plainriver music: yuichi hirakawa, drummer in new york city

ニューヨークで暮らすドラマー、Yuichi Hirakawaのブログ

ジャズとジャズ・ロックピアノの巨匠逝く A giant in jazz/jazz rock workd is gone  

2021年03月12日 | 音楽

先月ピアニストのチック・コリア氏が亡くなりました。1960年代から常に第一線で活躍し続けた音楽家です。氏のどの作品を聴いてもピアニスト、作曲家、バンドリーダー、音楽プロデューサーとしての力量が大きかったことが伺えます。その長く、多岐に渡ったキャリアの根本にはジャズミュージシャンとしての資質があります。今後インターネット上だけでも氏に関する情報が溢れかえるでしょうが、足掛け40年聴いてきた者としてアルバム4枚とチック氏のドラムとの関わりについて書き記します。

『妖精』1976年録音  The Leprechaun (Polydor)
『ナウ・ヒー・シングス、ナウ・ヒー・ソブス』1968年録音  Now He Sings, Now He Sobs (Solid State)
『チック・コリア&ゲイリー・バートン・イン・コンサート』In Concert, Zürich, October 28, 1979 (ECM)
『夜も昼も』 - Trio Music, Live in Europe(1984年9月録音)(ECM)

この4作品を自分が聴いた順番で列挙するだけで容易に私的音楽修業の経過を振り返ることができます。
各々以下のように聴きました。

『妖精』:12歳のくせに海外のジャズやフュージョンを聴いていた中学の同級生とカセットテープが擦り切れるくらいに。

『ナウ・ヒー・シングス、ナウ・ヒー・ソブス』:お金を払ってまでドラムを習い出した10代後半に幾度ともなく、まるで課題曲のように。

『チック・コリア&ゲイリー・バートン・イン・コンサート』:来日中だったゲイリー・バートン氏とお会いして、また同時期に所属していたジャズ研のドラムの先輩に「ドラマーが入っていないジャズも聴け」と教わって。

『夜も昼も』:ボストンの学校で出された課題用に選んだ2曲目 ”I hear a rhapsody” 中、チック氏のたった2コーラスのソロを採譜してビブラフォンで弾くために何十回と。立ちん坊で不慣れな楽器と苦闘し、しばらくして膝を悪くしましたが後遺症が残らなかったので今では良い思い出です。

私が今迄ジャズを聴くのに費やした総時間数の内訳としてはマイルス・デイヴィス、ジョン・コルトレーン、ソニー・ロリンズ、ウエス・モンゴメリー諸氏の各作品のほうが多いのですが、小学生に毛が生えたような年頃から聴き始めたチック氏の作品が他の素晴らしいジャズを聴くきっかけになり、氏の息の長い活躍を氏の母国で目の当たりにしたので後々まで多くの影響を受けたと感じています。特に Blue Note New York で聴いた Chick Corea Three Quartet, Chick Corea The Leprichaun Band, Chick Corea Trio Music の生演奏は様々な意味で強烈でした。

さて、チック・コリア氏はドラムもまた名手でした。打楽器全般と言っても良いでしょう。その証拠に氏と同時期にニューヨークに移り住んだ名ドラマー、ジョー・ハント氏に “Chick scared me with his drumming too.” と言わしめました。本人も ”My passion for drums is same as for piano” とコメントしていますからもはや周知の事実ですね。事実亡くなる8ヶ月前にこのコメントを裏付ける動画を上げていました。

この動画では既述の『ナウ・ヒー・シングス、ナウ・ヒー・ソブス』でドラムを叩いた大御所ロイ・ヘインズ氏からアルバムを録音した年に譲り受けたシンバルを披露しています。ride cymbal という、概ねドラマーの利き手側に備えられるシンバルで、様々な形状、重さ、材質を持つ規格があります。この大御所ドラマーから授かった貴重なシンバルを生前の大御所ピアニストは自身ばかりでなく、幾つかの自身のバンドのドラマー達にも演奏させていました。ヘインズ氏が使用したのは flat ride という形状で口径18インチ、重さはミディアムでした。残念ながらこれと同規格のシンバルは当時から程なくして生産されなくなりましたが、他規格のフラットライドシンバルは現在も2〜3メーカーから生産されています。その状況で数年前、未だに復刻していないヘインズ氏ゆかりのシンバルの限定版レプリカを別メーカーが製造した際、チック氏はこの授かり物を貸し出して協力したのです。

ここからは個人的体験です。1981年にレコード盤で発表された“Three Quartet”は1992年にリマスターされ、未発表曲を追加してCDとして発表されました。このレコード盤も、私は前記のマセた中学の同級生と散々聴き込みました。それから10年以上経った1995年頃、ニューヨークのスタジオで聴いたCDに、レコード未収録の “Confirmation” というビバップジャズのスタンダード曲が収録されていました。レコード盤もCDも全曲サックス、ピアノ、ベース、ドラムのカルテット演奏ですが 、“コンファメーション” だけはサックスとドラムのデュオです。そのドラム演奏は少し聴いただけで、カルテットのドラマー、スティーヴ・ガッド氏ではないことがわかる程でした。まず各ドラムと各シンバルのバランスがガッド氏と微妙に異なり、さらにはリズムの取り方や、様々なフレーズが「ガッド節」ではありません。それでもドラムセット全体の音色が他曲と同じだったので不思議な感覚を覚えましたが、叩いたのがピアニストのチック氏だと判るとストンと腑に落ちました。名盤を作ったスタジオ録音や世界ツアーでの百戦錬磨ドラマー Steve Gadd, ジャズピアノ史にハッキリその名を刻みながらバンドリーダーとしてジャズの枠を大きく広げた Chick Corea, この二人の個性溢れる太鼓の叩きっぷりを1枚のアルバムで聴き比べられるこのCDは貴重です。

“Three Quartet” は全曲書き下ろしなので、作品として一貫性を保つためにこのスタンダード曲を含めなかったのでしょう。おそらくアルバム製作時の気分転換というか、息抜きというか、良い意味での遊びとしてサックスとドラムだけで「コンファメーション」を録音したのではないでしょうか。もしそうならこれを録音する際、あまり録音の仕方を変更しなかったでしょうね。あるいは全く違う状況だったかもしれません。Who knows?

最後にこれまたYouTubeで見つけた、チック氏が Miles Davis Band のステージでドラムを叩いている動画です。

おそらくコンサートの間中叩いてはいないでしょうが、名ドラマーでありながらピアニストとしても幾つものアルバムを発表しているジャック・ディジョネット氏と担当楽器を交換しています。それも練習やリハーサルでは無く、本番しかも大人数の聴衆の前で!しかもマイルス・デイヴィスのバンドで!これは「餅は餅屋」、では無いと云うことか?それとも本物のジャズという餅をくジャズ屋には、ピアノでもドラムでも餅を作れるということなのでしょうか?

ともあれ主体性を持って音楽を追求するならば非常に参考になる「何か」を、あともう少しで80年という歳月を生きたジャズの巨匠が現在でも示してくれているような気がしてなりません。RIP, or RTF= Return To Forever, Mr. Armando 'Chick' Corea.