実に3年ぶりの連ドラ出演とあって、ずいぶんと緊張したらしいことが『ピクトアップ』2007年2月号をはじめとする当時のインタビューからうかがえます。
平均20%以上という高視聴率を記録した作品ですが、勝地くんファン的にはあまり美味しくはなかったですね(笑)。
レギュラーとして毎回出番はあるし、台詞がない時でも画面に映りこんではいるものの、ストーリーの大きな流れにはさほどからまない。浅野くんのプロフィールにあった「昆虫マニア」「メカが得意」という設定も、特に後者は全く無視。
若手俳優のうちでは演技派で通っている勝地くんを起用しておきながら、もったいないな、という感覚がずっとつきまとっていました。
以前こちらで、「もしも脚本の不備で設定が破綻しているキャラを演じるはめになったとしたら、さぞや苦労することでしょう」と書いたことがありますが、ある意味この『ハケンの品格』がそうだったんじゃないかと思います。
といっても脚本の出来が悪いということではないです。むしろこのドラマがこれほどの人気を得たのは役者さんの功績以上に、キャラの掛け合いをテンポよく描いた脚本の魅力に負う部分が大きい。
日頃ドラマをほとんど見ない私が言うことではないんですが、ドラマには大きく2つのタイプがあるような気がします。
1つめは人気俳優・女優さんを起用し、テーマの話題性と(時にあざといまでの)視聴者のツボをつくストーリー展開とで最初から高視聴率をあてこんだ作品。2つめはある程度視聴率は度外視したうえで、実力派のキャストを揃え、しかとしたテーマを伝えようとする志のある硬派の作品。
勝地くんはこれまで圧倒的に2つめのタイプの作品に起用されることが多かった。『永遠の仔』しかり『さよなら、小津先生』しかり。
しかし『ハケン~』はどちらかといえば1のタイプに属する作品(正確には1でも2でもない3のパターンだと思いますが。それについては後述)。
大枠のストーリーは定めてあったでしょうが、オリジナル脚本の強みを生かして、視聴者の反応を見つつ大胆に用意のエピソードを取捨していったのでは。
例えば、3、4回あたりが放映されている頃のテレビ雑誌には、大泉洋さん演じる東海林武は「以前ハケンに振られた経験がある」(ゆえに東海林はハケンを毛嫌いする)とあったのですが、本編ではその設定は全く触れられなかった。
第一回でちょっと登場した松方弘樹さん演じる桐島部長の奥さんが元ハケンという話も、何かの伏線かと思えばその後一切語られない。
当初は東海林の失恋や桐島の奥さんに関するエピソードも心づもりがあったんでしょうが、ヒロイン春子(篠原涼子さん)のスーパーハケンぶりや春子と東海林の口喧嘩、春子・東海林・里中(小泉孝太郎さん)の三角関係などに人気が集中したのを受けて、彼らをよりフィーチュアし、それにともない話数的にも流れ的にも余計になるエピソードはどんどん切ってしまったんでは。
内容を変更したというより、最初から視聴者の反応次第で当初の展開予定を変えることも考慮にいれて、数々の伏線・可変性の高いエピソードを(「捨て伏線」が多々発生するのを承知のうえで)仕込んだのではないか。
これは作品の完結前に観客の評判が聞こえてくる連続ドラマならではの現象であり(舞台も千秋楽までに多少演出や台詞が変わることがあるが、筋まで変わってしまうことはまずない)、掲示板サイトやブログの普及で視聴者の意見がよりストレートに見えるようになった近年、ドラマの内容が視聴者の声に左右される度合いはより増してそうです。
『ハケン~』は「撮って出し」のぎりぎりなスケジュールで撮影がなされていたそうですが、それはキャストのスケジュールの都合や脚本家の遅筆(脚本の中園さん自身が著作(※)で「私はものすごく遅筆で、連ドラを書いている最中に何度も詰まって書けなくなる。」と記しています)のせいばかりでなく、視聴者の声を吸い上げ脚本・演出に反映させる必要上、あまり撮りだめしたくないという事情もあったのかも、と勝手に想像したりしています。
視聴者の反応によっては、第5回で小松政夫さん演じる小笠原をメインに据えたように、浅野や販売二課の黒岩(板谷由夏さん)を中心にしたエピソードも十分ありえたのでしょう。
勝地くんのインタビューを読んでいると、彼がその時々で演じる役を表層的にでなく作中のエピソードに直接現れないような部分も含めた一個の人格として把握しようとしているのが伝わってきます。だから彼のお芝居には奥行きがある。
それだけに、周囲の状況いかんであえて設定や伏線を無視する、ぎりぎりまでどんな方向にストーリーが動くのかわからない作品は、キャラクターを深く把握しようがない、というより当初与えられた設定からおよそ把握したつもりでも設定自体がなかったことになるという点で多分に戸惑いがあったんじゃないでしょうか。ここ3年出演ドラマは単発のみ、それ以前も2のタイプの作品が主体だった勝地くんにはほとんど初めての経験だったかもしれない。撮影当時のインタビューが全体にナーバスな調子だったのは、この戸惑いによる部分も大きかったのかも。
前掲『ピクトアップ』で、
「いまだにドラマに出てると『この表情ください』って言われて、その場ですぐ表情を変えられる方々を観て、すごいなあと思います。自分だったらそんな瞬間で表情をつくるのは難しいなあ、まだまだだなあ、って思ってしまうんですよね」
と語っていたのにも、表情の一つ一つに心理的な裏づけを求めてきた彼が、自分の方法論の通用しない場所で苦戦した形跡が感じられます。
役を深く掘り下げるだけでなく、とっさに「らしい」表情を作ってみせるのも俳優の腕の見せどころでしょうから、その意味で学ぶところの多い現場だったんじゃないですかね。
浅野のキャラは深く作りようがないなりにドラマ内で描かれた言動に矛盾がないので、勝地くんなら技術的には難しい役ではなかったと思うんですが、役柄を技術より心で演じることを大事にする彼のこと、きっとまたあれこれと考え込んでしまったんでしょうね。そこが彼の良さなんですけれど。
※ 中園ミホ『恋愛大好きですが、何か?』(光文社、2007年)←『ハケンの品格』の裏話が若干あり。巻末に篠原涼子さんとの対談も収録。