施明徳が8月9日に発起し、9月9日から総統府前で座り込みをはじめ、15日には大々的なデモや各地への分散なども見られる「倒扁(陳水扁打倒)」運動。
実態は、国民党でも本土派・穏健派はまったくノータッチで、外省人の中でも特に反動的な勢力ばかりが投入していることは何度も指摘しているが、15日の大デモを過ぎて、ここに来てどうも雲行きが、反動派にとっては不利、民進党にとっては有利な方向に流れ始めてきている。
そもそも施明徳が始め、反動系メディアが煽り、馬英九ら反動的な勢力が陰に陽に加わってしつこく展開されている「倒扁」は、そこであおりたてた勢力は、陳水扁や民進党をたたき弱体化させることで、国民党が非合法的な手段で権力を奪取してしまおうと考えたはずである。
そのため、「数は力」とばかり、人をとにかく集めることが優先され、国民党系のメディアは新聞が毎日7面、テレビが24時間そればかり中継することで、宣伝煽動して、耳目を集めることに傾注した。
確かにそのおかげで、15日に呼びかけられた「囲城」(総統府包囲)行動の際には、主催者側100万人(明らかにウソだろう)、警察側推計36万人(これも誇張、警察は国民党系だからな)で、おそらく現実には15万人から20万人だろうと見られるが、確かにそれでもすごい人出だったことは間違いない。
ここで出てきたのが若者や女性が多く、しかも中産層が主体だったというのが特徴だ。そういう意味では座り込み時点で主体を占めた外省人反動派は15日のデモでは埋没したといえる。
しかし、問題はそこにある。
15日に参加したのが若者や女性が主体で、しかもどうみても大して考えていないで単に興味本位で参加していたのが多数だったということは、この運動が「本気」度と切迫感を大いに低減したことは間違いない。
陳水扁がレームダックになっているとはいえ、それでも陳水扁をわざわざ辞めさせようなどという奇特な考え方を持った勢力はせいぜい台湾全体の5%を占める反動派に過ぎないのだが、むりやり嵩上げした結果、焦点がぼけてしまい、単なるお祭りになってしまったのである。
もともと台湾は若者にとって娯楽の場が少ない。私も以前若いおねえちゃんと遊びに行こうとして結局普通に食事、映画、カラオケに行く以外に大した娯楽の場がないので困ったことがある。台北にはお台場や表参道がないのだ(当たり前か)。
それでいて、タイやフィリピンならそんなもんだと諦めもつくだろうが、台湾の場合、準先進国になっているし、日本の情報もあふれている。そうすると、東京を意識して「娯楽の場がない」というのは強く意識されるようになる。
つまり、若者には格好のファッションというか娯楽媒体になったのだ。
だから、参加した人たちの多くは、なぜ陳水扁が辞めなければいけないのか、ろくにわかっていない。とくかく赤い服(台湾では共産党を連想させるのでタブーだった)を着けたり指を下に向ける動作が物珍しかったから参加しただけなのだ。多分、その中の半分くらいは「喉元過ぎれば」じゃないが、昨年末の選挙や今年末の選挙には民進党に入れたりしているのだろうし、陳水扁支持派がたとえば2・28人間の鎖みたいな運動をやれば、それもそれで参加するだろう。いや、そちらのほうもむしろ本気を出して、今回の赤いデモは単に興味本位でしかないのだ。
つまり、「やる気」や気迫がないのである。これではいくら数だけ集めても質が伴っていないのだからどうしょうもない。
だから、15日という大きなヤマ場を過ぎたあたりから、この運動は一挙に縮小、盛り下がりの傾向を見せている。
それに、もともと選挙で選ばれた大統領をどんな理由であれ選挙以外の方法でやめさせるという発想は尋常ではない。
そんなことがまかり通るなら、台湾では総統選挙なんて要らない。内閣制のほうがいい。内閣制なら「良くない」と思えば辞めさせることもできるからだ。
実際、民進党や国民党の一部からは、内閣制への改憲案の声も出てきている。
ところが、内閣制になったら、08年に総統になるつもりでいる馬英九は困る。困るが、もしこのまま「陳水扁は駄目だからやめさせよう」などといい続けたら、「だったら、そもそも駄目なヤツが選ばれる可能性が高く、任期途中でやめさせにくい制度である大統領制よりも、大統領はドイツやイタリアみたいに象徴にして、内閣制にしたほうがいいではないか」という議論になるのは当然だろう。
そういう点で、現在、陳水扁を引きずりおろして、馬英九が権力奪取をしようと図った「倒扁」運動は、彼ら自身の目論見や目算からは外れた(しかし社会的には正しい)方向に流れつつある。
しかも、今回の運動の結果、実は馬英九の支持ががた落ちしているのである。それはなぜかといえば、国民党主席と台北市長を兼任する馬英九は、主席としては陳水扁打倒を煽りたいのだが、行政首長としてはあまり度が過ぎたことができない。そうすると、主席としての「倒扁」の役割は、緑陣営はおろか混乱を嫌がる国民党穏健派にも嫌われ、かといって市長として抑制する役割は今度は「倒扁」側に軟弱だと嫌われることになる。実際、施明徳は馬英九のことを「それでも男か」と一喝している。
日本ではいまだに馬英九に人気があると思っているアホが多いようだが、それは日本人は変化が激しい台湾の動きについていけないで、「5月ごろの情報」そのままで判断しているからである。実は馬英九の声望は、党主席になってからは、たまに上昇することがあっても、基本的には下降トレンドが続いていて、訪日で大失態を演じた7月以降は下がる一方なのだ。そして、今回の運動が起こってからの二股膏薬から、国民党反動派内部からも批判が起こっているのである。
だから22日付けのリンゴ日報で、浅緑系の司馬文武こと江春男は「聯合報は読売新聞社説を引用して陳水扁を死体化(実はこれは死に体を故意に誤訳したもの)だと書いたが、実際は死体化が進んでいるのは馬英九であり、国民党である」と指摘している。
今回、馬英九らの国民党反動派と、それを支持する多くのメディアは、「倒扁」運動を煽って、民進党を追い詰めたつもりだった。確かに8月9日に施明徳が声をあげて、さらに9月15日のデモに至る流れまでは、そうなる可能性もゼロではなかった。ところが、15日を過ぎてからの展開は、明らかに馬英九ら反動派の大失敗となっている。
おそらく馬英九らは焦りすぎたのだろう。
なぜなら07年末の立法委員選挙では定数半減の小選挙区制で争われることになるからだ。ところが地方派閥連合体ともいうべき現在の院内国民党にとってはこれが命取りとなるのである。地方派閥の共存は今までの中選挙区だからこそ可能だったし、定数が225もあったから可能だった。定数半減で小選挙区になれば、現職議員は単純計算でいっても半分が落ちるが、国民党の派閥競合を考えればそれ以上に国民党にとっては損失となる。
民進党は逆に有利だ。というかそもそも定数半減は民進党に有利になるように考えられたのだから。民進党はすでに党内予備選挙の手続きで候補者を絞りこんでいる。現職で候補にならなかった場合には別のポストを用意しているし、候補からもれて独自に立候補しても民進党議員の場合は個人票は少ないから脱党できない。
国民党は日本の自民党に近い保守政党のパターンで、候補者個人や派閥で成り立っているが、民進党はかつての社会党に近い理念政党、革新政党のパターンで、候補者個人ではなくて民進党の持つ理念性が支持されているのだ。
この点を日本人の多くはわかっていない。
つまり、来年末の選挙を前にして国民党は候補者調整段階に仲間割れして大分裂する。そうでなくても、選挙になれば大敗を喫する可能性が高いのである。馬英九らとしてはこのまま指をくわえて見ていたら、来年末にはすべて終わる。だから今のうちに民進党に揺さぶりをかけて、呂秀蓮を代理総統にして、さらに呂のスキャンダルも言い立てて呂を辞めさせて総統補欠選挙に持ち込むか何かして、早めに政権を奪取しようとしたのである。
ところが、焦り過ぎたり、策を弄しすぎるとロクなことはない。特に台湾みたいに、ふにゃふにゃとした社会で、策を弄しても、その策が成就することはまずない。
15日を過ぎて現在の状況や今後の展望は、馬英九のさらなる地位と支持の低下、国民党穏健派・本土派の地位上昇であろう。
そういう意味で施明徳が陳水扁打倒とともに表向きは掲げた「反腐敗」も、実は逆の効果をもたらすことになりそうだ(これも台湾らしいのだが)。
反腐敗というなら、いくらグレーゾーンがあったとしても、実は今のところ台湾政界では陳水扁政権や民進党に勝るクリーンな勢力はない。国民党は地方首長の汚職事件、馬英九市長の特別予算使い込みなど、はるかに腐敗は深刻である。
しかし、そんな陳水扁政権すら駄目だというなら、実際には残りの勢力は「汚職と腐敗」だらけなのだから、今後は腐敗度は問題にならないことになる。
そして、現在注目すべきことは、今回の一連の騒動で、沈黙を守っている集団がいるということだ。それは国民党穏健派本土派である。地方首長でも実務的で地道にやっている桃園県、新竹市、苗栗県、花蓮県、嘉義市の主張はいずれも国民党だが穏健派・本土派で、今回の騒動には一切タッチしていない。こうした勢力はクリーンでは決してないが、かといってめちゃくちゃダーティでもない。淡々と地方建設をやっているだけである。
これはいわば「台湾本土保守穏健中道右派勢力」というべきものだろう。これがおそらく07年には頭角を現すのではないか。
そして実は民進党の一部もこれを恐れている。そうなると唯一の本土勢力としてのお株を奪われかねないからだ。
台湾はどんどん本土化、台湾主体意識が強まっているのに、民進党はそれを掬いきれておらず、取りこぼしが多い。台湾主体意識はいまや8割前後に達しているが、民進党の支持率は4割にとどまっている。それはなぜか。民進党にある独特の癖やアク、いわば中道左派リベラル色が、保守志向の本土派を近づかせない原因になっていると思う。
ちなみに私自身はリベラルだからこそ台連や国民党本土派よりも、民進党のほうが好きなのだが、しかし、世の中はどこでもそうだが、保守的な選挙民のほうが実際には数が多い。
つまり民進党がリベラル中道左派色がある限り、台湾主体意識の強まりにもかかわらず永遠に保守層の支持は得られにくいことになる。
もちろん保守層であっても、台湾本土意識をより重視する勢力はそれでも民進党を支持する。それも大体4割のうちの10-15%分は占めるだろう。
とすれば、台湾派の中のリベラル派は多く見ても30%程度で、保守派は50%前後を占めることになる。統一志向は2割も満たない。
台湾の政治的クリーヴィッジ(分裂・亀裂)は台湾独自性か中国統一志向かで分かれているといわれているが、実際には現在の政党の分岐はそうなっていない。民進党が台湾独自派であることは論をまたないが、国民党は全体が統一派ではなくてその中でも台湾独自派の保守層=保守本流と中国統一志向の反動派が共存しているわけである。
今回の騒動や混乱は、民進党自身の力を殺ぎ、失望を招いた側面は否定できない。その点では陳水扁への反対派は、民進党の力を殺ぐという目的の一部は達成したことになる。
しかし、台湾本土派はいかに民進党に失望しても、馬英九の国民党を支持するわけがない。しかも、その馬英九も国民党内ではほとんど支持基盤がなく、国民党も内部の亀裂が明確になりつつある。つまり、現状では本土派で民進党に失望しつつも「中国」国民党も支持できない層や馬英九を嫌っている層はかなり多いことになり、それは政党としては空白地帯になっているのである。
だとすれば、08年までにはその空白を埋める動きが出てくるだろうし。政治的クリービッジをもっと明確に整理されるだろう。つまり、政治勢力としては、民進党に代表される台湾本土独自主体派のリベラル勢力、国民党本土派に代表される台湾本土独自主体派の保守勢力、それから馬英九に代表される古い大中国統一ファッショ志向の反動勢力である。
そして、おそらく政治的クリービッジの本質を考えれば、本土派リベラル派と保守派が緩やかな連合体を組んで統一派反動勢力を撃破することになるだろう。
台湾において、大中国反動派の存在こそが問題である。しかしそれは本土派保守派が反動派と手を切ることで解決するだろう。そして、08年以降は本土派のリベラルと保守の競争が焦点になる。
そうなることが見えているからこそ、馬英九らは焦っているのだ。だからなんとしても国民党本土派を割らせないために、盛んに王金平の動きを報道してつぶそうとしている。しかし世の中の流れはいかに策を弄しても変えられるものではない。
そして、今回の騒動こそは、馬英九らの運の尽きへとつながっているのである。
実態は、国民党でも本土派・穏健派はまったくノータッチで、外省人の中でも特に反動的な勢力ばかりが投入していることは何度も指摘しているが、15日の大デモを過ぎて、ここに来てどうも雲行きが、反動派にとっては不利、民進党にとっては有利な方向に流れ始めてきている。
そもそも施明徳が始め、反動系メディアが煽り、馬英九ら反動的な勢力が陰に陽に加わってしつこく展開されている「倒扁」は、そこであおりたてた勢力は、陳水扁や民進党をたたき弱体化させることで、国民党が非合法的な手段で権力を奪取してしまおうと考えたはずである。
そのため、「数は力」とばかり、人をとにかく集めることが優先され、国民党系のメディアは新聞が毎日7面、テレビが24時間そればかり中継することで、宣伝煽動して、耳目を集めることに傾注した。
確かにそのおかげで、15日に呼びかけられた「囲城」(総統府包囲)行動の際には、主催者側100万人(明らかにウソだろう)、警察側推計36万人(これも誇張、警察は国民党系だからな)で、おそらく現実には15万人から20万人だろうと見られるが、確かにそれでもすごい人出だったことは間違いない。
ここで出てきたのが若者や女性が多く、しかも中産層が主体だったというのが特徴だ。そういう意味では座り込み時点で主体を占めた外省人反動派は15日のデモでは埋没したといえる。
しかし、問題はそこにある。
15日に参加したのが若者や女性が主体で、しかもどうみても大して考えていないで単に興味本位で参加していたのが多数だったということは、この運動が「本気」度と切迫感を大いに低減したことは間違いない。
陳水扁がレームダックになっているとはいえ、それでも陳水扁をわざわざ辞めさせようなどという奇特な考え方を持った勢力はせいぜい台湾全体の5%を占める反動派に過ぎないのだが、むりやり嵩上げした結果、焦点がぼけてしまい、単なるお祭りになってしまったのである。
もともと台湾は若者にとって娯楽の場が少ない。私も以前若いおねえちゃんと遊びに行こうとして結局普通に食事、映画、カラオケに行く以外に大した娯楽の場がないので困ったことがある。台北にはお台場や表参道がないのだ(当たり前か)。
それでいて、タイやフィリピンならそんなもんだと諦めもつくだろうが、台湾の場合、準先進国になっているし、日本の情報もあふれている。そうすると、東京を意識して「娯楽の場がない」というのは強く意識されるようになる。
つまり、若者には格好のファッションというか娯楽媒体になったのだ。
だから、参加した人たちの多くは、なぜ陳水扁が辞めなければいけないのか、ろくにわかっていない。とくかく赤い服(台湾では共産党を連想させるのでタブーだった)を着けたり指を下に向ける動作が物珍しかったから参加しただけなのだ。多分、その中の半分くらいは「喉元過ぎれば」じゃないが、昨年末の選挙や今年末の選挙には民進党に入れたりしているのだろうし、陳水扁支持派がたとえば2・28人間の鎖みたいな運動をやれば、それもそれで参加するだろう。いや、そちらのほうもむしろ本気を出して、今回の赤いデモは単に興味本位でしかないのだ。
つまり、「やる気」や気迫がないのである。これではいくら数だけ集めても質が伴っていないのだからどうしょうもない。
だから、15日という大きなヤマ場を過ぎたあたりから、この運動は一挙に縮小、盛り下がりの傾向を見せている。
それに、もともと選挙で選ばれた大統領をどんな理由であれ選挙以外の方法でやめさせるという発想は尋常ではない。
そんなことがまかり通るなら、台湾では総統選挙なんて要らない。内閣制のほうがいい。内閣制なら「良くない」と思えば辞めさせることもできるからだ。
実際、民進党や国民党の一部からは、内閣制への改憲案の声も出てきている。
ところが、内閣制になったら、08年に総統になるつもりでいる馬英九は困る。困るが、もしこのまま「陳水扁は駄目だからやめさせよう」などといい続けたら、「だったら、そもそも駄目なヤツが選ばれる可能性が高く、任期途中でやめさせにくい制度である大統領制よりも、大統領はドイツやイタリアみたいに象徴にして、内閣制にしたほうがいいではないか」という議論になるのは当然だろう。
そういう点で、現在、陳水扁を引きずりおろして、馬英九が権力奪取をしようと図った「倒扁」運動は、彼ら自身の目論見や目算からは外れた(しかし社会的には正しい)方向に流れつつある。
しかも、今回の運動の結果、実は馬英九の支持ががた落ちしているのである。それはなぜかといえば、国民党主席と台北市長を兼任する馬英九は、主席としては陳水扁打倒を煽りたいのだが、行政首長としてはあまり度が過ぎたことができない。そうすると、主席としての「倒扁」の役割は、緑陣営はおろか混乱を嫌がる国民党穏健派にも嫌われ、かといって市長として抑制する役割は今度は「倒扁」側に軟弱だと嫌われることになる。実際、施明徳は馬英九のことを「それでも男か」と一喝している。
日本ではいまだに馬英九に人気があると思っているアホが多いようだが、それは日本人は変化が激しい台湾の動きについていけないで、「5月ごろの情報」そのままで判断しているからである。実は馬英九の声望は、党主席になってからは、たまに上昇することがあっても、基本的には下降トレンドが続いていて、訪日で大失態を演じた7月以降は下がる一方なのだ。そして、今回の運動が起こってからの二股膏薬から、国民党反動派内部からも批判が起こっているのである。
だから22日付けのリンゴ日報で、浅緑系の司馬文武こと江春男は「聯合報は読売新聞社説を引用して陳水扁を死体化(実はこれは死に体を故意に誤訳したもの)だと書いたが、実際は死体化が進んでいるのは馬英九であり、国民党である」と指摘している。
今回、馬英九らの国民党反動派と、それを支持する多くのメディアは、「倒扁」運動を煽って、民進党を追い詰めたつもりだった。確かに8月9日に施明徳が声をあげて、さらに9月15日のデモに至る流れまでは、そうなる可能性もゼロではなかった。ところが、15日を過ぎてからの展開は、明らかに馬英九ら反動派の大失敗となっている。
おそらく馬英九らは焦りすぎたのだろう。
なぜなら07年末の立法委員選挙では定数半減の小選挙区制で争われることになるからだ。ところが地方派閥連合体ともいうべき現在の院内国民党にとってはこれが命取りとなるのである。地方派閥の共存は今までの中選挙区だからこそ可能だったし、定数が225もあったから可能だった。定数半減で小選挙区になれば、現職議員は単純計算でいっても半分が落ちるが、国民党の派閥競合を考えればそれ以上に国民党にとっては損失となる。
民進党は逆に有利だ。というかそもそも定数半減は民進党に有利になるように考えられたのだから。民進党はすでに党内予備選挙の手続きで候補者を絞りこんでいる。現職で候補にならなかった場合には別のポストを用意しているし、候補からもれて独自に立候補しても民進党議員の場合は個人票は少ないから脱党できない。
国民党は日本の自民党に近い保守政党のパターンで、候補者個人や派閥で成り立っているが、民進党はかつての社会党に近い理念政党、革新政党のパターンで、候補者個人ではなくて民進党の持つ理念性が支持されているのだ。
この点を日本人の多くはわかっていない。
つまり、来年末の選挙を前にして国民党は候補者調整段階に仲間割れして大分裂する。そうでなくても、選挙になれば大敗を喫する可能性が高いのである。馬英九らとしてはこのまま指をくわえて見ていたら、来年末にはすべて終わる。だから今のうちに民進党に揺さぶりをかけて、呂秀蓮を代理総統にして、さらに呂のスキャンダルも言い立てて呂を辞めさせて総統補欠選挙に持ち込むか何かして、早めに政権を奪取しようとしたのである。
ところが、焦り過ぎたり、策を弄しすぎるとロクなことはない。特に台湾みたいに、ふにゃふにゃとした社会で、策を弄しても、その策が成就することはまずない。
15日を過ぎて現在の状況や今後の展望は、馬英九のさらなる地位と支持の低下、国民党穏健派・本土派の地位上昇であろう。
そういう意味で施明徳が陳水扁打倒とともに表向きは掲げた「反腐敗」も、実は逆の効果をもたらすことになりそうだ(これも台湾らしいのだが)。
反腐敗というなら、いくらグレーゾーンがあったとしても、実は今のところ台湾政界では陳水扁政権や民進党に勝るクリーンな勢力はない。国民党は地方首長の汚職事件、馬英九市長の特別予算使い込みなど、はるかに腐敗は深刻である。
しかし、そんな陳水扁政権すら駄目だというなら、実際には残りの勢力は「汚職と腐敗」だらけなのだから、今後は腐敗度は問題にならないことになる。
そして、現在注目すべきことは、今回の一連の騒動で、沈黙を守っている集団がいるということだ。それは国民党穏健派本土派である。地方首長でも実務的で地道にやっている桃園県、新竹市、苗栗県、花蓮県、嘉義市の主張はいずれも国民党だが穏健派・本土派で、今回の騒動には一切タッチしていない。こうした勢力はクリーンでは決してないが、かといってめちゃくちゃダーティでもない。淡々と地方建設をやっているだけである。
これはいわば「台湾本土保守穏健中道右派勢力」というべきものだろう。これがおそらく07年には頭角を現すのではないか。
そして実は民進党の一部もこれを恐れている。そうなると唯一の本土勢力としてのお株を奪われかねないからだ。
台湾はどんどん本土化、台湾主体意識が強まっているのに、民進党はそれを掬いきれておらず、取りこぼしが多い。台湾主体意識はいまや8割前後に達しているが、民進党の支持率は4割にとどまっている。それはなぜか。民進党にある独特の癖やアク、いわば中道左派リベラル色が、保守志向の本土派を近づかせない原因になっていると思う。
ちなみに私自身はリベラルだからこそ台連や国民党本土派よりも、民進党のほうが好きなのだが、しかし、世の中はどこでもそうだが、保守的な選挙民のほうが実際には数が多い。
つまり民進党がリベラル中道左派色がある限り、台湾主体意識の強まりにもかかわらず永遠に保守層の支持は得られにくいことになる。
もちろん保守層であっても、台湾本土意識をより重視する勢力はそれでも民進党を支持する。それも大体4割のうちの10-15%分は占めるだろう。
とすれば、台湾派の中のリベラル派は多く見ても30%程度で、保守派は50%前後を占めることになる。統一志向は2割も満たない。
台湾の政治的クリーヴィッジ(分裂・亀裂)は台湾独自性か中国統一志向かで分かれているといわれているが、実際には現在の政党の分岐はそうなっていない。民進党が台湾独自派であることは論をまたないが、国民党は全体が統一派ではなくてその中でも台湾独自派の保守層=保守本流と中国統一志向の反動派が共存しているわけである。
今回の騒動や混乱は、民進党自身の力を殺ぎ、失望を招いた側面は否定できない。その点では陳水扁への反対派は、民進党の力を殺ぐという目的の一部は達成したことになる。
しかし、台湾本土派はいかに民進党に失望しても、馬英九の国民党を支持するわけがない。しかも、その馬英九も国民党内ではほとんど支持基盤がなく、国民党も内部の亀裂が明確になりつつある。つまり、現状では本土派で民進党に失望しつつも「中国」国民党も支持できない層や馬英九を嫌っている層はかなり多いことになり、それは政党としては空白地帯になっているのである。
だとすれば、08年までにはその空白を埋める動きが出てくるだろうし。政治的クリービッジをもっと明確に整理されるだろう。つまり、政治勢力としては、民進党に代表される台湾本土独自主体派のリベラル勢力、国民党本土派に代表される台湾本土独自主体派の保守勢力、それから馬英九に代表される古い大中国統一ファッショ志向の反動勢力である。
そして、おそらく政治的クリービッジの本質を考えれば、本土派リベラル派と保守派が緩やかな連合体を組んで統一派反動勢力を撃破することになるだろう。
台湾において、大中国反動派の存在こそが問題である。しかしそれは本土派保守派が反動派と手を切ることで解決するだろう。そして、08年以降は本土派のリベラルと保守の競争が焦点になる。
そうなることが見えているからこそ、馬英九らは焦っているのだ。だからなんとしても国民党本土派を割らせないために、盛んに王金平の動きを報道してつぶそうとしている。しかし世の中の流れはいかに策を弄しても変えられるものではない。
そして、今回の騒動こそは、馬英九らの運の尽きへとつながっているのである。