星月夜に逢えたら

[hoshizukiyo ni aetara] 古都散策や仏像、文楽、DEAN FUJIOKAさんのことなどを・・・。 

4月文楽公演「桂川連理柵」 観劇メモ

2008-05-05 | 観劇メモ(伝統芸能系)

未アップの観劇・観賞メモを少しずつ。まずは文楽4月の「桂川連理柵」から。
手元のメモを見て一瞬うろたえた。
「善意地獄」「道理地獄」と書いてある。あちゃ!
大夫さんはそんなこと語ってなかったし、チラシの解説には、妻お絹と長右衛門
との<慈愛あふれる夫婦のやりとり>なんて書いてあるよ。
ドキドキ。こんな感想書くと全方位から一斉に石が飛んできそうだ・・・。

劇場     国立文楽劇場
観劇日    2008年4月6日(日)



「桂川連理柵」(かつらがわれんりのしがらみ)

石部宿屋の段
   竹本三輪大夫 ツレ 豊竹呂茂大夫  野澤喜一朗 ツレ 野澤清公
六角堂の段  
   竹本文字久大夫  鶴澤清介   
帯屋の段
   豊竹嶋大夫  鶴澤清介 
 切 竹本綱大夫  鶴澤清二郎 
道行朧の桂川
   お半:豊竹英大夫  長右衛門:竹本文字久大夫
   ツレ 竹本津国大夫 豊竹希大夫
   竹澤団七 竹澤団吾 鶴澤清丈 豊澤龍爾 鶴澤寛太郎

人形 娘お半:吉田蓑作  下女りん:吉田玉英  丁稚長吉:吉田玉志
   帯屋長右衛門:桐竹勘十郎  出刃屋九右衛門:吉田玉勢
   出刃屋の女中:吉田玉誉  女房お絹:桐竹紋寿  弟儀兵衛:吉田文司
   母おとせ:桐竹紋豊  親繁斎:吉田玉女
   下女・下男:大ぜい


お半ちゃん。
私の脳内ではこの1カ月間、お半ちゃんが最後に長右衛門に逢いにいく場面が何
度もリプレイされている。
戸口から顔だけ出して表をうかがい、外から家の中の様子を覗きみて、隣近所を
確かめてから一旦中に戻る。こんどは後ろ向きにそうっと家を出て、すばやく
長右衛門宅にしのびこみ、顔を見に来たというあのシーン。
あどけないと思ってたお半ちゃん。長右衛門と見つめ合う体勢の女っぽいこと。
蓑助さんの遣うお半ちゃん、道理なんかスッ飛ばして、ただ長右衛門にひと目逢
いたい、というまっすぐな恋心が体から発散されてまぶしく、もうメチャメチャ
可愛いらしかった。

長右衛門。
お半とのことを儀兵衛に暴かれそうになっても、おとせと儀兵衛に金銭横領のこと
で責められても、ほとんどしゃべらず言い訳もせず、ひたすらじっと耐えている。
そもそも長右衛門って、何を考えてるのかイマイチよくわからない。
つねに受け身の人生という感じがする。
すると「帯屋の段」で儀兵衛のバカ笑いがやんだ後、ふと長右衛門の心の声が漏
れ聞こえてきた(ような気がした)。
  おとせや儀兵衛の仕打ちはどうでもええこと。
  俺がほんまに苦しいのは「道理、道理の道理地獄」じゃ。
(うわ! 書いてしもた。)
5歳の時から育ててもらった養父に助け舟を出され、妻のお絹には恥を取り繕っ
てもらい、お絹に言った言葉が「女房ども、言いやることが道理だらけ、道理の
ないは俺が身一つ。」
あまりによくできた善意の人々の間で長右衛門、手を合わせ心から感謝はするが、
帯屋という器がまったく合わず、生きづらかったのではないかと。

そして、二人。
すり替えられた脇差しのことで進退きわまっていた長右衛門。
そのうえ色恋沙汰と金銭トラブル。
そこへやってきたお半ちゃん。長右衛門を思い切る前に今一度顔を見たかったと。
店のため夫のためと道理の見本のような我が女房と、ただまっすぐに自分にぶつ
かってくるお半。ふと見るとお半が残していった書置きに、桂川で死ぬつもりだ
と書いてある。「可愛いや!」と長右衛門。
前回は自分だけ生き残ったけど、こんどこそは!と後を追いかける。
・・・ちゅうことは長右衛門。べつにお半ちゃんが好きなワケではないのね。
いろいろあって自分はもう行き場がないし、ここは渡りに船と。
長右衛門にとって最高の花道を用意してくれたのがお半ちゃんだったのでは。
一方のお半、書置きに勝負をかけたのだなと思う。
あれほど用心深く家を出て来るような賢い娘だから、おそらくすべては計画通り。
いっしょに死んでほしいとは言えないが、死ぬならチクリと書いておきたい。
うまくいけば書置きをみて後を追ってきてくれるだろうと。
立ち去る前に振り返り、振り返り、目線は長右衛門を追ったままのお半。それは
別れがたいとうよりも、追ってきてねの願掛けだったかも。
だから、桂川でのお半の顔は私には幸せそうに見えた。心中する恐さよりも、長
右衛門をようやく独り占めにできたという喜びのほうが強かったのではと思う。


コトのいきさつをおさらい
●石部宿屋の段
●六角堂の段
旅装で颯爽と現れた長右衛門、見るからにオトコマエ!
そんな長右衛門に憧れている隣家の娘、お半。
旅先で丁稚の長吉に迫られ、逃げた先が同じ宿に泊まった長右衛門の布団の中。
分別盛りの男なら、そこで手を出したらイカンでしょう。
お半ちゃんも若い娘ならそんなトコに逃げ込んだらアカンでしょう。
で、案の定間違いが起きてしまうワケで。
腹いせに長吉、長右衛門の預かりものの脇差をすり替えてしまい、殿様の留守居
役から詮議を言いつけられた長右衛門はションボリ、死をも覚悟する。
旅先でお半ちゃんにフラれた代わりに、二人の秘密を知った長吉。しかし、そこ
へ噂をもみ消しにかかる長右衛門の賢妻、お絹。長吉に小遣いを渡し、嘘の証言
をするように根回しする。
(ヒャー、お絹さんカンペキ。)

●帯屋の段
お半が書いた手紙をネタに、お半と長右衛門の仲を暴こうとする小舅の儀平衛。
しかし、手紙にある「長様」とは長吉だと反論するお絹。
それを聞いて儀兵衛、大笑い。長吉をわざわざ呼びにいって事情を聞くが、なお
も笑い続けている。
(ここがいわゆるチャリ場だ。関西のお笑いの原点はここかと思えるような見事
な間を入れながら、プハーッ、ハハハと一人で笑い続ける綱大夫さんの真っ赤に
なった顔が忘れられない。)
長右衛門とお半とのことはナントカごまかせたが、金銭横領をめぐり、なおも儀
兵衛母子が長右衛門を責める。
諍いをおさめたのは帯屋の隠居で、長右衛門の養父の繁斎。
(ヒャー、店の暖簾に泥を塗りかけたというのに、なんと優しいこと。)
それから、ひと目逢いたいとお半がやってきて、書置きを残して帰ってゆく。

●道行朧の桂川
書置きを見て飛び出した長右衛門、お半をおぶって桂川へ。異様な心中風景だ。
ここはお半が英大夫さん、長右衛門が文字久大夫さん、で語り分けられる。
舞台では浅葱幕を使った川の演出。
お半の顔が私にはうれしそうに見えた。女の顔をしている。が、仕草、動きがま
だあどけないアンバランスさ。
長右衛門のほうは思いつめられ、苦悩を抱え、神妙な顔つきに見える。
「自分は死なねばならぬが、そなたは生きながらえてくれ」と長右衛門。
自分だけ生きながらえて子供を産み生きてゆけというのは「可愛いのじゃない、
憎いのじゃ。定まり事とあきらめて一緒に死んで下さんせ」とお半。
ともに沈まん、こなたへ。

まだ14の娘を相手に間違いを犯した男など言語道断。最後まで無責任だし、ゆ
るせるはずがない。
それでも思い通り、長右衛門と死んでゆけるお半はきっと幸せだったことと思う。
一番哀れなのは愛されることもなく、添い遂げることもせず、亭主は別のおなご
と心中したと一生言われ続けるお絹ばかり。ああ。

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8 コメント

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糸引き納豆のような (とみ)
2008-05-05 22:24:09
>ムンパリさま
>いろいろあって自分はもう行き場がないし、ここは渡りに船と。
文楽はおぢちゃんの娯楽だったのですから,男の側に死ぬ必然がようけ要るもんと思いました。
>心中する恐さよりも、長右衛門をようやく独り占めにできたという喜びのほうが強かったのではと思う。
娘心は分かっても,贖う代償が大き過ぎます。
しかし,この物語にはハエ取り紙にかかったハエのように絡め取られたままです。
返信する
糸引き、尾を引き・・・ (ムンパリ)
2008-05-06 00:21:57
とみさん、ふふふ。ハエ取り紙・・・わかる気がします。
> 文楽はおぢちゃんの娯楽だったのですから
あっ、そうですね。男の論理、本音が裏にはゴッチャリあるはず。でもそれを声高に語らないところがいいんでしょうね。長右衛門は黙して語らず。
道からはずれてもヨメには感謝してるで!と手を合わすところなんて、おぢちゃんたちの気持ちを長右衛門に託したのかも。

> 娘心は分かっても,贖う代償が大き過ぎます。
ごもっとも。曽根崎心中と違ってモヤモヤした気持ちが残るのは否めません。せめてひとときは幸せだったと私は思いたいです。
返信する
ムムム (かしまし娘)
2008-05-09 13:27:26
ムンパリ様、まいど!
>コトのいきさつをおさらい
この言葉いいじゃん♪
でもって、おさらいしてみたけど、
やっぱりアカンで、あんな事したらぁ。
いくらエエ顔してても許されへんで(そこかい!)
返信する
ははーっ。 (ムンパリ)
2008-05-09 22:56:27
かしましさん娘さん、ふひゃあ。
石投げられそうな感想なのに、長い文章なのに、おさらいまでして頂きありがとうございます♪ そっ、顔がよくてもこんなだらしない男、ゆるしたらアカン! 言い訳を聞く耳持ったらアキマヘン。もちろん私なら絶対に惚れません、こんな男。
でも、かしらは検非違使が好き♪ あ、いや、このストーリーとは関係なく・・・(滝汗)。
返信する
はじめまして (北の果てから)
2015-09-27 20:04:18
かなり以前の内容ですが、昔関西住んでまして(今は、北の僻地にいますが)懐かしいなぁと思い、レスさせていただきました。実は、最初にこれ帯屋を見たのが学生時代の鑑賞教室、だったんですよ!(^^;;まず中高生も観る鑑賞教室で中学生の女の子と・・・というストーリーなんか、あかんやろ!と思った記憶が(因みに、お半=簑助さん、長右衛門=先代の玉男さん)。そして、簑助お半の色っぽさに後頭部思いっきり殴られたようなショックが。それから数年後、石部の宿からも観ましたが、鼻血ブーものでした(^^;;
初回からこんな不真面目な話ですみません。でも簑助お半見てたら「最初っから狙ってたやろ!」と思うんですよ(^^;;石部の宿でも長吉から襲われそうになったと泣きついてるが、オーバーに騒ぐ演技することで子ども扱いし続ける長右衛門に女性として見てもらいたかったんじゃないかな?と思ったり。どうも自分から布団の中で迫ったんじゃないかぁ?とか。儀兵衛が騒ぎ立てるラブレターも、わざと本人でなく家族が受け取れるように仕組んで家庭争議を起こし自分をとるか奥さんをとるか迫らせようと仕組んだんじゃないかな?とか(普通、知られたくなければ用心しますよね?)。結構、お半ちゃんは幼いけど策略家だったんじゃないかな?と私は勘ぐってしまいます。
http://cardiac.exblog.jp/15236220/
↑よそさまのサイトですが、こんな浮世絵の画像見つけました。一緒に人形で遊んで楽しそうな顔をしてる二人ですが。何と言ったらいいのか・・・
長文失礼しました。
返信する
北の果てからさま♪ (ムンパリ)
2015-09-29 00:29:59
コメントをいただきありがとうございます。
また、浮世絵のお知らせもありがとうございます。
たしかに中高生の鑑賞教室にこの演目というのはちょっとビックリです。
どんな意図があったのでしょうか。
偶然この演目だったのであれば先生もあわてられたことでしょうね(笑)。

> でも簑助お半見てたら「最初っから狙ってたやろ!」と思うんですよ
そうかもしれませんね。お半ちゃんが仕掛けた話に、居場所のない
長右衛門が乗ったという感じでしょうか。
14歳女子おそるべし(笑)。

それにしても先代の玉男さんをご覧になられたとは!羨ましい限りです。
返信する
忘れた頃にジャジャジャジャーン♪の書き込み失礼しました (北の果てから)
2015-09-29 09:23:52
そしてレス有難うございます。
最近、物思う秋なのかもしれませんし私自身、実はガン検査に引っかかったことを機(幸い再検査で要観察段階で差し迫った状態ではありませんでしたが、今特にいろいろ取りざたされてますもんね)に過去の思い出に生きてるようなもんでして(^^;; 昔・・・文吾さんが他界された事、勘十郎さん、清十郎さん襲名あたりまでの文楽は知ってても、それ以降は知らないのです(^^;;こうやってネットサーフィンしてて技芸員さんの名前が出ても「誰?」と言うのが多いのが事実です・・・。
確かに先代玉男&簑助コンビは最強でしたね。

鑑賞教室ですが、ほとんどが舞台に関心ない学生&先生たちがリクライニングシートでお昼寝しに来てる状態でした(ああ、もったいない・・・でも私語よりはずっとマシかな?)が、感想文を書けと後から言われて、何について、どのように書いたんでしょうね?(^^;;ソコガヒジョーニキニナル・・・。

結構、ネットサーフィンしてると、長右衛門は最低だ!という非難の声が結構あります。確かに彼のやったことは言語道断ですが、何もそこまで責めなくたって・・・というのが私の考えで。全方位から一斉に石が飛んでくるどころか、私の場合、脅迫電話でもかかってきそうですが(^^;;
「居場所がない」「道理地獄」、同感、すごく分かるのです。実は私も、血のつながりはあれ今でいう毒親と言おうか支配的で過干渉な親の影響受け、自分の意思で行動しようとすれば干渉され「親不孝」と二言目に非難され続けてきたため、自分で考え行動する度ごとに衝突が起きるのが面倒になり、無意識的に受身的な生き方をしてしまう、人にそれを指摘されても軌道修正に困難を感じる人間ですのですごく分かります。もちろん私の親は子供を思っての干渉ですし批判、反対もですから、これぞ「道理」でがんじがらめなんです(個人的ですが、今は「娘」だから「自分の人生や家庭よりも、親の面倒を見て当たり前」という束縛・・・)。長右衛門の場合、捨て子+養子の身分ですから数倍に、だと思います。

前回も苦悩を抱え神妙な顔つきや検非違使のかしらから遠のく浮世絵のリンク紹介しましたが・・・こちらも(^^;;
http://www.excite.co.jp/News/society_g/20130831/asahi_20130831_0001.html
返信する
北の果てからさま♪ (ムンパリ)
2015-10-03 07:56:26
同じ演目を見ても技芸員さんが違ったり、また見るほうの状態や経験により
感想が違ってくるのが面白いし、観劇の醍醐味ですよね。
別記事のご紹介もありがとうございました。
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