荻野洋一 映画等覚書ブログ

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『葉問(イップ・マン)』 葉偉信

2011-02-01 00:32:01 | 映画
 葉偉信(ウィルソン・イップ)監督の新作『葉問(イップ・マン)』に対しては、肯定的な面とそうでない面とを言わねばならない。まず肯定的な面だが、香港映画の正統性を大まじめに主張した姿勢には、心打つものがある。本作は、過剰なサービス精神に足を引っぱられることなく、往年の武侠映画のような貫禄をもって、義、正、和、心といった理想的観念を、フィルム上に極太の筆で大書しようとする。
 中国武術「詠春拳」の大御所で、ブルース・リーの師匠でもある葉問(イップ・マン 1893-1972)の伝記映画であり、主人公・葉問役の甄子丹(ドニー・イェン)、香港武術界を取り仕切るボス役の洪金寶(サモ・ハン・キンポー)の苦みばしった大人の演技が、全編に風格と折り目正しさを与え、どれほどむごたらしいバイオレンスシーンにおいても、骨格から気品が失われない。椅子から立ち上がる洪金寶をローアングルでとらえるあたりは、映画そのものである。

 次に否定的な面だが、あまりにも脚本が愛国的にすぎる。抗日闘争、反英運動という流れは、20世紀香港の史実なのだから、これを描くなと言うことはもちろんできない。それにしてもこの極度のナショナリズムは、現在の北京の意向に沿ったものだろう、という感想をどうしても抱かせてしまう。
 むかしから中国で言われる冗談に、「北京愛国、上海排国、広東売国」という、「愛・排・売」と韻を踏んだフレーズがある。明、清の時代から首都に選ばれ続けた北京には、やたらと愛国を叫んで時流に乗ろうとする権威主義の輩が多く、対する上海には、国家権力に楯突く不満分子や、ニヒリスティックなインテリ階級が多い。一方、広州や香港など広東人は、自由人ぶってはいても根は小心者で、表立っては反抗できないが、私腹を肥やすためなら国でも売る拝金主義者だ、という意味である。
 香港が、イギリスから中国に返還されて早13年。本作を見るかぎり、香港人の心性が伝統的な「広東売国」から、だいぶ「北京愛国」に近くなってきたように見える。それも、広東一流の実利主義の変種なのだろうが、抗日、反英と来たあとは、今後も何本か製作されるであろう続編(じつを言うと、本作自体がすでにパート2であり、パート1は日本軍との抗争を描いた戦中篇らしい)において、幼い弟子ブルース・リーの成長物語ばかりでなく、文化大革命の影響下で発生した中共暴動(1967)や、現在の北京側にとってあまり都合のよろしくない部分を含む社会背景も、はたして監督の葉偉信がきちんと見据えていけるのか、そのあたりを見守りたい。


新宿武蔵野館ほか、全国で順次公開
http://www.ip-man-movie.com/


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1 コメント

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『イップ・マン―序章―』 (中洲居士)
2011-02-15 23:53:07
『イップ・マン―序章―』の公開が決定したようですね(@新宿武蔵野館)。とりあえずよかった。最初から出来レースというか、内定済みだっただけなのかもしれませんが。
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