私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『グランド・ブルテーシュ奇譚』 オノレ・ド・バルザック

2012-09-19 21:35:24 | 小説(海外作家)

妻の不貞に気づいた貴族の起こす猟奇的な事件を描いた表題作、黄金に取り憑かれた男の生涯を追う「ファチーノ・カーネ」、旅先で意気投合した男の遺品を恋人に届ける「ことづて」など、創作の才が横溢する短編集。ひとつひとつの物語が光源となって人間社会を照らし出す。
宮下史朗 訳
出版社:光文社(光文社古典新訳文庫)




個人的な趣味で言うと、表題作以外はいまひとつの作品集だった。

バルザックは『知られざる傑作』しか読んだことがないけど、そちらもピンとこなかったように記憶している。
ことによると、バルザックは僕と合わない作家かもしれない。


表題作以外の各作品の感想を書くなら、以下のようになろう。

『ことづて』は、部分的に見られた辛らつな口調はおもしろかったが、通俗的な話で、どうもおもしろみに欠ける。
『ファチーノ・カーネ』は、黄金を夢想する人間の欲望の強さが感じられ興味深いけど、ドラマチックすぎて、突飛とさえ映る。
『マダム・フェルミアーニ』は、多視点を駆使する必然性が見えないし、説明口調や、父の罪のとってつけた感が引っかかる。
『書籍業の現状について』は、バルザックがこの論文を書いた理由はわかるけれど、興味を引く内容ではない。

自分で言うのもなんだが、ネガティブな印象ばかりだ。


しかし表題作の『グランド・ブルテーシュ奇譚』は実にすばらしい作品なのだ。
いや、実にこわい話なのだ、という方が適切だろう。

そこで描き出されるのは、ただひたすら相手を憎む男の姿だ。
メレ氏は元々短気で、ことによるとそれが原因かもしれないが、妻は夫を裏切っている。
そして妻の裏切りを知った男は、極端としか思えないようなある行動に打って出る。

それを読んでいると、相手を責める理由をもった人間は、ときとして利己的とすら思えないほど、ひたすら残虐になれるのだ、と気づかされる。
そこに憎しみや復讐といった、動機付けとなりうる要素があるのなら、それは一層顕著になるらしい。

メレ氏の姿から見えるのは、人間の冷たさだ。
そしてそんなメレ氏的な心理は、たとえば世界中の紛争地域などで当たり前のように見られる光景でもある。
憎しみや復讐という理由さえあれば、人はどこまでも残酷になれる。

『グランド・ブルテーシュ奇譚』は、そんな気が滅入るような人間の醜さを、物語の形で昇華した佳品と思った次第だ。

評価:★★★(満点は★★★★★)


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