地球散歩

地球は広いようで狭い。言葉は違うようで似ている。人生は長いようで短い。一度しかない人生面白おかしく歩いてしまおう。

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電車

2012-02-01 00:00:00 | ペルシャ語

قطار(ガタール) 
 
 「電車」の綴りはアラビア語と同じだが、読み方は違うとmitraに教えてもらった。
 イランで寝台車に乗ってビックリしたことがある。
 女性の4人部屋で私以外はイラン人であった。いつ車掌が見回りに来るかわからないからか、全員そろって戸を閉めた後もみなベールはつけたままであった。
 走り始めてしばらくすると、無愛想なおじさんがドアをノックしてきた。何かをベット上段にいる私に放ってよこした。他の人にもササ―と投げるように渡すと、とっとと次の客車へ向かった。
 何かと思ったら枕とシーツが2枚。
 他の3人を見ていると、きれいにシーツを敷くと、手でしわを伸ばしている。イラン人はとても几帳面だなと思った。
 それにしても電車のシーツと言うよりはかわいい女の子の家にお泊りに行ったような雰囲気である。
 単調な揺れの中、快適な寝台車の旅であった。
 朝起きて何より驚いたのは、使ったシーツの端と端を揃えてきっちりと畳んでいる3人の姿である。
 これまた昨日と同じように、畳んだ物に手アイロンをして、まるで使っていないかのように積み上げると、悠然と下車して行った。
 シーツやナプキンは、使った事がわかるようにクシャっとしておくものだと言われても、私もなんとなく畳んでしまう口だが恐れ入った。
 この話をmitraの家に着いてすぐ話すと「え~?」と首をかしげていたので、たまたまだったのかもしれない。
 イランの電車につてほとんど記憶がないが、これは忘れられない。[a]
 
 
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お金

2012-01-27 13:39:09 | ペルシャ語

アラビア語の「お金」を書いた後、mitraとイランの「お金」の話をした。

碧:近頃の緊迫したイラン情勢を見ると、イランは大丈夫だろうかとハラハラしてしまいます。
世界的なデモ騒ぎでも、イラン人がその波に乗ることが出来なかったのは、他の国と比べてまだ政権側が強いのか、はたまた「あきらめの境地」が深すぎるのか、良く知らないながらも考えてしまいました。

mitra:2009年の大統領選後のデモの失敗で、諦めの気持ちもあるのかもしれないけれど、むしろ「アラブの春」に乗っかりたくないという気持ちが大きいのでは?(あくまでも私の勝手な意見です)。イラン人は何かにつけて、アラブとは違うということを強調します。アラブの革命に「便乗」して革命が成立というのでは、彼らのプライドを傷つけるのでは?実際、大統領選後にデモが盛り上がったのに比べ、昨年のデモはあまり盛り上がらなかったと記憶します。他の国に比べネット規制があるという事実も、今や皆解除ソフトを使用しツィッターにもfacebookにもアクセスしているわけだから、障碍にはならないだろうし。いずれにしろ、現在のホルモズ海峡の緊迫した状況が、悪いほうへ向かわないことを願うばかりです。

碧:>イラン人はアラブとは違うを強調
思い出しました!私がイラン滞在時、アラビア語が読めるということは尊敬のまなざしで見られても、ヒジャーブ(ベール)のかぶり方がエジプト式なのは「なんで?」という感じでしたね。そしてアラブのはじっこではなく、私たちはアジア人と言っていたことに驚きました。
イランもだいぶ変わったのですね。facebookなどを自由に見られるとわかり、ホッとしました。
そして、波に乗らないという考え方も、実際イラン人に接した時のことを思い出すと分かる気がします。

碧:やたらと単位が大きいイランのお金を、私は結局理解しないまま旅をしていました。
数字恐怖症の私にとって、ちょっとタクシーに乗ってもで「○万」などと言われると、それだけで気絶しそうだったのです。
とはいえどんなものにも、いいところを一つ見つけようと私は思っています。
ありました!かわいい所。
それは数字の5がハートマーク(さかさまですが)なのです。
それだけでしょうか…

mitra:私もイランのインフレには悩まされたなあ。数字の0の多さもそうなんだけど、札束の厚さに・・・。普通のお財布では入りきらないので、いつもポーチでお金を持ち運び。男性は、大きめのクリップで留めてポケットに直接という人もけっこう居ました。良いところ・・・。毎日ホメイニーさんの顔を(お札の上で)拝めるので、有難い気持ちになれること??(笑)かわいくないか…(笑)ちなみに、数字の大きさにはイラン人も頭を悩ませているので、支払いの際には、だいたい0を省略して値段を提示されます。これまた慣れていない人にとっては、パニックの原因なわけだけれど。

碧:イラン人にがま口型のバックをプレゼントしたら喜ばれるかしら?
ホメイニさんの顔を拝めるのがありがたい!!?
思い出しましたよ…だから「必要なだけ取って」とお札を並べましたっけ。紙に書いて確認も良くしました。思い出しただけでクラクラします。

碧:某ググった翻訳だと、お金はپول(プ―ル)と出てきました。
ところが他で調べると、ساحل(サヘル)と出てきます。
いったいどちらが正解なのでしょうか?それとも両方正解だとすれば、使い方が違うのでしょうか?
イラン人タレントでサヘル・ローズと言う人がいますが、彼女の名前はお金にちなんだものなのでしょうか?
教えてmitraさん!

mitra:サーヘルって出てきた?サーヘルは、bank、bankと言っても銀行のほうではなく、岸辺のbankね。この単語はアラビア語起源だと思うんだけど。お金は普通プールです。他にもاسکناس(エスケナース)・(セッケ)سکهが出てくるかと思うけれど、それらは具体的に、お札やコインを表します。「お金」と一般的にいう時はプールです。

碧:ぜんぜんちがうやん(笑)
翻訳ソフトは便利ですが、ペルシャ語はまだまだ用心が必要ですね。
「お金ちゃん」じゃなくて「岸田さん」でしたか。この訳はともかく、岸辺というのは穏やかで豊かな感じがしていいですね。

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※今週gooが不調の為、一部お見苦しい所がございますが、お許しくださいませ。


 

 

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ポスト

2011-11-15 21:33:38 | ペルシャ語

پست(ポスト)

 イランにmitraが住んでいた時からの約束でペルシャ語の「ポスト」は碧が書いていいことになっていた。
 というのも、テヘランで待ち合わせた私が、mitraに最初に聞いたのが「あれはポスト?」だったからと言っても良いだろう。
 彼女は???と言う様子で「ポスト…かも知れない」と、実は今までポストを意識したことがなかったと言うではないか。
 私などはどこの国へ行っても、先ずはポストとマンホールを見るので、ポストがわからないことにびっくりした。
 もっともこの国も、当てにならない郵便事情。郵便物を出すのは郵便局に出向くのがあたりまえである。
 ポストにはたくさん種類があるか聞いて、また彼女を驚かせた。 
 実は、この写真の奥にも写っている街頭募金箱が町のいたるところにあるのだ。mitraの追跡調査によれば、この募金箱はきちんと機能しているとの事。イスラーム社会では、収入の何パーセントかは寄付しなければならないことになっている。方法は個人の自由であるから、モスクに献金に行くもよし、浮浪者にあげるもよし、募金箱を見るたびに入れるのもOKである。だから機能しているのか!と一人勝手に納得したが、募金強盗はいないのか心配にもなる。
 壊れた募金箱は見なかったので、ちゃんとしているのだろう…
 と、すっかり募金箱の話になってしまったが、ポストの話をする時には切り離せない話題である。
 このかわいらしいポストに投函したかったが、確実に届いてほしかったので、郵便局へ出向いたのは言うまでもない。

 ポストが黄色いのは大好きなフランスの影響であろうか。[a] 

 

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レモン

2011-02-08 00:00:00 | ペルシャ語

لیمو (リームー)

碧が紹介したエジプトのレモン、続いてさらさが書いたギリシャのレモン同様、イランのレモンもすだちのような小粒の丸型が主流だった。イランでは、他にもいくつかの種類のレモンが年間を通して収穫される。味覚の中で「酸味」が最も好まれるイランでは、柑橘系の種類がレモンに至るまで豊富だ。

左の市場の写真に写っているのは、リームー・シーリーン。その名も「甘いレモン」。名前のとおり全くすっぱくないので、強烈な酸味を覚悟して食べた方は拍子抜けされることだろう。その味は、イスラエル原産のスウィーティに似ている。味のまろやかさに反して、ビタミンCがとても豊富で、風邪をひいた時に食べると効果覿面。
右上方の写真もリームー・シーリーン。旬は冬場だが、夏が終わる頃から少しずつ出回り始める。写真のものは晩夏に撮ったものなので、青みが強いが、旬のものは、「レモン色」をしている。

ここで、リームー・シーリーンが登場するイランの有名なことわざをひとつ。
「姑はリームー・シーリーンのよう。最初は甘いが段々苦くなる。」
どこの世界でも、姑は一筋縄では行かない相手なのだろうが、このレモンの持つ独特の風味を、実にうまく表現している諺だと思う。

さて先日、碧の記事のコメント欄に、miriyunさんから乾燥レモンについて書いて頂いた。コメントいただいたとおり、イラン料理では、写真右下の乾燥レモンが頻繁に使われる。上述したとおり、イラン人は酸味が大好き。ピクルスにヨーグルト、トマトピューレ、煮込み料理に至るまで、周囲の国に比べてとにかく酸っぱい。miriyunさんがご紹介くださったゴルメ・サブズィを始めとした「ホレッシュ」(イランの煮込み料理類。インドで言えばカレーのような存在の家庭料理)のいくつかには、この乾燥レモンが欠かせない。フレッシュなままのレモンが使用される場合もあるが、乾燥レモンを使うと、日本で言えば干ししいたけのような効果があるのだろうか?太陽の光でぎゅっと旨みと栄養を凝縮された食物の効果は、全世界同じであろう。
余談だが「サブズィ」とは、ハーブのこと。イランの料理には、これまた「乾燥」ハーブも頻繁に用いられるが、ハーブにレモンに・・・、イランの家庭の食卓が如何にヘルシーかが垣間見られるかと思う(但し、家庭料理に限るが)。

碧、さらさの記事を読んでいて、また、碧の記事へのタヌ子さんからのコメントを拝見して、私も「レモンのシルクロード」について知りたくなった。食べ物を通して広がる『地球散歩』。最近はデスク上でもヴァーチャル地球散歩が可能だが、久しぶりにこの足でしっかり大地を踏みしめ、世界の台所を渡り歩きたくなった。(m)

*ペルシャ料理本を出版されている日本在住のイラン人、レザ・ラハバさんのブログにリンクを貼っておきますので、ペルシャ(イラン)料理に関心のある方はぜひご覧になられてくださいね。
http://cafepersia.exblog.jp/

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2010-08-28 00:00:00 | ペルシャ語

خانه (ハーネ)

ペルシャ語で家は「ハーネ」。そう、あの有名な「チャイハネ(喫茶店)」の「ハネ」と同じ。図書館は「ケターブ(本)ハーネ」、郵便局は「ポストハーネ」など、ペルシャ語ではあらゆる施設・場所の名称に、この「ハーネ」が用いられる。

さて、現代のテヘランでは、郊外暮らしならいざ知らず、市中心部に住む人の大部分が世界の標準的大都市同様、マンション・アパート暮らしである。テヘランを初めて訪れた人は、立ち並ぶ高層マンションの群れに、少なからず驚く。人口7000万を越える都市だと頭では理解していても、実際に目にするテヘランの街並みは、想像以上に大きく近代的だ。
テヘラン北部の高級住宅街では、瀟洒な外観のマンションがプラタナスの街路樹の間から見え隠れする風景に出会えるが、テヘランの多くの建物は、味も素っ気も無い(旧共産圏にあるような)灰色のコンクリートの塊。どこを見ても同じような建物が延々と立ち並ぶ。

そのマンションの一室を覗いてみよう。
多くの住居では玄関を入るとまず、だだっ広いリビングに出くわす。イラン人は家財道具にこだわる人が多いため、庶民でも豪華な家具やペルシャ絨毯を置いている家が少なくない。いつお客が来ても差し支えないように整然と整えられたリビングは、まさに接客向きのスペース。
しかし、リビング以外の部屋はどうかと言うと、リビングの広さとは裏腹に、そして家族の人数が多い少ないに関わらず、ベッドルームの数が極端に少ないし、狭い。場合によっては、家族5人が6畳ほどのひとつの部屋でベッドも無く雑魚寝、なんてこともある。テヘランでは核家族の家庭が多いが、子どもたちがそれぞれの部屋を持っているなどと言うことは非常に稀である。(尤も最近は1人っ子も多いため、自分の部屋を持っている子も居るには居るが)

それでは、利便性を完全に無視したイランの住宅において、この広いリビングで何が行われるのかというと、友人・親戚を集め夜を徹して行われるホーム・パーティーだ。
「ホーム・パーティー」とは言っても、食事をしてお茶をしながらお喋り、という大人しいものから、いつの間にか、音楽を大音量で鳴らし、イラン音楽特有の6/8のリズムに乗って踊り(暴れ?)まくるダンス・パーティーへと様変わりしている。
BGMの音楽は、大方イランのポップスだが、時に洋楽のロックが流されることもあり、そんなときはなぜか外国人の私が条件反射的にひやひやしてしまう。さすがに現在のイランで、洋楽を流しているくらいで警察が乗り込んで来て逮捕、なんてことは在り得ないだろうが、一昔前にはそれが現実としてあった話。現在のホームパーティーでは、よほど「アングラ」な行為に及ばない限り、その心配はなさそうだ。(現在劇場公開中のイラン映画『ペルシャ猫を誰も知らない』では、そういったアングラ・パーティーのシーンも見られる)

このように、イランのリビングの広さはひとえに公共の場での娯楽の少なさに由来するのだろう。私たちが日常的に触れることができるクラブやバー、レストランでの「享楽」が、イランでは各家庭の大きなリビングの中で、日常的に展開されているのだ。(m)

イランのホームパーティーに興味のある方は、応援お願いします!

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トマト

2010-08-24 00:00:00 | ペルシャ語

گوجه فرنگی (ゴウジェ・ファランギー)

夏真っ盛り。真っ赤に熟れたトマトが目にも鮮やか。減退した食欲を活性化させ、豊富なベータカロチンを補給し夏バテを予防するのにこれほど良い食材もない。サラダに入れるだけでなく、火を通してもバリエーション豊かな食卓を提供できる便利食材の代表格だ。

地中海諸国で一家族につき、年間どれくらいのトマトを消費しているのか知らないが、地中海地方の食材と言ったら、まずは誰もがトマトを思い浮かべるだろう。歴史を通じてそういった国々と交流のあるイランでも、やはりトマトは一般的な食材だ。
中でも、地中海諸国とのつながりを一番に感じさせるトマト料理は「ドルメ」である。地球散歩を訪れてくださる皆さんは世界の食に通じた方が多いので、名前を聞いただけでピンと来る方も多数いらっしゃると思うが、「ドルメ」は、トルコ料理の「ドルマ」であり、ギリシャ料理の「ドルマデス」のこと。名前はここまで似通っていないが、似たような料理は、碧がよく訪れるエジプトを始め、地中海周辺諸国やバルカン諸国には大概存在する。
トマトやピーマン、ナスなどの中身をくり抜き、その空洞に詰め物をする(あるいは、葡萄の葉で包む。ギリシャでは、包むものを「ドルマデス」、詰める方を「ゲミスタ」と呼ぶ)この料理は、おそらくオスマン朝の宮廷料理に端を発する。
ドルメは、宮廷料理だけに、作るのに時間を要する手の込んだ料理。私も何度も作ってはいるが、時間に余裕がある時でないと、なかなか創作意欲が湧かない。

また、トマトと言ったら、トマトペーストやホールトマトなど、缶詰になっているものも重宝するが、イランでホールトマトの缶詰を見つけるのは非常に難しい。ごくたまに、外国人が利用するようなスーパーでイタリアからの輸入品が売られているが、見つけたときには、大量に購入するようにしていた。次にいつ出逢えるかわからないからだ。一方、トマトペーストはとても一般的な食材で、多くの料理(煮込み系)に使用される。イランらしい食材で柘榴のペーストというのがあるが、それと同じくらいにイランではポピュラーな存在だった。

ところで、ペルシャ語でトマトのことを「ゴウジェ・ファランギー」というが、「ファランギー」とは、「ヨーロピアン(特に西側)」のこと。単に「ゴウジェ」と呼ぶこともあるが、辞書の中では「ゴウジェ」はプラムのこと。「西洋プラム=トマト」というのが、なんとも不思議な感覚だ。余談ではあるが、イチゴのことを「トゥート・ファランギー(西洋桑)」という。これらの食材は、「西洋のもの」と捉えられているということだろう。

現在、イランは40度を越す日々。ラマザーン中、一日の日課が終わり、栄養豊富なトマトが食卓を賑わせているのかと想像し、あの味の濃いトマト料理が無性に恋しくなる。(m)

屋台に並ぶトマトを数えながら、ワン・クリック・・・

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2010-08-12 00:00:00 | ペルシャ語

دریا (ダルヤ-)

世界地図を取り出しイランの地理を眺めると、ペルシャ猫型の国土の北にカスピ海、南にペルシャ湾を抱える地形を俯瞰することになる。四方を外国との国境に接していることと同時に、諸外国との交易が海を通して行われて来たこの国の歴史も自ずと頷けてくる。ペルシャ湾を通してエチオピアやザンジバルなどアフリカとの交流が行われて来たこと、またアラビア海を通してインド洋の国々へ繋がった軌跡が、ペルシャ湾岸地域の人たちの顔立ちを見ているとよく分かる。
その「ペルシャ湾」を巡って、近年、湾岸のアラブ諸国との間で軋轢が生まれている。ペルシャ湾を取り囲むのは、イラン以外は全てアラブ諸国。「アラビア湾」にすべきだというのが、湾岸諸国の主張。欧米諸国でも日本同様「ペルシャ湾」と呼び慣らし、地図帳にもそう記されているが、果たして近い将来「アラビア湾」と改名される日が来るのだろうか。

しかし、『地球散歩』を読んでくださる皆さんの関心を呼ぶのはむしろ、イランの海水浴場がどのようになってるか、すなわち、服装規定のある戒律の厳しいイスラームの国で、果たして女性が海水浴できるのかどうか、と言ったことではないだろうか。
正直に言うと、残念ながら、私は海水浴シーズンにペルシャ湾やカスピ海沿岸を訪れる機会なく帰国することになってしまった。しかし、友人たちから様々な話を聞いているので、少しだけ紹介してみようと思う。

イラン人の間で大人気のリゾート地、ペルシャ湾に浮かぶキーシュ島(オムニバス映画『キシュ島の物語』の舞台ともなった)を覗いてみると…
この島は、スキューバダイビングやセーリングなど、イラン国内随一のマリンスポーツのメッカとして知られていて、南国ムードも手伝ってか、イランの他の場所よりも若干規制が緩く感じられる。とは言ってもイランであることには変わりなく、ビーチに出ているのは殆ど男性の姿。浜遊びをしている女性の姿は稀である(その場合も、もちろんコートとスカーフは着用したまま)。男女が入り乱れるビーチで水着姿になるのはご法度だが、ビニールシートで仕切られた女性専用ビーチなるものも存在する。そこでは水着になるのも可能。他にも、事前に許可を取って入ることの出来る、家族専用のプライベートビーチを備えた場所も、リゾート地にはあるらしい。
しかし、浜辺だけ仕切っても沖に行けば女性の水着姿が見えるんじゃ・・・と思ったところ、どうやら、女性が沖に出る場合はやはりスカーフとコート着用の義務があるらしく、結局のところ女性に自由に海水浴をする権利はないのだなという結論に。

キーシュ島同様人気リゾート地であるカスピ海沿岸のビーチも、やはり同じような状況であるらしい。
どなたか、夏場にイランで海水浴を経験された女性の方に、ぜひ様子を教えていただければという想いから、この記事を書いてみた次第である。(m)

写真は、お正月(春分の日)明けのカスピ海沿岸。
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ジュース

2010-07-23 00:00:00 | ペルシャ語

آب میوه (アーべミーヴェ)

国土の大半を乾燥地が占めるイラン。イメージどおり夏の暑さは厳しい。かんかん照りの日差しの下、ジューススタンドの前に列をなす人々の姿は、イランの夏の風物詩のひとつと言えるかもしれない。街の風景に溶け込んだジューススタンドは、イランの日常の一部だ。
柘榴の原産地イランは、フルーツの生産量が豊富で、たっぷりの日差しを浴びたフルーツは、どれもジューシーで美味しい。私の中でイランのフルーツベスト3は、柘榴、オレンジ、ハルボゼ(メロンの一種)。ジューススタンドには、こういった旬のフルーツの絞りたてジュースが季節ごとに並んでいる。柘榴ジュースは専門店まであり、どぎつい赤色で縁取られた店構えが人の目を引く。

しかし、イランならではのジュースと言ったら、「ハーク・シール」と「トフメ・シャルバティ」をあげなければならない。それぞれ薔薇水/ライム水とシロップをベースとした飲み物で、初夏の頃に登場する。注目すべきはその食感。写真を見てほしい。分かりにくいかもしれないが、写真では左がハーク・シールで、右がトフメ・シャルバティ。どちらも粒々が浮いているのが見えるだろうか。後者は、まるでオタマジャクシの卵のような見かけでちょっと不気味ではあるのだが、独特の食感が癖になる。あえて言えば、タピオカに少し似ているか。この物体の正体は、バジルの種。そして、もう一方は、それよりも細かい種なのだが、この植物の正体は私には分からない。しかし、雑草さながら、そこらじゅうに自生している身近な植物。ジューススタンドに登場するのと同じ頃、市場ではこの種が売られ始める。外食が一般的でないイランでは、何でも家で作ってしまうし、ホームメイドのものの方が数倍美味しいのだが、ハーク・シールもやはり各家庭の味が存在し、自家製の方が数倍美味しい。

イランに暮らしていると、サフラン水など、他にもイランならではの味覚に数多く出逢える。気候風土に合った健康志向のアイディアジュースで、どれも思わず真似してみたくなるものばかり。真っ赤な柘榴に鮮やかな黄色のサフラン、見た目にも元気になれそうなイランのジュースを真似て、暑い夏を乗り切ろう。(m)

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チョコレート

2010-02-14 00:00:00 | ペルシャ語

شکلات (ショコラート)

日本で過ごす今年の冬。変わらず目にするのはバレンタイン商戦でごった返すチョコ売り場の光景だ。義理チョコ用の安価な商品から一粒数百円もするような高級チョコまでずらりと並び、チョコ好きの私は「自分用」を選ぶにも目移りばかりでなかなか決断できない。
クリスマス商戦もそうであるように、西洋文化を柔軟に取り入れビジネス化してしまうのは日本人の得意技であるが、イラン人も、日本人に負けず劣らず新しい習慣に飛びつくのが大好きだ。宗教的規制が大きい国だけに、規制の目を巧みに潜り抜け自らの習慣としていく彼らの姿勢には驚かされる。
ここ2,3年の間に、首都のテヘランで定着しつつある新しい習慣のひとつが、やはりバレンタインだ。イランでは女性も男性もチョコやプレゼントを互いに贈り合い、日本でいう義理チョコに相当するような、職場の上司や両親への贈り物も一般的で、この点でも「義理」という、日本人と似た精神性を発見することとなった。

ところで、クリスマスが古代ペルシャの宗教や風習に端を発するという話を以前書いた。(ペルシャ語のクリスマスの記事を参照ください)これに加えイラン人は、バレンタインデーまでもが古代ペルシャの習慣を起源とすると言ってのける。確かに、世界に存する多くの文物や風習の源となっている国は存在する。エジプトやギリシャ、中国なんかもそうだろう。史実的に、クリスマスに関しては広義の意味での「ペルシャ」の習慣が起源だと言っても差し支えないだろうが、果たしてバレンタインデーはどうだろうか。

イランにはイラン暦という独自の暦が存在する。例えば、イランの新年に相当する春分のノウルーズや秋分のメフルガーンがそう。どちらも太陽の動きに大きく関係し、農耕儀礼の跡を色濃く残す日である。そして、バレンタインデーに近い2月17日もまた、イランの暦では、愛と大地を祝う日として古来から重要な日であった。この日は、「セパンダールマズガーン」といい、セパンダールマドという大地の守護神、母性、愛を表す神格を祀る日であり、紀元前20世紀にはすでに、この日、男性が女性にプレゼントを贈る習慣があったのだという。イラン人たちはおそらくこの習慣を根拠に「バレンタインデーはペルシャ起源」説を披露しているものだと思われるが、真相は如何に・・・

事の真偽はともかくとして、イランでも贈答の機会が増えることにより、イスタンブルのチョコケーキ(写真)のように、デザインのこったものや、パッケージの美しいものなど、目を楽しませるチョコレートがずらりとショーウィンドウに並ぶ日も近いかもと、チョコ・フリークの私は秘かに期待するのであった。(m)

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2010-01-05 00:00:00 | ペルシャ語

باران (バーラーン)

滲むガラス戸。雨粒の暖簾。戸外に立ち尽くす一輪の薔薇も靄に霞む。街路樹のプラタナスの葉は地面に向けて首を垂れ、激しい雨脚に身を任せている。イランの大地に降り注ぐ雨は、世界を洗い流す雨。咲き乱れ、舞い散る花びらのよう、瞬く間、大地に沈んでいく。女性の身に纏わりつく黒いチャドルが、街を覆いつくすこうもり傘。

沙漠が大半を占めるイランでは、極度の乾燥ゆえに匂いが大気を伝わりやすい。というよりも、感覚を遮る湿気がないためか、匂いがストレートに鼻腔に伝わってくる。雨の日は、五感のうちの嗅覚が異常発達する。私たちが知る、アスファルトの臭いと混じリ合った独特の雨の香りとは全く違う感覚を、雨の日のイランではいく通りも体感できる。

あるイラン人の言葉を借りればそれは、「萌え出る若葉の匂い」、「森林に充満する露の薫り」。さすがは詩人の国、と感慨に浸ってしまう発言。何しろ、イランの国土の大部分では、森林の薫りに触れる機会など無いのだから。僅かに体験した過去の微かな記憶を掘り返しているのか、はたまた完全に空想の産物なのか・・・

実際イランでは、雨はとてもロマンチックな存在で、ペルシャ語のポップスにも「雨の匂い」という歌詞が頻繁に登場する。また、香水の名前にも「雨の薫り」という名前が採用されているのを見たことがある。どんな香りなのか知らないが、きっと「湿り気を帯びた若葉」のような芳香を放つのではないかと、夢想している。

URLを貼り付けた音楽を、是非聴いていただきたい。
http://www.youtube.com/watch?v=l78HaRbmeQQ
「雨の芳り」をテーマにしたイランのポップスだ。歌詞中には、睡蓮の花や夜露のイメージなど神秘的なメタファーがたくさん登場する。ラブ・ソングを詠っているようでいて、実は神秘主義詩に近い内容だ。曲の方も、葦笛ネイの音色を思わせる枯れたクラリネットの旋律や、弦楽器ウードのアルペジオなど陰影に富んだ音展開で、イラン人の「雨」に対する感性の一端が垣間見られるかと思う。編集された映像からも、彼らの美的感覚が窺われる。やはり、「詩人の国」である。
イラン人が描き出す「雨」の風景は、現実の驟雨とは異なり、雨粒の一つ一つが音符の間から零れ落ちてくるような、静かな情熱に満たされているのだ。

スコールのカーテンが引かれあっという間に輪郭をなくした街も、一刻の後には光のシャワーを浴び、くっきりとした形を取り戻す。鮮やかな世界が街角に戻ってくる頃、ガラス窓の向こう側では、全てを覆いつくす宵闇が訪れた。(m)

*キリストの受難を想う人々の涙ギリシャの雨、オアシスのナイマ(恵み)エジプトの雨 、零れ落ちる宝石と郷愁スペインの雨、城砦も霞む驟雨チュニジア の雨・・・地中海の雨の風景を皆さんに。そして「雨に唄えば」♪

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2009-12-19 00:00:00 | ペルシャ語

زمستان (ゼメスターン)

 一年で最も陽が短い時季がやってきた。今年の冬至は22日。
イスラームを国教とするイランにおいても、冬至は暦上重要な日である。イスラームが入るよりも以前、この国では太陽の動きに基づく太陽暦が中心だったからだ。同時に、太陽と王権との強い結びつき(これは多くの民族の王権神話においても言えることだが)について以前述べたように、年間を通して太陽の軌道を知ることは、この国民の精神性を理解する上で重要な要素ともなっている。

 ペルシャ語で冬至の夜(一年のうちで太陽が最も力を失くす時)のことを、「シャべ・ヤルダー」と言う。伝統を重視するイラン人たちは家族で集い、一年で最長の夜を、お喋りやハーフェズ占いをしながら過ごす。
日本では、冬至の日柚子風呂に入り、南瓜と小豆を食べるが、イランにおいては驚くことに西瓜を、そして小豆ならぬナッツを食べる習慣がある。
イランのこの習慣自体も面白いが、微妙なズレが生じながらもアジアの西と東で似たような慣習が残っているのが興味深い。
寒い冬の時季に、わざわざ西瓜のような身体を冷やす食材を摂取する理由については、イランの民間療法が関係している。このことは、以前「すいか」という記事で述べたので、そちらを参照してほしい。
上記以外にも諸説あるようだが、真夏に収穫した作物を夜が一番長い日(真冬)に食べることにより、暖かい春の訪れを願うという意味合いが西瓜には込められている。イランの新年「ノウルーズ」で、卵が「再生」のシンボルであるのといくらか似ている。

現在イランの家庭において、冬至に夜を徹して語り合うという習慣がどれくらい残っているのかは分からない。一方、キリスト教の行事であるクリスマスを祝う家庭は年々増えている。それは、世間に流布するクリスマスが、歴史上自らの文化・宗教に端を発することに対する誇りからというよりは、煌びやかで華やかで、そしてサンタがプレゼントを運んでくれるという夢を与える行事に、子どもたちが大はしゃぎしてしまう「魔力」が宿っているからであろう。

今年の冬も、イランは、寒い。
冬至の夜、ぽかぽかの室内でイラン人たちはどんなお喋りに花を咲かせるのだろう。話上手のイラン人のこと。想像しただけで暖かい談笑が零れ落ちてくるような錯覚に捕われる。(m)

*写真は、シーア派の宗教行事アーシューラーの一部、Sham'-e -Ghariban を撮影。
冬のイメージ図として採用。

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ファーストフード

2009-12-07 00:00:00 | ペルシャ語

غذای حاضری (ガザーイェ・ハーゼリー)

たっぷりの時間をかけて煮込まれた肉・野菜と、鍋で炊かれたサフラン・ライス。とろとろの煮込み料理が食卓の中心に並ぶ「スローフード」の国イラン。但し外食は、短時間で出来上がるキャバーブ(ケバブ)類が中心だし、一畳ほどの狭い店舗を構えるピザ屋や、トルコ式ドネル・ケバブのスタンドも街角に溢れている。これらは、客席の無い対面式の小さなカウンターで購入するタイプの店が殆どで、イランを代表するファーストフードと言えるかもしれない。

イラン人は老若男女を問わず「ファーストフード」が大好物である。
しかしこの国では、ファーストフードの代表とも言える米国発の有名チェーン店にお目にかかる機会は全く無い。というのも、イランは経済制裁下にあるため外国企業の数が少なく、またイスラーム指導体制を敷く国家政策上、欧米伝来の文物は排斥される傾向にあるからだ。
しかし、イラン人は逞しい。そして、手に入らないとなるとどうしても欲しくなってしまうのが人間の性。「無いのならば作ってしまえ」とばかりに、テヘランの街角にはイラン独自のファーストフード店が立ち並ぶ。そしてこの国らしいのが、明らかに「パクリ」としか言いようがない店名や商品がまかり通っていることだ。
「イランはコピー天国である」と、以前個人ブログに記した(コチラを参照)。このことは食べ物についても言える。写真を見て欲しい。このロゴが何に似ているかは明らかであろう。そう、KFCで知られるケンタッキーフライドチキンだ。店の名前はSFCこと「スーパースター」。
カーネルおじさんの像こそ無いが、メニューにあるのはお馴染みのフライドチキンに加え、クリスピーチキンやコールスローサラダ、ラップサンドまであり、そのどれもが完璧なまでにKFCの味がする。
知人の話によると、テヘラン市内に多数存在するSFC以外にも、「マシャドナルド」なる、なんとも間の抜けた名前のファーストフード店も在るらしい。こちらは言わずもがなマクドナルドのパクリであるが、イラン北東部に位置するシーア派の聖地で有名なマシュハド(mašhad)に因んでつけられたらしい。聖地の名前と言えば、イラン産で、中東諸国に輸出されているコーラの名は「ザムザム・コーラ」。こちらは、メッカ近くにある聖泉の名前である。排斥すべき西洋文化(特にアメリカ)の象徴であるファーストフードや清涼飲料水の名前と、イスラームの聖地の名を重ね合わせるセンスに、イラン人のおおらかさ(あるいはいい加減さ)を感じさせられて、なんとも可笑しい。

ちなみに、今回イランのファーストフードについてネットで調べていたところ、SFCのさらに上を行くファーストフード店が存在することを知った。その名もBFC(こちらを参照)。なんと、カーネルおじさんを思わせるロゴまで付いているではないか!
こういった現象は、外国文化の流入が制限されたイランならでは。革命前はアメリカ文化大好きで、(いや、今でも本当は大好きだ)
中東の中でも親米派だったイラン。革命後30年経ったからとて、この情報過多の時代 バーチャルな世界のみで満足できるはずもなく、今日もイランの街角では、新たなコピー商品が生まれ出づるのであった。(m)

イランの人々も欧米発のFastfoodを食べる日がいつか来るのかな?
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唐辛子

2009-11-13 00:00:00 | ペルシャ語

فلفل (フェルフェル)

今回、ペルシャ語の「唐辛子」の記事を書くにあたって、どうにも困ったことがあった。イラン料理で唐辛子を使用することは稀だから、ネタが少ないのだ。確かに市場などに行けば、写真のように色鮮やかなグリーンの唐辛子を目にする時もある。しかし、イラン人の家庭にお呼ばれに預かった際、供される料理に唐辛子が使用されているケースは滅多にない。というのも、大多数のイラン人は辛味を苦手とするからだ。

様々なハーブや果物・羊肉を多用した、シチュー風の家庭料理(ホレシュト)に代表されるイラン料理を一言で表すとするならば、「酸っぱい」ということになる。その酸っぱさは主に、具材を乾燥レモンと共に煮込んだり、レモンの絞り汁をかけたりすることに因る。一方、辛味の調味料に関しては、イラン料理ではせいぜいブラックペッパーが使われるくらい。辛味を足すための香辛料は、イランでは嫌われ者である。イラン人にカレーなどのスパイシーな料理を作ってあげる際には要注意である。辛いものが好物の私は、つい鷹の爪やチリペッパーなどを多めに入れたくなるが、自分好みのカレーをイラン人に出そうものなら、食後こっそり胃薬を服用している友人の姿を目にすることになる。
また、日本で市販されているカレー・ルーは大変便利なので、イラン人へのお土産としても好評なのだが、以下のような但し書きが必要。カレー・ルーは「甘口」に限る。

では、市場で売られている唐辛子はいったいなんのため?という疑問を持つことになろう。
ここがイラン人の「七不思議」(?)なのだが、料理に使われている唐辛子を毛嫌いするはずが、なぜか唐辛子を丸かじるするという矛盾を、彼等は日常的に犯している。キャバーブ(ケバブ)肉のつけ合わせには、ししとうならぬグリーンペッパー。そして極めつけは、唐辛子のピクルスだろう。先にも述べたとおり、酸っぱいものが大好きなイラン人にとって、ピクルスはまさに日本人にとっての「漬物」のような存在。何でもかんでも酢漬けにしてしまうのだが、その中で珍品中の珍品が、唐辛子のピクルスではないだろうか。スーパーでは瓶詰めのピクルスが何種類も売られている。ピクルスにされる唐辛子には、赤いのも緑色のも含まれる。おそらく市場で売られているグリーン・ペッパーの多くは、家庭で手作りのピクルスに変化しているのだと思われる。
「あんなに辛い料理が苦手だと言っているのに、こんなの食べて大丈夫なの?」と尋ねると、「これはこれで別物だよ」と答えるイラン人。
そんな時、味覚も含め習慣とは結局思い込みから成り立っているんだよなと、再認識するのであった。(m)

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2009-09-22 00:00:00 | ペルシャ語

پاییز(パーイーズ)

イランで暮らし始めた2年前の晩夏の頃、印象的だったのは、真っ赤で大ぶりの柘榴を荷台いっぱいに詰まれた小型トラックが、路肩にずらりと並んでいる光景だった。柘榴こそがイランを象徴する果物というイメージが強かったからだ。過去、健康ブームに乗り日本でも流行した柘榴エキス。その大部分がイランから輸入された柘榴を原料としていた。
秋深まるこれからの季節、柘榴の実は甘さを増していく。柘榴の固い皮を割ると、中には真っ赤に熟れた果肉がびっしりと並んでいる。実はそのまま食べるだけではない。いくつもの実をぎゅっと搾って新鮮なジュースを作る。テヘランの街角に軒を連ねるジューススタンドの名物商品だ。
他にも、イランの秋の風物詩は多数あり、面白いものとしては、生のピスタチオが挙げられる。日本ではナッツ類を生で食べることは考えられないが、イランに限らずナッツの一大生産地では、採れ立ての新鮮な木の実が市場に登場する。春先には鮮やかな緑色をしたアーモンド、初夏には乳白色をした生の胡桃の実の塩漬けなど、日本ではとうてい口にする機会のないナッツ類が、「ペルシャの市場」にはたくさん登場する。

秋は実りと紅葉の季節。鮮烈な四季の変遷を持つイランでは、そのことをつぶさに感じることができる。そして、昼と夜の長さがちょうど同じになる秋分は、イランではとても大切な意味を持つ。以前、イランのお正月「ノウルーズ」のことを記した。ノウルーズは春分に当たる。その起源習慣については重複するためここには書かないので、ぜひ過去の「絵葉書」を参照して頂きたいのだが、イランの歴史上、秋分もノウルーズとして位置づけられていた時期がある。双方に共通するのは、先にも述べたよう昼と夜の長さが同じになること。つまり、太陽が均衡を取り戻す瞬間であり、イスラーム以前のペルシャ古来の宗教では、両日共、重要な日と見做されていた。また、春の芽吹き、秋の収穫という、自然との関わりでも非常に大きな意味があることから、この両日が祝日とされたのは、農耕儀礼との関連もあってのことだ。

現在採用されている「イラン暦」では、秋分の9月23日から7月が始まる。7月は「メフル」月といい、秋分の祝典のことを「メフルガーン」という。メフルとはゾロアスター教成立以前から存在する神格「ミスラ(ミトラ)」の現代ペルシャ語形であり、メフルガーンはミスラを祀る日を指す。ミスラは太陽との関連性が深く(「クリスマス」参照)、秋分を過ぎ、太陽が徐々に力を失い冬へ近づいて行くこの季節にこそ、祀られるべき神格である。

新年の始まる日として現在に残った春分のノウルーズと違い、メフルガーン(正確にはこの行事はメフル月16日に行なわれたのだが)を大々的に祝う行事は殆ど残っていないが、イラン各地で行なわれるイスラーム・シーア派的宗教行事の中に、その痕跡を残している例が認められる。

例えば、イラン中部のオアシス都市・カーシャーン近郊で行なわれるイスラームの聖者の殉教を悼む「絨緞洗い」の儀式がそう。聖者の遺体を包んで川辺に運ばれた絨緞を儀礼的に「洗う」宗教行事なのだが、この絨緞洗いの行事こそ、まさにメフルガーンに行なわれる。この時期に殉教儀礼が行なわれるのは、シーア派の宗教行事としては異例中の異例であり、ここにイスラーム以前の宗教・農耕儀礼に従った、イラン暦に基づくイラン人独自の習慣を垣間見ることが出来る。

太陽が力を失い行くこの季節、大地は実りの時を迎え、枯れ行く季節を前に一時の宴に酔いしれ、来春の「復活」を祈り、眠りの準備に入る。自然の巡り。イラン古来の宗教から感じ取られる事象は大きい。(m)

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ワイン

2009-09-06 00:00:00 | ペルシャ語

شراب (シャラーブ)

一壺の紅(あけ)の酒、一巻の歌さえあれば、
それにただ命をつなぐ糧(かて)さえあれば、
君とともにたとえ荒屋(あばらや)に住まおうとも、
心は王侯(スルタン)の栄華に勝るたのしさ!
                      
(『ルバイヤート』 オマル・ハイヤーム作 小川亮作訳 岩波文庫)

盃になみなみと注がれた美酒、この世のものならぬ美女、天のものなる楽の音・・・
ペルシャ詩にはありとあらゆる美しいもの、享楽的とさえ言える事象が登場する。中でも、酒(葡萄酒)はイスラーム神秘主義詩において、神へ近づき、神の愛を感受するための「道(手段)」であるが、11世紀の詩人にして偉大なる思想家であったオマル・ハイヤームの詩においては、酒は「酒」そのものであった。異民族が侵入を繰り返し、古来から続くペルシャ的なるものが次々に破壊され・・・
詩人が生きたのはそんな時代。乱世において、命の儚さ・世の無常を嘆き、アラブ人がもたらした宗教・イスラームの道徳観に疑問を投げかけ、来世への約束ではなく、現世での一瞬の輝きを追い求めた詩人が紡ぎだす「酒の歌」は、力強さ・純粋さに満ちている。

さて、話を現代のイランに移そう。
1979
年のイラン革命以来イスラーム指導体制を貫くイランにおいては、酒はご法度である。イランでは酒を飲むことも作ることも禁じられている。他のイスラームの国では、外国人が利用するホテルなどで通常酒が出されるが、イランでは公の場で酒にお目にかかる機会はない。
だが、本来イラン人は無類の酒好きで知られる国民。革命前に日常的に嗜んでいたものを、途端に禁じることが出来るものではない。結果、イランでは闇酒が出回り、自家製ワインが製造されることとなった。自家製ワインとは、潰したブドウに砂糖を加え発酵させただけのシンプルなもの。自家製であるだけに温度調節も難しく、発酵が進みすぎてワインビネガーになってしまうこともしばしば。

一方、「闇酒」は、イランを取り囲む険しい山岳地帯を伝い、様々な荷物に混じり、主にコルディスターン(クルド地区)から「驢馬車」あるいはトラックに載ってイラン国内へもたらされる。運び屋の命の危険を賭してもたらされた「闇ワイン」一本の値は案外安く、日本で手にする安価なフランス産のワインとさほど変わらない。しかし、様々な地を巡り巡って辿りついたワインの背景にはきっと壮大な「ドラマ」があり、味も値段と銘柄以上の深みが増しているように思う。

そんな「禁酒の国」イランだが、革命前は良質のワインを産出することで有名だった。以前、詩人の街としてご紹介したシーラーズは、温暖で、ワイン作りに用いられる黄色種の小粒ブドウの大生産地として名を馳せる。かつて、このブドウの原種がフランスにもたらされ、有名なシラー種となったとも言われ、オーストラリアの有名な「シラーズ・ワイン」は、シラー種のブドウを原材料とし、この「詩人と葡萄酒」の街に因んで、「シラーズ」の名を冠することとなった。

 神秘主義者(スーフィー)よ、薔薇を摘み、弊衣は棘に与えよ
その乾いた禁欲を楽しい酒に与えよ
たわ言や寝言は竪琴の調べの道に置け
数珠や外被(カバー)は酒と酒飲みに与えよ
美女や酌人(サーキー)が買い求めない重苦しい禁欲を
花園の集い(つどい)にて春の微風(そよかぜ)に与えよ
おお恋人たちの長よ、紅の酒が私を襲った
恋人の頬のくぼみにわが血を与えよ(後略)
              
 (『ハーフィズ詩集』 ハーフェズ作 黒柳恒男訳 平凡社東洋文庫)

写真は、14世紀の詩人ハーフェズの廟。彼は、葡萄酒・美女・薔薇など、シーラーズの「名産品」をメタフォーとして、神秘主義的抒情詩の中で用いた。シーラーズ郊外に位置するこの場所には季節を問わず花が咲き乱れ、現在でも多くの人が参拝している。イラン人は、たとえ葡萄酒はなくとも、極上の酩酊を誘う偉大なる詩の韻律に、酔い、戯れる。(m)

*イタリア ギリシャ エジプト 日本 カリフォルニア ポルトガル チュニジア
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