オセンタルカの太陽帝国

私的設定では遠州地方はだらハッパ文化圏
信州がドラゴンパスで
柏崎辺りが聖ファラオの国と思ってます

鶏小屋の狐(ラーマン・クロギウス)。

2022年03月06日 19時01分40秒 | テレビ日記

2月の半ばに行ったドライブの記録のつづき。(これまでのあらすじ)

 

チェックアウトのとき気がついたんですけど、フロントから少し奥に行った所に、フクロウと鷹(?)がいました。なんなんですかこの宿。昨日の夜もっと時間があるときに見たかった。

前回言った「Atokで文字変換が出来なくなった問題」は、さらに数日前の突然の自動更新で元に戻ってました。私だけの問題じゃなかったんですね。でもあのものすごく不自由だった私の数日間の時間を返せよ。(私のAtokは2014年版なので買い換えなければと思いました)

 

夕食を鳥栄(とりえい)さんで食べたあと、まだ飲み足りない気がしたので(笑)、近くのマックスバリュで酒とつまみを買ってきてお部屋で飲みました。このマックスバリュも15年前毎日買い物に行ってたんだよなー。(←※偽記憶がもたらすウソでした。私が通っていたのは田京のマックスバリュエクスブレス。古奈のここに来たのは10回ぐらい)

普通にビールを買ってくるんじゃ面白くないと思ったので「伊豆の国ビール」を数本買ってきました。製造元は御殿場の時の栖。反射炉ビアじゃなかったか。まー、『義時の夢』も製造元は浜松酒蔵でしたからね。

 

本を読みながらうだうだしていて、朝食です。

めちゃくちゃ今の自分に食べたい朝食の見た目です。
伊豆の旅館の朝食と言ったらアジ!

あれ? 鰺の干物って通常食べる方を表にして出すんじゃなかったっけ? と違和感をもってググってみましたら、皮の方を上にして出す常識が8割らしい。家で自分で七輪で焼いたら、食べる方を上にするのが当たり前だから、勝手に自分の中で常識が裏返っていたぜ。

こういう朝食、すごくウマイ。
お味噌汁はアサリでした。でも、このなかで一番美味しかったのは写真のなかで左のはじにあるウメボシでした。なんだこの肉が豪壮な梅干しぃ!!(写真には撮りそびれました)。ごはんもお櫃に入っていてお茶碗2杯半ぐらい。多く感じましたが食べたらちょうど良かったです。食事の時も姫の湯荘の姫君の楽しい会話がありました。

 

2日目は、伊豆の国市の行ったことがなかったところをウロウロと。

まず、北江間横穴群。
私は伊豆に住んでいた頃、古墳って全く興味が無かったんです。それは「伊豆には古墳がない」という思い込みがあったからですが、伊豆に関わらずそもそも古墳ってあんまり好きな物でも無かった気がするな。若い頃に九州をうろうろしていたときに西都原古墳群にだけ感銘を受けた思い出はありますが、他にそういった記憶がありません。だってお墓だよ。とはいえ長慶天皇の御陵とか織田信長の首塚とか護良親王の首塚とかには興味は多大にあったわけですから、要は「だれのものかも分からないお墓には興味が無い。だって趣味が悪いでしょ」だったのかもしれません。どちらにせよ趣味が悪いのですが。
ところが浜松に越してきてから、浜松のどーしようもない史跡巡りをしている間に古墳というものに不思議な関心が湧いてきてしまって、今では最大関心事のひとつです。本も何十冊も読むようになり、著者によって全然違う主張を言うことに楽しさを感じています。(白石太一郎氏の本がお気に入り)

「伊豆には古墳が無い」というのも思い込みで、それなりに興味深いものがいくつもあるようです。
「北江間横穴群」は2ヶ所に分かれていまして、まず「大師山横穴群」に。

これはすごい。なんで私はここに来たことがなかったんだろう。
・・・と思って写真をたくさん撮ってきたんですが、私の感動を表現できていた写真は一枚もありませんでした。横穴群って写真を撮るのが難しいぞ。

大師山には全部で10個の横穴があるのですが、そのすべてが独特で見応えがあります。とくに1号墓と2号墓がすごい。いや8号墓もすごい。思った以上に大きい。以前、函南町の柏谷横穴群には行った事があるのですが、あそこは公園として整備されてしまっていて、横穴も損壊防止のために保護材に覆われてしまっていた。こちらはそのままです。柏谷は背後に住宅街が広がり、また横穴の上の方に遊歩道があってお墓の上を歩けるので「なんだかなあ」と思った記憶がありますが、こちらは場所が絶妙で、「なんでこの立地なのだろう」と考察を大いにする余地があります。

家に帰ってから教育委員会の調査報告書を読んでこれがめっぽう楽しかったのですが、「どうして1号墓と2号墓は高さが違うのだろう」とか「1号墓と2号墓はどうして石室の形が違うのだろう」とか「どの順番で作られたのだろう」とか「この場所はこの地域にとってどういう位置づけの場所なのだろう」とか「どうして石に文字が彫ってあるのだろう」とか「この穴はなに?」とか「まさか墓が開けっ放しってことはないので、この穴はどのように閉じられていたのか」とか、見ながら次々湧いてきた数々の疑問の答えがすべて書いてあって、「古墳だけではなくて横穴墓の世界も奥が深い」と思いました。

どうやってこんな穴開けたんだ。(これは蓋を動かすために江戸時代の頃開けた穴らしいです)

これは奥の方に骨壺を安置する型の横穴。

これはひとつの穴の中にこの規模の墓室が2つある。にも関わらず穴の位置関係が少しずれています。

 

10個全部が興味深くて、ずっと見入ってしまって、また写真を50枚ぐらい撮ってきたのですが、いま改めて写真を見直してみますと、「あれ? なんであれを撮ってなかったんだ?」「写真が足りないぞ」という後悔が多い。・・・また行こう。

いろいろ考えなくてはならないことがあって、そもそも横穴は古墳なのか? という事なのですが、横穴墓は7~8世紀(飛鳥・奈良時代)のものですでに古墳時代は終わっています。でも古い墳墓はすべて古墳。南北朝時代に作られた首塚だって古墳です。(?) しかし「墳」とは土を盛り上げた物を言う。横穴は墳にはしない。しかし用語としては、横穴墓のことを「横穴古墳」と呼ぶのは正解だそうです。そして「横穴古墳」と「横穴式(石室)古墳」は別の用語です。

「横穴を閉じる蓋」はどうなっていたのでしょうか? 「横穴式古墳」の場合は石室の入口には「閉塞石」という重い石がおかれ、現在では墓が調査された後もその閉塞石が脇に転がっている場合が多いのですが、ここにはそれがありません。完全に閉じてしまう古墳と違って、それから何百年も経つと参拝する風習とか追葬する風習ができたりして、扉も木材になったりしたのかな。(閉塞する何かがあったらしい跡はあるそうです)。でもそもそも追葬なんてしたのかな。浜松の古墳群などでも「王家の谷」みたいな古墳が密集している地域があるのですが、詳しく調べてみると「古墳群」を形成しているのはほぼ同時代の(同世代)もので、世代が変わるごとに古墳群が移動していくらしい。古墳時代が終わった後はどうなったんでしょう。古墳時代の古墳は下から見えないと意味が無かったそうで、その立地と見え方には工夫が凝らされているのですが、この横穴群はどうだったのでしょうか。たしかにここも牧歌的な平野を見下ろせる場所ですな。


神聖さくら王朝の研究。

2022年02月23日 00時00分01秒 | テレビ日記

少し前のWindows自動更新で、私のパソコンのATOKの学習辞書が自動に白紙にされてしまったみたいで、非常に困っています。

↑ この上の一文を書いてみただけで、実際に打ち出された文章は、

「須こし真エのWindows自動鴻新で、渡しのパソコンのATOKの岳シュうじしょがハ区師にされてしまったみたいで、否ジょうにコマッテイマス」

普通そうはならないでしょう!という感じで、これは絶対わざとやっている。
極一部の語句以外はすべてこんな調子。(←これもチョウ氏になるのです)
(だってWindowsとかアップデータとかの語句は普通に変換されるんですよ)

  ほうじょうよしと機
  と区がわいえや須
  源の余李とも
  機度うせんしがんだむ

ATOKってデフォルト状態で歴史上の人物の名前を全て一括変換できる優れモノなのですよ。その機能を悪意を持ってお釈迦様にされているようです。
事態は文字変換のお馬鹿化以前の問題で、文節のどこかの箇所で、一文字か二文字だけ選ばれて最も変な文字で変換するです。
「す」は須べて「須」になる。一文字目を漢字にしないことが多い。なんだこれ。「悲しい」とか「食べもの」とか「現在」とかいう普通の語句もスムーズに打ちこめないのです。

・・・私はこの記事に一体どれだけの時間をかけるでしょうか?

 

まあ、そんなことはどうでもよくて、
2ヶ月ぶりに連休をもらったので、またまた伊豆に行ってみました。大河ドラマ館を見に行くためです。
前回の直虎のときは家のすぐ近くに大河ドラマ館ができたので、行ってみたら「つまらねー」と思い、今回だって一日前まで「絶対行かないだろう」と思っていたのですが、いいじゃないか伊豆の国の一大イベントなのだもの。来年もまた浜松にできますからね。(たぶん行かないが)。驚いたのは、前回の浜松の直虎のときは入場料600円だったのに、伊豆の国の今回は400円だったこと。600円だと「高い」と腹が立ったが、400円だと笑って許せた。むしろ安いとまで感じました。まぁ、お祭りですからね。いいねいいね。

大河ドラマ館のことは後で詳しく書きます。

今回、まず行きましたのは沼津港の深海魚水族館。
ここに来るのも5年ぶりぐらいじゃないかしら。館の外館がすごい見た目になっています。

入って入口のところにデ~ンといましたのがアブラボウズ。でかい。
美味しいけどたくさん食べてはいけない魚。
前回ここにはシャケビクニンの大群がいたんでしたっけ。いや、シャケは別の場所で、ここはダイオウグソクムシの定位置だったかな。(もう忘れています)。鮭も具足も今日はいませんでした。「アブラボウズ、初めて見たな」と思ったんですけど、解説板を見ますとこの個体は2018年からここにいるとのことでした。長生きなんですね。(この水族館は入れ替わりが激しい)。白い斑点が鮮やかなのは若い個体だそうです。

変なナマコ。センジュナマコではない。

変なナマコ。(アカミシキリ)。この水族館には深海性じゃない生き物も3割強います。

マダコ。
魔多幸も深海性じゃないのですが、今日はこことは別の水槽に、“この水族館のアイドル” メンダコも3羽ぐらいいましたよ!(残念ながら写真撮影禁止)
解説板によるとメンダコの飼育最長記録は52日だそうで(ということはその個体はもう死んでしまっているということなのだけど)、ここの個体はいま何日目なのでしょうか。すぐ死んでしまう悲しい生き物。(・・・とググってみましたら、今現在、サンシャイン水族館で記録更新中だそうです)

この水族館はとても狭いのです。入館料400円のウォットと比べても半分ぐらいしかないんじゃないでしょうか。生体はさらに少ない。剥製が多め。でも行くたびに満足度が高いのは、研究施設としての側面も大きいことがちゃんと感じられることです。メガマウスなんて、どう見ても作り物なんですが、これはちゃんと沼津海岸に漂着したものを研究保存した剥製だそうですよ。こんなのが浜辺に転がっていたらビビる。

勝手にメガマウスって口だけしかない化け物だと思っていましたが、ちゃんと身体も長いんですね。
この口の中の仕組みってどうなっているのか、改めて知りたいな。この姿の生き物ってファンタジーにしかいない。(アンドリューサルクスがいたか)

この水族館でシーラカンス成分が一番余分な物だと思っていましたが、イルカショー代わりの「シーラカンスの秘密ショー」が、お姉さんの語りがとても巧みなので大変面白かったです。すげえ魚や、シーラカンスは。

 

 

水族館を出たらちょうど11:30だったので、水族館の前にある「浜焼きしんちゃん」に入ってみました。
サザエを焼きたかったのです。

「とりあえず貝3種盛り」(1,210円)、「浜焼き定食」(1,078円)、「ヒラスズキのお刺身」(858円)を注文。

お魚はメギスとメヒカリ。

おいしかったです! 家で七輪で焼いて食べるのと同じくらいおいしかった! そして楽しいです。
入店したときはガラガラでしたけど、瞬く魔に広い店内が満席に。すげえぜ沼津港。今日って平日ですぜ。

 

それから、伊豆の国市に行きまして、韮山時代劇場にできた大河ドラマ館へ。

伊豆の国に住んでいた頃、「時代劇場」って「大岡越前とか江戸の黒豹とか子連れ狼とかを毎日やっている場所なんだろうな」と漠然と思っていましたけど、それを観に行ったことはありませんでした。(図書館には行きましたけど数度だけ)。けっきょく時代劇ってどのくらいやってたんでしょうね。今回の大河ドラマで初めて輝いた場所な気がする。浜松は意外と時代劇が盛んな場所で私も仕事で少しだけそれに関わったので、「なんで伊豆にいたころ時代劇に親しまなかったんだろう」と後悔したのでした。

これまでいろんなところで散々悪口を言いましたけど、大河ドラマ館は今の私にはなかなか面白かったです。小物にはなかなか凝っているらしい。

浜松の直虎の時もそうでしたけど、「大河ドラマ館」って「ドラマ中で演者が実際に着て使った衣装の展示(3つぐらい)」が見どころの7割です。まあこんなのに全くの興味のないわたくしには「だからなんやねん」なのですけど、でも実際見てみますと、軽そうな感じで着て気持ち良さそうですね。冬は寒いだろうけど物語は旧暦の8月だから。伊豆は冬も天城以外は南国ですから。小栗旬のだけ「レプリカです」と言われたのですけど、ドラマでまだ使ってるということですね。政子妃はもう二度と少女時代の伊豆に戻ることはないのです。

大河ドラマ館の魅力の残りの3割が何なのかというと、「撮影時エピソードの現地へのリップサービス(メイキング映像)」の上映です。伊豆はロケ場所としては素晴らしい。私は特典付きBDとか買っても特典等ほとんど見ない人間ですが(たまに見る)、そのたまに観た特典がとても楽しかった感じ。ドラマ中の北条時政の館は、実際に守山の北条氏邸跡にセットが組まれたんですって。伊豆は全ての場所が独特なロケーションなんですよ。
ただし、北条氏縁者以外の伊豆武士は仁田忠常以外出てこないらしい。まじか。(狩野介工藤茂光も出てきましたっけ)
「鎌倉殿の13人」はまだ出揃ってないですけど、それ以外の鎌倉武士との絡みが私は一番見たいのに。木曽義高を殺害したときの堀藤次郎とか上総介を殺害したときの加藤次景廉とか比企能員を殺害したときの天野遠景とか描かないつもりかな。阿野全成を殺害した八田知家と、源実朝と公暁を殺害した(?)三浦義村に代弁させるつもりなのかな。ていうか、三谷幸喜のこの感じだと手に負えなくなったどうしようもない源頼朝を殺害して(のちの)東鑑の記録を抹消するように命ずるのが小四郎義時になるような感じもするな。願成就院の仏像を造る運慶は出場するそうで、なんかいろいろと私の期待からはずれまくっている。

ただし、直虎のときの大河ドラマ館は、「こんなのにこんなに人が来るとは思わなかった」と浜松の市の郡衙の人たちがホクホクしたそうですけど、伊豆の国の今回は人が控えめでしたな。(だってつまらないもん)。でもおもしろいいからみなさん観にいってやってつかぁさい。

でもね、大河ドラマ館へ行って、浜松と較べて改めて思ったんですけど、伊豆ってもう観光誘致なんて不必要な土地なんですよ。「伊豆に関しての基礎的なこと」を今さらわざわざ敷衍するまでもないのであって、今やるべきは「大きな物に隠れている小さなもの」を明らかにして列挙することだと思う。(要はわたくしの常々言っている伊豆の小武士群とかそういうことね)。伊豆の地魚とか伊豆の変なサワガニとか伊豆の特異的なカタツムリ群とか。それだけを顕示するだけで来る人を圧倒できます。・・・それを今やっている方々が伊豆ジオサイトの皆さまなのですが。(歴史分野にも食い込み始めていることがスゴイ)。浜松にはどれもが無い。

続いて行ったのは、蛭が小島を経て韮山城。
そういえば大河ドラマ結局蛭ヶ嶋出なかったじゃねーか。あのいやらしい大泉にちうちう血を吸わせてやればよかったのに。(冬にはヒルも野蒜も出ません)

韮山のこの地形図は何度見てもしびれます。この小山に要害を張り巡らせたのが後北条氏です。
そういえば、1年ぐらい前に富樫倫太郎の小説北条早雲(全5巻)を読了したのですよ。早雲は韮山の天ヶ岳に登って駿河湾と相模湾を望み見るのです。が、・・・見えるわけがねーじゃん、この山128mしかないんだから。この作者これ登ったことねーな。(私もありません)

韮山城本丸から見る富士山。

静岡に住む人はみな、「自分の住んでいる町から見る富士山が一番美しいと言う」といいます。伊豆の国市に6年住んだわたくしから言いますと、やっぱり伊豆の国から見る富士山が一番美しいね。頼朝公もきっと同じことを言ったでしょう。宝永火口と宝永山ががちょうどこの位置にある構図が一番絵になる。谷文晁もここからの富士山を絵に描きました。・・・この話前にもしましたっけ。(同じ話を何度もする病)

 

さて、時間になりましたので今日の宿へ。

伊豆長岡の古奈温泉側にある「姫の湯荘」です。
遙か昔に「源頼政とあやめ御前伝説」について調べていたときに「いつか来よう」と思った場所なんですよね。一泊朝食付で7,100円(+入湯税)。

ここの「姫」とは菖蒲御前のことだと思うのですが、宿の公式サイトを見ても三位頼政卿や御前について述べてあるところはなく、それどころか「源頼朝も愛した姫の湯」とか書いてある。頼朝は流れる水(狩野川)を招かれなかったら渡れなかったはずなのに。

とても古い作りの宿ですが、広大な裏庭があるらしく(これがどうなっているか全然案内がなくて全て不詳なのですが)、窓から見ても全然よく見えない感じになっていて、「なにかある感じ」「すごいのかもしれないけど何かよくわかんない」って感じで、さすが姫、奥床しい。いい感じの椅子があるのに、ここに座っても「なにも無い」んだもん。

こういうのが館内随所にある宿でした。でもセンサーがあるらしくてロビーにでると即座にお姉さまが出てきてくださるので、まじまじと眺め(て写真を撮る)ことはできませんでした。このお母さまが「姫」なのでしょうか。お話しが楽しいお媛様です。わたし、伊豆長岡の「ぬえ」のつるし飾りが欲しいんですけど、どこで売ってるか教えてくださらないかな。(ここにあるかどうかは不明)

ここの料理もなかなかすごいんだそうですけど、オフシーズンに一人で来ちゃったので夕食付きのプランがありませんでした。
ひとっぷろ浴びてから夕食に出ることにしましたけど(ここのお風呂はレトロ感溢れる物で特筆すべき。お湯を出すのが熟練の技が必要で寒い日だったら凍え死ぬ。アトピーに良く効く湯らしいんですけど、良く効きまくりすぎて敏感すぎる肌の私はこの後一週間難渋しました。夏はプールもあるみたいな感じなんですけどよく分からない)、今はまん防警報厳重厳戒御成敗式目発令中なのですべてのお店は21時には閉まってしまう。
お母様(姫)に「浜松ははんぶんぐらいのお店が閉まっちゃってるんですけど、伊豆長岡はどうですか?」と聞いたら、「全然そんなことはないと思いますよ」と言われたので、「さすが温泉街や」と思ってお礼を言って宿を出たんですけど、歩き回ってみますと、半分どころか8割ぐらいのお店がやってないやんけ。やっているお店でも「お酒は出さない」お店がほとんどです。事前に調べて「いこう」と思っていた店は全滅でした。姫のお宿は自分のお店で夕食をやっているから他のお店については詳しくないんでしょうねおそらく。

私はまだ「伊豆の魚」を食べたかったんです。そして、実はこの日は私は持病である「痛風」をわずらっていて、その治りかけの日だったのです(歩けたけど)。古奈中のお店を歩き回って、「もう歩けない」というぐらい歩きましたが、結果全滅でした。伊豆長岡大丈夫か。足痛い。

結局の所、唯一やっていたお店と言ってもいい「鳥栄(とりえい)」さんに。まだ昼食がお腹に残っていて、「魚だったら食べられるが、肉はそんなに」という状態でした。鳥栄さんには前にも来たことがあるし。でも今日はこのお店しかありません。18:00。リミット2時間。

結局あんまりお腹が空いてなくて、そんなに食べられない気持ちだったのですけど、「焼き鳥のコース料理(10本セット)」というのに惹かれて2,200円のおすすめを注文しました。一本ずつ出てくるそうなのでなんとかなりそうな気がした。焼き鳥のコースって改めて思うとすごくね? 盛り合わせじゃないんですよ。

これはコースとは別のつきだし(いくらか分かんない)。なかなかいいんでねえの。

最初にでるのはささみ山葵。最初が一番大事だといいますが、すごくみずみずしいささみで口触りが良く、さすがや。
座った席が焼き台が一番よく見える場所で、「やったぜ」と思いました。楽しい感じです。

2つめは砂肝。私は焼き鳥は大好きなんですが、普段は食べるものがかなり偏っていて砂肝はほとんど食べないです。だって身体のどこかの一部がすごい痛い感じがして。痛い痛いそこが痛いのはイヤ。でも、コースだから仕方なく食べましたけど、さすがに美味しかったです。

3つめはレバー。私は普段焼き鳥を食べる部位が偏っていまして、ほとんどがねぎまかレバーです。たまに鶏皮とニンニク。酒飲みの宿癖として私も肝臓の数値が思いっきり悪く、多分私の死因はそれになるのでしょうが、今はそれを大いに喰らうことで刹那的に今をやり過ごすべしと考えている。(自分でも言っていることが意味分かんないとは思います)。私の家の近所の焼き鳥ドンキーの白レバーが大好きでよく食べるのですけど、、、 なんだこれこのレバー、世界一おいしいな。

と、すかさず焼いていた兄ちゃんが私を見てレバーの極意を話しかけてくれまして、おそらくこのレバーが兄ちゃんの一番の自信作なんじゃないか。肝臓の世界は奥が深い。焼き鳥とは肝や。

といいつつ手羽先もおいしいぞ。

合間に出てきた緑サラダ。この存在が最後まで助けになりました。

5つ目はうずら玉子。おいしい。

6つ目はねぎ間。
普段焼き鳥は「塩」でしか食べないのですけど、このお店は「たれ」しか無い。でも、濃いところのないこのお店のタレはとても食べやすくておいしい。タレの焼き鳥も悪くないな。意外といくらでも食べられます。

だんご。
だんごって言うから本当にだんごが出てくるんだろうか、とびくびくしていましたらつくねが出てきました。よかった、鶏肉だったら食べられるや。

8つ目は紫蘇巻き。この頃から「あと3つもあるのか」と思い始めました。

9つ目は鶏皮。
最初にこれが出ていたら舌の上がこれに支配されていたでしょうから、このコースの配分が見事だな、と感歎いたしました。

最後は野菜巻き(ナス)。
大きいけど存外ペロリと行けました。見事や。

シメに鳥スープ(昆布味)。
鳥のコース、とても面白かったです。半分ぐらいまでは「追加でいくつか行けるだろう」と思っていましたけど、最後にはもうとてもとても。満足感がとてもすばらしいです。ラーメンなど到底食えない。変わったメニューも随時あるみたいなので、近くで働いていたころちゃんと通うべきでしたねえ。また来ることはあるでしょうか。

焼き場のお兄ちゃんは目配りが素晴らしくお話も面白くて楽しかったです。(焼いている所の写真は撮りそびれました)
ビールは4杯ぐらい飲んだと思うのですけど、酔っ払ったので総額幾らだったか覚えていません。(と言っても変なの食べてないので写真から類推できる)。こんにゃく田楽とうのはなはいくらだったんでしょう。

 

それからほろ酔い気分で古奈の温泉街をうろうろとし、西琳寺から移転した「あやめごぜん慰霊碑」の前まで行って、「私ははるばる浜松から来たんですよ。何か私に言いたいことはないか」と言いました。(意味不明)。足が痛かった。

 

(・・・・・・続きます)


塩家虻コロニー。

2022年01月11日 00時02分31秒 | テレビ日記

大河ドラマ、面白かったですね!
やっぱり伊豆時代の源頼朝の話はコメディだだ溢れでやるのが一番です。伊豆を脱出して以降はお笑いはもういりませんけど。
なんと、三谷幸喜氏は異説もそれなりに取り入れていく方式でやっていくみたいで(江間小次郎が登場人物として出てくる)、これは久しぶりにちゃんと見続ける大河ドラマになりそうです。(わたくし、『直虎』はさすがに全部観ましたが、『平清盛』は保元の乱まで、『真田丸』は関ヶ原まで、去年のも面白いと思いましたけど、橋本愛と結婚するまでしか観なかった・・・) 毎月1000円も払ってるNHKアーカイブ(←これは『太平記』を観るために入ったのだった。全部見終わったら即刻退会してやろうと思っていたのに、まだ見終わっていない・・・)で、先日ようやく『平清盛』が観られる様になったので、嬉々として見始めています。ようやく保元の乱まで観たぞ!(あれ? ・・・そもそも私は『平清盛』も『真田丸』も全部録画してあるのだった)

今年はせっかくだから、「第一回目は伊豆の国で観よう」と思い立って行っちゃいました、伊豆の国に。
何年ぶり? たぶん5年ぶりぐらいですよね。

泊まったのはこの宿。

伊東園ホテルです。
本当は一度泊まって気に入った同じ伊東園の「大仁ホテル」に行こうかと思ったのですけど、なぜか空きが無かったので伊豆長岡のこちらに。一泊二食飲み放題付きで10,845円。あれー、伊東園ホテルって¥7800ぐらいじゃなかったっけ。・・・と、そういえば世間は三連休だったことに気がついたのは行った後でした。

同じグルーブなのに大仁ホテルが洋式のビジネスホテルみたいなベッドの部屋だったのに対し、こちら金城館は旅館チックな和室。館内は一般的な旅館風でした。一人なのに豪華な8畳間。伊豆長岡の温泉街にはもともと窓の外の景観というものがありませんが、このホテルはさらに谷間っぽいところにあって、閉ざされた感じの窓からの世界。本館と別館があって、それぞれにお風呂があり、本館のお風呂は夜と朝で入れ替わるので、3回お風呂を楽しめました。伊豆長岡の温泉は、何の特徴も無いいいお湯です。

やはり家族づれでいっぱいでした。夕食バイキング。
飲み放題込みですが、感染対策のために通常90分のバイキング時間が70分に短縮されているんですって。私はそんなに長時間食べ続けられないからいいんですけど。

さすが、メニュー数が豊富です。そして、酒のつまみに最適なのが多い(笑)。私はこれだけで3時間いけるわ。(実際、この一巡で終わっちゃいました)。この写真の中で一番の当たりだったのは9マスの中央にある鶏皮の唐揚げでした。いやー、わしこれだけでいいわー。右側の茶色いのはカレーでなく巨大な肉の入っているビーフシチュー。鶏カワの左はたこ焼き。ビールの左の茶色いのはモツ煮。いやー、延々飲めるわー。(70分しかないけど)

冬のグルメフェアは『五貫の海鮮大ネタ寿司』でした。が、私にはこれは多すぎた。真ん中の魚がいまだによく分かんないんですけど、見た目はブリ系ですけどカツオっぽい味がした。これ以外にお刺身も数種類あったので、私にはそれで十分でした。

逆に、飲み放題が70分ですけど、私にはそれは短すぎる。私はいささか各種神経が鈍いので、酔いが始まる前に終わっちまうくらいの時間じゃん。で、ここの生ビールが秀逸でして、グラスは決して大きくないのに、自動お酌機械はボタンを押すと7分目ぐらいの量で終わってしまう(笑)。(そういう量の設定がしてあるのです)。だから当然何度もつぎに行くことになるのですが、その動作で酔いを巡らせる仕組みなのですね。

日本酒は万大醸造3種類と花の舞3種。
結局、生ビール5杯とレモン酎ハイ1杯、万大のあらばしり1回で時間切れになってしまいました。
とうてい足りぬので、懐かしい伊豆長岡の夜の町へ繰り出すつもりでしたが、部屋で源頼朝をみてしばらくウトウトしてしまい、気がついたら23時半。しまった、風呂にもあと3回ぐらい入るつもりだったのに。それから部屋吞みの酒を買い出しに行くのもおっくうで、そのまま朝に。

朝バイキング。

朝は酒はありません(笑)
うおー、伊豆長岡なのにわさび漬けが無い!(伊豆長岡で働いていた頃、会社のとなりに山葵漬屋さんがあって、そこのわさびが絶品でした)
でも朝にも刺身系があったので私は満足でした。
私もプロのバイキンガーなので、とても勉強になりました。総じてこんなところだろう。とても良い。

 

大河ドラマの一回目の感想ですが、
登場人物をわざと多く出してだれがだれなのか分からなくしているのがとても心憎い。
私は伊豆マニアだから多くの人名を把握しているつもりですけど、多くの人はそうじゃないでしょう。小物感をただよわせている人達をこれでもか!というくらい出して、だれがだれなのか、わざとわからなくしていると思う。でもここに出ている人達は、その6割が後に大物になるんですよ。でもしかし鎌倉時代の人たちはつきめれば全員ヤクザ的なことを繰り返していただけの小物の群れ。「九郎殿」(祐清)と「工藤殿」(祐経)がわかりづらい。しかし三浦義村だけは違う! やつは目配せだけで全てが判る人間。それだけを演出したかったのだと思いました。
ほとんどの人が人名をさらっと流される中、人名を示される人がいて、その瞬間だけ数秒間画面が静止する。なんだこりゃ。しかしこれはなにかの偽装ですよ。なんだこの演出。テレビが故障したか電波障害が起こったかと思いましたよ。(旅先だから)
北条時政がおもしろい。

 

伊豆の国はさすがに北条義時一色になっています。そもそも北条義時ってもともと大河ドラマに最適な人物だったんですよ。北条政子でもいいですが、それは過去に一回やってる。(私は観たことない)。別視点でいける。
で、北條寺に行ったら拝観料が必要になっていて笑った。ぶほっ。(500円)
ここ、そんなに見どころがないお寺なんですよ。大河便乗ぼったくりか、・・・と思ったら、前には見ることのできなかった(※本には写真が一杯載っているが)御本尊の観世音菩薩像やら伝・運慶作の(※正式認定されていない)阿弥陀如来像やら、政子妃由来の豪華なとばりやら、いろいろ見られるようになっていました。こりゃ、大河便乗も悪かねーな。

しかし、北條寺ですらこれだとすると、伊豆の国市全体の拝観マネー業界はインフレ傾向がひどいことになってしまってるんではないかな、と思ったら、(私の行った限り)有料になっていたのは北條寺だけでした。願成就院も(←ここはもともと国宝館があってそこでお金を取っている)、政子妃御降誕の泉も、北条氏館跡も、真珠院も、基本無料のままでした。よかったよかった。

わたくしが一番感慨深く思ったのは、伊豆の国市はこの機に伊豆の国市に伝わっている伝説を大々的にアピールしようとしていることです。
北条義時は、正式には北条“四郎”義時ならぬ“小四郎”義時なのですが、江間郷の随所で“小次郎”義時をアピールしようとしていることです。(北條寺にある「義時の墓」に「小次郎義時」と刻まれていることと、豆塚神社の記録にも“小次郎”の名前がある)。大河ドラマでは「江間小次郎」は別人ですよ。また小四郎義時の長男は“太郎”泰時なのですが、このたび伊豆の国市が新たに作った『伊豆の国市北条家歴史散策マップ』には泰時の兄として、「大蛇に食われた」安千代のことも書いてある。安千代の母はだれなのか。でも常識的に考えて、「安千代」と“実は生きていた”「泰時」って同一人物じゃんね。という想像的な浪漫もある。

私は伊豆の国市には6年間住んでいて、全ての個所には行き尽くしたつもりでしたが、実はそれは錯覚でした(笑)。
実は伊豆長岡温泉街の北部で働いていたので、古奈地区と一番亭近辺は馴染みの場所でしたが、長岡の南部にはあえて全然行ってなかったというのに今回今さらながらに気づいた。「白石の石棺」って初めて見たヨ。こんな素晴らしいものがあったのか。古墳の乏しい伊豆に住んでたから私は墳墓に全く興味が無かったんだな。(古墳に熱烈な興味を持ち始めたのは浜松移住後です)。北江間の横穴群とかママノウエとかまだ行ってない。

大河ドラマ一回目の翌日にして、すでに聖地巡礼しておられる方もちらほら見受けられました。(わたしもその一人なんですが)。女性が多い!
わたしなんかガッキー目当てなんですが、やっぱりおもしろいね、ガッキー。

真珠院はあいわらず無料なんですけど、秘蔵の八重姫の木像(ちっさい)を見られるようになっていましたよ。あれ、これは基本公開されていなかったと思うのですが、過去何かの機会に見せてもらったことがある気もする。

伊豆の国の各所で新たに作られたらしい銘酒『義時』ののぼりがはためいていたのですが、製造元を見たら「浜松酒蔵(出世城)」だったので愕然としました。かつてはこれは「富士錦酒蔵」の役割だったんですけどね。

 

さて、伊豆の国に行ったら「一匹の鯨」です。

「R-30ラーメン」(800円)と「東京タコライス」(300円)です。

やっぱり洗練されまくっていた人宿町の鯨と違って、とても素朴で自然なので安心する。
記憶の中にある物より遥かに生姜ラーメンになっていましたが(もともとか)、屹立する茗荷により、これは確かに伊豆の国の鯨や。

そして、東京タコライスが絶品にうまい。
これも少し前(何年前?)から少し辛くなっている。

東京要素はべったら漬けですよ。タコ要素はわかんない。

 

折角なので、夜にも行ってみました。
これこそ本当に懐かしい「ガテン系 魚介醤油豚骨」(790円)を注文。

むかしのこのラーメンはそんなに魚介をアピールしてなかった様な気がしますが、、、、 錯覚でした
しかし、私の中にある鯨の醤油豚骨はこのお店のメニューの中で最も重量級で、食べるのに勇気の要るものでしたが、今日の私にはペロリでした。芋の味のするラーメン。

宇宙一おいしい杏仁豆腐。私には杏仁豆腐とプリンの違いが分からない。
改めて食べてみますと、あのグレイ伯爵の味付けは絶妙でしたね。ぐり茶の味付けで町内一美味しい杏仁豆腐も食べてみたい。

 

★大河ドラマ 第2回目の感想(1月16日)

ガッキーの言った「命がけでウソをつきなさい」というのが、実朝暗殺のときとか亀の前事件とか承久の乱とか、もしかしたら石橋山の合戦(椙山の攻防)のときに生きてくるんだろうなあ。
「比企の尼」の素晴らしさに引き込まれましたが、すでにドラマ外で比企の尼のやるべき事は終わってしまっています。あとは「比企氏の乱」ぐらいしか出番が無いはずですが、これからも比企婆はことあるごとに出てくるのかもしれず、だとしたら嬉しい。(函南町にいるはずですが)。頼朝を災難に巻き込もうとする文覚と比企尼の熱いバトルを見てみたい。しかし佐殿もガッキーならいざしらず、婆にはちゃんと会いたいはずなんですが(恩にとても敏感な人)、そんなそぶりを見せなかったこと。この世界の佐殿は比企の婆さんも非常にめんどくさく思っている可能性は大きい。それにしても伊豆北条から比企の里まで土肥の里までがあまりにも近いですね。一瞬で行ける。ガッキーも簡単に伊豆山に千鶴丸の様子を見に行けたでしょうに。(私の提唱した「佐殿は招かれないと流れる川(海も)を渡れない貴族体質説」というのがあったのですが、とても懐かしい)。そもそもまだ「蛭ヶ小島」も出てきてませんね。

「大庭の景親」、「北条の時政」呼びの「の」がとても気になったのですが、これ、今年の大学入学共通テストにも関係があるみたいですね。でも考えてみたら「ヴィンチ村のレオナルド」とか、「アラゴンのマチルダ」とか「涿県楼桑村の玄徳」とか、名前に出身地を付けるときはこっちの方がしっくりするような気もしてきました。宮沢りえが時政を呼ぶときの「しい様」って何でしょう? 四郎だから? 義時は「こしいクン」?

すでに来週から挙兵話が始まりますが、まだ加藤景廉、天野遠景、狩野茂光らが登場してませんぜ。伊豆権守・堤信遠が出てきましたが、権守と伊豆の目代(検非違使少尉)はどっちが偉いのでしょうか。もしかして堤信遠は山木判官の部下ではないのでしょうか。そもそもこのドラマは「山木判官はまだ伊豆には来ていない」説を採るのでしょうか。伊豆権守と伊豆知行主(源頼政)との関係(・・・伊豆守は源仲綱でしょう)はどうなってるんでしょうか。“伊豆の冠者”源有綱は出てこないんでしょうかね。(この時期、古奈温泉のあたりにいたはず)。「武家八介」「北条介」も「後世のねつ造」といいそうな感じですね。「秋田城介」は藤九郎盛長だし。


大河ドラマって凄いね。

2017年01月03日 20時57分17秒 | テレビ日記


「言ったことは必ずやらない」ことに定評のあるわたくしですけど、2017年は、天狗の絵をいっぱい描く!


さて、今年の初参りは、わたくしの心の守護神である宗良親王に詣でに井伊谷宮に来たんですが、あまりに長い行列が出来ていたので、入り口で引き返してきてしまいました。すげぇ。宗良親王のお墓の眼前まで行けるのは正月3日間だけなんですけど、しょうが無いね。

2017年の大河ドラマは「とてもつまらない作品になる」ことは85%ぐらい保証されているのですけど、実は、他の地域の人には想像も付かないでしょうけど、浜松の人は「大河ドラマから今年受けられるであろう大河ドラマ効果の恩恵」に、浮かれに浮かれまくっちゃっているのですよ。日銀静岡支店が試算した2017年の「直虎効果」は、179億円だといいます。アホちゃうか。だったら私の安月給も直虎効果で179円ぐらい上がればいいのに。そんな莫大な効果があるんだったら、大河ドラマなんて毎年やっちゃえば良いのに。(やってるか)

で、浅子さんは「クッシーまんじゅう」や「ヒバゴンまんじゅう」のことをご存じでしょうか?
どこかの地域で「ヒーロー」が突如誕生した時に、地から湧きいでて名を高らかに叫ぶのが「○○まんじゅう」というものですが、さっそく浜松にもたくさんの「直虎まんじゅう」が出現していて笑った。5種類とか6種類とかじゃないんですよ。凄いんです、種類が。クッシー饅頭やヒバゴン饅頭は、日本人がクッシーやヒバゴンが何なのかを知らなくなっても、未だにご当地では売られていて、そこを訪れた人が求めて買っていくのです。まあ、そういうのは表面的な経済効果と言うんでしょうけどね、英国米国にも「ネッシーパイ」「ビッグフッドピザ」「モケーレ=ンベンベ弁当」なんてものがあるとも聞きます。
せっかく隣町(気賀)に住んでいるのですから、地の利を生かして「直虎まんじゅう」をいろいろ追求してみたいと思いました。(…が、買い切れないほど種類が出ている)



まずは「遠州浜松の地酒 出世城」(浜松酒造)と「おかげさまで85周年 心の通う菓子作り 株式会社マルヤス」のコラボの「井伊直虎酒まんじゅう」。
8個入り760円。
「出世城」は近年の「出世大名ブーム」で(※浜松ではそういうブームがあったのです)最も神恵を蒙って最も出世したメーカーさんだと思いますけど(でも一昨年に浜松酒造は『喜平』グループの傘下に入ったという)、ここに書いてあるように創業は明治4年で創業当初から酒名は「出世城」なのです。家康くんに続いて出世に縁遠い直虎までも征服をもくろむとは貪欲だな、と思ったのですが、浜松酒造と井伊直虎には「県内唯一の女性領主(女性杜氏)」という共通点があるそうです。っていうか、出世城って女性が作っていたのか。(知らなかった)。





開けてみますと、
おお、模様も焼き印も無い。シンプル。やや無骨。
お酒を造っているのが「おんな出世城主」と知らなかったら、「どこに直虎要素が」と悩むところ。



食べてみますと、皮もアンコも全然柔らかかったりモチモチしてない。過度でない。適度に乾燥していて、甘さも中庸。甘さの後味が良い。そして後味に酒っぽさがほんのり上蓋のあたりに来る。おお、酒まんじゅうってそもそもこういうものだったな。ぼそぼそかと思ったらそうでもなく、甘くないと思ったらそうでもなく。これは意外と酒に合うんじゃないでしょうか。(だから酒まんじゅうって本来そういうものなんだって)
浜北生まれのわたくしは「花の舞」酒造を愛飲しているので、口触りが正反対の「出世城」は正直好みからちょっとずれているような気がしていたのですが、このお酒はとても好みだと思いました。おんな杜氏、ばんざい。


かわいいじゃねえか。


続きましては、「御菓子司 こぎく」の「おとめ桜」。6個入り、1000円。



「こぎく」って何度も目にしたことあるね、と思ったのですけど店舗があるのが「プレ葉ウォーク浜北店」「西山店」「笠井店」で、わたくしの行動圏ととてもよく合わさっているのでした。(本社工場は南区神田町で、東区原島店もある)



上品。
「どこに直虎要素があるのか」と思いますけど、
隣接する細江気賀で毎年サクラの季節におこなわれる「姫様道中」を地元の者は忘れてはいけませんね。
浜名湖北部は「なでしこの国」「不幸なオトメの国」。
決してむさいオノコ共が立ち入れぬ熱い結界をほどこしてございます。



実物はこの写真よりももっとピンク。
これはとてもうまい。
写真にある黒いブツブツが桜の葉の欠片らしい。
桜の匂いが上品に漂う。この日記には書かなかったけどわたくし、12月に伊豆松崎に一山一寧巡りをしに旅行に行ったのですけど、初めて食べた「松崎名物桜葉餅」があまりに旨くてその思い出が毎晩夢に出てくるほどで、でも伊豆のアレは香りがあまりに強烈すぎて(凄く高らかな桜の葉の香り)、遠江国のこの饅頭の桜の葉のこの香りの控えめな主張具合は、「さすが浜名湖の不幸ななでしこでござらっしゃる」と思ったのでした。
実は北浜名湖で桜のイメージがあるのは「気賀」で、井伊谷はどうなのかしらない。毎年行っている気賀の「姫様道中」は「江戸時代に姫街道の気賀の関所を通った」姫様達がテーマで、そこに初めて井伊直虎が登場したのは2016年なのです。(だって戦国時代には“姫街道”は無かったから)
がんばれ、気賀。
隣接しているのに、「気賀(けが)」と「井伊谷(いいのや)」は戦国時代には全く正反対の性格を持った地域でした。気賀は重要街道に面した(←浜名湖南側が今切れしてまだ復旧していなかったため)新進気鋭の遠州強盗的な商業村で怪我が絶えない地域であったのに対し、井伊谷は封建領主のばばむさい男がつねに「ええのや」「ワシ耐えちゃるから」「やらまいか」とかいっちゃう国であった。そういう対比をこのたびの大河ドラマでちゃんとしてくれるといいですね。


続きましては、「(株)敷島屋」の「井伊直虎 薔薇マドレーヌ」。



「おんな戦乱領主」っていうキャッチフレーズがちょっと泣けますね。淫乱領主・貪婪領主みたいで。
5個入り、590円。



5個入りですが、3色ありました。
「井伊直虎=薔薇」のイメージってどこから来たんだろう?
敷島屋さんは舘山寺のフラワーパークの正門の近くにある会社さんなので、フラワーパークで売ることを想定した御菓子なのでしょうか。敷島屋のホームページを見ると「包装紙だけ変えた・静岡という文字だけを入れた実際に静岡の素材を使用していない商品の取り扱いは「本来のおみやげ」でないため、たとえ売れる商品でも弊社は取り扱い致しません」と力強く明記してあるので、このマドレーヌの形と「薔薇」には何か意味があるのだろう。



うむ、香りがすごい。
写真じゃ分かんないんですけど、この裏側がちょっと溶けて(?)いてヌトヌトしている。それが蜜のようになって歯触りにとても影響していて、おそらくこの多大なかぐわしい香りもそこから出ている。おいしいです。



そして三色ある3つはそれぞれ味(と香り)が違います。赤は明確に薔薇でしたけど、黄色は何のバラだったんでしょう?


続きまして、
「コトウファーム株式会社」の、「井伊谷のお米 直虎乃こころ(無洗米)」。



米なんてそんなに炊く習慣は無いが、形がおもしろかったので買っちゃいました。
真空パックで300g(約2合)入ってて、1つ380円。1kgに直すと、私がいつもスーパーで買っているお米より少し高いくらいですかな。(いつも1kg980円ぐらいのを買っている)



「コトウファーム」って和地町(舘山寺温泉の入り口にある町)にある藤野建設が「自社の退職者の老後のために」設立した会社で、たまたま井伊谷に水田を所有していて、そこで作ったお米を「直虎乃こころ」と名付けたんですって。ステキ。
でも、お米の銘柄は「ヒノヒカリ」なんですって。なんでヒノヒカリなんだろう?
(ググってみますと、ヒノヒカリは西日本で盛んに栽培されている品種で東日本ではあまり馴染みが無いお米ですが、比較的遅い時期に採れ年間を通して味が安定しているという特徴があるため、静岡県でも徐々に栽培量が増えているのだそうです)。…もちろん戦国時代には無かった品種なんですけどね、井伊谷のその田んぼは戦国時代からその場所にあった田んぼなのでしょう。

適当に4つ買ってきたんですけど、家に帰って調べてみたら、パッケージの種類は5種類あるそうです。まぁ、お米なんてそんな食べないですからそんなに悔しくもない。入っている中身はおんなじですし。



おシャレに稲の花の絵が描いてあるのがお上品ですね。(…米の花じゃないような気もするが)



「直虎の武士の心、子を想う心、人を愛する心」ですって。



炊いてみた。
おおお、当たり前だがとても美味しい。粒がとてももちもちしていて、とても柔らかい。炊きたてのとても良い香り。

これに、



「マルモスーパー」の「浜名湖名産青のり 直虎の香り」(15枚入り650円)と、
(このスーパーさんは井伊直虎がどんな匂いがすると思ってるんだろう?)



「ことぶき観光物産」の「塩麹ちびきゅう 直虎」(540円)を。



おお、まさに直虎の香り!(どんなだ)
きっと海苔の深い色が敬虔な乙女・次郎法師の袈裟の色を表しているんでしょうね。
いや、ほんと美味しい海苔です。
マルモスーパー引佐横尾店は井伊谷から奥山方広寺の方に向かうときに前を通るスーパーさんですけど、公式サイトをよく見てみたら、「直虎の香り」という名前で、「青のりバラのり」「浜名湖産青のり使用 直虎せんべい」「サッポロバターせんべい」「直虎像の写真パネル」等を販売しているそうです。
なかなかやるな。



そして小キュウリ直虎。
なんで直虎なのにきゅうりなんだ、と言おうとしましたが、きっと塩麹の白が次郎法師の純白の頭巾を、胡瓜の濃紫が次郎法師の袈裟の色を(以下略)。
これがこれでめちゃくちゃウマイ。キュウリなのにぽりぽり言わない。お米にめちゃくちゃ合う。
ことぶき観光物産は東区笠井町にある会社ですけど、少し前に舘山寺のフラワーパーク前のセブンイレブン跡地にお土産屋さんをオープンさせてましたよね。復活した「マルトウ佃煮」を置いていることで話題になってますけど、今後こういう商品を増やしていくつもりなのでしょうか。楽しみ。


続きまして、



「敷島屋」の「おんな惑乱城主 井伊直虎瓦煎餅」。(またアンタか)
12枚入り700円。



うむ、瓦煎餅である。
わたし、瓦煎餅ってもっと堅くて歯にダメージを波状攻撃で与えてくるものかと思ってましたけど(※私は歯が弱い)、そうでもなかった。
模様はともかく、瓦煎餅の表面に漢字や細かいイラストを焼くのは難しいみたいですね。


続きまして、



「敷島屋」の「直虎の決意~みかんブッセ~」。
4ヶ入り、650円。
これですよこれ!
「北浜名湖と井伊直虎を使って何か考えろ」と言われたら、わたしだったら「みかん」を使って何かしようとするでしょうからね。温暖な浜名湖はみかんの名産地なのだ。だがしかし、「静岡県産三ヶ日みかんペースト使用」(原料供給元 三ヶ日町農業協同組合)と書いてあるところが問題でして、三ヶ日は同じ北浜名湖でも井伊氏とは関係のある領地では無かったのだから(蒲冠者源範頼の末裔を名乗る浜名氏の領地で、今川に忠誠を誓い、徳川家康に激しく抵抗した)、ここはやはり細江か引佐産の「浜名湖みかん」にするべきだったとは思う。(「三ヶ日みかん」は商標が設定されている)。が、「三ヶ日みかん」の方が有名ですからね。おいしいですからね。(※浜名湖でみかんの栽培が始まったのは享保の頃で、三ヶ日の人が紀州に行ったとき苗木を一本持ち帰ったのがきっかけだったそうです)
「NHKエンタープライズ承認済み」というシールが貼ってあります。



直虎は何を決意したんでしょう。何を決意してこの笑顔なんでしょう?
出家かな? それとも「主が私の主の敵を粉砕するところを黙って見ていよう」ということかな?
誤解されがちですけど、井伊直虎の“次郎法師”っていうミドルネームは、出家する前の少女時代から名乗ってたんですからね。



とうぜん蜜柑の匂いがするのですけど、勝手に想像したみかんクリームのようなものではなく、もっと手の込んだ複雑なまったりとしたクリームでした。とにかくパンの部分の口触りが軽く、クリームの部分の舌触りは重く、でも味は濃くない。柑橘系の刺激はほとんどない。なるほど、直虎はんの決意、しっかりと見届けましたどすえ!(なんや)
これもたいへんおいしうございました。


続きまして、



渋川の「丸十製茶(有)」の渋川茶「井伊香り」(青葉の笛)。
50g入り、540円。

わたくしも戦闘的お茶民族静岡県民のはしくれですから、お茶にはそれなりの愛着をいだいているものでありますが、大きく言ってお茶には2種類ある。太陽の日の光を燦々と浴びて育った健康的な「平地の茶」(昨今は大体は深蒸し茶となる)と、奥深い山の山神の霧濃い懐に抱かれて生えた「山のお茶」と。私は津軽の浅虫温泉が大好きなので深い蒸しの王蟲よりも「山のお茶」(浅蒸し茶)の方を愛好しているのですが、渋川という土地は井伊谷から奥の奥に入った山合いの土地。それは大いに期待しちゃうじゃないですか。中村羊一郎氏の『茶の民俗学』でも引佐地方に伝わる煎茶の製法普及前の独特な茶の風習のことを読んだことがありますよ。



うーーむ。
煎茶の世界では「葉をより細くより合わせること」に多大な価値を置いていて、天竜茶とか川根茶とかそれはそれは細くて長い長針のような煎茶葉を見たことがありますが、これはなんか王蟲とは行かぬまでも中虫ぐらいの見た目だな。(茶の葉は熱に弱いので蒸せば蒸すほど(秒単位で)ぽろぽろになる)



淹れてみると、緑色が濃い。(理想的な山のお茶は黄金色に近い)
だがしかし、70℃ぐらいにさました熱湯で熬れて飲んでみるとすごく旨みが強い。これは驚いた! すごい旨みがクチビルの周りにまとわりつきます。これは美味い!(茶の旨みのことを“茶天人(テアニン)”と言って、この人は太陽の光を強く浴びると“家庭の筋(カテキン)”という渋みの元に変わってしまうことが知られています。茶の世界では渋みと旨みが対義語。これに“娯楽に類する興奮素材(カフェイン)”が対立に加わって三すくみになるのですけど)
井伊香りとはアミノ酸(=テアニン)の香りのことなのですね。(適当なことを言っています)


続きまして、



「敷島屋」の「おんな戦国城主 井伊直虎 抹茶あずき餅」。
10個入り、216円。安い、そして箱の大きさがコンパクト。
イラストの描き手の方の名前が明記してあるのは珍しい。
この方の描いたとてもおもしろい宗良親王の漫画を(賀茂真淵のとセットで)井伊谷宮の宮司の方にもらったことがありますよ。



値段からも分かるかも知れませんけど、10個入りと言いながら、とても可愛らしい大きさの小餅が10個並んで入っているものです。美しい。甘味関係の語彙に乏しいのですが、こういうタイプの饅頭のことを何と言うんでしたっけ? 餅饅頭?



モチモチのプルプルです。
表面の粉糖のせいか、持った感じが駄菓子っぽいですね。プニプニ。よく斬れる小刀で切ったんですけど、ごらんの通り綺麗には切れませんでした。ちっちゃいからこれはつまんで切らずに口に放り込むものです。甘い。焼酎に合いそう。


お次は~、



「敷島屋」の「戦国の女城主 井伊直虎 蒸しきんつば」。
(敷島屋さんってすごいな。直虎はんにどれだけ持ちバリエーションがあるんや)
9個入り、648円。
「金の鍔」ってお武家はんっぽいイメージがありますもんね。
(誕生したのは江戸時代の家綱はんの慶安時代説と犬公方はんの元禄時代説がありはりますけど)



いわゆる「きんつば」ですが、地方ごとに形や味わいにかなりの違いのある代物だそうですね。
わたくし勝手に遠州のきんつばには「磐田」のイメージがあるのですけど、それは磐田にむかしながらの有名なお店があって、誰かがおみやげによく持ってきてくれていたからか。
「直虎 蒸しきんつば」で検索すると、数社が競争して同名の御菓子を出しているみたいです。
「蒸しきんつば」の対義語は「焼ききんつば」「生きんつば」なのかな。



きんつばって一番あづきの味が際立つ食べ方ですね。実を言うと私は小豆が苦手なのですけど、きんつばは持ちやすくて食べやすく、皮の部分の乾いた歯ごたえが他の和菓子とは一線を画している。味は甘すぎるけど、1個食べた後に後引く後味がそれなりに心地いい。
甘い。これは濃い目のお茶がさぞかし合うだろう。


続きまして、



「(株)ユアブレイン」の「出世組小判(招福開運) 直虎 桜葉が香る梅煎餅」
2枚×16袋、1080円。



これは新進気鋭?の会社(とはいっても1991年創業、2011年にお土産事業開始)が作ってるせいか、やたらパッケージに躍る能書きが多い。
うんちくマニアとしては嬉しい。
「浜松商工会議所 家康・直虎新商品開発プロジェクト商品 「出世城」日本のおみやげプロジェクト商品」
「女城主井伊直虎公を祀る菩提寺龍譚寺、国指定の名勝に慎ましやかに咲く枝垂れ梅。武将の陣中食、伝統の梅干しを桜の葉が香る上品な一枚に。」

パッケージの直虎公のイラストもなかなか上品でかぐわしく、とりわけ槍じゃなくて薙刀を持っていることが好印象なのですが(そりゃ戦国のオナゴの嗜みはふつうナギナタじゃろう)、この会社のオーナーのインスタグラムを見てみると、このイラストを描いたのは(怖い見た目の)社長自身だという。なんだこの会社。



パッケージの裏を見てみますと、もっとたくさんの情報量の文章が散りばめられています。
「直虎公と家康公と、吉兆の“梅”。
冬の寒さに耐え一番に花を咲かせることから縁起も良く“生命力”の象徴とされる“梅”。平安時代までは、花といえば梅の花を意味していました。その平安時代、流行病に倒れた村上天皇が梅干しと昆布茶によって回復されたという逸話があります。申年であったことから“申年に漬けた梅は縁起が良い”と云われています。
「井伊直虎」公をはじめ縁りの偉人たちも“梅”にまつわるエピソードは多く残ります。直虎公の菩提寺、浜松市の『龍譚寺』境内には、毎年しだれ梅が印象深く花を咲かせます。
直虎公が後見した徳川四天王のひとり「井伊直政」公。初代彦根藩主となった直政公が祀られる菩提寺、彦根市の『清涼寺』の梅は、樹齢四百年。“彦根で最も開花が遅い梅”と愛され、参拝に訪れる人を楽しませているようです。その直政公の正室「花」は出家の後「唐梅院」と名を改めました。花は松平家より家康公の養女として直政公に嫁ぎ、徳川家との縁を結びました。直政公と花の孫には「梅貞童子」。さらには、家康公が寵愛したという側室の一人が「お梅の方」。縁起の良い“梅”の名に、深い縁を感じずにはいられません。
縁と言えば“縁結びの梅”で有名な東京の『平河天満宮』。井伊家や徳川幕府が祈願所としていました。
戦国時代には陣中食として重宝され“三毒を断ち、その日の難を逃れる”と云われる梅。
出世、良縁、吉兆の“梅”の縁にあやかりたいものです」

ここにある三名の顔は、織田信長公・豊臣秀吉公・徳川家康公の三人なんですって。
会社の公式サイトを見てみますと、この「直虎梅煎餅」は、「勝ち組煎餅出世小判 天下三英傑」と「勝ち組出世小判 加賀百万石(前田利家)」と三部作を成しているので、「もしかしたら近視眼になりがちな浜松のお土産会社さんではないんちゃうの?」と錯覚しそうになりましたが、やはりまごうかたなき浜松の会社さんでした。なんだこの会社。(←強く感嘆しています)(「出世城」とはいってもお酒とは全く関係が無いそうだ)



箱のサイドには英文も記してあって、紅毛人の方にも大いにアッピールしてます。
「Samurai lady “NAOTORA”
Ii Naotora is a chatelaine in warlike ages. She was born in present Hamamatsu-shi. When being young, she become a priest in Ryotanji temple. But she resign from a priest for a crisis of Ii family. And she changed it to a male name as “Naotora”. She served a man and protected Ii family. She was Naomasa's gurdian of a young boy. He's the next head of a family. Naomasa was one person of a general and Tokugawa Ieyasu's big four. And his offsprings promoted, too.」

…安易に日本人が使いがちな“love”and“peace”という言葉で彼女を説明してないのが井伊ですよね。あくまで“family”&“warlike age”、そして“シャトレーヌ・オブ・イイ”ってカッコ渭伊!。



大きさの違う2枚が一袋に入ってまして、なかなか芸も細かい。



と思いましたけど、別の袋を開けますと、同じ大きさの2枚が入ってる。どうなってるんだ?
(※この写真の2枚が違う大きさに見えるアナタは、遠近法という南蛮の魔術に惑わされています)

このせんべい、めちゃくちゃウマイですぜ!
説明文のどこにも文言が無いのにエビの香りが爽やかでかつ重く、一口目に口の中に躍りまくる海老の香りがおさまったのち、印象的な梅の味わいが襲ってくる。(桜の香りは殆ど感じないところも奥ゆかしい感じがしてなかなか)。凄く渭伊!



(…つづきます)

大河ドラマ「平清盛」

2012年01月15日 03時00分18秒 | テレビ日記

うっかり大河ドラマの放送日を忘れてしまっていて、一回目を見そびれてしまったので、
土曜日の再放送に注意細心しておりました。

北条政子役が杏ですって!
でも、さっき撮ったのを見てみたら、おもしろいじゃん。
今年こそ全話を見るようにがんばりたいと思います。
わたし、前回の「お江」もそれなりに楽しく見ていたんですけどね、
今回は珍しい平安時代後期ですから、
この日記でも視聴記を書いてみようと思う。
何年か前の「義経」も前半だけは楽しく見ていたんですが、
そういえば私は伊豆に住むまでは、当然のごとくに平氏派だったのでした。
関ヶ原の戦いでは石田三成が好き、九州三国志では龍造寺が好き、南朝と北朝では新田義貞が好き、第二次大戦では当然第三帝国に死ぬまで付いていくようなわたくしですもの。

ところで、この大河ドラマ、
音楽に吉松隆が関わってるんですね!
突然大好きなプレイアデス舞曲集の中の一曲が流れて悶え死んだ。
(※ 吉松氏は「今様のところを初音ミクを使って作曲した」と面白いことを述べておられますよ だがここはどんな旋律を充てたって不自然に感じるところだと思う)
冒頭の曲は別のプレイアデス舞曲です。
プレイアデス舞曲集って、今一体何曲ぐらいあるんだろう?