焦る、ただそれだけでスピード優先になってしまう
神崎 敏則
12月29日寝る前に、翌朝の新大阪発のぞみ99号の乗車券で発車時刻8時21分を再確認した。荷物の準備はまだだが、身軽なので翌朝にすれば良いと気安く考えていた。翌朝4時ごろ目が覚めて、布団の中に入ったままテレビのリモコンでスイッチを入れた。2009年3月に九州朝日放送が放映された番組の再放送は、たまたま僕が生まれ育った小さな島が舞台だった。眠りによどんでいた頭が少し覚醒してきた。そのまま布団の中からテレビを見ていると、伯父伯母夫婦が登場した。
夫婦ともカネミ油症で苦しみながら治療を受けていた。伯母は、主治医から手術を勧められているが手術だけは受けたくない、手術を受けなくても済むように理学療法を頑張って受けている、と訴えていた。ベッドの上で関節を伸ばさせられて、顔は苦痛にゆがんでいた。伯父はカネミ油症に認定され、治療費は公費負担となっているが、伯母は、血液検査でPCB濃度が基準値に満たないので認定されていないという。同じ食べ物を食べてきた夫婦が、共に症状があるにもかかわらず、血液検査の基準値に達するか達しないかで片や認定、片や未認定となっている不条理を番組は告発していた。伯父伯母がそんなことになっていることをその番組を見るまで全く知らなかった。番組が終わっても布団の中でぼんやりと考えていた。
ふと気がつくと6時30だ。あわてて風呂に入って、歯を磨いて、あわや7時まえだ。でもいつもと同じ朝食は食べたい。ゆで卵、ドリップ式コーヒー、牛乳コップ1杯、キューイフルーツ1個とヨーグルトをスプーン山盛り3杯、トースト1枚の準備が完了したのが7時10分ごろ。朝食を摂りながら、この後の行程を考えた。
やばいなぁ、阪急園田駅まで徒歩17分。家を7時40分に出たとして、阪急園田駅に着くのが8時前。待ち時間最大10分で、とてものぞみ99号の発車時刻に間に合いそうにない。自転車で駅まで行けば10分は短縮できるけど、1月2日までの4日分×150円=600円の駐輪代を払うのは気が進まないし、そもそもキャリーバックを自転車に積むには無理があるなぁ。バスか、タクシーに乗って駅に向かうしかないか。
朝食を食べ終わって食器と鍋を洗い終わったのが7時20分ごろ。急いでキャリーバッグを収納庫から取り出して、着替えや整髪料、シェイバーセット、折りたたみ傘、読みかけの新書2冊と欲張ってもう1冊等などを詰め込んで家のドアを出たのが7時35分。とりあえず最寄りのバス停で時間を確認したら、次のバスはあと10分後だ。しょうがないので、途中でタクシーを拾うことにして、とりあえず駅に向かって歩きはじめた。がなかなかタクシーが来ない。7、8分歩いたところでやっとタクシーが向こうから走ってきた。ここでタクシーを止めたら約5分の短縮にはなるけど、1メータ乗車は申し訳ない。ええい、そのまま歩け。半ばやけくそになって阪急園田駅に着いたのが7時55分。次の梅田行きは7時57分だ。ひとつ前が47分発だから、あと10分早く起きていたらと後悔この上ない。ともかく57分発に乗るしかない。梅田に着くのが8時7分。乗り換えでJR大阪駅に行くのに約5分、電車待ちに約2~7分、新大阪駅に着くのがおそらく8時18分~23分になるかぁ。あ~ぁダメだ。指定券のない新幹線に乗って博多まで約2時間半立って行って、博多からまた2時間立ち続けるのはつらいなぁ。何とかならないかなぁ。
出口が見えないまま57分発の阪急電車に乗った。乗った瞬間にひらめいた。ひょっとしたら阪急十三駅で降りて、そこからタクシーで新大阪駅に向かえば、間に合う可能性があるかも。自信はないが、このままあきらめるよりはこれに賭けよう。十三駅には、第七芸術劇場に映画を見に行くのに何度か利用していた。南出口に出たらタクシーはすぐに拾えるだろうが、新大阪駅には遠回りのはずだ。ここは一度も利用したことのない北出口に向かうべきだろう。ヨシッと思って十三駅のホームで北出口を探すと、「東出口」との表示だった。あっそうか、頭の中では、阪急神戸線は東西に走っているから梅田に向かって左手は北だと思っていたけど、この辺りの線路は南に向かってカーブしているから左手は東なのか、と感心しながら東出口を出て、短い商店街を抜けてタクシーに乗ったのが8時4分。運転手に「新大阪まで何分かかりますか」と訊くと「10分以内」との答え。今朝から初めてホッと一息ついた。
予定通りと言うべきか、予定外にうまく事が運んでと言うべきか、ともかく指定券の8時21分発のぞみ99号に乗車して、コートを窓側のフックに掛けていたとき、のぞみが音もなく動き始めた、が途端に停止した。窓の外を見ると景色は動いていない。発車の音も急停車の音もしないので、発車したこと自体が勘違いかとも思ったが、前方で立っていた乗客がパントマイムの如くに前につんのめっていたので、やっぱり発車してすぐに停止したのだろう。まあ、こんなこともあるか。バッグから本を取り出して読み始めた。しばらくしてまた音もなくのぞみが動き着始めた。携帯を見ると8時28分だった。同時に車内放送が流れた。
車内放送によれば、発車時に、ホームの客がのぞみの閉じた扉に向かって走ってきたので緊急停車し、その後安全を再確認した上で発車したので7分の遅れとなった、との趣旨だった。へぇ~、この後JRはどおすんのやろ、少し興味がわいてきた。途中停車駅は、新神戸、岡山、広島、新山口、小倉、そして終点博多だ。途中の駅の停車時間を短くして時間を稼ぐのだろうか、それとも普段の走行速度を更に上げて突っ走るのだろうか。JRよ、スピードよりも安全優先でやってくれ、と思ったとたんに自分の中で少し引っかかってしまった。
まてよ、このまま7分遅れのまま博多駅に着いたら、乗り換え時間がなくなるな。本来は博多駅10時51分着で、乗り継ぎのかもめ18号は11時01分だから、乗り継ぎ時間10分が3分に短縮されてしまい、かもめ18号にはとても間に合わない。今日の昼食は、13時過ぎに長崎駅前の中華料理店でちゃんぽんか皿うどんを食べる予定をたてていた。3泊4日の帰省に往復割引で2万7千円の交通費がかかっても、何とかあきらめがつくのは長崎でちゃんぽんか皿うどんを食べることができると思ってのことだ。
気持の中では、優先順位がガラガラと入れ替わり、安全運転を蹴散らして、ちゃんぽん・皿うどん組がトップに躍り出た。
話を戻そう。新神戸駅を出て間もなく車内放送が流れた。新大阪駅でのアクシデントを説明し、新神戸駅も同じく7分遅れで発車したことに続けて、岡山駅で★▼■線乗り換えの乗客は巡回する車掌に知らせてほしいとのことだった。どうやら乗り継ぎ電車の発車時間を遅らせるつもりらしい。その後、岡山、広島、新山口に計ったように7分遅れで着いた。新山口駅を出て間もなく、車内放送で、博多駅でかもめ18号に乗り継ぐ乗客は巡回する車掌に連絡してほしいと案内された。小倉駅を出て間もなく、車内放送でかもめ18号の発車時間を13時05分に調整しますと案内された。8分の乗り継ぎ時間が確保されたことになる。やれやれと思うものの、やはり乗り継ぎは俊敏にしたい。
博多到着5分ほど前から荷物を持ってデッキに立っていたら、車内放送が流れた。「7分遅れで博多駅に到着しますので、かもめ18号への乗り継ぎ時間を確保するためにかもめ18号の発車時刻を調整しましたが、いつもより乗り継ぎ時間は短くなっておりますので、少々急いで※◎ホームに向かってください」と繰り返し放送が流れた。隣にいた若いカップルの男性が「少々はいらないだろう」と苛立っていた。いやJRにとってはその「少々」が大事なんだ、JRに急げと言われて階段でこけてけがをしたと言われないように予防線を張っているんだ、と心の中でつぶやいた。そう思った途端に、自分の行動を振り返り、恥ずかしくなってきた。
JRにはスピードよりも安全優先を求めるのに、自分は昼食の予定をずらすことが受け入れられない。急いで乗り換えようとする苛立った青年には、(心の中で)講釈を垂れるが、自分自身も同じ行動をしている。こんなにみんなが焦っている時こそ、お年寄りや子供ずれの乗客が降りるのをまってから、自分が降りていくべきではなかったのか。
焦る、ただそれだけのことで頭の中では全否定していたはずのスピード優先が、自分の中から次から次に湧いて出てくる。いやはやJRや他人のことをとやかく言っている場合ではない。これはちょっと性根を入れなおそう、と深く反省した年末だった。
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