Tartini: The Devil's Sonata
Harmonia mundi France HMU 907213
演奏:Andrew Manze (Solo violin)
ジウゼッペ・タルティーニ(Giuseppe Alessandro Ferruccio Tartini, 1692 - 1770)は、トリエステ近郊のピラーノ生まれのヴァイオリニスト、作曲家である。1721年にパドゥアの聖アントニオ教会の楽長に任命され、1726年にはヴァイオリン学校を創設して、ヨーロッパ中から生徒を集めた。その後タルティーニは和声や音響学に興味を持ち、1750年から1770年に死亡するまで多くの理論書を出版した。その内の装飾技法についての著作は、レオポルト・モーツァルトのヴァイオリン教本の手本となった。
タルティーニの作品は、135曲のヴァイオリンと管弦楽のための協奏曲、同じく135曲のヴァイオリン・ソナタ、50曲のトリオソナタ、32曲の小ソナタ、そのほかにコレッリのガヴォットによる50の変奏曲や多数の宗教的声楽曲がある*。しかし、タルティーニの作品として最も有名なのは、いわゆる「悪魔のトリル」と呼ばれているヴァイオリン・ソナタト短調であろう。
このソナタの成立に関しては、タルティーニ自身に由来するといわれている「伝説」がある。それを要約すると、ある晩タルティーニは夢の中で、悪魔がヴァイオリンを弾くのを聴いた。その演奏は、今まで聴いたことがないような素晴らしいものであった。目が覚めた後、記憶をたどって弾いてみようと思ったが出来なかった。この夢の中で聴いた演奏に霊感を受け作曲したソナタを、タルティーニは「悪魔のソナタ」と名付けた。それは自分の作品としては最もよいものだが、夢の中で悪魔が弾いていたものに比べたら、明らかに劣るものだ**。この「伝説」に基づき、ト短調のソナタはその非常に難しいトリルを含む第3楽章から「悪魔のトリル」あるいは「悪魔のソナタ」と呼ばれるようになった。ある箇所では、持続するトリルに加えてさらに1声部が奏され、楽章の終わり近くでは1声部がトリルで奏される中に、さらに2声が加わり、その後には2声がともにトリルで奏されるという、極めて高度な技巧を要する楽章となっている。
今回紹介するCDは、アンドリュー・マンゼ(Andrew Manze)が演奏するハルモニア・ムンディ・フランスのUSA部門の制作になるものである。マンゼは1965年イギリス生まれのバロック・ヴァイオリン奏者である。ケンブリッジ大学で古典を学んだ後、ロンドンの王立音楽院でサイモン・スタンディッジに、さらにオランダのハーグでルーシー・ファン・デールにヴァイオリンを学んだ。1988年から1993年まで、トン・コープマンの指揮するアムステルダム・バロック・オーケストラのコンサートマスターを務め、その後1996年からクリストファー・ホグウッドの後を継いで、アカデミー・オヴ・エインシェント・ミュージックの音楽監督の任にある。マンゼは新世代のオリジナル楽器奏者に属し、その自己主張の強い演奏スタイルは、イギリスの奏者としては珍しい存在である。
このCDが他と違っているのは、「悪魔のトリル」を含む収録されている4曲全てが通奏低音無しのヴァイオリン独奏で演奏されていることである。アンドリュー・マンゼは解説の中で、1750年にタルティーニが書いたという手紙を引用して、「私の独奏ヴァイオリンのためのソナタは、慣習に従って低音パートを含んでいます。しかし私はそれらを(通奏)低音なしで演奏します。それが私の本来の意図だからです。」これを根拠に通奏低音無しで演奏することにしたと説明している。確かに「悪魔のトリル」の楽譜を見ると、通奏低音のパートは極めて単純で、ほとんどヴァイオリン・パートの和声をただなぞっているだけの様に見える。マンゼはこのCDに収録されているイ短調のソナタの手稿の一つには、低音パートが無いことも、根拠にあげている。しかし、出版譜は全て通奏低音パートを含んでおり、学問的に、あるいは歴史的に根拠のあるものとは言い難い。それにもかかわらず、このCDのマンゼの演奏は、伴奏がない故の自由さがあって、魅力あるものである。
このCDには、「悪魔のトリル」のほかに、コレッリの作品5の10のガヴォットによる14の変奏曲、ソナタイ短調、調弦を変えたヴァイオリンのためのパストラールが収録されている。上述した通り、全て無伴奏のヴァイオリン独奏である。録音は、1997年5月にアメリカ、カリフォルニアで行われた。マンゼが使用している楽器、演奏のピッチ等については何も記されていない。
発売元:Harmonia mundi France
* ウィキペディア、ドイツ語版"Giuseppe Tartini"による。
** CDに添付の解説書に掲載された挿話の要約。
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彼がここで使用している楽器ですが、わたくしのCDのブックレットの18ページに記載があります。
Violin ; Joseph Gagliano, Naples, 1783
Bow ; Gerhard Landwehr, Heemstede, 1987
のようです。
今年、彼とリチャード・エガーの二人のリサイタルに行ったのですが、恐ろしく難しいフレーズをニコニコしながら弾いているのを見て、ぞっとしました。ある意味、この曲は彼にあっているのかもしれません
おそらく同じ来日の際の録画でしょう、BS hiの放送で見(聴き)ました。エガーが淡々とした顔をしていたのと対照的だった記憶があります。