新潮文庫
1985年2月 発行
2003年11月 第39刷改版
2012年1月 58刷
解説・原田康子
345頁
江戸下町の裏店に暮らす市井の人々を描いた短編集です
「贈り物」
昔、盗賊で鳴らした作十も年を取り死病にとりつかれて日雇い仕事もままならない
偏屈な老人は他人との関わりを避けて暮らしているが、同じ長屋に住むおうめだけは親身になってくれている
ある日、おうめのところに、逃げた亭主が残した借金の取り立て屋が来る
借金の十両が返せなければおうめは娼婦として働かなければならないという
事情を知った作十はこれが最後と盗みを働き、おうめに十両を渡した後、死んでしまう
作十は、ただの盗人です
義賊ではありません
おうめの窮地を救うためだけに命を賭して盗みを働いたのです
おうめは十両の出所をなんとなくわかっていますが、たずねてきた岡っ引きに、知らぬ存ぜぬの一点張りで押し通します
よく出来た人情話で終わるのかと思いきや、終盤のおうめの独白が読者に何とも言えない印象を残します
「驟り雨」
表題作
昼間は研ぎ屋として真面目に働き、ときに血が騒いで盗みを働く嘉吉
この夜も、押し入ろうとする家の前の小さな八幡さまの軒下で雨宿りをしながら機会を窺っていた
雨も小やみになり仕事に取り掛かろうとすると、なぜだか人がやってきてまた姿を隠さなければならない羽目に
人びとの浅ましさ、醜さを見た(聞いた)ことによって刻々と変化する嘉吉の心情を描いています
ごく狭い範囲でのお話ですが、情景がありありと目に浮かび北斎の描くような雨が見えるようでした
(文庫のカバー装画にも糸のような雨が描かれています)
「運の尽き」
やさ男で、女にモテる参次郎
遊び心で手をつけた米屋の娘の話を仲間にしていたところ、その娘の父親に「婿が見つかった」といって無理やり米屋に連れて行かれる
その後、下っ端の力仕事に明け暮れる毎日
あまりの辛さに逃げ出すも、たちまち父親に連れ戻される始末
やがて二年が過ぎ、身体も締まり楽々と米俵を担げるようになり、娘も色香のある女にかわっていた
父親の思惑通り、婿入り、子の親になる日も近いある日、仕事で出かけたついでに昔の仲間のたまり場に立ち寄った参次郎は、かつての仲間が皆人相が悪くなったように思えたのだった
遊びほうけていた若者が真っ当な『社会人』になったという好ましい話です
参次郎には親父殿に感謝してもらいたいものです
他には
憐れな女たちが主人公の
「ちきしょう!」
「人殺し」
「朝焼け」
「捨てた女」
「泣かない女」
逆境にあっても強く生きる女を描いた
「遅いしあわせ」
お金より愛情を求めた老婆に当惑する夫婦を描いた
「うしろ姿」
どの物語も
大都会、江戸で日々暮らしていた人々の様々な思いが伝わってくる秀作揃いだと思います
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