オセンタルカの太陽帝国

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死に臨むアグリッピーナ。

2010年04月29日 10時16分30秒 |   ヘンデル

私の大好きなアグリッピーナ。
ユーチューブでたくさんの作品が楽しめるようになって久しいのですが、前にご紹介したことのある素晴らしいアントナッチのアグリッピーナのほとんどが消されてしまったらしいので、改めてアントナッチの動画を探し直してみる。

アグリッピーナという作品についても紹介し直しましょう。
ヘンデル25歳の作品(1709年、ヴェネツィアでの初演)。これ以前にヘンデルは5作のオペラを発表していましたが、大々的に世間に注目されるようになったのは6作目にあたるこのアグリッピーナの成功によってでした。いわば彼の出世作です。
物語は全く勧善懲悪を無視した若い頃ならではの作風。美しく野心に溢れる母(アグリッピーナ)と野心にまみれ才能に溢れる優しい息子(暴君ネロ)の美しく激しい愛憎を描いた、やや反徳的な題材です。登場人物のネロ、ネロの母アグリッピーナ、ネロの妻ポッペア、皇帝クラウディウス(アグリッピーナの夫)、ネロの親友オトらはのちにそれぞれ別々に悲劇的な最後を遂げる事になるのですが、この劇ではそこまで描かれません。みんな楽しそうにその場限りの悪巧みを巡らす姿が、このオペラの面白い見所です。
アグリッピナっていう人はユリウス・クラウディウス家の家柄でローマでかなりの人気を誇っていた(しかし悲運の死を遂げた)ゲルマニクスの娘として生まれ、西暦28年に名門のグナエウス・ドミティウス・アヘノバルブスに嫁いだもののその夫は32年に一回だけ執政官に就けただけな凡庸かつ暴力的な人物でして、37年ネロ誕生、40年に夫死去。アグリッピナは直後に別の人物と結婚し破局、三度目の結婚相手としてローマ皇帝のクラウディウス帝の皇妃となるのです。美人でしたからね。彼女の唯一の息子のネロは実父に似てどうしようもない子供でしたが、母だけはその息子に類い希な才能があると思い込んでいて、継父のローマ皇帝に皇太子として認めさせさらにその上の事をどうにかして売り込もうとしたというのが、大体のところのこのオペラの骨子です。クラウディウス帝自身もかなりどうしようもない皇帝でしたが、その彼ですらネロを全く評価していなかった、しかしそこに母が巧みに攻め込んでいった、という展開がこのオペラの最大に面白いところ(しかし予期せぬ事に、第三幕では息子の嫁が新たなアグリッピナとして策謀しはじめるのだ)
ヘンデルの若い頃の作品だとはい え、これ以前の修業時代に彼はドイツとイタリアで凄くドラマチックなカンタータ作品を200曲以上も書き上げていました。偉大なるモンテヴェルディゆかりのヴェネツィアで『アグリッピーナ』を書くに当たり、それを踏まえてヘンデルは彼の無数の自作から渾身のメロディや素材をたくさん抜き出して散りばめてみました。いわば、アグリッピーナはヘンデルという大天才の25歳までの集大成みたいにもなっています。(「源義朝公13歳のときのしゃれこうべ」みたいな感じかな)
アグリッピーナを聴いてからそれ以前のカンタータの数々を聴くと、遙かに若いヘンデルの方がもっともっとドラマティックなことに驚きますし、こんなに躍動的だったヘンデルが何でこの僅か30年後にあんなクソつまらないオラトリオの数々を量産しなければならなくなったのか、ということにも驚く。

 

このオペラの影の主役は未来の大帝王ネロの親友であり“真面目で忠実なこと天下一品”と言われたオトーですが(※史実のオト帝はネロの悪友で、ネロの死後に皇帝になってから頑張ろうとしたのですが全てが間に合わなかった人)、その真面目なオトを息子のライバルであるとして追い落とそうと母が企むのが上の動画です。エロティックなアグリッピナが現皇帝クラウディオの耳元にひとことふたこと囁くだけで皇帝はオトを信じなくなり、厳しい措置を言い渡してオトは絶望の底に陥る。そういうオトに対して、アグリッピナが甘美に包んで鋭い言葉を放つ[2:26]からの音楽が誠に見事じゃありませんか。母は息子の友達を劇の最後まで「おばかさん♪」としかみなしませんでした。続いて[3:39]の所から親友のネロが現れるのですが、こいつ、本当にいかれているぞ。帝王然とした音楽が笑える。ネロが散々オトを罵倒した後、[5:50]に登場するのが未来の皇妃ポッペア。ポッペアはかつてオトの妻だったのですがネロに寝取られました。ポッペアもオトを散々罵るのですが、ポッペアはさすが可愛いね。とにかくオトはこの作品中で最後まで不憫です。でもポッペアは本当は今でも夫(ネロ)ではなくてオトを愛してるんだよ。ぎゃはははは。一方で、三者三様の個性が発揮されているこのシーンは素晴らしい。

かっこいい上級士官オトー(のちのローマ皇帝)。
真面目一辺倒のオトがひょんなことから皇帝クラウディウスに可愛がられるようになって、似合わぬささやかな野心を抱いてしまったシーン。でも実はこの場面はその上の動画につながっているので、あっという間にオトは墜落。この劇では以後の彼に浮かぶ瀬は二度とありません。

孤独な母アグリッピーナが酒に飲まれている場面。泥酔する描写にこの音楽は無い!と思う。
どんだけ傑物やねんアグリッピナ。 

もう一曲、アグリッピナとお酒のシーン。
お酒を飲む人物に曲を付けて、ヘンデルほど素晴らしい人はいないんじゃないかしら。
とにかく、この動画でアグリッピナを歌っているアントナッチ様が素晴らしい。
(ウンザリ顔の“可愛い嫁”もよろしいけれどね)
この曲のタイトルは“Non ho cor che per amarti (私の心はあなたのもの)”と言うのですが、実は台本を読むと、義理のエロ父(皇帝クラウディオ)に激しく言い寄られてたポッペアを颯爽と現れたアグリッピナを救い(かっこ悪いクラウディウス帝)、ポッペアが心より義母に感謝し、それに対して義母が嫁に「仲良くしましょうね」と優しく言うシーン。台本では嫁に「ウンザリする」余地など無いのです。なのにこの動画ではこんな絵づら。楽しすぎる。
[2:50]ぐらいのところなんか、勝ち誇ったようなアグリッピナと観念したような若い嫁の顔の対比から察して、てっきり「あなたも当家に嫁いだからには当家のしきたりに従っていただきます! あなたの全ての尊厳を私の息子に捧げること! あなたには金輪際我が儘は許しません! 私の言う事は全て皇帝家と元老院の決定だと思って従いなさい!」とでも言っているのかと思いきや、あの邪悪なはずのアグリッピナが「Non ho cor che per amarti.Sempre amico a te sara.Con sincero e puro affetto.(私の心はあなたのものよ あなたは永遠に私の友人よ あなたを慕うこころが私の胸の中で大きくなってますのよ)」と繰り返し歌っている、というシーンでした。これがあまりにもウザく繰り返しすぎて、だからポッペアはこんな表情なんだろうか。
で、そもそもわたくしがアントナッチ様にここまで惚れるきっかけになったのは、この歌の[2:25]の部分のアグリッピナの表情と揺れる仕草だったのでした。可愛らしすぎる。この曲のここの旋律と雰囲気は、ヘンデルが一年前にローマで書いた『復活』というオラトリオでマグダラのマリアの歌う「昔アダムに罪をおかさせたのは女だが、イエスが復活したのを見て告げたのも女だ(女って素晴らしい)」という曲の一部分と同一です。ヘンデルは素晴らしい。

 

 

この演出ではやっぱりアントナッチ様の存在がずば抜けているのですが、それに対する“息子の嫁”ミア・パーソン(ポッペア妃)もなかなかです。
可愛いけど憎たらしい嫁を上手く演じている。
画面を見て、「いびつな絵面だな」と思わないで。この作品ができたのは何と言っても1709年。日本じゃ歌舞伎すら形が整っていない頃ですよ。このチェンバロにはヘンデルが込めた大きな意味を感じるように思う。(要するに軽薄かつ攻撃的でスタイリッシュって意味で)コケティッシュで狐のようなポッペアに、オサレな居酒屋の場(サロン)で野心を与える。とりわけ[4:16]からの迫力はたまりません。これがたったの一瞬なのが真に鬼迫を与えてるんだ。ポッペアにも野心。わたくし、ヘンデルがポッペアですらこのように丁寧に蠱惑を描こうとした事に敬意を表する。

失意で酒を浴びるポッペア(【2:24】のところから)。
なににこの子はこんなに絶望しているのかね。
そのさまがかわいくてたまらない。
この動画のポッペアのヒザセーターもゾクゾクするよね。エロいよね。でも思い出してみたら、ジャルスキーとヴェロニク・ジャンスのDVDにもポッペアがお人形遊びをしているシーンがありました。とすると、ミア・パーソンのこの膝セーターは、ポッパエアの子供っぽさの表現なのでしょうか。

しかしポッペアは意外に賢く、第三幕でアグリッピナよりも彼女の方が優勢になるんですが、でもやがてポッペアも勝手に自滅してしまいます。

 

・・・あれ?
素晴らしいアントナッチ様の動画をたくさん紹介しようと思ってたんですが、なぜだかミア・パーソンの方が多くなっちゃった
この上演は2003年のルネ・ヤーコプス指揮のコンツェルト・ケルンの演奏。
「このDVDが欲しい!」とずっと思っているのですが、なかなか売っていないようなのです。アントナッチは今では大スターで、ヘンデルもきっとたくさん歌っていると思うのですが、私の持っているのはウィリアム・クリスティが指揮した『ロデリンダ』1枚だけです。悔しい。もっともっとアントナッチ様を鑑賞したいのですが。

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