akikoの「活動」徒然記

活動弁士佐々木亜希子の身の周りの出来事やふと感じたこと

広島市映像文化ライブラリー公演

2006-07-31 | 活弁
昨日は広島市映像文化ライブラリーでの「キッズ活弁シアター」。
小津安二郎監督の『生れてはみたけれど』を活弁、映画説明付きで御覧いただきました。

こどもを中心に「3世代でお楽しみ下さい」というキャッチ。
お客さんは入っておりましたが、6~7割が、5~60年前のキッズでした(笑)。
一生懸命頷きながら聞き入って下さっている方々や、子どもの笑い声、アンケートなどにほっとしましたが。

広島市映像文化ライブラリーは、フィルムの保存蒐集も行っていて、上映活動もさかんです。
無声映画の上映も時々行っていますが、今回の企画は、「子どもに無声映画を無声のままではなく、活弁で見せて下さい」という市民の投書がきっかけで実現したとのこと。
映像文化ライブラリーのスタッフの皆様、広島市文化財団の皆様、ありがとうございました。

公演終了後、原爆ドーム、平和記念資料館、平和記念公園を歩いてきました。
昨日の広島は暑かった。ここに原爆が落とされたのは、こんな太陽の照りつける日。
公園内は、「平和」を感じさせるものでした。開放的で、緑が青々と茂り、人々が花や鶴を持って絶えず祈りに訪れる。たくさんの人々の心から平和を願う気持ちがあふれていて、厳粛で神聖な気持ちになります。

平和記念資料館には、数多くの原爆の写真や遺物、戦争の資料が展示されていますが、
そこには、平和への願いと強い意志、決意がこめられています。

小学生の頃に見た、原爆の被害にあったヒロシマの大きな写真集を思い出しました。多分、展示されている写真もありました。
誰かに勧められて見た母が衝撃を受け、児童にも見せてほしいと学校に持ち込んで、社会科の授業でみんなで感想を話し合った記憶があります。
「はだしのゲン」なども、図書館にある数少ない漫画だったので、クラスのほぼ全員が読んだはずです。

でもそれは、被害者としての意識を植え付けただけでは決してなかったと思いますし、小さい子どもたちの心に、「これは(戦争、核兵器の使用)絶対にくり返してはならないもの」「人は大勢に流されやすく、異常な状況下では判断力を失い、先導者の過ちは大衆に返ってくる」という感覚を与えたと思います。

今の10代、20代に比べて、30代の方が、平和への希望を持っているというアンケート結果があります。
戦争と平和については、書いたら長くなりそうなので控えますが、広島の平和記念資料館などは子どものうちに連れていくべき場所の一つだと思っています。
(そういえば、土曜日のフィルムセンターは、大ホールでの『戦争と平和(425分!)』を観るために朝から長蛇の列でした…)

『生れてはみたけれど』の製作、公開は昭和7年、日中戦争が始まった年。
子どもたちは非常にイキイキと描かれていて愛おしくなりますが、現実世界では、十数年後、彼らは第一線で消えていった世代です。
「けいじ、お前は大きくなったら何になるんだ?」
「中将」
「なんで大将にならないんだ」
「お兄ちゃんがなるんだからいけないって言ったよ」
そう、そこまでは、この映画、まるで戦後の私たちの小さい頃と同じような中流サラリーマン家庭の世界なのですが、突然出てくるこのセリフに、軍事国家への道をひた走っていた当時の日本を見せられるのです。

あの時代の少年は誰もがかっこいい軍人に憧れていました。
アイドルのブロマイドよろしく、海軍陸軍の将校たちの写真が少年雑誌に載り、ゼロ戦の付録に歓喜した時代です。だんだんと国家に批判的な表現ができなくなってきていたはずです。

『生れてはみたけれど』というタイトルには、
大人になって行く上で誰もがぶつかる普遍的な人生の悲哀の他に
不穏な空気の先にその時代だからこそ監督が感じていた憂いがあるのではと
私は思うのです。

それを笑いと小市民の悲哀という普遍性のオブラートに包んで、後世の私たちにこうして見せてくれている小津監督には敬意があふれます。
当時の風潮の中、小津作品が大衆に受けなかったのはもっともですが。


明日は大手町カフェでライブです。
催眠、でした。ニ本立て。ルネ・クレールもすごいです。


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