ならなしとり

外来生物問題を主に扱います。ときどきその他のことも。このブログでは基本的に名無しさんは相手にしませんのであしからず。

宮崎学のマッチポンプ

2012-05-03 21:07:31 | 熊森
やぁ、ここにはもう記事を書かないと言ったね。スマンありゃウソだった。
最初に言っておくと安物の実践主義者は来ない方が精神衛生上いいよ。こっちも心を折る気で対応するから。泣き言なんて知らん。 
前振りが長くなりました。自称自然界の報道写真家の宮崎学氏が先々月、ブログで驚くべきことを発表しました。なんとまぁご自身で他地域産のドングリを撒いてどんな動物が来るのか検証する実験だそうです。普通にやってはいけないことなのですが、なぜか本人だけでなく周囲も批判に対してまともに向き合えないようです。
問題の記事はこちらとなります。
熊に「ドングリ撒き」プロジェクト検証実験中 その1

熊に「ドングリ撒き」プロジェクト検証実験中 その3

これに対しC-D氏が批判しました。

似非

向こうの愉快すぎる(自主規制)どもの言い分をまとめますと
・俺のドングリ撒きは善いドングリ撒き
・検証実験だもん(棒)
・釣りなんだから恥ずかしくないんだからね
・批判者の言葉遣いが気に入らない

批判の要点をバカにもわかるようにまとめると
・量ではなく質の問題
・宮崎氏の報道倫理が問われている
・実験という名で自然をもてあそんでいる
・悪質さの隠ぺい

質の問題というのはそのままの意味です。ペットの野生放逐など誰であろうがやってはいけないものというのは存在します。今回のドングリ撒きも同様。むしろわかってやっている分性質が悪いとも言えます。

宮崎氏の支持者は誰一人として言及していませんが、この件、宮崎氏の報道倫理なども問われています。
バカにもわかるように簡単に説明すると、万引きで捕まったやつが「万引きの問題性を知らしめるためにあえて万引きしました」なんて言っても万引きの罪は免罪されないのと同じことです。宮崎氏は必死にほかの事例を持ち出して自らの低モラルをごまかそうと頑張っていますが、そんなもの泥棒が「ほかにも悪さするやつはいるのに何でおれが逮捕されなきゃいけないんだ」と言っているのと同じことですね。結局、他人はダメだが自分は特別だからいいのだという幼稚な選民思想です。つけ加えるなら、今回確信犯でドングリ撒き(餌付け)を行ったのだから、彼の写真集でも同様の行為であえて問題(やらせ)を作り出しているのではないかとの推測も可能です。つまりあの写真集が現実をどこまで反映しているのか、そもそも真実がそこにあるのかすら疑わしいということです。はたしてマッチポンプをするような人間を報道写真家と見なせるでしょうか?少なくとも誠実でないのは確かでしょう。己の信用をも問われているとわからないのは嘆かわしいことです。

以下引用
ドングリを通して現代人の自然観を見る、それがオイラの狙いだからである。
ドングリは語りやすいから、それだけしか視野にないと次にある大きな自然界の問題点が見えてこないものである。
これは、視野狭窄的に「自然保護」や「ツキノワグマ保護」を語るヒトたちに、かなり多くみられる現象でもある。
なので、このブログでもあえてコメント欄を設けて、いろんなヒトたちの心理状況をリサーチさせてもらっている。
そうして、オイラは今日の日本人の自然観を探っているからである。
(熊に「ドングリ撒き」プロジェクト検証実験中 その3 より引用)
引用終わり

宮崎氏はドングリを通して現代人の自然観を見るなどと嘯いていますが、逆に言えばそんなことのために自然を私物化してはばからないわけです。悪戯して周囲の反応を面白がるガキのメンタリティなのですが。そもそも、実験と言いつつ何を検証するか、何が結果として見込めるのか仮説の提示すらなく批判されてから後出しで「自然観を見る」などと後釣り宣言とはみっともないにもほどがあるのですが。それに加えて自書の宣伝とは売るための話題作りにあえてやったのではとすら疑ってしまいます。本当にかつてのバス釣り業界とやり口が変わりません。
しかしまぁ・・・・・・あちらやC-Dさんのブログでお互いが盛大に後ろ玉撃ちまくっているのに仲が良ろしいようで。普通にやってはいけないことを指摘した程度で何を必死に守りたがるのか精神構造が理解の斜め下ですが、無理筋な擁護は擁護する人間のためにもならないのですがいい年した大人をなぜにあんなに甘やかし、問題性を隠蔽したがるのやら。
さて、今回の一件、日ごろツイッターなどで熊森について騒いでいる方々は不思議なことに無視を決め込んでいます。問題構造が全く同じなのに熊森には言及して宮崎氏には非言及というのははからずも彼らが叩きやすいから熊森を叩いているということを裏付ける結果になってしまいました。僕やその他幾人かが築きあげた潮流に乗って叩きやすいものだけ叩いて満足している浅薄な方々が多いこともわかり、図らずも見識を測るリトマス試験紙になりましたね。

ならなしとり止めます

2012-03-31 13:29:11 | Weblog
 突然ですが。このブログを閉めます。去年の8月からモチベーションが低下していたのもありますし、ネットに疲れたのもありますが、身内が倒れて要介護になったもので。
まだ、対熊森用の資料価値はあるようですし、ブログそのものは残しますが、gooで新しい記事は書かないでしょうね。このブログで広がった人脈もあるので無駄ではなかったです。始めるとしたらどこか別の場所で落ちついたころに始めます。
4年のご愛顧ありがとうございました。

20年近く青写真無し

2012-03-30 09:24:34 | 再導入
 先月末に長野県でオオカミ再導入に関して答弁がありました。オオカミ再導入に関われという質問に対して知事の答えはシンプルでした。

「オオカミの一つの群れが、生息に必要な面積は県の10分の1に当たる広さ。現実として難しい」
(毎日新聞 阿部知事「オオカミ導入困難」より引用)


知事の対応は僕から見てもシンプルで隙のない回答でした。これに対して案の定、オオカミ協会は噛みつきました。

長野県議会一般質問で「オオカミ再導入」

 知事の回答は、型どおりの反対論です。


噛みつくのもその手筋も僕の想定の範囲内。というか想定よりレベルが低かった。
知事のシンプルな回答に対して型どおりの反論とレッテルを貼って何一つまともな反論ができないのは逆に言えばオオカミ協会の勉強会など型どおりの反論程度で片付く代物であったということ。やってることの自己否定。そもそも1993年に日本オオカミ協会が発足してかれこれ20年近く経ちますが、その間に存続可能な個体数の確保や再導入にかかる資金の目算などの具体的な数字が出てこないのはどういうことですか?行政や企業が重大な課題としていることについて20年近く先送りにしていたら批判を免れないでしょうね。多くの人を巻き込むのに具体的な筋道が何一つないというのは巻き込む人たちに対して失礼ではないのかな。
はっきり言って批判側が論点整理して導入条件煮詰めてるとか明らかにおかしいだろ。
まぁ構わんよ。存分に吠えなさい。具体的なことが言えずに吠えてるうちはまだ可愛いから。可愛いワンコでいてください。

ニセ科学批判界隈が気持ち悪い

2012-03-20 12:43:14 | Weblog
 思ったことをぶつけてる文です。読みにくいと思ったら戻ればいいと思うよ。

o(^-^o)(o^-^)o 武田邦彦が教えるステルスマーケティング O(≧▽≦)O

これを見て、証拠が示されているわけでもないのに武田邦彦が教えるステマと断じているのが酷く醜く見えた。これって宣伝してるのが武田邦彦と強い関わりがある人たちって証拠があるのかね?ここのブクマで乗っかっていい気になってるニセ科学批判界隈の人をいくらか見たけど、「お前ら裏取りはどうした?」。これをたとえば菊池氏の本を良いよと薦めている人がいたとしてそれも菊池氏のステマなのかな?このまとめの理路ならば。よく言っても看板に偽りありだし、そうでなければ自分たちが批判しているものと同レベルに堕ちた下衆なやり方だけれど。

もう1月近くもやもやしているもの。

専門家と素人のあいだに


この梨さんによる素晴らしい反論も、赤字で示した部分に見られる非専門家のどらねこが見ても理解しやすい表現には、植物や生物が意志を持って進化したかのような、目的的なニュアンスを抱きかねない表現にも見えるのだ。


知るかよ。これくらい初歩的な専門用語だググれ。
いまにして思えば、なんでこんなものに頷いていたのかわからない。
僕としては事実関係の指摘ならまぁ受け入れるのだけど、教科書レベルの内容にまで文句つけられたら出る幕無いや。一粒で何もかも摂取できるサプリメントを求められているようなものと書けば伝わるのかね。僕としてはたびたび言ってるけど、学ぶのに投資もしないのにわかりやすくしろなんていう人の要求には応えられないです。無償でそれをやれとかモンスター読者だよ。
もう一件。

ハッシュタグ「熊森協会改善案」をめぐる議論

ここで僕はしつこいくらい実効性や具体案について聞いてみた。勝ち筋がないのに他人を巻き込むのは失礼だと思ったから。
で、こういうコメントをされた。

「ニセ科学批判などどうでもいい。別に止めはしないが失敗している。」←最初にこう言う事を言ってきた人で、その後何か有効な批判なり手法なりを提示できた人がいるのだろうか?私は知らない。

これ最初に見たときほんとに愕然としたね。この人は僕のやってきたことを何一つ見てこなかったのだろうと。本人からはこの後、誤解だと逆ギレされましたが。

@MITUDON 僕が感じた違和感もそこです、有意義でないと思うなら参加しない自由もあるし、参加して有意義な方向に舵をとる自由もある、しかし発言はそのどちらとも思えませんでした。

この人もこの人で事実関係はスルーするくせに個人の価値判断に喰い付くあたり排除したい理由に飢えていたのかなとも。うざかったんでしょうね。
で、いまだに僕は彼らが何か成果を上げたとか聞かないんだけど、具体論に踏み込んで話してた人を村八分にして追い出してまで理想を求めたんだから何か成果は上げたんだよね?具体論まとめるとか。そうでなければ善行自慰と嗤うが。他人が公の場で自慰してるの見ると無性に腹が立つんだが。当時の僕の中で価値がある人たちだったからあえて関わってたけど、おせっかいはお気に召さなかったらしい。よくよく見なおせば議論のための議論と言う一番無価値なモノに関わる僕の見る目もなかったということだけどね。
こういうことが積み重なって、僕は仄めかしてなにかを言う人とは相性が最悪だと悟りました。こういう人の相手は疲れます。本人たちがわかってるかどうか知らんが関わっているとどんどんやる気が削がれる。はっきり言ってニセ科学批判は事実関係に厳密かと議論のルールを守ってるかどうかくらいで線引きしときゃいいとは思うけど、ずいぶん前から批判対象に寄り添うことを言外に強いるようになって息苦しくなりました。あそこら辺の同調圧にはもうついていけないです。

追記3/22
リンク先が間違っていたのを訂正

「福岡伸一の〜」についてはいま読み返しても、当時どころか今なおあれ以上のものが書けるとは思えないです。そもそも福岡伸一に騙されるような人間があれより堅い文に興味を示すとも思えない。最新の論文ではなく教科書レベルの表現で誤解を招くと言われたところで理不尽しか感じません。

徒労

2012-03-16 10:42:38 | 議論
 この前の記事にこういう反応が返ってきました。ご丁寧にはてなidコールの呼び出し付きで。

誰が「正しく怖がれ」といったのかという問題

誠意

これだけでもコメント欄を含め相当長いので読むには根気が要ります。時間をどぶに捨てる覚悟のある方だけどうぞ。

id:salmo氏はわかりにくい比喩と評しているが、むしろ比喩だからこそ現実の何を置きかえたものか理解を要求されるため、わかりにくく感じているのではないかと思う。


そもそも、わかりにくいないし誤読されまくる比喩ってなんの価値があるのでしょうね?端的に比喩として失敗ということでしょうに。わかりにくいだけならまだしも現実にあてはめようとすると具体的にどこを指すのか玉虫色の解釈ができるようではモノサシとして役に立たないんじゃないですかね。 僕の指摘のキモは「その言葉の指す範囲が不明瞭で現実のどこに対応しているのか分からない」に尽きます。誤読だなんだの言ってる割にはあの文章からは現実におけるこの範囲であることが厳密に示されているとか論証するわけでもなくひたすら比喩としては面白いだのいったい何がしたいのか。


たとえば「正しく怖がる」の発案者が菊池教授ではないこと、原義の御用学者が多用する表現と菊池教授自身が語っていたこと、それぞれ改変ジョークそのものとは別個に指摘できることです。前者は「正しく怖がれ」を肯定しつつDr-Seton氏を批判した言説が「正しく怖がれ」の用法を一部領域のそれでしか知らなかった証拠ですし、後者は「正しく怖がれ」が御用視されやすい背景があることを一人の科学者が認めたということです。
つまり「正しく怖がれ」という発言者のモデルを菊池教授と特定することは早計にすぎるだろうし、菊池教授個人の態度で「正しく怖がれ」論全般を擁護するのは無理筋ではないか、ということです。

そして雑誌記事の例を示し、改変ジョーク以上に戯画的で見当違いな要求をつきつける「正しく怖がれ」論者が存在することや、その論者が一定の影響力を持っているだろうことも、私は指摘できたつもりです。


ああ、うん。つもりでしかないですね。
説明するまでもないかもしれないけど、DHMOってニセ科学批判とかで有名な逸話。元の記事からしてDHMOネタを持ち出しておいて、その批判対象にニセ科学批判界隈やそこの有名人を連想しない方がよほど文脈読めてないでしょうね。他の人の事例を挙げてはいますが、それで?としか言いようがないです。むしろ発端となった記事の切り分けが好意的に見ても大雑把な証拠にしかならないでしょう。「正しく怖がる」というワードだけで切り取ればいろいろな立場がごちゃ混ぜになるのですから。


間違いが厳然としてある場合、批判してはならないとはいえませんよね。せいぜい、その間違った論者を特定できるように記述するべき、つまり批判を一部にとどめるべき、といえる程度です。
そして、不明瞭という問題はあったとしても現実の一部を切り取った表現であるということは、改変ジョークに風刺として一定の意味があることを示し、私が前回エントリで書いた「一面しか切り取っていないこと自体は何も悪くない。もともと寓話とはそういうものだし、究極的には全ての表現がそういうものだ」という主張に直結し、さらには過去に書いてきたドキュメンタリー感想などのエントリとも繋がっています。


その切り取り方が問題なんですけどね。どこまで当てはまるのか分からないのようなものを持ち出されても合意形成ができるとは思えない。


つまるところ私がしていることは、過去にも下記のような放射能にまつわる寓話を書いた一人としての、徹頭徹尾ポジショントークというやつです。
(中略)
>法華狼さんはシートンさんのエントリを理解できているので反論可能ってことなんですかね?

もちろん私自身の意図、ポジションとしてはそうなります。私の方が正確に改変ジョークの問題点を洗い出せる、と。むろん客観的にそうかはわかりません。


ハァ・・・・・・・。だったらあなたで一人でやってくださいな。貴方のポジショントークにこっちが付き合う義理なんてない。ポジショントークのダシに他人を使った挙句、わざわざ呼びつけてまで自己顕示するというのはよくわからないですね。正直、そんなものに他人を巻き込むなんていい迷惑だなと思います。「誠意は伝わらない」なんて言ってますけど、他人をダシにするような人間がなにおかいわんや。仮にそれを抜いても、こっちは具体論に踏み込んで論を述べているのに、一人だけのらりくらりと躱す状況でどこが“誠意”なんですかね?加えて言っておくと、徹頭徹尾、元の記事が現実のどこら辺を具体的にカバーしているのかには触れようともしないようですし、僕の最も重要な論点である「指の入ったラーメンとは何か?」は他の人に質問されても無視を貫くと。読めているというならさっさと開陳すればいいのに。
僕としてもこれ以上、この人は相手にしません。やってることがかまってちゃんと何ら変わらない。こうして返答の記事を書くこと自体、相手の自己顕示欲を満たしてやってるようなものでしょうし。今後はidコールされても無視します。この人からのコールが僕にとって有益と思えませんから。むしろ嫌がらせ。ああ、そうそう。昔、熊森関係で噛みついたのは軽率でした。そこはこちらの落ち度として謝っておきます。
ここまでグダグダ書いてきましたが、あの人たちに抱いている疑問を1行で言うと「なんでシンプルに具体例に切り込まないの?」に尽きます。
・・・・・・正直「現実をうまく切り取ってないからあれ使えないね」で済む話がなんでここまでこじれてんのかわけわかんない。

比喩なのにわかりにくい 訂正あり

2012-03-04 11:33:50 | 議論
 2月末にこのような記事が反響を呼びました。

「正しく怖れよ」な人には水を引っかけちゃいな

この記事の比喩に対して不適切という声が多数ありましたが、僕が気になったのはそこじゃないんですね。比喩というのは、“わかりやすく”するために出すもので、適切かどうかはさほど重要でない。
それよりも問題なのは“比喩なのにわかりにくい”ということ。まず「指の入ったラーメンを出した店員」は現実において誰なのか?ということ。放射性物質をまき散らしたのは国と東電に責任があることはいまさら議論の必要があるとは思えません。そういう意味では店員=国や東電であるならば一応理解できます。しかし、正しく怖がれと言っている人は国や東電ではないですよね?僕が記憶している中では、「正しく怖がれ」というフレーズを使いだしたのは菊池誠氏あたりが去年の夏ごろから使い始めたと記憶しています。しかし、菊池氏は原発推進に加担していたわけでもないし(だからエア御用なんて言われる)、被災地への補償はちゃんとやれと言っています。

つまり、言及先で水をぶっかけろというのは、実際にいるかいないかよくわからない領域(←追記にて訂正)の人であるわけですよ。それ以外の「正しく怖がれと言っている人」に対してまで水をかけろ(うちのこの記事では非難しろ、まともに取り合うなの意)というのであればそれは状況を加味しない理不尽な行為なわけです。
言及先では店員=正しく怖がれと言っている人な図式ですが、正しく怖がれと言っている人があの震災で放射性物質をまき散らしたことに加担していた事例でもあるのでしょうか?複数の立場がごちゃ混ぜにされていて実にわかりにくい。具体例の一つもあれば理解が進んだろうにと思います。
そして何よりも重大だと僕が思うのは「指の入ったラーメンとは果たして何を指しているのか?」ということです。指の入ったラーメンとはガレキを指すのか農作物なのかそれとも“被災地の人間”なのか。この比喩が現実に示す範囲も言及先では明らかにされていません。実際には被災地の人間が避難者であることを理由に遊ばせるなと言われたり保育園への入園を断られる事例が発生しているわけで。
「原発」理由で入園を断る、山梨

子供にとって遊ぶことや保育園などで人間関係を構築していくのって将来に向けての重要なステップですよね。それすら受けられないのは“指の入ったラーメン”だからで片づけることは可能なんですかね?
そして最後に。お客様であるのはいったいどこまでなのか?ということですね。これが被災地の人=お客様で彼らが国や東電に対して補償を求めるのは当たり前。でもね、実際に大きな声、それも復興への害になる声を上げているのは必ずしも被災地ではないわけで。そういったものに対するカウンター言説としての「正しく怖がれ」をベースにした情報提供なども駄目なんですかね?
このように、言及先の比喩を現実にあてはめようとすると良く言っても大雑把な切り分けしかされていないため“比喩なのにわかりにくい”ということになるんですよね。まぁ、そこらへんは言及先の次の記事で明らかにされるのでしょう。

おまけ

“正しく怖れよ”だの“「放射脳」”だの、放射性物質汚染被害を小さくみせたい人たちには、とりあえず水鉄砲で顔に水引っかけてやるのがいいんじゃないかな?


この発言を文字通り解釈すると菊池氏にも水をかけるのもこの人は肯定するのでしょうが、過去にバードストライク問題で文献ひとつ碌に読まず文字通り風車に突っ込んだ御仁が批判や異論にもきちんと耳を傾ける菊池氏より被害を正しく把握しているとは過去に相対した身からはとてもとても。あとは正しく怖がれに同意していても放射脳には賛意を示さない人もいるからそういう部分でも切り分けが大雑把ですよね。
社会生物学論争でのずぶ濡れウィルソンを思い出しました。
参考
風力発電とバードストライク 追記あり

幻想に揺蕩う

追記
TAKESANさんのご助力で検索してみたところ、このようなものを見つけました。

ケース解説 [放射線を正しく怖がっていますか?]

このようにどちらかと言えば国側でこのように発言しているケースもありますね。というわけでいるかいないかわからないというのは訂正します。それを割り引いてもなお、言葉の範囲が明確でないという部分は変わりませんが。

追記3/16
「正しく怖がる」というフレーズのもとは国立循環器病研究センターの説明によれば物理学者で随筆家の寺田寅彦氏だそうです。また、菊池氏でもないようです。僕の記憶違いで失礼しました。

墓穴と墓標

2012-03-01 17:34:32 | いい加減なモノ
 何か一言言ってやりたい衝動を抑えられない人、言葉の反動を直視できないはネット言論に向かない。
少々手間ですが、これを読む前に以下のまとめを読むことをお勧めします(そうしないとたぶんわかりにくい)。

サイエンスライターと南京大虐殺 2012

「サイエンスライターと南京大虐殺 2012」への補足


前に、ちょっとでも触れると紛糾する話題の1つとして「南京大虐殺」とだけ挙げただけでも、大層にブログまで立ち上げられて批判されたり、勝手に歴史改ざん者にされてしまったりもあったな…。ほんと、面倒な話題でもあると思うの ^^;)関わり合いたくないと思わせる人達がいるからね。


これについて批判コメントが多数ついたのですが、当の本人はなぜ批判されるのか全く分からないようです。
ここで多くの人が憤っているのは「言及されたから」ではなく「自分のかかわる分野をバカにしているようにしか見えない」からでしょう。つまり優先順位の話ではなくある分野をどう見ているかという話。軽々しく話せる分野で無いと思っているなら軽く見た発言はいない方がいいでしょうね。試しに南京大虐殺をニセ科学や「あやしい商売」に置き換えて読んでみるといいかもしれません。それでもわからないようなら・・・・・・。
忠告が来てもどこ吹く風。


本当に、言及するだけで問題発展しちゃうテーマだから。気を付けないとね。また言われてるのか〜 RT @doramao:@kumikokatase 申し訳ないけど、舌禍事件的なものになりかねない感じですよ。ブクマされているツイートは私から見ても不適当に思いますし、困る感じです。


・・・・・・いい加減学習しなよ。過去にどれだけの人が時間をかけてあなたのわきが甘い癖を指摘してきたと。あなたに忠告してきた人間の努力をドブにぶち込んでるように僕には見えるんですが。
少しは勉強してみたら?ということをやさしく言われてもわからない。


その新書自体に変な色が付いていないという保証も無いですし…。決定版みたいなものが無いから問題がややこしいんじゃないでしょうか? RT @_nagashimam:新書一冊ぐらい読んでからにした方がいいとは思いますが^^;;


ご自身がニセ科学関連でやってる情報収集の応用だと思いますが・・・・・・。これを立場が逆でニセ科学関連で自分が進言する側だと思うことができないんですかね。こういうことを臆面もなく口に出すというのは応用力がないし、なにより自分の発言を客観的に見ることができないという証左でしょう。ネットでのニセ科学批判というのは、幾度となく事態を軽んじた人が出てきてそれに対するカウンターを幾人もが作ってきたわけで。何を見てきたんでしょうねこの人。自分の立つ土俵について無自覚というか何も考えちゃいないのでは?とすら思ってしまいます。ここで取り上げた片瀬氏の発言は文脈込みで考えたとしても悪手としか僕には判断できません。
僕自身も過去に氏とやりとりしましたが、その時も質問に対して歯切れが悪かったり、論点そらしをあからさまに行ってきました。
あの時に僕は「引くときに引けないと論者として死ぬ(=信用されなくなって取り合ってもらえない)」と言いましたが、片瀬氏には対岸の火事だったのでしょう。事前に推敲があまりできないツイッターという手段を使うには不向きだと僕は思いますね。
もう2度も3度も繰り返しているようだと皆、見限り始めますよ。「昔、同じようなことがあったのに何の進歩もない。この人には学習能力というものがないのか?」や「また、同じことを繰り返して・・・・・・。この人から反省しましたなんて謝罪の言葉が出ても一時的に場を収めて矛先をそらすために使ってるだけだな」という見方が出てもおかしくないですね。片瀬氏は自分にかかる信用という値札を自分から下げていることにお気づきで無いようで、ちょっと僕には掛ける言葉が見つかりません。
見限る人間も僕のようにわかりやすい人間ばかりでないので、気が付いたら孤立無援だったなんてことにもなりかねないでしょうね。
基本的にネット言論なんて吐いた言葉がそのまま自分にも返りかねない場所かつ特に保証があるわけでもないし、個々人で防衛するしかないです。そこで大事なのが「これを言ったらどういう反応が返ってくるのか?」と想像、連想する力じゃないでしょうか。これを忘れると碌な目に合わないとは最近の自分を振り返っても思います。

外来生物利用の基本のキホン

2012-02-19 16:03:00 | 外来生物
 最近、再導入がちょっとした話題になっていますね。オオカミの再導入に始まり、知床ではカワウソの再導入も検討されるとか。いまさらメタ個体群でもないただの外来生物を導入することに何の意味があるのか分かりませんが、こんなときに昔から持ち出されるセリフにこういうものがあります。「作物だって外来種(だからこの○○だけ問題視するのはおかしい)」というもので、ブラックバスやケナフの時から使われ、昔からの論者には耳にタコができるほど繰り返されてきました。
「作物だって外来種」たしかにこれは事実です。現在、僕らが食べているイネにせよキャベツにせよダイコン、ジャガイモにせよほとんどは人間によって持ち込まれたものです。ただし、農作物と問題になっている外来生物には大きな差があります。それは、農作物は人間が管理を前提として利用されているのに対し、多くの外来生物は管理下を外れたことで問題を引き起こしているからです。逆に言えば、管理下を外れてしまえば、農作物だって外来生物扱いとなるということです。事実を羅列して意見を言わないのは古くからの詭弁術です。「作物だって外来種」というのは事実を装った詭弁として使われることが多々あるので、これを持ち出す人間は外来生物問題にかかわってきた人間から警戒されます。これに対しては、「作物だって外来種(キリッ)」「・・・・・・あっ、そう。それで何が言いたいの?」と相手に主張をちゃんと出させるのが初歩的な対処法ですね。
少し話がそれました。結局のところ、外来生物問題、とりわけ利用を語るにあたっては「管理されているか」という部分が非常に重要になるわけで、僕が昔、オオカミ再導入に疑問をしめした理由の一つも「野外放逐前提のやり方を外来生物利用の方法として認められるか?」というものがあったからです。ちなみに、管理されたものとそうでないものをいっしょくたに論じているかどうかは外来生物問題では結構感度のいいリトマス紙になります。この方法を使ってくる人は大概、ほかにも詭弁を使うか下調べの不備を詭弁でごまかしていることが多いので、このやり方を吹っかけられたら議論を切り上げるか、きっちり論破してさしあげればいいと思いますよ。

具体例
区別がかけらもついていない一例。僕の武田邦彦批判へのコメント。

わかき@waka_kiku
批判はいいけど、菊だって古来から考えれば外来植物だったと思うけど。。武田さんの批判する人は何かよくわからんなあ。


だいたい、こんな現実の区別もつかないのに熊森みたいなベクトルを間違えた正義感を加えると現場でドヤ顔で迷惑をかける連中が出来上がるわけでして。こういう基礎的な話は3年ほど前にも書いているのですが、知識も学ぶ気もゼロのくせに気の利いたことを言ってやった風に気取る人間はあとからあとから湧いてきますな。


ヨーグルトで学ぶ情報リテラシー

2012-02-18 01:08:45 | 議論
 最近、このようなまとめを読みました。

乳酸菌風呂

もう端からおかしいですよね。ちょっと画像も探してみましたが・・・・・・うわぁ、探さなきゃよかったorz
初めに断わっておきますと、梨は発酵については実家でカスピ海ヨーグルトを作るくらいの知識しかないですし、詳しいメカニズムも大してわかっていません。微生物系の勉強なんて大学で2単位分しか取っていません。それでもあの話がおかしいことは自分の経験からわかります。まず、ヨーグルトの作り方を見てみましょう。

ヨーグルトのタネを用意する。
清潔な密閉容器(←重要)にタネを入れる。
牛乳を500mlほど注ぎ込む。
保温(このとき魔法瓶やお湯を張った浴槽を使うこともあります。実家だと風呂に密閉容器ごと入れていました。無論、しっかりふたはしてます)
1日ほど置くと発酵してヨーグルトの出来上がり。

詳しい作り方は専門のサイトでも見てもらうとして、ここで重要なのは清潔な容器や器具(スプーンなど)を使うことです。ヨーグルトの作りの失敗の一つに雑菌の混入・繁殖があるからですし、そんなヨーグルトを食べたらお腹を壊しかねません。熱湯消毒などで容器や器具を清潔に保つのは基本中のキホンでしょう。
さて、ここで乳酸菌風呂というものを考えてみましょう。お風呂というのはカビが生えて掃除に手間取るくらい雑菌のあるところです。各家庭で差はあるでしょうが、熱湯消毒した密閉容器>>>>越えられない壁>>>>お風呂くらいの差はあるでしょう。日本で乳酸菌の代名詞とすら言えるヨーグルトでも乳酸菌の働きやすい環境を整えるために雑菌の混入に注意するのに、そんな注意も払わない雑菌だらけのお風呂で都合よく乳酸菌が増えるわけないでしょう?そもそもそんなに雑菌だらけの場所で乳酸菌が手間をかけずに増えるのならヨーグルトづくりに雑菌の存在なんて考慮されませんよ。
目新しく魅力的に聞こえる話は誰もが目にする機会があると思います。ただ、それを信用するしないにしろ、その前に考えてみたいのが「その話が本当だとすると現実にどんなことが起こるのか?それほど素晴らしいならなぜ今まで広まっていないのか?」ということです。逆に言えば、「その話が本当ならばこういうことが起きるはずだが実際は起きていない。ということは眉唾物なんじゃないの?」ということです。貴方の時間もお金も限りあるものなのですから、頭の中でちょっとシュミレーションしてから大事な時間やお金を投資した方が有意義だと思いますよ。

参考資料
プレーンヨーグルトの作り方

カスピ海ヨーグルトの作り方

寒くなったらベーコン作るよ!

2012-01-16 22:44:32 | 料理
 久々の料理記事です。寒くなってくると、燻製にはいい季節になります。なにせ、肉を乾かすために外に干しても腐りにくいですから。ま、僕はなんちゃって燻製で楽しんでます。今回紹介するのはベーコンです。ややこしいように見えて、手順は簡単です。

材料
豚肉塊 500g
塩 25g(肉の5%が目安)
コショウ 好きなだけ(僕の場合は5〜10gほど。適当)
砂糖 10g
香草 お好みで(僕はタイムをよく使います) 

作り方
1.豚肉をフォークでめったざしにする(塩やスパイスを染み込みやすくするため)

2.塩と砂糖、スパイスをすり込む(肉の表裏きっちりと)

3.ジップロックに肉を入れて1週間ほど冷蔵庫でねかす

(写真では肉から出る水を取るためにキッチンペーパーで肉を包んでいます)

4.肉を一晩(6時間)水につけて塩抜き(水には塩を2つまみほど入れておくこと)

5.半日〜1日干して、肉を乾かす(ラップなしで冷蔵庫でも可)

6.燻煙30分〜1時間(やり方はこちら参照)

7.一晩ねかす(燻煙したばかりだとえぐみなどが強いため)

これにて完成!!


見よ!このジューシーさ!!


おすすめはベーコンエッグでしょうか。なんにしても美味しいですが、まずはそこからお勧めします。ではよい燻製ライフを!




























え〜、ここからはちょっとした注意事項ですが、こうして作ったベーコンは美味しいですが、非常に塩分が多く、タールなども微量とはいえ体に入ることはここに記しておきます。日持ちも市販品より長持ちしません。ジップロック等に入れて冷蔵庫で2週間をめどに食べ切りましょう。美味しいものはリスクを理解して食べましょう。