ساز زهی (サーゼ・ゼヒー)
昨今、日本でも触れる機会が増えてきたイラン古典音楽。イスラーム化以前、エジプト・ギリシャの音楽を吸収し成立したペルシャ宮廷音楽に起源を持つそれは、音階・リズムなどあらゆる面において科学的な手法で複雑に体系化され、常に学問として研究されてきた。イスラーム化以降は、アラブ古典音楽理論の素地となり、楽曲編成や楽器形成に大きな影響を与えた。例えばアラブの楽器として有名なウードの弦は、現在5本だが本来は4本。4はゾロアスター教の4元素、水・空気・土・火を表していたのだという。後には、遠くスペインのコルドバに都を置いた後ウマイヤ朝(756-1031)でも、ペルシャ音楽を基礎としたアラブ宮廷音楽が栄華を極めることとなる。
しかし、「イラン古典音楽」と称されるものの直接の祖先は、19世紀ガージャール朝にて形作られた。複雑な旋法を基礎とし、巧みに即興を絡めた演奏は、アラブ音楽とはまた違った緻密な構成となっており、聴く者に至福の瞬間を与えてくれる。
さて、イラン古典音楽で最も重要なのは疑いなく歌である。それは詩を愛する国民性ゆえ。歌詞に用いられるのは主にペルシャの神秘詩である。しかし、歌に伴奏する弦楽器群の発する個性も相当のもの。
イランの弦楽器と言えば一説では、シルクロードを通り我が国に伝来し、三味線や琵琶の祖となったとされている。少なくとも、正倉院に残る有名な螺鈿紫檀の4弦琵琶は、ペルシャから伝わった弦楽器が祖先であることを疑う人はいない。
ここから、古典音楽に用いられる主要な弦楽器をご紹介しよう。
撥弦楽器セタール(写真左)。「セ」はペルシャ語で数字の3、「タール」は弦のこと。実際には一部復弦なので4弦なのだが、古くは3弦であったのでこの名が残っている。その繊細な音色は、いかにも古典音楽の装飾音を奏でるのに向いている。
次に同じく撥弦楽器タール(写真右)。「タール」は先に書いたように「弦」の意。こちらは復弦3コースで、セタールがその材料に木材のみを使用しているのに対し、ボディや棹に動物の骨や皮を使用している。セタールに比べると随分大きな音が出る。
ヴァイオリンの祖先とされるのが、カマーンチェ。「カマーン」とは「弓」、「チェ」とは「小さい」という意味で、その名のとおり、ヴァイオリン同様弓で弾くことにより音を出すボディの小さな擦弦楽器。ヴァイオリンよりもいくらか野生的なその音色は、聞くものの耳にシルクロードの風を運んでくれるようだ。
そして、「100本の弦」という名を持つサントゥール。こちらは台形の箱に張られた弦を撥で叩くことによって音を出す打弦楽器。この楽器はトルコを経由し東欧へ入るとツィンバロムとなり、後にピアノへと発展していく。
民俗音楽で使用される弦楽器にも魅力的なものが多くあるが、ここで全てを挙げるわけにはいかない。しかし、ペルシャ(イラン)の楽器群が世界の音楽に与えて行った影響は、弦楽器の一部を見るだけでも一目瞭然。身近なところでは、ギター(guitar)の「ター」もペルシャ語の「タール」から来ているのだ。
イランの弦楽器。その辿った道筋を巡る歴史の旅は、私たちを西へ東へと導いてくれる心の旅のインストゥルメンタルなのだ。(m)
参考文献:『世界の民族音楽辞典』若林忠宏編著
『アラブ・ミュージック その深遠なる魅力に迫る』関口義人編
(共に東京堂出版)
耳慣れない1/4音(微分音)やハチロク(6/8拍子)のリズム。
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ギリシャの弦楽器にはフシギな哀愁が漂うような気がしましたが、イランもそうなのかしら?
セタールはイランの古典音楽(日本でも手に入る)のCDで、聴くことが出来ますよ!
民族音楽の通販の店ZeAmiさんが、とても充実した解説とカタログを有されています。
http://homepage1.nifty.com/zeami/index.html
お知らせまでに。
現在のギリシャの音楽とイランの音楽には、実は私自身は共通性をあまり感じられずにいます。イランの音楽は近代に入って、アラブ音楽との離反(は大袈裟な言い方ですが)が進み、よりペルシャ・オリジンなものを求め現在の形に成立していったのですが、一方ギリシャ音楽は、トルコを通しアラブ音楽の影響を大きく受けていますから。でも、実は私はギリシャの音楽の方が、ずっと好きなんですよ(笑)。
メスキータで有名なコルドバにも行ったことがありますが、イスラームは楽器にまで影響を与えているんですね。
インドのシタールも、実はイランの「セタール」が語源となっていて、今は共鳴弦がたくさんある楽器ですが、もともとはこちらも3弦の楽器だったようです。但し、セタールがシタールの直接の先祖というわけではなさそうですが。でも、北インドの古典音楽(宮廷音楽)は、ムガール朝の時代に多かれ少なかれペルシャの音楽の影響を受けています。
スペインがイスラーム化していた時代には多くの文化や物がアラブ世界からヨーロッパに流入していきました。アラブの弦楽器ウードが中世ルネッサンス音楽のリュートとなった話も、とても有名ですよね。
カーヌーンがヨーロッパに渡り、ピアノになったとは、トルコでも聞きました。私、昔カーヌーンを習ってみたくて、先生とお話したところ、子供の頃にピアノをやっていたのなら簡単にマスター出来ますよ、とおっしゃってたんです。でも、その先生、交通事故で亡くなられて.....。そのショックで、それ以来カーヌーン熱が冷めてしまいました。
こうして楽器だけを見てみても、ペルシャって国は、東西様々に色々な影響を与えてきたんですね。
弦楽器って奥が深いのですね☆私自身は、幼い頃から琴を習いましたし、息子はチェロを弾いていますので、琵琶や三味線に関して、或いはオーケストラで使われるヴァイオリン、ヴィオラに関してはちょっとの知識があるものの、今回ご紹介くださった弦楽器については、雑誌でちらりと眺めただけで、一体全体どんな音が出るのかなど、全く想像すら出来ませんでしたが、琵琶や三味線の祖となったのは、イラン発祥の弦楽器だったのですね。
歴史的な背景や音楽理論までご丁寧に解説頂いて、大変参考になりました。
今日もありがとうございました!
トルコではカーヌーンを古典音楽で使用すると同時にサントゥールもハルクでは多用しているかと思います。両方使用しているのがおもしろいなあと思います。カーヌーンは、トルコへはアラブから伝わり、どちらかと言うと竪琴が元になっている楽器だと思われますが、やはりサントゥールからピアノへと発展して行った理由は、トルコの中継地としての役目があったから。タンブールは(弦の数など違いはありますが)イラン・イラクのクルド民俗音楽で使われる楽器ですし、この楽器も中東地域に共通したものです。トルコのサズは、ペルシャ語の「サーズ(楽器)」から来ていますが、トルコとの国境であるイランのアゼルバイジャン州の音楽では、やはりサズを多用しているのですよ!一方、バーラマに関してはギリシャとの繋がりがありますし(ギリシャではバグラマ)、この辺りの地域は、音楽の面でも非常に興味深いですよね!第一、ペルシャ宮廷音楽の元となったのが、エジプトとギリシャ。『地球散歩』が、ここで繋がってしまいます(笑)。すみません、一番関心のある話題なので、つい長くなってますが。
yokocan21さんはカーヌーンを習おうと思われたことがあったのですね!先生のお話は、読んでいて私もとても悲しくなりました。でも将来、カーヌーンに触れる機会が訪れるといいですよね。あの神秘的で哀愁のある響き、いつの日かyokocan21さんご自身の手で奏でてみてください!
イランを含め、中東地域の楽器って実際にはなかなか触れる機会がないですよね。CDではいろいろと出ているものの、楽器の形状や、どの音色がどの楽器のものだというビジュアルやサウンドの面で具体的に眼前に見せられないとなかなかぴんと来ないものがあるかと思います。
音楽の話題、大好きなものでつい長々と書いてしまいそうになりますが(笑)。
イランの楽器に触れることにより、西洋のオーケストラ音楽も改めてじっくり聴いてみたいという欲求が最近増しているところです。
こちらこそ、記事を丁寧に読んで頂き、本当にありがとうございました。
いろいろな音楽・楽器にルーツとなっているようですが、きっと音色はまた個性的な異なるものなのだろうと想像しています。。。
やはり、現地に行って聞いてみたほうがいいかな?日本とは気候が違うしねぇ(^^;
実際、日本にいた時にも何度か来日した大物の演奏家の演奏を聴きに行きましたし、イランに来てからもいろいろライブに足を運んでいるのですが、明らかに響きが違います。そして、イランの楽器を日本に持ち帰ると、気候の違いにより、メンテが本当に大変なようです。こちらで音楽家(日本人)の友人がいるのですが、日本にイランの楽器を持って帰ると、すぐにフレットのヒモが切れてしまうと言っていました。