幸福の科学高知 なかまのぶろぐ

幸福の科学の、高知の信者による共同ブログです。
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【ギャランΛ(ラムダ)】三菱のデザイン革命で変わった、世界の街並み。

2017-01-17 22:47:32 | 減税・産業創出

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何事にも、正しい観察ということが重要だと思います。

病気だって、正しい診断をしないと、治る病気も治らないです。

私は自動車大好き人間ですが、同時に宗教的な人間でもあります。

仏教には八正道という修行項目があり、「その八正道を駆使して、私の好きな自動車界を見ると、こういう見解になります。」というのが、一連の自動車関連記事なんです。

そういう八正道的視点で見たときに、今苦境にあえぐ三菱という、ひとつの自動車メーカーを見れば、「次代のトレンドメーカー」という側面が見えるのですね。

これは何も、私が高知県人なので、土佐藩出身の岩崎弥太郎の三菱グループをひいきにしているからではありません。三菱自動車が世界に与えた影響は、技術面だけで、少なくとも7つはあろうかと思います。

そして今ある自動車製品の99.9%、フェラーリやランボルギーニなどのスーパースポーツカー以外の技術的な根源を探ると、なんと三菱車にたどり着いてしまうのです。

ある意味で自動車製品の歴史というのは、「一時的に絶滅し断絶していて、三菱車のDNAを受け継いだ製品だけが残っている。」と言っても過言ではないのです。

三菱がトレンドメーカーなのは、三菱というメーカーが、突飛な物珍しいことをするからではありません。

むしろ実直で原理原則に忠実だからなのです。そして何より、「本当に大切なのは、ここだ!」という、ものごとの本質を見抜き、なおかつそれを実現するための、技術的技能的な下地があるからなのです。だから三菱がやったこと、また、やろうとしていたことの後に、時代が付いてくるのです。

それだけの技術的背景があるからこそ、何度も窮地に陥った経験のある三菱は、そのたびに助け舟が現れるのではないでしょうか?

三菱の7大発明というのがあるのですが、今回は、わかりやすい形で三菱が次代のトレンドメーカーになった事例をご紹介します。

三菱ギャランΛ(ラムダ)です。

(1976年発売開始 三菱ギャランΛとギャランΛの内装。 1本ステアリングホイールが衝撃的)

この時期の三菱自動車の自動車デザインは、すばらしいものがあります。

(1976年 三菱ギャランΣ(シグマ) 

(1978年発売開始 三菱ミラージュ)

 

(1975年発売開始 三菱ランサーセレステ)

まるでデザインの神が、三菱に降臨していたかのような、優れた作品ばかりですね。

その中でも特に異彩を放っていて、その後の自動車デザインに、決定的な影響を与えたのがギャランΛ(ラムダ)です。

なぜならば、その後に発売されたすべてのメーカーのデザインが、このギャランΛ(ラムダ)の影響下にあるからです。

つまりそれだけ、ギャランΛ(ラムダ)はかっこ良かったんです。(笑)私は当時は小学生でしたが、「日本に、スーパーカーが生まれた。」と思いました。(爆笑)

それは決して私だけの感想ではなくて、当時の日本人全員がびっくりするような、衝撃的な自動車デザインだったのです。

角型ライトで、スラントノーズ。

ギャランΛ以降の日本車は、どれもこれもΛにあやかろうとしました。

その結果、日本車のデザインから、丸型のライトが消えたんですね。丸型ライトは、古典的なノスタルジーを意味し、過去の自動車の代名詞となりました。

角型ライトが、似合っていたものばかりとは限りませんが。(爆笑)

どう見ても、「あかんやろこれは・・・。」というのも、結構ありました。(さらに爆笑) 

(いすゞ フローリアン)

いすゞさん、ごめんなさい。 でも・・・これはあかんです。(^^;

それは日本車だけではありません。外車でもそうなんですね。

スーパーカーの特徴であった、点灯時にホップアップするライト(リトラクタブルライト)も、丸型から、どんどんと角型に変わっていきました。 

(1974年 フィアットX-9 イタリア車) 

(1989年 フェラーリF355 イタリア車)

三菱伝統のデザインは、Λとは逆の、逆スラントノーズです。僕の説では、逆スラントノーズは、高いフロントノーズを低く見せるためのデザイン処理です。フロントノーズが高いのは、前輪が前に来ているからで、それはフロントミッドシップを意味します。

Λ(ラムダ)は、スラントノーズですので、フロントミッドシップをやめてしまったかと言えば、決してそうではありません。

ラムダの元となっているΣ(シグマ)は、デザインだけが違う同型車ですが、立派な逆スラントノーズです。つまりラムダは、シグマの前輪から前(フロントオーバーバンク)を伸ばして、スラントノーズにデザイン処理したものです。

その証拠写真がありました。

わかりにくいですけれども、重いエンジンが、前輪の上に載っかっているのがお分かりでしょうか? 現代的なFR自動車製品は、すべてこのスタイルです。

それが前回記事でご紹介した、トヨタカローラレビンだとこうなるんですね。左右をつないでいる棒の下が前輪ですので、エンジンが前方に突き出ているのです。これが当時の主流のエンジン搭載方法です。

ですから、カローラシリーズが遅れていたとかではなくて、三菱が進んでいたというか、理に則った普遍的な方法を採用していたのです。これは三菱車が、かなり以前から、重量配分に気を配っていた証拠です。 

ラムダも、1969年発売のコルトギャランやGTO(70年)などの、良き伝統を受け継いでいて、考え方が、40年以上進んでいたと言えますね。

このΛ(ラムダ)やGTOのエンジン搭載位置を見て、僕はある車に似ていることに気付きました。

ドイツのスポーツカーメーカー、ポルシェの924です。

(1975年発売開始 ポルシェ924 ドイツ車) 

当時スバル1000によって、高性能RRを完全否定されたポルシェは、その後の主軸車種としてFRを模索していましたが、その924の開発モデルとなったのは・・・ひょっとしたら・・・三菱コルトギャランだったのかも知れません。 

いやそうでしょう。時系列的には、そうに違いありません。 

ポルシェはラムダ以降、急速に三菱に接近してきました。当時のポルシェは、三菱に着目していたはずなのです。何せスポーツカーの大御所ポルシェは、三菱の7大発明の一つによって窮地を脱したことがあるからです。 

その三菱とポルシェのヒストリアは、また後日。(笑)

            (ばく)

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1978 三菱ギャランΛ cm (1978 Mitsubishi galant Λ commercial)

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【ギャランGTO】トヨタを本気にさせた、三菱の美しき戦士。

2017-01-12 23:01:41 | 減税・産業創出

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ここ、幸福の科学高知なかまのぶろぐは、その名の通り宗教布教ブログですが、時折自動車とか産業関係の記事を書きます。基本的に代表管理人である私の趣味の範疇ではある(笑)のですが、しかし信仰している幸福の科学が、こういう産業関係に対してクローズドな宗教だったら、こういう記事は絶対に書けませんので、「幸福の科学は、産業にオープンですよ。」という証明になるのではないかと思うのです。

さて、すべての歴史には、分岐点というものがあります。しかし私たち人間は、ともすれば今現在の状況というものを、つい当たり前のように思ってしまいます。

日本が技術立国であることも、日本が経済大国であることも。

現代日本は、平和な技術大国です。

しかし同じ空の下、技術を宗教の違いによる抗争のための、殺し合いのためにだけ使う国もあれば、殺し合いの道具を作り売りさばくことで、その日の利益を得ている国家もあります。

日本は技術立国ですし、経済大国ですが、同時に、平和を愛する諸国民の代表でもあります。かつては優れた武器も作っておりましたが、日本が誇るべきは、大量破壊兵器を作ったことがないことだと思うのです。

日本の作った武器は、すべて国防や治安のためのものです。古来より日本人の考える「技術」とは、それは「道」であり、神に捧げるものだったからだと思います。つまり古来から現代にいたるまでの日本人の思想において、「神は大量殺戮を望んでいない。」と考えるからこそ、日本から大量破壊兵器が作られたことがないのではないでしょうか。

そして、技術大国日本の象徴というべき自動車社会においても、かつては様々な技術的困難と闘い、そしてそれが、多くの人々に認められたからこそ今があるのです。

その原因と結果によって富が生まれ、今があるという事実。この富の形成には、様々なる苦悩があり、それを過去の人が乗り越え、血肉としたからこそ今があり、そしてその今が、未来へとつながっていくのです。

さて、かつて日本には、三菱ギャランGTOという美しいクーペがありました。

(1970年発売 三菱ギャランGTO MR)

「この美しきクーペが、その後の日本の自動社会のみならず、世界のトヨタを育てた。」というのが私の見解です。なぜならば当時のトヨタは、この小メーカーが作った作品に、どうしても勝てなかったからです。

販売実績ではありません。自動車製品として、どうしても勝てなかったのです。

ギャランGTOと同じ70年に、トヨタから、日本自動車史上の名作が誕生しています。

セリカです。


(1970年発売 トヨタ セリカ 1600GT)

上の画像は、通称ダルマと呼ばれる車体で、日本車ベストデザインとも言われる、美しいクーペです。

三菱ギャランGTOとトヨタセリカは、ほぼ同じ寸法、同じく4気筒エンジンを積み、後輪を駆動するFR車でした。

前輪サスペンションは両車ともストラット独立式、後輪はギャランGTOが昔ながらのリーフ(板バネ)固定式、セリカは一歩進んだコイルバネ式の固定式でした。

トヨタセリカは、大ヒット商品となりました。一方、ギャランGTOは、まずまずのヒット作でした。

しかしこのトヨタセリカは、動力面に限って言えば、三菱ギャランGTOに、まったく敵わなかったのです。

スポーツタイプの乗用車というのは、自動車雑誌などでは取り上げやすい商品ですので、言わば、自動車メーカーにとって、スポーツカーは広告塔なのですね。

ですから、自動車雑誌などのマスコミでは、トヨタセリカVS三菱ギャランGTO企画は、何度も何度も取り上げられるわけですが、しかしそのいずれにでも、トヨタセリカはGTOに負け続けました。

トヨタセリカが積むエンジンは、名機と呼ばれる2T-Gエンジンです。

1600ccの、4気筒DOHCエンジンです。一方ギャランGTOは、同じく4気筒DOHC1600ccの、4G32です。

トヨタセリカの2T-Gエンジン エンジンの上にある棒の下にタイヤの中心があり、エンジンが前タイヤ前方(画像左側)に出ています。



三菱 ギャランGTOの4G32エンジン。 タイヤの納まる空間に、重いエンジンが納まっています。

またギャランGTOのエンジンとセリカのエンジンは、特徴が違っています。GTOのエンジンは、三菱伝統のロングストロークタイプで、一方セリカのエンジンは、レースを意識したと思われる、ショートストロークタイプです。

セリカのエンジンはよく回り、軽快なのですが、力(トルク)が弱かったのです。一方GTOエンジンは、低回転からモリモリと力を発揮するタイプです。

しかし三菱は伝統的にトルク重視で、パワー無視のロングストロークタイプのはずなのに、125馬力出していました。

トヨタ2T-Gは、115馬力でした。2T-Gはショートストロークだったので、これ以上馬力を追及すると、日常性に問題が出たはずです。

セリカとGTO対決のインプレッションで、再々指摘されていたことは、「フロントヘビーで、アンダーステアが強い。」という、トヨタセリカのコーナーリングでした。

DOHCエンジンは部品が多く重いので、車体フロント部が重くなるのですが、それは三菱GTOも同条件のはずですが、ギャランGTOのコーナーリングの評価に、「フロントヘビー」や、「アンダーステア」という文字は皆無なのですね。

つまり、一見同条件のはずなのに、ギャランGTOはコーナーリングがとても優秀だったということです。

これは以前指摘した、前輪ストラットサスペンションをきちんと動かすための土台、つまり「ボディー強度の方に、セリカには問題があったと思われる」というこなのです。

重さは速さ! 三菱パラドックス

ギャランGTOのボディーの母体は、前年に発売されたコルト・ギャランと同じシャーシ(骨組み)です。つまり、フロントミッドシップです。

しかもコルトギャランより、ボディー重量は100㎏ほど重い構造です。コルトギャランとギャランGTOの、前輪と後輪の間隔(ホイールベース)は同じであり、基本骨格は全く同じで、コルトの前輪から前と、後輪から後ろのボディデザインを伸ばして、かっこ良く整えたのがGTOなのです。

つまり、同じクラスの小型車より、100㎏重かったコルトギャランの強いボディーを、さらに強化しているのがGTOなのですね。

 

モノコックボディーというのは、ボディー全体で強度を保ちます。GTOの原型であるコルトギャランより、GTOは遥かにサイズアップしています。デザイン上の処理から、ボディー前後を伸ばています。

大きくなった分当然強度は落ちますが、その分をGTOでは、ボディーさらに強化しているので、元々重量の重いコルトギャランよりも、更に100㎏も増えています。

もう一つコルトギャランから、GTOとは逆に小型化したスポーツクーペがあって、それがギャランクーペFTOですけれども、FTOでは、ボディー全体は小型化によって強化されますので、同じ構造でも重量は大幅に減っています。 

ギャランGTOの弟分、ギャランクーペFTO  コルトとGTOとFTOは、全く同じ構造

つまり三菱は、技術的には、やるべきことはちゃんとやっていたのです。この頃のトヨタと三菱の技術力の差は、「三菱が基本に忠実だった。」ということです。

大トヨタが偉かったのはここからです。連日自動車雑誌で、「名ばかりのGT」とか、「トヨタ馬力」と言われ続けたトヨタ。

スポーツカーは、マスコミに扱われやすい広告塔ですから、それは取りも直さず、自動車メーカートヨタの評判となってしまいます。スポーツカーの評判は、メーカーの技術力と、同一視されて評価されてしまうのです。スポーツカー=自動車メーカーの広告塔の負の一面です。 

トヨタは、セリカ強化策に討って出ました。販売絶好調の商品セリカに、大規模な技術的なテコ入れを断行したのです。トヨタはセリカに、LB(リフトバック)シリーズを投入しました。 

(1973年登場の、セリカLB 2000GT)

LBは、ダルマよりボディーサイズを拡大していました。これは、同一車種ではあり得ない決断です。なぜなら、製造プラントの、大幅な組み換えが必要だからです。また、これまで作り置きしていた基礎ボディーや、それに伴う金型などが使えなくなるからです。

コルトと同じ骨格で、GTOとFTOを作った三菱とは真逆に、コストのかかる手法ですので、トヨタは、セリカLBの新規投入で、大幅な出費をしているはずです。

このセリカLB投入は、一般的には「大規模なマイナーチェンジ」と言われていますが、ところがどっこい、これは事実上のモデルチェンジですね。そう、デザインをほとんど変えなかった、フルモデルチェンジなのです。

なぜセリカLBで、ボディー拡大をしたか。それは、大きなエンジンを搭載する必要があったからだと思われます。18R-Gという、4気筒2000ccのエンジンです。

トヨタ18R-Gエンジン。 2T-Gより、エンジンブロックが大きく、拡大したエンジンルームにやっと収まっています。

2T-Gは、小型車用のエンジンなので、エンジン全体が小ぶりです。ですから、小さなセリカのボディーで大型車種用の18R-Gを積むには、ボディーサイズ拡大が必要だったのですね。これは、量産型自動車メーカーとしては大英断であり、それはひとえに、「三菱ギャランGTOに勝つ。」という、大トヨタの意地の決断だったと思うのです。

セリカLBは、これまたとても素敵なデザインで、ダルマを超える大ヒットとなりました。しかしその走行性能では、ついにギャランGTOを、超えることができなかったのです。相変わらず、「フロントヘビーで、アンダーステアが強い。」「直線番長」と評価され続けました。

大きなエンジン搭載で性能向上を狙ったのですが、肝心のエンジン搭載位置は、フロントタイヤの前に突き出た形の通常のFRであり、またボディー強度も、ストラットサスペンションが十分機能を果たせるだけの水準には、残念ながら達していなかったと思われます。

順不同ですが、72年には、小型車カローラ&スプリンターに、セリカの2T-Gエンジンを積んだ、レビン&トレノシリーズも出しています。

トヨタ カローラレビン 初代通称TE27

これは、「カローラの軽い車体に、強力なエンジンを載せれば、GTOに勝てるんじゃないか?」という、単純な発想から生まれたモデルではないかと、私は思っています。

しかしやはり、小さなエンジンルームだと、理想的な場所にエンジンを積むスペースはありません。レビンは重いDOHCエンジンを、セリカよりも更に前タイヤの前方に、積まなければなりませんでした。

フロントヘビー度は、セリカの比ではありませんし、小型車カローラのボディーでは、ストラットの機能を果たせるだけのボディーの強靭さを、期待する方が無理というものです。

初代レビン&トレノは、セリカ以上のじゃじゃ馬で、もっと直線番長でした。

トヨタカローラレビンの2T-Gエンジン。セリカより、さらに前方に突き出ていて、重量バランスは超フロントヘビーのはず。

この頃にトヨタは、対ギャランGTOへ意地の対決を試みましたが、結局すべて敵わなかったのです。しかし、この頃のトヨタの製品が、劣っていたとは言い切れないし、トヨタの挑戦は無駄ではなかったのです。

三菱ギャランシリーズは、強いトルク・フロントミッドシップ・強靭なボディーという、現代にも通じる普遍的な技術であり、トヨタはその、技術の普遍性に挑戦していたのですから。

結局のところ三菱ギャランシリーズは、販売のトヨタを、真の技術者集団に導いたと思います。ベンツやBMWやポルシェに負けたとて、当時の日本の第一人者としてのプライドは傷つきません。

身近な小さなメーカーから出た、ただのセダンベースのスポーティーカーに、どうしても勝てなかったからこそ、トヨタは本気の自動車つくりができるようになったのです。同じく量産車メーカーです。

不要なコストはかけられないという、企業としての条件は同じだからです。とにもかくにも、三菱の実直なものつくりは、大トヨタを真摯にしたのです。

その後のトヨタの、技術に対する真摯な取り組みがあればこそ、後の生産台数世界一のトヨタはあり、日本の繁栄もあるのです。

             (ばく)

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三菱 コルトギャランGTO(後編)

 

【GT6】三菱ギャランGTO MR ドリフト

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重さは速さ! 三菱パラドックス

2017-01-03 22:28:34 | 減税・産業創出

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歴史というものは、普通言われている常識が通用していないところが多々あります。

人はレッテルを張り勝ちでございますので、よくよく精査してみないと、本質というものを見逃し勝ちなところもございます。

そして通常の常識とは違う歴史的な結果を、得てして「そんなの、ただの偶然さ」的な評価をしがちであるのも、これまた人間でございますが、何事も原因あって結果ありの、大宇宙の法則因果律の元では、偶然と言うものはあり得ないのです。

そして何事も、精査なしで本質が見えてくることはないのでございます。

のっけから話が大きくなっておりますが、今年最初の自動車関連記事です。(笑)

「ええ、もう自動車記事か!」というお声が聞こえそうですが、すみません、アクセスが結構あるもんで。(爆笑)

今中軸においているのは、苦境に立たされている三菱自動車ですが、ここほど世界に影響を与えたメーカーはございません。世界のトレンドメーカーこそ、三菱の本質なのです。そういった意味で、私は三菱に大きく期待しているのです。

三菱ギャランは1972年に、サザンクロスラリーという国際舞台で優勝しています。これは、日本車としては初めての快挙でした。

(三菱 コルトギャラン サザンクロスラリー車)

有名な、ランチアストラトスのようなラリー専用車ではない三菱ギャランの優勝は、本当にただの小型車での優勝でした。ではなぜ、三菱ギャランは優勝できたのか。

前回、前々回記事で触れた、フロンとミッドシップ構造という、ハンドリングに優れた機能と、ロングストロークエンジンという、トルク重視の実用性に飛んだエンジン。それに加えて、今回注目するのが、ギャランのボディーの重さです。

私は、1970年代に言われていた、三菱最速伝説の秘密は、ボディーの重さにあるのではないかと睨んでいるのです。

そう、三菱車は、重かったから早かったのだと。

通常ですと、ボディーは軽ければ軽いほど、運動性能が上がりますが、1960年代後半から80年年代当時の三菱車の特徴は、総じて同じクラスの車種より、車重が重いのですね。この頃の三菱コルトギャランと、ほぼ同じサイズのカローラと比較すれば、100㎏ほど思いのです。

「ギャランは重かったから、速かった」というのも、この当時の日本の小型車には、サスペンション革命が起きていたからです。

そのサスペンション革命とは、前輪の主流が、ダブルウィシュボーンからストラットサスペンションに大転換したのが、この三菱コルトギャランの時期なのですね。


ストラットサスペンション


ダブルウィッシュボーンサスペンション

自動車をまっすぐ走らせ、向きを変える主役は前輪で、自動車で前輪と後輪とどちらが大事かと言われれば、それは間違いなく前輪です。

後輪を部品が少なくコストの安い、固定式サスペンションで済ませる事例はいくらでもありますが、前輪はそうはいきません。丈夫さを求められる軍用車以外は、すべてがコストのかかる独立式なのです。

でなければ、しっかりと路面に、タイヤを密着させることができないからです。




1970年代までの日本車は、その前輪のサスペンションに、ダブルウィッシュボーンサスペンションという形式を使っていました。ダブルウィッシュボーンサスペンションというのは、前輪を2つのV字型のリンクでつなぐ形状です。

今でもスポーツカーでは主流ですし、レーシングカーと言えばこの形式以外存在しません。

この形式の大きな特徴は、路面にタイヤを、しっかりと密着させることができることと、部品が多いので、自由に動きを調整できるところです。欠点とすれば、部品が多く、コストが高いことと、大きく横に張り出しているので、スペースを取ることです。要するに、ダブルウィッシュボーンサスペンションというのは、とても贅沢な形式なわけです。

70年代以前は、トヨタパブリカや日産サニーなどの大衆車においても、前輪はダブルウィッシュボーン独立サスペンションでした。そして70年代前後、日本車はストラット式のサスペンションの導入を図り始めました。日本車第1号は、トヨタのカローラ(初代)です。


(日本のストラットサス第1号 トヨタ カローラ)

ストラットサスペンションは、部品が少なく、コストが安くて軽量です。また踏ん張りが強い構造なので、タイヤの接地力も強く、縦に長いので横スペースを取りません。また縦に長いので、悪路にも強い構造です。ダブルウィッシュボーンサスペンションは、舗装路ではしっかりとしているのですが、悪路では伸びきる難点がありました。

ラリー用に開発された ランチャ ストラトス 後輪がストラットサス

良いことずくめ、特に小型車にとって、もってこいのサスペンションが、ストラットサスペンションです。なぜストラットサスペンションが、カローラまで日本で採用されなかったかと言うと、特許期間中だったからです。

1969年にストラットサスペンションの特許が切れたので、日本の自動車メーカーは、こぞってストラット採用に踏み切ったのですが、ストラットサスペンションには、大きな大きな落とし穴があったのです。

その、ストラットの落とし穴に気づいていたのは、70年代初頭の日本では、三菱だけだったと私は思っています。では、ストラットサスペンションの落とし穴とは何か?

それは、「ボディーが強くないと、ちゃんとした動きをしない」ということです。

ストラットサスペンションは、モノコック構造のボディーのサスペンション連結部に、直接ダイレクトにつながっていますので、ペラく弱いボディーだと、サスペンション連結部がグニャっと動いてしまって、タイヤの接地どころではなくなるのですね。

当時日本のメーカーは、ダブルウィッシュボーンに慣れ切っていました。ダブルウィッシュボーンサスペンションは、部品が多いので調整が容易です。ですからペラいボディーでも、何とかタイヤを接地できるんです。

しかし、部品の少なく、ボディーに直接連結しているストラットサスペンションは、そういったごまかしが効きません。

ロータリーエンジンの記事でも言いましたけれども、部品が少なければ少ないほど、構造がシンプルであればあるほど、基礎的な技術、土台の技術があらわになるのですね。三菱以外の自動車メーカーで、このことに気づいていたと思われるのは、マツダとホンダと日産の一部(旧プリンス系)だけだと思います。

しっかりと当初から認識し、対応できていたのは、三菱だけなのではないでしょうか?それは昔の自動車雑誌の、走行インプレッションを見ればわかるのです。

日本車の多くが、コーナーでのハンドリングに困っていました。アンダーステアが出るからです。

アンダーステアとは、ハンドルを切った分だけは曲がらない現象で、これに、多くの日本メーカーが悩まされていました。



ですから日本のドライバーには、「ストラットサスペンションより、ダブルウィッシュボーンサスペンションの方が優秀」というイメージがあるんですね。そうではなくて、強みが違う、特徴の違う形式なんです。

トヨタは初代ソアラ登場まで、このアンダーステアに悩んでいました。

トヨタ ソアラ初代 1981年発売開始

日産は、スカイラインジャパンまでは、アンダーステアに悩んでいました。

日産 スカイライン 通称ジャパン 1977年発売開始


マツダは初代サバンナでは、この現象を克服していました。

マツダ 初代サバンナ 通称RX-3 1971年発売開始

ライバルスバルは、レガシー登場まで、アンダーステア克服を要しました。


スバル レガシーツーリングワゴン 1989年発売開始

これらの車種の前輪サスペンションは、すべてストラット型ですが、各メーカーはこれらの車種で、ストラットの落とし穴を克服したということです。要するに、「ストラットサスペンションには、しっかりしたボディーが必要だ。」という、メーカーの見解に達することができたのですね。

つまり、しっかりとしたボディーがなければ、ストラットサスペンションの、本来の性能が発揮できないことに、この車種まで気付いていなかったか、気付いていたけれども、それまでは対応できていなかったということになります。 

このストラットサスペンション独特の、ボディーの弱さからくる悪性のアンダーステアが最初からなかったのが、1969年発売の三菱コルトギャランだったのです。つまり、三菱コルトギャランのボディーは、とても強かった ということです。

要するに、ストラットサスペンションを使いこなすには、それなりの強いボディーが必要であり、そのために、十分なボディー補強をしていたために、コルトギャランはライバルたちより重かったのです。これが、三菱ギャランのあなどれない速さの根源であり、サザンクロスラリー優勝の要因と思われます。

つまり三菱は、購入時の商品価値の基軸となるカタログデーターにこだわらず、やるべきことはきっちりとやっていたということです。

しかし、他の国産メーカーのことを攻められません。当時の世界で、三菱と同じ見解に達していたのは、西ドイツのメーカーだけだったからです。他の国では、相変わらずダブルウィッシュボーンが、80年代後半まで主流だったのですから。

つまり、「三菱の見識畏るべし」なのです。

何事も、ぱっと見でレッテルを張ったり、思い込みをしていると、本当の姿は見えては来ません。

仏教では「正見」と言って、代表的反省項目、八正道の最初に出てくるのでございます。

今月1月9日(月・祝)には、新春講演会が開催されますので、真理のご縁に多くの方が触れられますよう祈念いたします。

                (ばく)

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Mitsubishi's Colt Galant Is Japan’s GTO

「伝道」

2017年 第1回講演会

御法話  大川隆法総裁「未来への扉」 

 

本会場  パシフィコ横浜

 

衛星会場 全国の支部・精舎・衛星布教所 

 

開催日  1月9日(月・祝)18時00分~  

 

高知支部精舎〒781-8105 高知県高知市高須東町2-11   

 

TEL:088-882-7775 

高知西部支部精舎〒781-1202 高知県高岡郡越知町2519-7   

TEL:0889-26-1077 

高知朝倉支部〒780-8062  高知県高知市朝倉乙988-11   

TEL:088-850-7774 

高知東部支部〒781-5232  高知県香南市野市西野       

TEL:0887-56-5771 

高知四万十支部〒787-0012  高知県四万十市右山五月町2-22 

TEL: 0880-34-7737  

 

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三菱のスバルへの対抗心が、世界を変えた!

2016-12-28 22:56:55 | 減税・産業創出

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今拙ブログは、宗教の布教ブログですが、時折自動車の世界から見える世界をお届けしております。

P・ドラッカーさんのマネジメント理論によれば、マネジメントとは、マーケティングとイノベーションだそうで、激しい技術競争、販売競争に打ち勝ち、日本を代表する企業群となった自動車社会には、マネジメントの分野で大きな学びがあるのではないかと思っております。

そこで最近三菱自動車に焦点を当て始めたのですが、仏教的八正道でこの業界を振り返るとき、三菱自動車ほど、世界の自動車業界に好影響を能えた企業はないのではないかと。

今のトレンドを元を辿れば、その多くは三菱発祥のものがとても多いのです。

しかし当の三菱は、その自覚がないのかも知れないところが面白い。私は市中の看護師ですから、インタビューとかはしたことはないのだけれど、三菱の開発モチベーションは、「スバル何するものぞ!」という意気込みだと思えるんです。

それはきっと、先の大戦で三菱は名機ゼロ戦を作ったけれども、エンジンは中島(現スバル)製だし、実際に世に出したのは、6割が中島飛行機だったことが、無念の思いとして三菱に残っているのではないかと私は推測するんです。

それほど、三菱はスバルのやったことは徹底してやらないし、むしろスバルの否定形が、三菱自動車の作品群だと思えるんですね。

スバルと言えば、水平対向エンジンとか左右対称システムとか、4輪独立サスペンションとか、とかく理想主義的な企業で、素材にこだわる料理人といったところでしょうか。

一方三菱は、むしろ現実主義的で、調理法にこだわる料理人のように思えます。

例えば、スバルの採用する水平対向エンジンは、重心が低く、全長が短く、振動が少ないという大きなメリットがあります。それらを基本構造とするスバル車は、基本性能がとても高いものとなります。

一方三菱は、水平対向エンジンの基本性能を認めながらも、より現実的な工夫で、性能や快適性で、スバルを超えようとしているように思えます。実際、現在の自動車技術において、多くの技術革新によって、高コストで儲けの出ない水平対向エンジンでなければ成しえないものは、ほとんどなくなって来ているのですが、その技術の始まりは、ほとんど三菱車なんです。

今、水平対向エンジンの最大のメリットは、”安全性”なんです。

しかし三菱はスバルキラーであって、その方法論がとても現実主義的なので、三菱は結果的に世界のトレンドメーカーになっています。スバルへの対抗心から三菱のやったこと、また三菱のやろうとしてきたものが、その後に、世界の流れができているですね。

十数年前までは、三菱のランサーエボリューションVSスバルインプレッサのラリー対決が、世界の自動車好きを沸かせ、日本車の権威を大幅に向上させましたけれども、ランエボVSインプ対決は、その三菱VSスバルの因縁の対決の現代版であり総決算であって、その前からこの両者には、メラメラとライバル心があった・・・というのが、私の見方なんです。

三菱自動車のエンジンには、大きな特徴があります。それはロングストロークエンジンです。エンジンの排気量といのは、エンジンのピストンの内径(ボア)×ピストンの動く距離(行程・ストローク)×ピストンシリンダーの数で決まります。

 

ですから、同じ排気量ならば、ボア(内径)が大きければ、行程(ストローク)は小さくなります。また、ストロークが大きければ、内径は小さくなります。これで何が違ってくるかと申しますと、エンジンの性格が違ってくるのですね。

 

ストロークが大きなエンジンというのは、要するに力(トルク)が強くなるんです。

自転車で立ち漕ぎをすれば、上り坂でも上っていけますよね。

 

ただ、何千回転もするエンジンで、あまりストーロクが長いエンジンだと、高回転が苦手となります。

エンジン出力は、力(トルク)×回転数ですので、高回転の苦手なロングストロークエンジンは、最高出力があまり期待できません。最高出力発生回転数で、最高速度は達成します。ですから最高出力が低ければ、最高速度が出ないことになり、レースなどの高速競技などでのエンジンは、超ショートストロークエンジンです。

 

しかし一般的な市中での運転では、そのようなシチュエーションというのは、まぁないわけです。(笑)そんなことをすれば、危険運転の容疑でお縄になるし、運転免許はいくらあっても足りません。(爆笑)

通常の実用運転では、実用トルクの豊富なエンジンの方が、はるかに使いやすくて、実際にも速いのですね。自動車と運動いうのは結局のところ、加速と減速の繰り返しだからです。ですから、加速が速くて、減速できるところではしっかり減速し、また加速する・・・。この一連の動作が速ければ、早く運転できるんです。

つまり、トルクがあれば、この一連の動作が速いわけですよ。カタログで言われる最高出力が注目されがちですけれども、実際に必要な力、使っている力は、トルクの方なんですね。そのトルクが、どの回転数で出ているかが、本当に注目しないといけないところです。

要するに、最高出力(パワー)が必要とされるのは、最高速度領域だけなんです。また高回転型エンジンだと、早く進むためには、車体を減速しても、エンジンの回転数を一定に保たなければならないんですね。アクセルを底まで踏んで、自動車をコントロールし続けるのは、一般ドライバーには不可能な技能です。

徹底的な現実主義、そして実用主義メーカーである三菱は、ロングストローク型のエンジンしか作っていません。

一方、三菱が対抗意識を持っていると推測される、スバルのエンジンはどうでしょうか。

スバルエンジンは、伝統的にショートストロークエンジンなんですね。って言うか、ショートストロークしか、作れないんです。(^^;なぜならば、スバルの作っているエンジンが、水平対向エンジンだからなんです。

水平対向エンジンは、横幅が広いです。直列だと上に向いているシリンダーが、横に張り出している形をしています。

つまり、エンジンの高さは低く、長さも短いのですけれども、その分横幅は広いのですね。それでロングストロークエンジンにすると、エンジンルームに収まらないのですよ。車体のエンジンルームにも、当然横幅の制限があるので、水平対向エンジンだからといって、車体横幅を広げるわけにはいきません。

ですので水平対向エンジンは、ショートストローク型にして、横幅を制限せざるを得ないのですね。ですから、水平対向エンジン車は、基本的に低回転(実用粋)が苦手なんです。

また通常の直列やV型エンジンだと、ガソリン入りの空気(混合気)はエンジンの横から入って、排気ガスは横へ抜けます。

しかし、ピストンやシリンダーが横転している、水平対向エンジンではどうなるかと言いますと、混合気を上から吸って、排気ガスは下へ出す形となるわけです。水平対向エンジンで、排気ガスを排出しやすい排気管の形にしようとすれば、排気管が地面に当たっちゃうわけなんですね。(^^;

ですから水平対向エンジンの排気管は、自由に設計する空間、そのものがないわけなんです。となると当然、水平対向エンジンでは、排気ガスの抜けが悪いわけです。となると、何も工夫していない水平対向エンジンは、高回転が苦手になります。

(水平対向の代表 ポルシェのエンジン 下半分の銀色のパーツが排気系。相当無理な形をしていて、排気は抜けにくい。)

昔のポルシェやビートルやスバル車は、ドドドドドという独特の排気音、通称ボクサーサウンドというのがありましたけれども、これは、水平対向エンジンの、排気の抜けの悪さからきていたんですね。

通常の運転領域ではさほど問題はないのですが、高回転になればなるほど、その欠点はきつくなります。要するに、水平対向エンジンだと、ショートストロークなので低回転が苦手で、排気の抜けが悪いので、高回転まで回らない・・・という、「なんじゃそりゃあ。」な作品になることが多いわけです。

重心が低くてコンパクトで、振置き場所に困らなくて振動の少ない水平対向エンジンですけれども、こういう構造上の欠点があるわけですね。ぎりぎりの運動性能を欲するレースの世界で、水平対向エンジンが存在しないのも、こういう水平対向エンジン特有の欠点が存在するからなんです。

スバルやポルシェなど、水平対向エンジンを作り続けているメーカーは、このエンジンのネガ対策を続けており、今ではその欠点は、かなり克服されております。

しかし、もともと生産コストの高い水平対向エンジンです。普通の直列エンジンの2倍のコストがかかります。

「元コストの高いエンジンの、ネガ克服のために費やす費用や時間があれば、もっと他にできることがあるんじゃねぇのか?」と考える人がいてもおかしくはないし、その筆頭が三菱だった・・・ということですね。

スバルインプレッサの2000ccターボで、エンジン価格は100万円と言われています。

車両価格が300万円だとすれば、車体価格の3分の1はエンジンということになります。

一方ランサーエボのエンジンは、ほぼ同じ性能で、50万円だと言われています。

このエンジン価格差は、装備の充実や、水平対向エンジンでなければ達成できなかった、低重心や低振動など、その他の分野の克服へ費やすことができるわけですね。

で・・・三菱のすごいところは、それを現実化したところなんです。その技術的克服の成果が、その後の世界のトレンドとなっています。

ロングストロークエンジンだと、幅は狭いので、全長は短いです。短いエンジンだからこそ、前輪を前に突き出すという、超簡単な工夫で、コルト・ギャランはスポーツカーのような重量バランスでした。

スバル水平対向エンジンの”低重心”を、三菱は”重量配分”で対抗したとしたら・・・。

 
ギャランGTOのエンジンルーム。重いエンジンは奥(車体の真ん中付近)にあり重量バランスが良い。コルトギャラン・ギャランFTOは兄弟車で同じ構造。
 

そして今世界の自動車界のトレンドは、パワー主義からトルク主義となり、FR車は、コルト・ギャランのようなフロントミッドシップしか存在しないのですけど、そういった三菱の対スバル意識が、一連の三菱発祥の技術となり、それが後々の世界に、大きなトレンドを作り、戦前のゼロ戦と隼の切磋琢磨が、世界一の戦闘機を作ってきたように、今でもこの両者の切磋琢磨は、自動車の分野でしのぎを削り、この分野の進歩を作り上げてきた・・・。 

私には、そのように見えるんです。

今回はエンジンしか触れられませんでしたが、現実主義で実用主義の三菱自動車の、トレンドメーカーとしての一面を、またいつか書ければと思っています。

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なぜか逆スラントノーズだと、かっこよく見えるのミステリー。。。

2016-12-15 22:02:32 | 減税・産業創出

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毎度、宗教ブログなのに、アクセスが減ってくると自動車記事を書いている、へんてこな代表管理人でございます。(爆笑)

でも結構評判良いんですよ。(^^)実は、自動車の好きな読者の方から、「謎が解けた!」というお声をいただくことが多いんです。

「自動車雑誌が面白くなくなったのは、2代目日産マーチから、日本の女性ドライバーが増えて、世界的に男性向けの商品が少なくなったから」とか、「トヨタ2000GTが、大きなエンジンを積まなかったのは、トヨタがオールジャパン技術にこだわったから」とか、「初代日産フェアレディーZが売れまくったのは、3分の1の価格で、当時のポルシェをぶち抜けたから」とか、「おいおい、聞いたことねえぞ!」と言われていて、「そう言えば、そんなの、雑誌とかでの、商品エピソードでも言われていないな?」と思ってはいるんですが(笑)、まぁそこらへんが、オリジナリティーでして、あくまで原因と結果だけを見て語るスタンスでございます。

でもまぁ、自動車関連記事を書き始めて、改めて「日本って凄いなぁ。」と感じます。自動車という製品は、鉄やら家具に至るまで、総合的に必要ですから、自動車を自主製造できることは、現代の世界において、工業国の証です。

アメリカ/日本・ドイツ・フランス・イタリア・イギリスそれと韓国ですか、これらくらいしか、世界で設計から製造までできる国はありませんので、それらの情報は、国家の工業レベルなど総合的なサインとして、とても貴重であると思います。

そして日本の自動車界の歴史は、「ものすごく高度な技術の普遍化の歴史であり、一般化の歴史である」と言えましょうね。

その中核に・・・とは言えませんが、その流れの始まりにいるのは、私は三菱自動車ではないかと思っているのです。

ひょっとしたら、三菱にその自覚はないかも知れません。三菱視点で言えば、戦前から何かとご縁のある、現スバル(旧中島飛行機)に対する、アンチテーゼを行ってきただけかも知れないところに、これまた日本という国の奥深さを感じる次第です。

さて、1970年代初頭における、日本の小型車と言えば、以前書いた、トヨタカローラVS日産サニーや、トヨタコロナVSブルーバードなどが、熾烈な販売合戦を繰り広げていた頃でした。その頃の日本の自動車界で、密かに実力を発揮しはじめていたのが、三菱自動車なのです。

当時の三菱の主要車種が、ギャランです。

(69~73年 三菱 コルトギャラン)

この何の変哲もない、小洒落たセダンですが、当時を知る車好きの人に聞くと、どうやら当時国産車で最も早かったのは、この「三菱コルトギャランだった」という結論に達するんですね。他にもスポーツカーなど、当時は結構商品化されているのですが、どうやら、コルトが最速だったらしいのです。今の私には、コルトギャラン最速伝説を、「そうだろうな。」と思えるんですね。

実は私、自動車を横から一目見れば、どこにエンジンが積まれ、どのタイヤを回す構造なのかが分かります。また、そのエンジンも、どの向きに搭載されているかもわかっちゃいます。

看護師なのに変な特技ですけど(爆笑)、自動車製品というのは、いくらデザイン処理をしても、基本骨格はごまかせないので、サイドビューを見れば一目瞭然なんですね。
 

これが、三菱ギャランのサイドビューです。(ミニカーですけど。笑)


これは、典型的なFR(フロントエンジン・リアドライブ)車、つまり車体前方にエンジンを搭載し、後輪を駆動する仕組みです。

FR車のデザインでの大きな特徴は、後輪から後ろが長いことです。これは、FR車の宿命です。

なぜならFR車は、後輪に荷重をかけないと、前に進むことができないので、後輪の後ろに大きなトランクルームなどを構えて、それで後輪にしっかりと荷重がかかるようにしてるのですね。
 

他には、こういうものがあります。

(トヨタ スープラ最終型 )

これは最近のモデルですけれども、この、「FR車は、後輪から後ろが長い法則」は変わっていませんね。ただ、前輪から前は、FRだと自由になる空間が多いです。ですから思いっきり、ボディーの前端(フロントノーズ)を伸ばしたり、下げたりすることが可能です。

(トヨタ2000GT)

(日産フェアレディーZ)

一方FF(フロントエンジン・フロントドライブ)、車体前方にエンジンがあって、前論を駆動する仕組みだと、後輪に荷重をかける必要がなくなります。なぜならFF車の後輪は、ただ車体を支えているだけですから。ですからFF車は、後輪以降のデザインは自由です。

ですからこんな風に、後輪から後ろをばっさり切ったようなスタイルが可能です。

FR駆動で、これだけ後ろが短いと、車は前に進めないんですね。

(ホンダ エヌワン)

ただ、前輪の前にエンジンが載る場合が多いので、前輪の前にエンジン搭載空間が必要ですから、その関係で、なんだか顔が伸びたような、下あごが突き出たような、もっさりした感じとなることが多いです。この傾向は、搭載するエンジンが大型であればあるほど、顕著になります。

アルファロメオ 166 (イタリア車)

FRと同じ後輪駆動でも、後輪にしっかりと荷重のかかるリアミッドシップだと、後輪から後ろのデザインは自由ですし、車体前方にもエンジンがないので、フロントのデザインも自由となります。

 

(ランボルギーニ カウンタック  イタリア車)

 

(トヨタ MR2 2代目)

ただリアミッドシップだと、ドアから後輪までが間延びしたように見えて、ダックスフント犬のように、胴長に見えてしまいます。(笑)ですからドア後端から後輪までの空間に、空気取入口などの、なんらかのアクセントを設けることが多いです。

スーパーカーなどは、ミッドシップ車が多いですが、スーパーカーの美しくかっこいいデザインには、このエンジン搭載位置が大いに関係があります。

で・・・、本日のの主役、三菱ギャランは、スーパーカーでもなんでもない、ただのセダンですけれども、この当時三菱ギャランは、侮れない走行性能を持っていました。そのギャランの、侮れない走行性能の秘密は、ギャランの車体前部分に、そのヒントがあるんですね。

ギャランの前部分の特徴というのは、逆スラント・・・と呼ばれるデザイン処理です。 

車体の前方を顔に見立てて、上方に流れるようなライン形成のデザイン処理を、スラントノーズ・・・と言います。

これは空気の流れを、上方にスムーズに流せるので、空力学的に優れているので、今販売されている自動車のほとんどが、このデザイン処理を行っています。

代表的なのは、トヨタのプリウスでしょう。 

(トヨタ プリウス)

一方、逆スラントノーズというのは、ボディーの前端が、スラントノーズとは逆に、上が長くて、下方に行くと、奥まった感じになるデザイン処理です。

サメ型とでも言いましょうか。力強い印象で、かっこいいのですが、空力的には悪くなります。

代表的なのは、一昔前のBMW車ですね。

(BMW 635CSI ドイツ車)

三菱ギャランも、旧BMWシリーズのように、典型的な逆スラントノーズ処理を施しています。三菱は伝統的に、フロントマスクを逆スラントノーズにすることが多いです。

 

(三菱 ギャランΣ ディアマンテ)

逆スラントノーズ処理だと、空力的には不利なんですが、なぜだかかっこ良く見えます。なぜでしょうか?

通常は、空力的に優れた処理というのが、かっこよく見えるんですけれども、逆スラントノーズには通常の、物理の常識を越えた、かっこよさがあるんですね。とても不思議です。

実は、逆スラントノーズのデザイン処理には、自動車のフロントノーズを、低く見せる効果があるんです。これをご覧下さい。

 

(初代 いすゞ ジェミニ中期型 & 後期型)

この両車は、同じ車ですから、エンジンノーズの高さは同じです。中期型は逆スラントノーズ、後期型はスラントノーズです。

 

(いすゞ フローリアン前期&後期)

前同じいすゞ車で申し訳ないのですが、もう一例。期は逆スラントノーズで、後期は垂直ノーズです。両車とも、ノーズの高さは同じです。
 

どうですか?逆スラントノーズの方が、低く見えませんか?

明らかに目の錯覚なのですが、逆スラントノーズ処理だと、奥まった下方ラインやライトに視線が行くので、高いフロントノーズを、低く見せる効果があるのです。

だから、逆スラントノーズ処理は、空力的には不利なんだけれども、かっこよく見えるんですね。

つまり、逆スラントノーズでデザイン処理する必要のある自動車というのは、フロントノーズが高いわけですね。だから逆スラントさせて、車体のフロント部分を、低く見せる演出が必要となるんです。 

いかしたデザインの三菱ギャランも、実はフロントノーズが高かったわけです。で・・・、ここからが問題なんです。

ではなぜ、三菱ギャランのフロントノーズが高かったのか・・・です。 

ギャランの車体サイドビューの大きな特徴は、フロントタイヤがかなり前にあることです。

要するに前のタイヤが、通常のデザイン処理より突き出ているわけです。これは、当時の日本車には、あまり見られない処理です。

当時のナイスデザインの代表で、ほぼ同じサイズのトヨタセリカと比べると一目瞭然です。

 

トヨタ セリカは、当時の一般的なデザイン処理ですが、 フロントタイヤの前に、しっかりとしたボディースペースがあります。これはここにエンジンを載せるスペースがあるということです。つまり重いエンジンが、タイヤの前にまで来ていることになります。

一方ギャランには、タイヤの前に、セリカのような空間がほとんどありません。これはエンジンが、タイヤの前に置かれていないことを意味します。

で・・・、フロントタイヤが前にあると、当然タイヤを納めるタイヤハウスも前に行きます。タイヤハウスが前にあると、ギャランのようなサイズに制限のある小型車では、フロントノーズが下げられないのですね。 

それだとかっこ悪くなるので、売れないじゃないですか。(笑)だから、逆スラントノーズでデザイン処理をして、高いノーズを低く見せているのです。

同じデザイン処理をしているのが、イタリアのアルファロメオジュリアです。 

(アルファロメオ ジュリア イタリア車)

では、前タイヤが前方にあると、何か良いことがあるのでしょうか?

それは重いエンジンを、前輪と後輪の空間(ホイールベース)内に、収めることができるんですね。これを、フロントミッドシップと言います。

これは三菱ギャラン当時では、トヨタ2000GTと日産フェアレディーZでしかやっていないことです。この両者は完全な、フロントミッドシップですね。長い6気筒エンジンを、フロントミッドシップにしているので、あれだけロングノーズなのです。

このフロントミッドシップですけれども、まぁFRなんですが、重いエンジンがホイールベース内にあることで、コーナーリングがとても素直になるんですね。通常ですと、フロントタイヤの前にエンジンが来てしまい、前方の遠心力が大きくなって、コーナーリングが苦手となるんです。ですから当時でも、スポーツカーなどには、比較的多く採用されていました。

今では、FR車のほとんどが、このフロントミッドシップのスタイルなんですね。 

 

(典型的なフロントミッドシップ車の透視図 上シボレーコルベット アメリカ車 下マツダ サバンナRX-7)

ギャランの透視図が見つからないので、断言はできないのですけれども、このギャランの特徴である、逆スラントノーズ=高いフロントノーズと、異様に前に出ている前輪は、間違いなく現代主流の、フロントミッドシップ構造だと思います。
 
つまり三菱ギャランは、パッと見は、一般的なセダンのようなたたずまいでありながら、実はスポーツカーのような構造だった・・・ということです。
 その証拠のひとつが、ギャランの大きな特徴である、逆スラントノーズによるデザイン処理でもあったわけです。

それは、小さな車体のセダンで、運動性能の良いフロントミッドシップにするために、前タイヤを前方に突き出しているからです。

通常ですと、かなりのコストをかけて生産するはずの、フロントミッドシップFR車を、当時の三菱は、「前輪を、更に前方に追いやる」という、とても低コストで、極めて現実的な手法で行っていたわけです。

(三菱 コルトギャラン 前タイヤから前方の空間がほとんどない、特徴的なデザイン。重いエンジンは、前タイヤの内側に収まっている。)

今世界のFR車の主流はフロントミッドシップです。これを45年も前に、それもただの小型セダンで実現したのが、三菱のギャランだった・・・。
 
それは、水平対向エンジンによる低い重心と、贅沢な4輪独立サスペンションによる、高度なコーナーリングを売りとしていた、戦前からのライバル、中島飛行機(スバル)への、三菱側からのカウンターパンチだったとしたら、ああ、日本の技術への執念、誠に恐るべしでございますね。
 
そしてそれは三菱自動車の使命、「世界のトレンドメーカー」としての、ほんのひとつの事例にしか過ぎないというのも、日本の奥深さを示していると思うのです。
 
                      (ばく)
 
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