雅工房 作品集

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美貌が故の災難 ・ 今昔物語 ( 10 - 5 )

2024-05-20 14:45:11 | 今昔物語拾い読み ・ その2

      『 美貌が故の災難 ・ 今昔物語 ( 10 - 5 ) 』


今は昔、
震旦の漢の前帝(不詳。誤記らしく、前漢第十代元帝か?)の御代に、天皇(皇帝)は、大臣・公卿の娘で、容姿が美麗で優雅な者を選んで召し集めて、全員を宮中に座らせて、じっくりとご覧になられたが、その数が四、五百人にも及び、後には余りに多くなってしまい、とても全員をご覧になることもなくなってしまった。

ところで、胡国(ココク・西方の遊牧民の国。)の者たちが、都にやって来たことがあった。これは、夷(未開の国を指している。)のような者たちである。
そこで、皇帝を始め、大臣・百官など皆が集まって、どう対応すべきが議論したが、なかなか結論が出ない。ただ、一人の勝れた大臣がいて、その良い案を思いついて申し上げた。「あの胡国の者たちがやって来たことは、わが国にとって極めて良くないことです。それゆえ、策を練って、彼らを本の国に帰らせることで、その為には、宮中に無駄に大勢いる女たちのうち、容姿が劣る女を一人、あの胡国の者に与えるのがよろしいでしょう。そうすれば、きっと喜んで帰ることでしょう。これに勝る手段は決してありません」と。

皇帝は、これをお聞きになって、「なるほど」とお思いになったので、自ら女たちを見て、胡国の者に与えるべき者を決めようとなさったが、宮中にいる女人たちが余りに多く、思い悩んでしまわれたが、何とか思い至ったことは、「大勢の絵師を呼んで、この女人たちを見せて、その容姿を絵に描かせ、それを見て、容姿が劣っている女人を胡国の者に与えよう」ということであった。
皇帝の仰せによって、絵師たちを召して、宮中の女人たちを見せて、「この女人たちの姿を絵に描いて持って参れ」と仰せになったので、絵師たちは女人たちを描き始めたが、その女人たちは、夷の生け贄となって遙かに遠い見知らぬ国へ行くことになるのを嘆き悲しんで、誰もが我も我もと絵師に、ある者は金銀を与え、ある者は諸々の財宝を差し出したので、絵師はそれに影響を受けて、それほどでもない容姿の者も美しく描き上げて持参した。
その女人たちの中に王照君(オウショウクン)という者がいた。容姿の美しいことは抜きん出ていたので、王照君は自分の美貌に自信があり、絵師に財宝などを与えなかったので、その姿のままに描こうとしないで、大変賤しげに描いて持参したので、皇帝は、「この者を与えることにせよ」と決定された。

ところが、皇帝はふと思うところがあって、その女人を召し寄せてご覧になると、王照君はまるで光を放っているかのように美しい。実に玉の如くである。
それに比べると、他の女人はみな土の如くなので、皇帝は大いに驚き、この女人を夷に与えることを嘆いているうちに、数日が経ち、夷が「王照
君を下さる」という噂を聞いて、宮中にやって来てその旨を申したので、もはや、改めて決めなおすことなく、遂に王照君を胡国の者に与えたので、王照君を馬に乗せて胡国に連れて行ってしまった。

王照君は、泣き悲しんだが、もうどうすることも出来ない。
また、皇帝も王照君を恋い悲しんで、その思いが募り、王照君が連れて行かれた所に行って見てみると、春は柳が風に靡(ナビ)き、鶯がわびしげに鳴き、秋は木の葉が庭に積もり、軒の[ 欠字あるも不詳。]隙間なく、物哀れなること言いようもなく、ますます恋い悲しまれるのであった。

あの胡国の人は、王照君を賜って、喜んで、琵琶を弾き様々な楽器を演奏しながら連れて行った。
王照君は泣き悲しみながらも、その演奏を聞いて少し心が慰められた。胡国の人は、自国に連れ帰ると、后として寵愛すること限りなかった。それでも、王照君の心は、決して慰められることはなかったであろう。
これは、自分の美貌に自信がある故に、絵師に財宝を与えなかったからである、と当時の人は非難した、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆ 


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