パンチョの世に棲む日々

自称ドン・パンチョが訪れた名所旧跡の感想を綴ります。

謹賀新年

2017-01-04 08:26:13 | 日記

小生のHPにアクセスいただいているビジターの皆さん。

新年明けましておめでとうございます。術後の体調はまだ万全とは言えませんが、今年も古代史の森に迷い込んでさまざまな話題をレポートしていきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。

今年の橿原日記は伊藤若冲の話題で始めました。今年の干支は「酉」。初詣を兼ねて久しぶりに東京国立博物館に出向いたら、「鶏の画家」として知られる若冲の「松梅群鶏図屏風」が特別展示されており、すっかり嬉しくなってしまいました。

 

 

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自己満足の世界

2016-11-01 11:58:02 | 日記

小生は歴史の専門家でもないのに、今まで奈良県の橿原まで出かけて、発掘現場で聞いた話や歴史講座の内容を、適当にアレンジして「橿原日記」にレポートしてきました。それを見て、ある友人は「君は自己満足の世界に浸っているだけにすぎない」とよく揶揄します。

自分でもそう思います。とにかく何かをしていないと精神的に落ち着かない性格は、この年になっても直りません。この夏、胆管ガンに冒され余命2年の告知を受けました。あと2年も生きられれば十分ではないかと思いながらも、思い切って手術を受けることにしました。


そう決断した裏には、まだ自己満足の世界に浸っていたいという願望がありました。でも、関西まで出かける体力が失われてしまいました。どうしたものかと今迷っています。埼玉の自宅にいては、飛鳥の地はいかにも遠い。

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退院の日が決まりました

2016-09-20 18:08:57 | 日記

胆管ガンの手術のため、8月15日から入院していましたが、やっと9月23日に退院することが決まりました。入院中、皆様にはご心配をおかけし申し訳ありませんでした。しかし、入院中、8キロも体重が減り、体力がすっかり衰えました。これからしばらくは体力回復に努めます。

 

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我が青春の一頁を記した日記発見

2016-08-13 22:03:31 | 日記

胆管ガン手術入院のため長年通い慣れた橿原市のアパートを解約することことになり、書架を整理していたら、50年前の日記が出てきました。日記というより、当時赴任していたボリビアのカミリ市で行われていた共産ゲリラに対する軍事裁判のマスコミ報道を収集した記録と言って良いでしょう。

諸兄の中には、キューバ革命の思想を体系化し集大成したフランスの哲学者/作家のレジス・ドブレの名前を聞かれた方もおっれるでしょう。小生と同世代にもかかわらず、26歳のとき『革命の中の革命』を上梓し、ゲリラ戦の理論家として一躍有名になった人物です。

そのドブレ氏が、当時ボリビアでゲリラ部隊を率いて武装蜂起を準備していたチェ・ゲバラの取材で、ボリビアを訪れ、ゲリラ隊員の一人として身柄を拘束され、サンタクルス州の南に位置する石油の町カミリで軍事裁判にかけられました。

ちょうどその頃、カミリ市内の電話工事のため小生はカミリに派遣され、宿舎近くのボリビア石油公社(YPFB)の図書館で行われた軍事裁判を身近に見ていました。ボリビアの山中でゲリラ部を組織していたチェ・ゲバラが正規軍との交戦で負傷し、当時のバリエントス大統領の指示で銃殺されたのもその頃です。

彼の死後、多くのゲバラ関係の本が出版されました。しかし、ドブレ裁判に関係した出版物は管見にして知りません。そこで、古い日記を元にドブレ裁判の推移をまとめて、小生のHP『橿原日記』にアップすることにしました。といっても、内容的にはたいした情報はありません。しかし、小生にとっては初めての海外出張で青春の一時期を過ごした貴重な体験でした。

興味のある方は、下記のアドレスからアクセスして、感想などをお寄せください。


http://www.bell.jp/pancho/k_diary-18/2016_08_05.htm

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ドンパンチョ またまた入院す

2016-07-02 18:30:37 | 日記

ドン・パンチョはまたまた病気で倒れ、入院生活を送ることになりました。
いきさつは、下記の橿原日記に追記しておきおきました。

<a href="http://www.bell.jp/pancho/k_diary-18/2016_06_19.htm">6月19日付け橿原日記</a>

そのため、当分は橿原日記の更新できなくなりました。あらかじめご承知おきください。

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アジサイの花の名前教えてください

2016-06-13 07:27:18 | 日記

昨日、アパートの近くの久米寺のアジサイ園を訪れました。
季節柄、花が見事に咲き誇っているとおもっていましたが、
今年は昨日までの空梅雨のせいで、それほど生気がありませんでした。

デジカメで撮影したアジサイをHPのフォトアルバムにアップしました。
下記からアクセスできます。

http://www.bell.jp/pancho/photo_album/2016_06_12_ajisai.htm

花音痴(?)の悲しさで色とりどりに咲き乱れていても花の名前がわかりません。
お分かりの方は教えてください。

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若冲展

2016-04-30 06:36:39 | 日記

現在、東京都美術館で「若冲展」が開催されています。
江戸時代の絵師・伊藤若冲が描いた動植綵絵やその他の極彩画の魅力に惹かれて、
もう二度も出かけてきました。GW中にもう一度ぐらい出かけるかもしれません。

http://www.bell.jp/pancho/k_diary-18/2016_04_28.htm

http://www.bell.jp/pancho/k_diary-18/2016_04_30.htm

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日韓交流の海の道

2016-04-09 02:47:12 | 日記

日韓古代文化研究会が企画した「古代日韓交流の海道を巡る6日間」に参加して、3月25日から6日間、釜山ー対馬ー壱岐ー福岡の史跡探訪をしてきました。

2001年に吉野ヶ里遺跡を見学に行ったとき、福岡から壱岐・対馬まで足を延ばしたことがありましたが、逆方向に魏志倭人伝に記された海のルートをたどったのは、今回が初めてです。

考古学的遺跡もさることながら、壬辰倭乱に関係した史跡も韓国には沢山あるのには驚き、良きにつけ悪きにつけ日本と韓国とは古代から一衣帯水の関係にあるのを実感しました。

探訪記を拙速でまとめ、HPにアップしましたので、アクセスしてみてください。アクセスするには、トップページの「歴史探訪ブース」から「古代歴史街道を歩く-海外編」へとお進みください。あるいは、下記をクリックしてもアクセスできます。

http://www.bell.jp/pancho/travel/korea-9/index_korea9.htm

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龍の話

2016-02-26 11:52:29 | 日記

 先日、相国寺法堂の天井に描かれた雄大な「蟠龍図」を見て龍図に興味を持ちました。相国寺以外にも天井に龍の図を描いた寺はあちこちにあるようです。

・天龍寺には加山又造画伯の「雲龍図」
・妙心寺には狩野探幽作の「雲龍図」
・建仁寺には小泉淳作画伯の「双龍図」
・東福寺の仏殿には堂本印象画伯の「龍図」、
・真言宗の泉沸寺の仏殿内陣の鏡天井には狩野探幽作の「蟠龍図」,etc.

 龍は、古代中国では日照りの際に雨を降らすなど水を支配する力をもち、また皇帝の権威を象徴するなど古くから霊獣と考えられていました。本日付けの朝日新聞には、龍が日本列島に伝わったのは弥生時代中期後半(BC1~AD1)頃とする奈良大学の小林青樹教授の説が紹介されていました。

 小林氏によれば、四神像を表現した中国製の銅鏡が日本列島にもたらせてから、弥生人は土器に龍の絵を描き、龍の頭をかたどった土製品を作るようになったそうです。四神の青龍は東方を司ることから、中国の東に位置する倭を守る霊獣と見なしたのでは・・・と考えておられるようです。それに対してモンゴル高原で活躍した匈奴は白虎を崇拝したとのことです。白虎は西方七宿の象徴でした。

 弥生時代後期、現在の岡山県などが含まれる吉備地方では「弧帯文」と呼ばれる独特の文様を施した特殊器台や石が墳丘に置かれるようになりました。歴博の春成秀爾教授は弧帯文は龍をイメージしたものだったと考えておられるようです。そして中国で皇帝の権力と結びついた龍の思想が、日本列島の国家形成に関わっていたとされているようです。

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「大和座」の観音様

2016-02-21 07:50:55 | 日記

先日、大原の三千院へいってきました。
往生極楽院に安置されている阿弥陀三尊像は勢至・観音両菩薩が大和座(やまとすわり)と呼ばれる変わった座り方をしています。

小生は、昨年の東京国立博物館で開催された「日本国宝展」で初めて両菩薩を拝観して感動しました。しかし、特別展では本尊の阿弥陀如来は出展されておらず、ぜひ三尊が安置された姿を見てみたいとおもっていました。

幸い友人に誘われて大原の三千院を訪れて再び大和座の両菩薩と対面でき、感動はひとしおでした。レポートは橿原日記にアップしておきました。

ところで、大和座の菩薩像は三千院のほかにあるのでしょうか。寡聞にして小生は知りません。ご存知の方がおられましたら教えてください。

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