廃墟徒然草 -Sweet Melancholly-

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2020-01-01 00:00:00 | はじめに
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鹿島鉄道線 #07 浜・八木蒔駅跡

2012-02-08 23:40:22 | 鉄道廃墟
2007年に廃線になった、茨城県の中部、
石岡駅から鉾田駅を走っていた鹿島鉄道線を、
シリーズでアップしています。

鹿島鉄道線路線図
鹿島鉄道線路線図

前回アップした玉造町駅は沿線のだいたい真ん中の駅で、
そこまでタクシーで移動して見学してきましたが、
それだと途中の沿線を飛ばすことになるので、
ここで一端常陸小川駅跡まで行き、
駅前のレンタサイクル屋さんで自転車を借りて、
散策を続けることにしました。





鹿島鉄道浜駅跡
鹿島鉄道浜駅跡

いったん常陸小川から玉造町まで自転車で移動し、
そこから再び沿線沿いに見学の再開です。
玉造町駅を出ると線路は大きく迂回し、
霞ヶ浦の湖畔を走り始めます。
湖畔に並走し始めて最初の駅は浜駅。→Mapion
駅舎も改札もないのに駐輪場だけがあるのは、
利用者が殆ど学生さんだったことを物語っているのでしょうか。





鹿島鉄道浜駅跡
鹿島鉄道浜駅跡

ホームへ行く道順の仕切りに使われていた、
年季の入った枕木。
やがて無へ還るゆるやかな時の流れ。





鹿島鉄道浜駅跡
鹿島鉄道浜駅跡

浜駅も、もともと無人駅です。
電柱と駅名標の脚、それに素朴なベンチだけのホームには、
待合室は既になく、その基礎だけが残っていました。
浜駅の待合室もこれ迄の駅同様、
木製のログハウス風の建物で、
廃線後、玉造の道の駅に転用されたようです。
Mapionをご覧になるとお分かりだと思いますが、
今日の時点では、かろうじて浜駅のホームが記されています。





鹿島鉄道霞ヶ浦
鹿島鉄道霞ヶ浦

浜駅のすぐ近くに「アサザ群生地」の看板があり、
霞ヶ浦の方を指していたので、湖畔へ向かってみました。
このへんかな→Mapion
しかし夏〜秋に花を咲かせるアサザが咲いている訳もなく
真冬の冷たい風が水面を揺らす湖の向こうに、
茨城の名峰、筑波山が霞むだけでした。





鹿島鉄道浜駅付近
鹿島鉄道浜駅付近

このへんかな→Mapion
浜駅の構内には既に線路はありませんでしたが、
駅を離れると、暫く続く一直線の線路が、
長い距離にわたって残っていました。
この一帯は線路の両側が農地なので、
わざわざ撤去する必要がないのかもしれません。





鹿島鉄道沿線
鹿島鉄道沿線

このへんかな→Mapion
一つ前の画像からそれほど進んでいませんが、
すすきの群生に飲み込まれて行く線路。
冬の枯れ草は、廃線の侘しさを一層募らせます。
そして、すすきの向こうに見えるこんもりとした茂みの中に、
次の駅、八木蒔駅があります。





鹿島鉄道八木蒔駅跡
鹿島鉄道八木蒔駅跡

開放的なローケーションにある事が多い鹿島鉄道の駅の中で、
唯一切り通しの茂みの中にある八木蒔駅。→Mapion
線路も電柱も駅名標もなく、
ただ四角い待合室がポツンと残る八木蒔駅は、
これ迄見て来たどの駅よりも、
ウラ寂れた印象でした。





鹿島鉄道八木蒔駅跡
鹿島鉄道八木蒔駅跡

踏切をはさんで駅と反対側にも切り通しがあり、
緑のトンネルの途中から線路が始まる光景は、
廃線となった鹿島鉄道の中で、
最も感銘を与えてくれる光景でした。


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★ 廃線跡の記録 2 ★

  

KLO@廃墟徒然草による鹿島鉄道線のリポート掲載。
その他、鉄道ファンとはひと味違う、
ワンダーJAPANならではの廃線跡の記録が満載。
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鹿島鉄道線 #06 坂戸・巴川・玉造町駅跡

2012-02-08 08:27:25 | 鉄道廃墟
2007年に廃線になった、茨城県の中部、
石岡駅から鉾田駅を走っていた鹿島鉄道線を、
シリーズでアップしています。

鹿島鉄道線路線図
鹿島鉄道線路線図

前回は鉾田駅とその周辺をアップしたので、
これからは順番に石岡へ向かって上って行こうと思います。





鹿島鉄道坂戸駅跡
鹿島鉄道坂戸駅跡

鉾田から最初の坂戸駅。→Mapion
廃線になっても、線路が残っているうちは、
ウェブ地図に表示されている事が多いですが、
この鹿島鉄道は、google map や Mapion などで、
既に全く表示されません。
2010年の暮れの時点では、
鉾田から数駅は、まだ撤去作業が行なわれず、
駅舎からホームまで、往年の姿を留めていました。

坂戸駅はもともと無人駅だったので、
駅名板が無くなっている以外は、
それほど現役時代と変わらない様子です。
撮影が冬だったせいもあって、線路を覆う雑草がなく、
今でもコトコトとディーゼル車輛が入ってきそうです。





鹿島鉄道巴川駅跡
鹿島鉄道巴川駅跡

鉾田から2駅目の巴川駅。→Mapion
ここも、もともと無人駅で、坂戸駅同様、
ログハウス風の待合室だけがポツンとある、
1本ホームの駅です。

動く鉄道には殆ど興味がありませんが、
なぜか鉄道の駅は特別で、
特に無人駅は昔から気になる存在でした。

最近ではにわかに無人駅が脚光を浴びているようで、
AKBのメンバーが『無人駅』という曲を出したり、
無人駅を紹介する書籍等もちらほらみかけます。
でも、なぜ無人駅に惹かれるのだろう?と思います。

AKBの『無人駅』は演歌調の曲で、
これは明らかに秋本氏の戦略ですが、
それは別としても、無人駅は、
「演歌ー哀愁」といったキーワードに結びつきやすいようです。





鹿島鉄道巴川駅跡
鹿島鉄道巴川駅跡

個人的には、
これまでの記事で時々アップして来ましたが、
映画『ミッション・トゥ・マーズ』に登場するドン・チードルが、
無人の火星の廃墟基地で、何年もひとりで過ごしたり、
築50年級の団地での孤独死といった系列の魔力の、
ほんの入口なのかもしれない、などと思ったりします。
しかし実際の理由は、
長閑な風景に溶け込むほっこりした無人駅の癒し効果、
といったあたりでしょうか。





鹿島鉄道玉造町駅前
鹿島鉄道玉造町駅前

次は借宿駅、榎本駅と続きますが、
鉾田駅から遡るのにタクシーを使ったので、
これらの駅は飛ばしてしまいました。

そして、沿線では一番のターミナル駅だった玉造町駅。
残念なことに、駅の施設は完全に撤去されて、
跡形も無くなっていました。
ただ、駅前の商店街は幼少の頃の記憶のままでした。
画像の道の突き当たりが玉造町駅の跡です。





鹿島鉄道玉造町駅前
鹿島鉄道玉造町駅前

木造とトタンでできた建物が並ぶ商店街。
今ではだいぶ仕舞屋も多い印象で、
何十年もかけてゆっくりと変化してきたんだと思います。





鹿島鉄道玉造町駅前
鹿島鉄道玉造町駅前

商店街を歩いていると、
昭和レトロまっしぐらな看板がありました。
生まれたてのバンビの右横にある黒いものは、
練炭、ということでしょうか。

それはともかく「京阪練炭」が気になり、
ちょっと調べてみると、
現在は「ケイハン」の名で営業する、
手広く工業製品を扱う京都の会社でした。
もともと旧国鉄の蒸気機関車用練炭の製造ではじまったそうで、
サイトには支社の情報も出ていますが、
そこには志免の名前があります。
MAPもあるのでクリックしてみると、
なんとついこの前アップした志免鉱業所の敷地の中です!

→ Mapion

地図のすぐ真下には志免鉱業所の竪坑櫓があります。
旧国鉄の練炭を作っていたということから考えると、
志免鉱業所に大きなかかわりがあった会社だったんでしょうか。


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鹿島鉄道線 #05 鉾田駅跡

2012-02-05 12:47:19 | 鉄道廃墟
2007年に1度アップした鹿島鉄道線
その時は夕方の訪問で、鉾田駅しか見学出来ませんでしたが、
それから3年後の2010年の暮、
ワンダーJAPAN誌のムック『廃線跡の記録2』の取材で、
再び訪れる機会がやってきました。
ムックには掲載出来なかった画像を含めて、
シリーズでお送りしようと思います。

鹿島鉄道は上野からわずか1時間、
常磐線の石岡駅から東へ約27km走っていた鉄道です。
東京からの距離のわりに、その沿線は極めて長閑で、
ほっこりしたローカル線の風情を満喫出来る、
貴重な路線だったのですが、
残念ながら2007年に廃止になってしまいました。

鹿島鉄道線路線図
鹿島鉄道線路線図

路線図の右端にある新鉾田駅は、
水戸駅と鹿島サッカースタジアムを南北に結ぶ、
鹿島臨海鉄道大洗鹿島線の駅ですが、
ご覧のように、なぜか鹿島鉄道の鉾田駅と離れています。
鹿島臨海鉄道は、大洗マリンセンターや鹿島スタジアムの利用客を中心に、
現役で運行中の路線なので、鉾田駅と新鉾田駅を連結すれば、
鹿島鉄道の利便性も向上されたかもしれないと思いますが、
なぜ連結しなかったかわ、わかりません。

また後年は旅客収益だけでは経営がままならず、
路線図のほぼ中央にある航空自衛隊百里基地への、
燃料輸送による収入に頼っていたそうですが、
輸送用パイプラインの老朽化にともなう輸送打ち切りで、
深刻な経営難を迎えてしまったと言う話は、
石岡から鉾田へ移動中のバスの運転手さんに聞きました。

石岡から鉾田迄、ほぼかつての路線に沿って、
路線バスが運行していますが、
駅によってはわざわざ街道からそれて駅ターミナル跡へ寄るなど、
かつての路線駅が現在でも十分生きているのがわかります。

というわけで、前回の記事が鉾田駅で終わっているので、
今回も一旦終点の鉾田駅までバスで移動し、
そこから石岡へ向かって上るかたちで見て行こうと思います。

鹿島鉄道鉾田駅跡
鹿島鉄道鉾田駅跡

2007年の時には数台の車輛か停まっていましたが、
2010年の暮れには、もう1輛もありませんでした。
ホームと途切れた線路だけが、
かつての終着駅だった事を物語るだけです。
かつての鉾田駅は関東の駅百選のも選ばれた、
趣のある木造駅舎だったので、
せめて駅舎だけでも残してもらいたかったものです。





鹿島鉄道鉾田駅跡
鹿島鉄道鉾田駅跡

構内には幾つかの転轍機が残っていますが、
風前の灯火の感は否めません。

路線バスの運転手さんは、元鹿島鉄道の職員さんで、
鉾田駅の駅名看板を譲り受ける予定だったのに、
廃止になったとたん、すぐに駅名看板は盗まれ、
結局貰えずじまいだったそうです…





鹿島鉄道鉾田駅跡
鹿島鉄道鉾田駅跡

以前の記事でもアップした、駅前のガソリンスタンド。
2007年の時は、建物の前面に大きな木が育ち、
とてもいい雰囲気を醸し出していたのですが、
木は伐採され、建物が剥き出しになっていました。





鹿島鉄道鉾田駅跡
鹿島鉄道鉾田駅跡

ガソリンスタンドの横に設置された、
修理用のリフトスペースと言うんでしょうか。
全然関係ない話ですが、
自動車とか電車の車輛の修理用の溝が、
気になります。





鹿島鉄道鉾田駅跡
鹿島鉄道鉾田駅跡

まもなく解体されるのかも知れませんが、
3年前の状態と比べると、
とてもゆっくりした時の流れを感じます。





鹿島鉄道鉾田駅跡
鹿島鉄道鉾田駅跡

駅前のタクシー会社。
幼少の頃、鉾田駅から親戚の家へ行く時は、
決まって乗ったタクシー。
2階は既に使われていないようです。





鹿島鉄道鉾田駅町<
鹿島鉄道鉾田町

鉾田駅の周辺を少し散策。
これはかつてのスナックでしょうか。
昭和レトロ感を濃厚に漂わせる建物ですが、
これ以外はそれほど目につく建物はなかった印象です。


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★ 廃線跡の記録 2 ★

  

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志免鉱業所竪坑櫓 #04

2012-01-20 05:17:46 | 産業廃墟
福岡県の福岡空港にほど近い、
糟屋郡志免町にある旧志免鉱業所竪坑櫓。
コンクリートのロボットの様なルックスとともに、
激動の20世紀を今に伝える炭鉱の巨大竪坑櫓を、
シリーズでお送りします。

最終回は屋上とかその他の施設です。

志免炭鉱竪坑櫓
志免炭鉱竪坑櫓/8階 画像はクリックすると拡大します

前回の記事の最期にアップした、
最上階のメインプーリー室の北東側半分です。
実はメインプーリーをもう一基設置する予定もあった、と聞きました。
また画像床の奥の壁寄りの穴は光が射し込んで少し大きそうですが、
資材等はおもにここから搬入していたようです。





志免炭鉱竪坑櫓
志免炭鉱竪坑櫓/8階

右寄りに階段がみえますが、
これが8階から屋上へ通じる階段です。
8階までは建物の南側に階段が位置していましたが、
8から屋上への階段は、北側に位置することになります。

しつこいようですが、もう一度櫓の北東面です。

志免炭鉱竪坑櫓
志免炭鉱竪坑櫓/北東面

前面の右上寄りに出っ張りがあり、
窓から斜めのコンクリートが所々みえますが、
これが屋上へ通じる階段です。
下層階よりさらに狭く手摺もない階段なので、
この窓から見える部分を通過する時は、
足を滑らせると真っ逆さまです。





志免炭鉱竪坑櫓/屋上ペントハウスと避雷針
志免炭鉱竪坑櫓/屋上ペントハウスと避雷針

やっと屋上へ到着です。
遠くから見てもその存在が分かり、
櫓にいいアクセントをつけている避雷針は、
目の前で見ると、かなり大きなものでした。





志免炭鉱竪坑櫓/ボタ山
志免炭鉱竪坑櫓/ボタ山

屋上からは西原ボタ山が見えます。
ボタとは石炭を産出した時にでた残土や残石を積み上げたもので、
画像では2山に見えますが、実際には4山あるそうです。





志免炭鉱竪坑櫓/屋上からの眺望
志免炭鉱竪坑櫓/屋上からの眺望

屋上には、コンクリ製の低い手摺しかなく、
あっさりと階下を眺める事ができますが、
これもまたちょっとバランスを崩すと真っ逆さまです。





志免炭鉱竪坑櫓/斜坑
志免炭鉱竪坑櫓/第八連卸斜坑口

竪坑の近くには斜坑口も残っています。
竪坑が垂直に地中へ降りて行くエレベーターの様な構造だとすると、
斜坑は斜めに掘り進んだ穴を、レールに乗ったトロッコが移動する、
いわば地底登山電車のようなものです。

志免炭鉱には沢山の斜坑があったようですが、
現存するのはこの第八(一説には第六)坑連卸坑口だけです。
「連卸(つれおろし)」というのは、
主に石炭・ボタの搬出や資材の搬入に使われる斜坑のことで、
隣接して、作業員の揚げ下げを行なう、
「本卸(ほんおろし)」があるのが一般的です。
また本卸、連卸以外にも坑内の換気用の斜坑など、
必要にあわせて様々な斜坑がありました。

ちなみにこの斜坑の近くには、近年まで、
換気用の第八扇風機坑口もありましたが、
道路造成のために、平成12年(2000)に解体されてしまいました。

土地の少ない東京ならいざしらず、
志免炭鉱の櫓まわりの土地は、
道路を少し迂回させる事など十分可能と思われるくらい、
かなり広々としている様に見えますが、
あえて解体してしまった理由はわかりません。

先人の素晴らしい技術に、実際に触れられる施設だったと思いますが、
とても残念です。

志免炭鉱竪坑櫓/斜坑
志免炭鉱竪坑櫓/第八連卸斜坑

斜坑口は鉄のレールで完全に塞がれていますが、
隙間からは内部の様子を見ることができます。
だいぶ暗い坑内ですが、暫く進むと、
竪坑の坑口と同様、塞がっているようです。

竪坑は炭鉱施設の中でも最もコストがかかる部分にもかかわらず、
使わなくなった坑道はすぐに水没させ、口を塞いでしまいますが
これは国内の石炭の質に関係しているようです。
国内の石炭が出来たのは主に、
恐竜絶滅後の新生代古第三紀(約6,500万年〜3,000万年前)と言われていますが、
これは極めてガスが発生しやすい炭質のために、
採掘が終わった坑道はすぐに水没させてしまうようです。
一度水没させた坑道は二度と使えません。
それに対してドイツやイギリス等の石炭は主に、
爬虫類が出現した古生代石炭紀(約3億6,000万〜3億年前)に出来た石炭なので、
ガスが発生せず、使わなくなった坑道も簡易閉鎖にとどまり、
採掘再開の時は、容易に同じ坑道で再採掘ができるようです。

志免炭鉱竪坑櫓外観
志免炭鉱竪坑櫓の夕暮れ

明治22年(1889)、海軍によって採掘が始まり、
多くの坑道を造って石炭を掘り出しては軍艦に燃料を補給し、
敗戦間近には最新式の巨大竪坑まで完成させ、
戦後は鉄道輸送の燃料に役割を変えて活躍するも、
時代の流れに従って昭和39年(1964)、
その75年の歴史に幕を下ろします。

閉山後は、
石炭鉱業合理化事業団(後に新エネルギー総合開発機構→NEDO)が管理してました。
当初志免町は、NEDOに櫓を解体してもらい、
土地だけの無償譲渡を考えていたものの、
折り合いがつかず、結局解体が長引く結果になり、
その間に解体のニュースを聞きつけ、全国から保存の声が上がったことで、
2006年4月、NEDOから櫓付きで志免町へ無償譲渡され、
何も手をつけない「見守り保存」という、
軍艦島と同じ様な保存方法へ方向転換しました。

その後2007年には国の有形登録文化財に、
さらに2009年末、重要文化財に指定され、
おしもおされもしない保存産業遺産になったわけですが、
先日解体の始まった佐賀県の川南造船所をはじめ。
多くの産業遺産は今でも解体され続けています。

そしてそのたびに、
解体したら最期、なんで保存しないのか?と疑問を持ちますが、
思えば、私たちは近代化産業遺産が実際に稼働していた時代を知りません。
それらのもつ戦争体験や労働争議等の負の側面の記憶がないから、
手放しに保存して欲しいと思えるのかもしれません。

ふと自分の身に置き換えて考えると、
自分や家族が多大な犠牲を強いられた産業構造物が、
とても価値のあるものだから残す、と聞いたとき、
果たして手放しで良かったと思えるかは、
疑問に思います。

志免炭鉱竪坑櫓/運転室
志免炭鉱竪坑櫓の夕暮れ

櫓内部の見学は、
軍艦島を世界遺産にする会の坂本理事長のご紹介で、
志免町議会議員で志免立坑櫓を活かす住民の会・会長の
古庄信一郎様にご案内頂きました。
たいへんありがとうございました。


★ ワンダーJAPAN _ vol. 11★

  

志免炭鉱竪坑櫓内部レポート 地上50mの《異空間》
オープロジェクトによる志免炭鉱竪坑櫓のリポート。
このブログに掲載中の画像以外の画像を含め、
オープロ全員の画像と詳しい解説を掲載。

★ オープロジェクト DVD ★

  

『鉄道廃線浪漫 〜風の声・時の音〜』
国鉄専用の炭鉱だったことから、
鉄道廃墟としてのアプローチで、
志免炭鉱のパートを収録。
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