黒沢永紀オフィシャルブログ(旧・廃墟徒然草)

産業遺産と建築、廃墟、時空旅行、都市のほころびや不思議な景観、ノスタルジックな街角など、歴史的“感考”地を読み解く

軍艦島の建築的装飾 #02

2021-07-27 19:10:02 | 軍艦島(端島)
ほとんど建築的な装飾がみあたらない軍艦島の建物の中で、
かろうじて散見する時代を伝える建築装飾を、
シリーズでお送りしようと思います。



前回アップした島内最大の建物、報国寮(65号棟)。
その対面に建つのが今回とりあげる66号棟です。



報国寮(65号棟)と同じコの字型をした66号棟は、
報国寮着工の前年、1940(昭和15)年に竣工。
別名「啓明寮」といいます。
啓明とは明けの明星のことで、
戦局を占う重要な星とされてきました。
日中戦争から大東亜戦争へ突入していく時期に建設された啓明寮もまた、
報国寮と同様に、戦争色の強い建物といえるでしょう。

全体的には他の建物と同じく、
コンクリート打ち放しの外壁ですが、
玄関周りだけ報国寮と同じようなタイルがあしらわれています。



啓明寮の玄関周りを飾るタイルは、
報国寮と同じ釉薬タイルで、色もほとんど同じです。
それから考えると、竣工年はこちらが先なので、
啓明寮の玄関を飾ったタイル会社が、
報国寮のタイルも製造したのだと思います。

ただし報国寮との大きな違いは、
正統的なスクラッチ・タイルであること。



間隔はいささか粗めでですが、
ちゃんと引っ掻き器を用意して引っ掻いた
正統派スクラッチ・タイル。
さらに、引っ掻いた時出るカスを“ゼンマイ”と呼び、
ゼンマイを綺麗に削り落としてしまう場合と、あえて残す場合があり、
この啓明寮のスクラッチ・タイルはご覧のように、
ゼンマイを残した仕上げになっています。
啓明寮、そして報国寮の装飾タイルは特に釉薬の発色が美しく、
戦中に建てられた2棟に、美しいタイルが残っているのは驚かされます。



なお2番目の画像に写る、
玄関の三和土にあたる部分にもタイルが貼られていますが、
こちらは単色の角タイルで、装飾的な印象はありません。

また、タイルということであれば、
啓明寮や報国寮以外にも病院や共同浴場などに使用されていますが、
いずれも水回り処理のためのタイルで、
装飾的な使われ方をしているものは見たことがありません。





もう1点、啓明寮の特徴は、
外観にも建築的装飾を配慮したと思われる部分があることです。
画像は海上から見た啓明寮の外観で、
右寄りに6本の縦長の構造が見えると思います。
これは海側に施行された共同便所のための排便管ですが、
ここまで1本1本を独立させる必要はなく、
全体をまとめて一つの壁状にしても良かったはず。
それをあえて独立し形で仕上げることで、
戦前の建築的装飾感が生まれています。

また少しわかりにくいですが、左上に写る屋上の腰壁には、
等間隔で穴が施され、その上部が欠円アーチ状に処理されています。
これもまた、わざわざ穴を開ける必要もなく、
さらにアーチ状の処理をする必要もない部分なので、
施工者や設計者のささやかな遊び心の現れだと思います。

以上のように、美しいスクラッチ・タイルや、
建築的装飾がいくつか見られる啓明寮は、
軍艦島の炭鉱アパートの中で、
もっとも装飾的な建物といえるでしょう。


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