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吉村昭「間宮林蔵」

2013年05月13日 | や・ら・わ行の作家

 

新装版

講談社文庫

2011年10月 第1刷発行

解説・細谷正充

501頁

 

 

間宮林蔵について知っているのは

樺太が半島か島か謎であったのを島であることを確認した

大陸と樺太の間の海峡にはマミヤ海峡という名がついた

程度でした

本作は小説ではありますが、吉村昭さんによるものなのでかなり史実に忠実な内容ではないかと思っています

 

安永9年、1780年常陸国の農家の一人息子として生まれながら、その利発さから下級役人となり測量技術を身につける

エトロフ島のシャナ会所に腰を据えて海岸線を測量している折、ロシア軍艦の来襲騒ぎに遭遇、撤退

これをきっかけに樺太北部の調査を引き受けることになる

幾多の困難を乗り越え、結果を残した林蔵は幕府や世間から大いに称揚され、以降有能な幕吏として測量や隠密活動に従事した

しかし、シーボルト事件に絡んであらぬ噂がたち、彼の評判は思いもかけぬ方向に変わっていく

シーボルト事件発覚のきっかけとなったのがシーボルトからの贈り物を規則に則り奉行所に届け出たというあれですね

世間の噂というのは時に不可解な方向に世論を運ぶ恐ろしいものです

 

林蔵の樺太探訪は決して彼一人の力で為し得ず、アイヌ人、ギリヤーク人の協力があったからこそ達成できた難事業ですが、やはり林蔵の技術力と胆力、熱意があったればこその功績でしょう

探訪の様子はサバイバルものを読んでいるようで迫力満点です

林蔵の一生を追いかけると同時に、江戸終期の時代の流れも描かれていて歴史小説としても読みどころ満載です

 

 

葉室麟「オランダ宿の娘」に登場する間宮林蔵は外見が険しく近寄りがたい人間として描かれていました

幕府隠密であったことや、若い頃から蝦夷地、北方四島、樺太、果てはアムール河を遡り東韃靼まで生死をかけた苛酷な探訪を繰り返していたのであれば仕方のないことなのでしょう

 

 

林蔵は天保14年、1843年2月、測量と探訪に明け暮れた生涯を終えます

65歳とありますが多分数え年だと思います

明治37年、1904年になって東京地学協会の申請にもとづいて正五位が贈られたそうです

 

 


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2 コメント

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間宮林蔵 (narkejp)
2013-05-17 05:38:26
これは、吉村昭さんの作品らしく、たいへん充実した興味深い本でした。前半生ではかなり強硬な保守派だったようですが、晩年は開明派に変わっていたようで、蛮社の獄を指揮した鳥居耀蔵の走狗のような理解は誤りだとのこと。これも意外なことで、認識を新たにしました。
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narkeipさん (こに)
2013-05-17 19:25:00
私も間宮林蔵という人のことを何も知らなかったということを改めて思い知りました。

>たいへん充実した興味深い本
本当に。
満足の一冊でした。
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