荻野洋一 映画等覚書ブログ

http://blog.goo.ne.jp/oginoyoichi

『Sweet Sickness』 西村晋也

2013-04-12 02:22:00 | 映画
 〈姉と弟〉という主題は、私にはまったく理解できないものだが、なぜか少なからぬ映画作家たちの霊感の源となってきた。小津『東京の女』、コクトー『恐るべき子供たち』、市川『おとうと』、カサヴェテス『ラヴ・ストリームス』、最近の例としては大工原『姉ちゃん、ホトホトさまの蠱を使う』がある。あるいは原作の姉弟を兄妹に転倒させた『山椒大夫』、変種として疑似姉弟の関係性を敷衍させた『滝の白糸』『折鶴お千』の溝口健二ほど〈姉と弟〉の受難と破滅に敏感だった作家はいないだろう。これはとりもなおさず、〈姉と弟〉という主題が新派悲劇の劇構造の根幹をなし、溝口がそのジャンル性との格闘のうちに作家的陶冶をおこなってきたことに起因する。
 溝口の話はともかく、〈姉と弟〉の近親相姦的な依存関係をあつかった西村晋也監督『Sweet Sickness』が醸す切なさ、儚さがすばらしく、「青春H」シリーズとはいえ一見に値する仕上がりである。両親を失ってかなりの年月を2人で切り盛りしてきた姉弟の情愛は、もはや秘められたものではなく、弟の恋人にも、姉の婚約者にも公然の周知事項となっている。そして周囲の人物たちは〈姉と弟〉の成り行きを、一軒家や浜辺といった磁場を特権化しつつ見守っている。
 姉は他の男性との結婚という手段によってこの磁場から遠ざかろうとするが、弟のほうは姉への執着心が強く、現状維持を願い続ける。姉が見せ始めた「弟離れ」に、露骨なまでにおろおろする弟。本作は、弟がかこつ孤愁にフォーカスを合わせ続ける。私が本作の作者なら、裏切り者の役をみずからに課する姉の視点から、急激に小さくなっていく弟の姿を描こうとするだろう。私にとっては、被害者より加害者の方がおもしろいからだ。しかし西村晋也監督は、弟を笠智衆のような早すぎた老人に見立てて、はばかることなく被害者のメランコリアだけを画面内に横溢させようとしたのである。


ポレポレ東中野で4月12日(金)まで
http://www.mmjp.or.jp/pole2/


最新の画像もっと見る

コメントを投稿