荻野洋一 映画等覚書ブログ

http://blog.goo.ne.jp/oginoyoichi

『妖術』 ク・ヘソン(@東京国際映画祭)

2010-10-22 05:27:30 | 映画
 東京国際映画祭の事前試写にて、韓国の清純派アイドル、ク・ヘソン(具恵善)の監督デビュー作『妖術』(2010)を見た。
 この人は以前、『ソドンヨ』(2005)という韓流ドラマで、織物と染色を研究する百済の宮人役を演じているのを見たことがあるが、なんとも可憐というか清純というか、とても映画作家をめざしているようには見えなかった(写真参照)。
 しかし、人は見かけで判断してはいけない。アイドルとして荒稼ぎしながらも、監督修行に余念がなかったらしい。2008年に初演出した安楽死についての短編『愉快なお手伝い』が、表参道ヒルズで開催されたShort Shorts Film Festival & Asia 2010で外国人として初めて話題賞を受賞し、作曲もやり小説も出版し、昨年は絵画の個展もやったというから、そんな(鼻息の荒い)人なのだろう。

 本作は、韓国の音楽大学でチェロを学ぶ男子生徒たちの儚げな学生生活をじつに甘ずっぱく撮影しており、また、いま流行りの「7D」的な被写界深度を浅くしたカッコいいボケアシ画面が頻出する。「付き合いきれない」とも当初感じたのだったが、これが徐々に挽回されて、執拗に反復されるオカルト的な連想、過度にノスタルジックかつメランコリックな回想が、作り手の熱に浮かされて暴走し、度を超すたびに面白さを増していった。しかも、過去と現在、さらに死後の未来までが何食わぬ顔で同じ時制の上を生きている。分かりやすく言えば、戸川純とケイト・ブッシュの韓国的な昇華といったところか。
 公演中に吐血して引っこんだ天才の親友を介抱し終えた気弱な主人公が、血染めの盛装、血染めのチェロのまま、親友顔負けの鬼気迫る演奏を披露して、観客の喝采を得ていくくだりなどは、「映画史上この上ない感動」(カタログ)というより、変態的といったほうが正確だろう。
 傑作とまでは言うまいが、奇作、異色作として永く記憶に留まるカルト的な1本となるかもしれない。フランツ・リスト作曲『愛の夢』3番が使用される映画に駄作なし、という、わが根拠薄弱なジンクス(例:鈴木重吉監督『雁來紅(かりそめのくちべに)』1934)は、とりあえず今回も維持された。


本作は、TIFF《アジアの風 アジア中東パノラマ》内で上映(10/26 & 10/28)
http://www.tiff-jp.net/
ク・ヘソン(구혜선)公式サイト
http://www.kuhyesun.com/


最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
本記事が韓国のサイトに転載される (中洲居士)
2010-10-23 03:37:10
おもしろいもので、本記事がさっそくその日のうちに韓国のサイトに翻訳転載されている。
http://gall.dcinside.com/list.php?id=guhyesun&no=116856&page=1&bbs=

こちらとしては、無断転載についての断りを明記していない以上、悪用の場合を除いて、とくに頓着するつもりはない。それにしても、ハングルで「荻野洋一」はこう書くのか、とかいろいろと個人的に楽しめました。
愛の夢3番 (中洲居士)
2010-11-03 03:58:16
フランツ・リスト作曲『愛の夢』第3番については、いろいろいい連ねても仕方がないでしょうが、謎というか、一番気になるのが、1930年の松竹蒲田作品『いいのね誓ってね』のなかで川原喜久恵(1902-1997)が歌った主題歌「ザッツ・オーケー」。どういう映画か詳しくは知らないが、まあ昭和モダニズムに裏打ちされたナンセンスコメディでしょう。この「ザッツ・オーケー」の途中のイントロが『愛の夢』第3番です。フィルムは現存しているのでしょうか?

コメントを投稿