My Life After MIT Sloan

組織と個人のグローバル化から、イノベーション、起業家育成、技術経営まで。

新技術が普及する速度は今も昔も同じ-家電メーカーが苦しいのは何故?

2010-03-23 07:10:09 | 2. イノベーション・技術経営

家電製品など、耐久消費財に関わる業界の人は、
「昔に比べると、今の方が圧倒的な速度で製品の普及が進む」と思ってる人が非常に多いことと思う。
更に、新しい製品の普及の速度が速いから、競争優位を築くのが大変、と思ってる人は多いだろう。

実際、液晶テレビが始めて発売されてから(2000年末)、10年もしないうちにブラウン管テレビを塗り替えてしまった。
携帯電話なんてあっという間に子供まで持つようになり、固定電話を持たない人が増えてきた。
急速なデジタルカメラの普及が、フィルムカメラの王者コダックを急激な縮小に追い込んだりした。
ひとつの製品の普及が、あっという間に進み、旧技術を陳腐化させていく、というのは確かだ。

だけど、「昔より普及が速かった」というのは本当だろうか?
そしてメーカーが苦しいのは「普及が速い」せいなのだろうか?

下の図は2008年2月10日のNew York Timesの記事から拝借(ソースはこちら)。
アメリカにおける、耐久消費財の世帯普及率の変化をグラフにしたものだ。

この図も「Consumption spreads faster today」と、普及速度が速くなった、と主張している。
実際、図を見てみると、20世紀初頭に出てきた電気(電球と同意と思ってよい)や、電話や、自動車に比べ、
近年のテレビや携帯電話の普及は速い。

でも細かく図を見てみると、昔でもラジオのように普及が速い分野もあり、
近年でも食洗機のようになかなか普及しない分野もある。
単純に「今の方が速い」という結論を出してしまうのは、浅い気がする。
ではどう見ればよいのだろうか?

1.「黒物家電」は「白物家電」より普及が速いが、その速度自体はさして変わっていない

1923年に世の中に出てきたラジオ。
図を見ると、10年も経たないうちに、世帯普及率が6割を超えている。
車や冷蔵庫といった製品の普及に時間がかかっている時代に、ラジオだけ突出して速い。

1960年以降に普及した製品を見ても、カラーテレビ、VCR、携帯電話、コンピュータなどが
10-15年で6割に達する速度で、非常に速く普及してる一方、
洗濯機や食洗機は時間がかかっていることが分かる。

つまり、「黒物家電」と言われるものは、時代と関係なく、10年程度で5割の世帯に普及する高スピードで売れている。
そして、「白物家電」の普及には時間がかかるのである。

このことは、アメリカの有名な技術史家であるアルフレッド・チャンドラーが
「ラジオの誕生がConsumer Electronicsという恐ろしい普及速度を伴う分野が1920年代に誕生した」
という表現で、言い表している。
(参照: A.D. Chandler "Inventing the Electronic Century"

洗濯機や食洗機が、人々の生活を便利にするのは確かだ。
けれど、ラジオやテレビや携帯電話やコンピュータ、というものは、情報を得たり、人と人をつなぐものだ。
皆が使ってるから、自分もみんなとつながって、同じ情報を得るために必要だと感じるタイプのもの。
人間が社会的動物であるため、こういう製品には経済学でいう「ネットワーク効果」が利きやすいのである

(注:もっとも洗濯機や食洗機にも、「○○さんちにあるの、いいわぁ」と思うことで購入に至る、という類の
ネットワーク効果はあるのだが、情報収集やコミュニケーションで起こる効果に比べると小さい)

以上、新製品の普及、という観点で見ると速いのは「黒物家電」の特徴であって、
黒物家電の中ではVCRを除き、ラジオ以上に普及が速かった分野は余り無い。
「新技術」を受け入れる消費者の受容速度は、今も昔もそうは変わらない、ということだ。

2.メーカーが苦しいのは、一度普及した製品のリニューアルのサイクルタイムは速くなっているから。
そして、これは技術の進展でドライブされてるのではない。

しかし、家電業界に関わる人たちが、変化に速く対応しなくてはならなくなっているのは確かだ。
何故か?

ひとつに、そもそも製品のカテゴリが増えているからではないか?という意見がある。
昔はラジオしかなかったが、今はiPodもあれば、PCもあり、テレビもあり、デジカメもある。
しかし、これは技術の進度の問題と言うより、多角化の問題である。
ひとつの製品カテゴリに限ってみると、実はそこまで急激な変化が起こっているわけではない。

確実にいえるのは、ラジオや白黒テレビの頃は、春モデル・夏モデルとか、
新しい製品を数ヶ月に一回出すなんて慣行はなかった
、ということだ。

いまは携帯電話でもテレビでも、一年間に何十種類ものちょっとずつ違う製品が出されている。
その開発に非常にコストがかかり、開発者が疲弊してイノベーションが生み出せない、
という悪循環が起こっているように見える。

こういう慣行は技術の進展が速くなったために起こっているのではない、と思う。
昔に比べ、サプライヤーやバイヤー側の影響力が強くなっており
メーカーが相手の要求速度に合わせざるを得なくなっているためではないか。

例えばPCは1980年代後半までは、IBMなどPCメーカーが業界の技術指導権を握っていた。
PCメーカーがモデルチェンジをする毎に、半導体含むサプライヤーがそれに合わせないとならない状況だった。
ところが、それに業を煮やしたインテルが、USB含むPC内のバスシステムの構築の主導権を握り、
自社の半導体の開発速度に、PCメーカーが合わせていかないとならないモデルへと変えたのだ。
(参照: M. Cusumano "Platform Leadership"
これはサプライヤー側に主導権を握られたことによって、メーカーのパワーが弱くなった例である。

携帯電話の春・秋・冬モデル。こんなにモデルチェンジを頻繁にやってる国は、日本だけだ。
これはバイヤーであるキャリアの影響力が資本的にも、技術的にも、サービス提案力的にも
メーカーに比べて圧倒的に強
いからといえる。
一方
、米国では、キャリアの力は大して強くないので、
携帯電話メーカーに大量のモデルチェンジを強要して、消費者プルを得るような戦略は取れない。

の黒物家電も同様。
家電量販店などのバイヤーが主導権を持ってるから、そこでの棚シェアを取るためのモデルチェンジの戦いが繰り広げられる。
これらは、バイヤーに主導権を握られることで、メーカーのパワーが弱くなった例だ。

もしバイヤー・サプライヤーよりパワーがあれば、この速度を自分で決められるのは、
顧客のプルがあって、圧倒的なパワーを持つiPhoneのモデルチェンジが圧倒的に少なくて済むことを見れば明らかだろう。

要は、多くのメーカーは、他人の作り出した波をうまくコントロールできず、
波乗りにうまく行かずにに疲れたり、何度も落ちたりするサーファーみたいになっているのだ。
これは技術の速度が速くなったとかより、バーゲニングパワーを失ってることで起こっているのだ。

この問題をどう解決するかは本題では無いので、詳しくは書かないが、
・波に乗り切るために、リーン・平準化(Toyota系列モデル)
・顧客プルを取って全く波に乗らない(Appleモデル)、
・自分で波を作り出して乗っ取る(Intelモデル)
・潜水艦を作って波の影響が出ないとこまで深く潜るか(Samsungモデル)
くらいしか解は無いと思う。

メーカーが大量のモデルチェンジが必要になって苦しいのは、
近年になって技術の進展速度が速くなってるから、というよりも、
バイヤー・サプライヤーの影響力が強くなって、彼等の作り出す波をコントロールできて無いから、
だと思っている。

3.戦いが一国内ではなく、グローバルになっている

さて、一国の世帯普及率を見ると、この100年間そんなに変わらない、ということを見てきた。
それでもメーカーにとって大変になってるもうひとつの理由は、市場がグローバル化し、大きくなっていることだ。

ラジオの普及なんて、アメリカ国内のことだけ考えていればよかったから、せいぜい1-2億人。
しかし現在は、欧米日の三極だけでなく、BRICなどの新興マーケットでも同時に製品が普及する。
よって10億人以上を一気に相手にしなくてはならない産業に変わってきているのだ。
これだけの市場を一気に取り込んで、スケールメリットを利かせて、コスト削減を行っていく必要がある、
というのも、メーカーが直面している問題点のひとつだろう。

以上まとめると、
・新技術の普及速度は今も昔も実はそれほど変わらない
・ネットワーク性の強い黒物家電は、白物より普及速度が圧倒的に速い
・しかしメーカーが苦しいのは、バイヤー・サプライヤーとの力関係で、製品開発速度を自分でコントロールできないから
・市場がグローバルに拡大してるのも、困難のひとつ。

いずれにせよ、メーカーは技術そのものよりも、動き方が問われる時代が来ているということだ。

参考文献。(写真をクリックするとアマゾンのページに行きます)
この本は、インテル、マイクロソフト、シスコ、NTTドコモ、Linuxがどのように、業界主導権を握ってきたか、
詳細が描かれている。下は日本語版。

Platform Leadership: How Intel, Microsoft, and Cisco Drive Industry Innovation
A. Gawer, M. Cusumano
Harvard Business School Pr

プラットフォーム・リーダーシップ―イノベーションを導く新しい経営戦略
アナベル ガワー,マイケル・A. クスマノ
有斐閣


この本は技術史家アルフレッド・チャンドラーにより、「黒物家電」業界がどのようにアメリカで作られ、
それが日本勢に塗り替えられてきたか、が描かれている名著。

Inventing the Electronic Century: The Epic Story of the Consumer Electronics and Computer Industries, with a new preface (Harvard Studies in Business History)
A.D. ChandlerHarvard University Press

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10 Comments

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黒物家電vs.白物家電 (taktak0088)
2010-03-23 09:20:53
いつも興味深く読んでいます。
日本にいる私にとって、USの視点に触れられるのが新鮮で、Lilacさんのファンの一人です。
白物家電は、購入しなくてくても困らない、言い換えると、手に入れれば生活の質を向上できるが、持っていなくても手作業などの旧来の方法の継続が可能です。
一方、黒物家電は、買わないとその機能を全く手に入れられない(あるいは、携帯電話のように、手に入らない一部の機能を内在しているケースもある)ので、その機能の便利さがある程度浸透してくると、爆発的に普及する側面があると思います。黒物家電は”ネットワーク性が強い”というのも確かにあると思いますが、それは、性格の一つつじゃないでしょうか。
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速度は同じ? (ac)
2010-03-23 11:25:55
ピーク時の普及速度のみ見れば換わらないかもしれませんが,90年以降のグラフは一様にそれまでの最高速度(?)で普及しているように見られます.
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コメント有難うございます! (Lilac)
2010-03-23 13:09:59
@Taktak0088さん
>黒物家電は、買わないとその機能を全く手に入れられない
確かにその側面はありますよね。
もうひとつ、アメリカでは洗濯機やエアコンなどは共用で使われるのが普通、というのもあります。
携帯やPCは共有しない「個人的機器」ですものね。

また、あえて書かなかったのですが、白物家電はそれまで女性がやっていた役割の代替であり、
男性を説得できるかどうかもあるのかな、と思いました。

@ACさま
確かにこのデータだけ見ると、そですね。
ただ、これ、製品のセレクションにも問題ありまして、
「普及が100%近く進んだ製品」しか対象にして無いんですよね。
だから90年代に出てきた、ゆっくり普及してる製品はデータに入って無いんですよ。
それこそPDA系のパーソナルデバイスとか。
デジタルカメラとかも、実はラジオの普及より遅いんですよ。
(発売されて20年経ちますが、実はアメリカでの世帯普及率は6割です)
だから実際のところは90年以降は速くなった、と結論付けるのは難しいと思います。
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サプライヤーはなぜ強くなった? (daichi)
2010-03-23 23:04:00
ブログいつも拝読しています。

>昔に比べ、サプライヤーやバイヤー側の影響力が強くなっており、
メーカーが相手の要求速度に合わせざるを得なくなっているためではないか。

この変化にはどのような背景がありますか?是非お教え下さい。(もし以前のエントリーなどで解説していましたらごめんなさい!)
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サプライヤーが強くなる理由はいろいろですが (Lilac)
2010-03-24 05:40:28
@daichiさん
Twitterでも同じ質問が出ました。
家電の場合、米国では家電量販が強いですね。
まず製品がコモディティ化して製品の差別化が難しくなってるうえ、メーカーが消費者の購買決定へのリーチを失っているため、最終消費者へのリーチがある家電量販が強くなります。
具体的には「REGZAを買う」などと決めて量販店に向かう人が減っており、量販店での陳列や説明、値引きが購買を決定するということです。
これは「iPodを買う」と決めて店に向かう人が多いのとは対照的でしょう。
米国の場合、量販が寡占なのも大きいです。
日本も、今はヤマダ電機などの安売り量販の力が強まっていることと思います。

サプライヤー側が強くなるのは、次世代を左右する技術がそこから出てくる場合や、
IntelやMSのように戦略的に技術主導権を奪われる場合が多いです。
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Unknown (Willy)
2010-03-24 10:45:28
私は、グローバル化によって価格の低下が継続するようになったことが大きいと思っています。昔はある程度普及した段階で価格の低下も緩やかになり企業はそこで研究開発費や設備投資を回収できたと思うのですが、ここ20年ほどは発展途上国への工場移転などを通して価格がかなり継続的に下落するイメージがあります。
返信する
価格下落とサイクル (Lilac)
2010-03-24 11:45:25
@Willyさん
お久しぶりです!
そうですね。価格が下落しているのは確かだと思っています。
グローバル化によって競争が激しくなったのも一因ですし、
コモディティ化でバイヤーが強くなっているのも原因です。

ただし価格下落と製品のサイクルタイムは余り関係ないのでは、と思います。
返信する
Unknown (Shan)
2010-03-25 10:39:10
こんにちは!
もうすでに記事にされているかもしれませんが、最近読んだ資料の中で一番説得力があると思っているのが、(完全に受け売りですが)、家電業界のモノの作り方が垂直統合から水平分業になったから最終組み立てでは儲からなくなった、という議論です:
http://www.meti.go.jp/committee/materials2/downloadfiles/g100225a07j.pdf

(これは中国に関する本ですが、なんで日本の家電メーカーのシェアが落ちたのかが非常によくわかる本です:)
http://www.amazon.co.jp/%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E3%81%AE%E7%94%A3%E6%A5%AD%E2%80%95%E5%8B%83%E8%88%88%E3%81%99%E3%82%8B%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E4%BC%81%E6%A5%AD%E3%81%AE%E5%BC%B7%E3%81%95%E3%81%A8%E8%84%86%E3%81%95-%E4%B8%AD%E5%85%AC%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E4%B8%B8%E5%B7%9D-%E7%9F%A5%E9%9B%84/dp/4121018974/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1269480588&sr=1-1

バリューチェーンで見ると、テレビもパソコンもバリューは上流と下流にシフトしており、家電メーカーは構造的にもうからなくなったのかな、と。

でも、2も3も仕事をしていた時にひしひしと感じていた感覚です。うー、、、考えれば考えるほど苦しいですねえ。。。好きなのになあ、家電メーカー。
返信する
水平分業と価値のシフト (Lilac)
2010-03-25 11:18:30
@Shanさん
文献などありがとうございます!

日本企業が儲からなくなったのは、業界の水平分業化が進んだためだという議論はよくあります。
その根拠は、独自の強みである「すり合わせ」が効かなくなったからだ、というものが多いです。

しかし、この議論はずいぶん乱暴な議論なんですよ。
第一に、車業界などでは実はサプライヤーとの水平分業化が大分進んでますが、組み立てメーカ-がバリューチェーンの支配権を握っているため、
価値がシフトせずに済んでいます。
PCなども本来は組み立てメーカーがリーダーシップを発揮する余地があったのに、それをやらなかったので
文中にあるようにハブアーキテクチャを取ったインテルが実質Value chain Orchestratorになったわけです。

問題は、水平分業化することではなく、バリューチェーンの主導権を持ち続けられるか、というところなのです。
その際にどのようにモジュラー化を設計するか、というのが重要になってきます。

このあたりは、実は私の修士論文で詳しく論じる予定です。
4月4日にもハーバードで発表する予定なので、もしよければ来て下さい。
返信する
価格下落は製品のサイクルタイムに影響する (chinneng)
2011-01-22 01:29:39
初めまして。

興味深く読ませて頂きました。
ただ一点だけ。

> 価格下落と製品のサイクルタイムは余り関係ないのでは、と思います。

価格下落を理由に、モデルチェンジをするメーカーさんは多いです。
(意味があるかないかという議論とは別にして)

理由は
「時間の経過と共に価格は下落して、段々と利幅が小さくなっていく。
だが新製品を出すと、価格が高いところからスタートする」
というものです。

ただし、あくまで対処療法的な方法なので、
Lilacさんが提示されたような方法をとるのがベストかと思います。

また、より現実的な解ですが、価格を上手くコントロールすることにより、
一つのモデルを1年2年と売ることに成功しているメーカーさんもあります。
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