。下「」引用。

「15日早朝には、2号機で爆発音がし、「圧力抑制質」の気圧が低下したため、「必要最小限」の50人を残し、吉田昌郎・第一原発所長の指示で、750人の職員が現場から一時退避した。
「750名は、いったん爆発内にあるサービスホールという施設に避難しましたが、そこも危険だというので、約10km離れた福島第二原発にバスに分乗しては向かいました。第二のほうは、電気も通っていますし、原子炉は完全に冷温停止状態になっていますから」(前出・東電社員)
 まさに修羅場。残された50人の現場作業員は、決死の覚悟を決めたはずだ。-略-」

圧力容器矯正……。下「」引用。

「ガンダーソン氏や、ワシントン・ポストが指摘するように、福島第一原発の老朽化、設計上の難点は以前から指摘されていた。日立の関連会社に勤務し、福島第一原発4号機の設計にかかわった田中三彦氏は、4号機の圧力容器が製造工程で楕円形に歪んでしまい、それを矯正したことを著書で告白して話題を呼んだ。」

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「Jヴィレッジ」 下「」引用。

「原発施設内に「サービスホール」を作り、第二原発の近くには大規模なサッカー練習施設「Jヴィレッジ」を作って、安全性のPRや地域貢献に懸命だった。」

「東海村JCO臨界事故」 下「」引用。

「「父だけでなく、20代の若い人たちも、被曝後下痢が止らなくなったり腸の炎症が出た人もいる。高齢者は、口内炎や、皮膚病を発症しました。屋内にいた人よりも、大工さんのような屋外の仕事をしていた人のほうが症状が重い。赤血球値が下がって、貧血になり、2週間も立てなかったという60代の女性もいました。
 ガンや白血病になった人も多いと思いますが、日本人の死因の3割がガンの時代ですから、被曝との因果関係をなかなか立証できない」(大泉氏)
 裁判の原告になったのは昭一夫妻だけだった。若い被曝者は結婚差別や就職差別を恐れ、高齢者は就職差別を恐れ、高齢者は親戚にJCO関連会社で働いている者がいるなどのしがらみがあって、なかなか訴訟に踏み切れなかったという。裁判でも、皮膚病やPTSDと被曝の因果関係が立証できないとして、結局大泉氏側が敗訴した('10年5月確定)。
 昭一氏は直後に脳梗塞に倒れ、今年2月に亡くなった。」

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「高層ビルは安全ではない」 下「」引用。

「--東京湾近くで、M8を大きく超える巨大地震が発生。東京では震度6以上の大きく揺れを記録し、津波の恐れもあるということで、人々は慌てて近くの頑丈そうな高層ビルに避難した。
 そこに、2~3mの津波が襲来。東北関東地震の教訓にならい、都民は5階以上の高層部に避難しておりり、なんとか難を逃れたようにみえた。
 ところが……。避難したビルに、東京湾から押し流されてきた。数千tの船舶が激突。ただでさえ、地震で構造が弱くなっていたビルはひとたまりもなく崩壊してしまう。
 さらに別のビルには、炎上したまま流されてきた家屋や、石油タンクなどが衝突する。そのまま火が燃え移って大火災ガ発生したが、電源ストップと補助動力にの故障などにより、ビルのスプリンクラーは作動しない。もちろん、消防署などに期待することはできない。」










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