陳水扁前総統は11日午前10時ごろ検察署特偵組(最高検特捜部)に任意同行、取調を受けた後、午後4時「汚職およびマネーロンダリング」などの容疑で逮捕、12日未明までに身柄を台北看守所(俗称・土城看守所、日本でいえば拘置所)に移され、起訴前勾留された。
前総統は逮捕直後、支持者の前で手錠をつけられた手を掲げて「司法迫害」を訴えた。
日本の法律ならいざ知らず、少なくとも現在の「中華民国」の法律では、陳前総統の行ったことは、法的には罪にならないものである。もちろん、金があるのに支持層には金がないと嘘をついて金を集めて蓄財してきたことは、支持層に対する道義的問題が発生する。だがいずれにしても法的には問題にならない(そこが中華民国の法体系なのだ)。
しかし、今の国民党政権になってからは、「汚職」を名目に、民進党の主要政治家を次々に逮捕する暴挙に出ている。前総統の行為が実際に汚職罪の構成要件を構成するのかは二の次で、とにかく陳前総統を逮捕したいという政治的動機だけが先行したものといえる。
何よりも、前総統としてSPがつきっきりで出国禁止命令が出されている陳前総統には、逃亡の恐れがまったくない中での逮捕勾留というのは、法の手続きの正当性、法治主義を無視するものであり、馬政権の独裁志向をあらわにしたものだ。
ただし、これは結果的には台湾の民主主義にとってプラス、馬英九政権にとってマイナスとなるだろう。
その理由は
1.陳水扁がこれで黙らざるを得なって他人が弁護しやすくなる。
これまで陳水扁は明らかにしゃべりすぎた。黙っていれば自然に同情もされ、弁護する人も出てくるのに、自分であれこれしゃべりまくるものだから、弁護する気がしない。身柄を拘束されれば、しばらくは公に発言する機会を奪われるため、代わって弁護しやすくもなる。陳水扁の三百代言癖には閉口させられるが、これで本人が黙ってくれるのはプラスの効果を発揮するだろう。
2.馬英九政権の国内外のイメージは悪くなる。
いかなる罪をでっち上げようが、そしてそれが本当であろうが、国家元首を経験した人間に手錠をかけるというのは、どう見ても政治闘争にしか見えない。最近でも韓国の金泳三政権が、全斗煥、盧泰愚に手錠をかけ、投獄したことがある。しかも全斗煥、盧泰愚は汚職だけでなく、人民虐殺という罪もあったのだが、それでも、これが遡及法を適用したことも含めて、国際的に大きな非難を巻き起こした。また、1970年代には中国で四人組が失脚して逮捕、裁判で有罪になったが、これも醜い権力闘争と受け取られた。さらにいえば、イラクのフセイン元大統領を米軍が手錠をかけて投獄したが、これが反米感情を世界的に拡散させた要因の一つでもある。つまり、全斗煥や四人組やフセインほどの独裁者、殺人鬼であっても、いったん大統領や権力の座にあって、人民に支持された経験がある人間に手錠をかけ、拘束するというのは、普通の感覚では反発を呼び起こすということだ。しかも陳水扁に着せられている「罪」は、証拠もない汚職やマネロンであり、フセインや全斗煥ほどのものでもないのである。
3.台湾人の危機意識が高まる。
陳水扁が嫌いな人間であっても、彼は少なくとも合法的に選挙で選出されて総統を8年間も務め、その任期中は少なくとも人権と自由という点では、台湾は進歩したことは事実である。そしていくら陳水扁が「汚職」したと信じている人でも、手錠をかけることまで期待していなかった。つまり、これは明らかにやりすぎであり、馬英九政権の最近の人権無視政治が露骨に表れたと見なされる。つまり、こんなやり方で、前大統領ですら手錠をかけられるなら、3日にCDショップが警察に押し入られたこととあわせて、何人も人権を尊重されないことになってしまう。これは台湾人全体の危機意識を呼び起こすことになるだろう。
ただし社会全体のマイナス効果を挙げるなら、
これで「前総統が罪を犯したと判断されたなら、いくらでも拘束してもよい」という前例を作られたことになる。
そうなれば、再び民主政権になったときに、馬英九も外患・詐欺などの罪で逮捕されてもよいことになるし、蒋介石父子も死後訴追し、家族も連座させても良いことになる。
前総統は逮捕直後、支持者の前で手錠をつけられた手を掲げて「司法迫害」を訴えた。
日本の法律ならいざ知らず、少なくとも現在の「中華民国」の法律では、陳前総統の行ったことは、法的には罪にならないものである。もちろん、金があるのに支持層には金がないと嘘をついて金を集めて蓄財してきたことは、支持層に対する道義的問題が発生する。だがいずれにしても法的には問題にならない(そこが中華民国の法体系なのだ)。
しかし、今の国民党政権になってからは、「汚職」を名目に、民進党の主要政治家を次々に逮捕する暴挙に出ている。前総統の行為が実際に汚職罪の構成要件を構成するのかは二の次で、とにかく陳前総統を逮捕したいという政治的動機だけが先行したものといえる。
何よりも、前総統としてSPがつきっきりで出国禁止命令が出されている陳前総統には、逃亡の恐れがまったくない中での逮捕勾留というのは、法の手続きの正当性、法治主義を無視するものであり、馬政権の独裁志向をあらわにしたものだ。
ただし、これは結果的には台湾の民主主義にとってプラス、馬英九政権にとってマイナスとなるだろう。
その理由は
1.陳水扁がこれで黙らざるを得なって他人が弁護しやすくなる。
これまで陳水扁は明らかにしゃべりすぎた。黙っていれば自然に同情もされ、弁護する人も出てくるのに、自分であれこれしゃべりまくるものだから、弁護する気がしない。身柄を拘束されれば、しばらくは公に発言する機会を奪われるため、代わって弁護しやすくもなる。陳水扁の三百代言癖には閉口させられるが、これで本人が黙ってくれるのはプラスの効果を発揮するだろう。
2.馬英九政権の国内外のイメージは悪くなる。
いかなる罪をでっち上げようが、そしてそれが本当であろうが、国家元首を経験した人間に手錠をかけるというのは、どう見ても政治闘争にしか見えない。最近でも韓国の金泳三政権が、全斗煥、盧泰愚に手錠をかけ、投獄したことがある。しかも全斗煥、盧泰愚は汚職だけでなく、人民虐殺という罪もあったのだが、それでも、これが遡及法を適用したことも含めて、国際的に大きな非難を巻き起こした。また、1970年代には中国で四人組が失脚して逮捕、裁判で有罪になったが、これも醜い権力闘争と受け取られた。さらにいえば、イラクのフセイン元大統領を米軍が手錠をかけて投獄したが、これが反米感情を世界的に拡散させた要因の一つでもある。つまり、全斗煥や四人組やフセインほどの独裁者、殺人鬼であっても、いったん大統領や権力の座にあって、人民に支持された経験がある人間に手錠をかけ、拘束するというのは、普通の感覚では反発を呼び起こすということだ。しかも陳水扁に着せられている「罪」は、証拠もない汚職やマネロンであり、フセインや全斗煥ほどのものでもないのである。
3.台湾人の危機意識が高まる。
陳水扁が嫌いな人間であっても、彼は少なくとも合法的に選挙で選出されて総統を8年間も務め、その任期中は少なくとも人権と自由という点では、台湾は進歩したことは事実である。そしていくら陳水扁が「汚職」したと信じている人でも、手錠をかけることまで期待していなかった。つまり、これは明らかにやりすぎであり、馬英九政権の最近の人権無視政治が露骨に表れたと見なされる。つまり、こんなやり方で、前大統領ですら手錠をかけられるなら、3日にCDショップが警察に押し入られたこととあわせて、何人も人権を尊重されないことになってしまう。これは台湾人全体の危機意識を呼び起こすことになるだろう。
ただし社会全体のマイナス効果を挙げるなら、
これで「前総統が罪を犯したと判断されたなら、いくらでも拘束してもよい」という前例を作られたことになる。
そうなれば、再び民主政権になったときに、馬英九も外患・詐欺などの罪で逮捕されてもよいことになるし、蒋介石父子も死後訴追し、家族も連座させても良いことになる。