パンチョの世に棲む日々

自称ドン・パンチョが訪れた名所旧跡の感想を綴ります。

「橿原日記」更新中断のお知らせ

2017-06-30 06:43:41 | 日記

あゆっこ様、過分なお褒めの投稿どうも有り難うございます。小生のブログは長すぎて読むのに体力がいるから、もう少し短くまとめろと、お叱りの言葉をビジターの方からよくいただきます。

しかし、橿原日記の冒頭でも記したように、これは小生の備忘録であり自分で理解した範囲で書き綴っているにすぎません。ところが、また橿原日記を更新できない事態が生じました。

6月6日付けの橿原日記でお知らせしたように、上野駅近くで倒れ、東大府7足病院に搬送され3週間の入院を余儀なくされました。心室細動による不整脈で心肺停止の状態に陥ったためです。

さいわい心臓マッサージや電気ショックでなんとか蘇生できましたが、心臓病で倒れるのはこれで四度目で、今回はペースメーカーに似たCRT-Dという機械を胸に埋め込まれました。

そのため、なんだか自分が人造人間に改造されたような変な気分です。3週間の入院で、また体重が5キロ痩せ、そのため体力も足の筋力もすっかり衰えて、道路を歩くのもふらつくような状態は杖をつきながら

散歩で体力の回復に努めております。このような状態では遠くまで出かけて史跡探訪するのはとても無理で、よくアクセスいただいているビジターの皆さんには、しばらくの間「橿原日記」の更新を中断させていただきます。よろしくご了解願います。

ドン・パンチョこと応請矩明


9 コメント

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よくぞ生還されました。 (かつらぎがわ)
2017-07-01 17:42:52
パンチョさん、よくぞ生還されました。

その一言が全てを表わす様な体験をされたのですね。
そんなに大変な思いをされているとは露知らず、ここの所何か気掛かりに思え
てはおりましたが。

私も過去35年前47歳のときに過労が基で倒れ、奈良県立医大の救急処置室に搬送され、その直後に心停止し失神、気が付いたら集中治療室のベッドの上でした。
という今回のパンチョさんの体験とよく似た経験をしています。

そして三か月後退院時に主治医が申しました「何時も今回のように旨くいくとは限りませんよ、再発させないよう十分生活に留意してください」と。
この言葉をそのまま今回のパンチョさんの体験に当てはめたい思いです。

お蔭で私は今(82歳)に至るまで、再発もせず形だけに近いとは言え、現役で仕事をする生活ができています。

これまで私の暮らしにパンチョさんは、随分沢山の潤いを与えて下さいました。
私の住いは奈良盆地の南部、畝傍山と葛城山との中間当たりにありますが、子供の頃から何の気なしに見慣れている山々を、パンチョさんは日本の“あけぼの”に関与した山々とばかり、いつもこよなく愛でておられました。

仕事柄私は、奈良盆地の中を走り廻っていましたが、数々の古墳や社寺を横目にしながらも何の感慨も無かったのですが、パンチョさんとお知り合いになり、橿原日記などに啓発されてからは目からうろこ、同じ道を通っていても、これが葛城襲津彦の葬られている古墳だと知ると知らないでは、全く感慨が異なります。

長年この地に住いながら、いかに門外漢とはいえ、何も知らずに生涯を閉じなくてすんだことは、偏にパンチョさんに大感謝です。

どうか今回も困難な病状を克服され、必ず又発掘説明会や講演会にご一緒出来る日のあることを願うばかりでおります。
かつらぎがわさんと知り合いになれてよかったです (ドン・パンチョ)
2017-07-02 10:25:12
かつらぎがわさん、投稿有り難うございました。
まさかかつらぎがわさんも35年前に心肺停止の大病を経験されていると初めてお伺いし驚いています。

いつもお元気で車で飛び回り、ときどき小生のアパートに立ち寄ってたった一杯のインスタントコーヒーしか差し上げれないのに、最近読まれた古代史の話を1時間も2時間も
楽しげに話されるのを見て、良い人と知り合いになれたと小生の方こそ感謝しています。
いつか、ご自宅へお伺いしたとき、工場の事務室でパソコンに保存されている何千枚という日の出の写真を見せていただき本当に驚きました。毎朝晴れた日には工場の屋根に登って朝日が畝傍山のどのあたりの山の端から顔を出すのか、几帳面に記録してこられたとお聞きし、今では日の出の位置で日付が分かるとのことでした。

かつらぎがわさんがお住まいのお宅付近は、かって弥生時代には日本でも最大級の田園地帯でした。そのことは京阪奈自動車道建設に伴う事前発掘調査で次々と巨大な水田遺跡が発見されており間違いないようです。おそらく葛城山麓に住んでいた鴨一族が渡来人から水稲耕作の技術を教わり、蘇我川や葛城川に挟まれた地域を開拓して稲作を営んでいたのでしょう。

やがて鴨一族の資産を受け継いだ葛城氏が、東の大王家に匹敵する豪族として発展したものと小生は見ています。コヨミもなかった弥生時代、鴨族が稲作のさまざまな作業時期をどのように知り得たかを考えたとき、一族の誰かが東の山の端に太陽の昇る位置を定め、そこからの日の出を見て、田植えや収穫の時期を決めていたにちがいありません。

かつらぎがわさんが長年にわたって撮影されてきた朝日の昇る位置情報は、そうした古代の貴重な追体験であり、貴重な資料であると思っています。弥生時代人に代わって、「この地に住み着いた私たちはこのように水田稲作を営んだ」と題する冊子をまとめられることをお勧めします。

お見舞い (蘇我善徳)
2017-07-30 11:00:20
はじめまして、ドン・パンチョさま。
私は橿原在住30代の者です。最近『橿原日記』を知ったはじめは、こんなに橿原を愛する方がいらっしゃるものだと思って降りましたが、少しずつ読みすすめるなかで、その内容と構成にどんどん引き込まれ興味津々に読ませていただいております。
そして、貴方が病中にある知り、思わず一言差し上げずにはおられず、突然のコメントをお許し下さい。
どうか、いまは善くご養生くださいますよう、心より祈念申し上げます。
先ずは失礼いたします。
病気見舞い有り難うございました (ドン・パンチョ)
2017-07-31 10:43:35
蘇我善徳さま

お見舞いの投稿有り難うございます。
ビシターの皆様にはご心配をおかけすることになり申し訳なく思っております。
幸い一命は取り止め、一月前に退院して、現在は自宅でリハビリに努めておりますので
ご安心ください。

小生が上野駅前の交差点で倒れたとき、たまたま通りがかった人に心臓マッサージをしていただきました。本人は気を失っていて気がつきませんでしたが、もしその処置がなければ救急車の中で電気ショックを受けても、あるいは蘇生できなかったかもしれないと、
後に主治医から言われました。

その命の恩人の名前も連絡先も小生は知りません。それで先週久しぶりに上野に出た
ついでに、近くの上野交番や救急車を出して貰った上野消防署で、お礼を言う手がかりを探しましたが、本人は「たまたま通りがかったものですから・・・」と名前も住所も
告げずに立ち去ったそうです。

奇特な御仁もおられるものだ感心しましたが、たとえその人物の名前や連絡先を交番や
消防署で聞いていたとしても、個人情報に関することなので教えることはできないとの
ことでした。こちらは命を救って貰ったお礼に連絡を取りたいだけなのに、現在は個人情報保護法でたとえ当事者でも教えられないとのことでした。

なんとも世知柄ない世の中になったものだと、改めて世の中の移り変わりを痛感しました。友人は新聞の尋ね人欄に投稿する方法も勧めてくれていますが、善意で心臓マッサージを施し、警察や消防署にあえて名前も連絡先も告げずに立ち去った御仁であれば、たとえ新聞を見たとしても名乗り出てくれるどうかと今迷っています。

ところで、あなたのハンドル名は変わっていますね。よほど古代史がお好きな方だと推察しております。名字は古代豪族蘇我氏に因むものでしょうし、名前の善徳は善信尼が百済から帰国して得度させた大伴狭手彦の娘の法名から取られたのでしょう。今後ともよろしくお願いします。
ありがとうございます。 (蘇我善徳)
2017-08-01 22:02:28
ドン・パンチョさま

ご丁寧なご返信を有難うございます。

命の恩人がいらっしゃったのですね。
しかし、お話しをお聞きしていて、無私の親切の波紋が広がって輪廻していくと思えば幸せな気持ちになりました。いずれにしましても善かったですね。
良いお話しを有難うございました。
また、私自身、上野は学生時代から10年通い詰めた思い出深い土地ですので、手に取るように情景が絵に浮かびます。

そして、私のハンドル名ですが、お恥ずかしながらそこまで古代史の勉強をしてきたわけでは無いのですが、謎の人物として気になっている名前です。
私の故郷が曽我である親近感もあり、郷土愛からつけさせていただきました。

こちらこそ、今後ともよろしくお願いいたします。
ご冥福をお祈り申し上げます (さくら)
2017-10-09 13:31:34
パンチョさんのHPが削除されていて、亡くなられたことを知りました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。20年近くに渡り愛読してきたブログなんです。パンチョさんが遺された貴重なHPが拝見出来ないことがとても残念でなりません。そう思っている人が大勢いると思うのです。なんとか元に戻すことは出来ないのでしょうか?
ご家族の方に、切にお願い申し上げます。
9.28 (法花 重喜)
2017-10-10 13:08:13
のこと 外出中の
公民館の PC で知りました。
ご冥福を お祈りもうしあげます。

元気なパンチョさんは
WEB で生きていて欲しいです。

三重県名張 夏見廃寺の記録や
伊賀上野城の訪問記録は
地元のものでも知らない
調査 博識で
芭蕉の記事も調査
していただいたら
充実したものに
なったろう と思います。
ご家族の方に
WEB 記録は元気でいられる
こと お願いもうしあげます。
518-0036
三重県伊賀市法花2636
      法花 重喜 拝

ご冥福をお祈り申し上げます (toshi)
2017-10-12 19:34:22
橿原日記をいつも楽しみに拝見しておりました。
突然の訃報、残念でなりません。
橿原日記は貴重な記録。
また見られるようにならないかな・・・・

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
はじめまして (ホームページ訪問者)
2017-12-30 02:37:51
久しぶりにDon Panchさんのホームページを訪問して訃報を知りました。
ご冥福をお祈りいたします。

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