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救急・集中治療 肺動脈カテーテルの適正使用 PART 1

2010年08月15日 03時45分50秒 | 講義録・講演記録 3

肺動脈カテーテルの適正使用

PART 1

 

名古屋大学大学院医学系研究科
救急・集中治療医学分野
松田直之


 はじめに 

 Harold James SwanとWilliam Ganzにより,スワン・ガンツカテーテルが肺動脈カテーテルとしてN Engl J Med1)に公表されたのは1970年です。Ganzら2)は,1971年には20名の健常成人を用いた臨床研究で,熱希釈法による心拍出量の測定が色素希釈法による測定と近似することを示し,熱希釈法を用いての肺動脈カテーテルによる心拍出量測定法を提案しました。こうして1972年には,肺動脈カテーテルが臨床使用され,さらに共同研究者だったForresterと共に肺動脈楔入圧を横軸,心係数を縦軸として心機能評価を行うForrester subset分類3-5)が提唱され,後に虚血性心疾患による心不全の治療概念としてForrester subset分類が定着しました。現在まで,肺動脈カテーテルは急性心筋梗塞の急性期管理をはじめ,心機能の低下した患者の循環管理に有益な情報を与えてくれています。本稿では,肺動脈カテーテルの挿入,原理,測定パラメータについての解説を加え,肺動脈カテーテルの有効利用と安全管理を解説します。肺動脈カテーテルは,留置した以上,最大に活用するように工夫しましょう。

1. 肺動脈カテーテルによるモニタリングの概要

 肺動脈カテーテル(図1)は,大静脈,右心房,右心室を介して,肺動脈に留置されるものです。挿入された肺動脈カテーテルは,先端孔ルーメン・ハブを肺動脈圧測定用トランスデューサと接続し,側孔ルーメン・ハブを中心静脈圧測定用トランスデューサと接続し,大気圧でゼロ校正をした後に,三尖弁孔の位置に相当する右第4肋間・胸郭中心線に圧トランスデューサ孔の高さを合わせることで,肺動脈圧や中心静脈圧を持続測定できます。一方,肺動脈カテーテルのオプティカル・モジュール・コネクター,サーマル・フィラメント・コネクター,サーミスター・コネクターをビジランスヘモダイナミックモニターⓡ(Edwards Lifesciences)(図2)に接続することで,心係数(CI: cardiac index),混合静脈酸素飽和度(Sv(ー)O2)などの循環パラメータをモニターできます。この肺動脈カテーテルにより測定できる項目は,主に表1の内容です。


2. 肺動脈カテーテルの留置

 肺動脈カテーテルの留置には,内頚静脈,鎖骨下静脈,外頚静脈,上腕静脈,大腿静脈などが選択できますが,手術中やICUなどでの管理における操作と固定性を考えると,一般的に内頚静脈が選択されます。肺動脈カテーテルの留置では,穿刺後にまず挿入するものはイントロデューサシースⓡ(イントロフレックス・イントロデューサ:Edwards Lifesciences)(図3)です。肺動脈カテーテルは,イントロデューサシースⓡの中に挿入していきます。


1)内頚静脈穿刺
 内頚静脈穿刺に際しては,胸鎖乳突筋の走行と鎖骨頭・胸骨頭への分岐部の視診が大切です(図4)。この分岐部の内頚静脈拍動と呼吸性変動を視診で観察し,内頚静脈拍動が認められない場合はさらに頭低位とします。内頚静脈は,第5~第6頚椎付近では総頚動脈と併走しています。胸鎖乳突筋鎖骨頭付近で前斜角筋の前方を走行します(図4)。頚部の解剖学的特徴としては,内頚静脈,総頚動脈,迷走神経は結合組織性の頚動脈鞘に収納されています。以上の解剖学的特徴を理解した上で,内頚静脈穿刺では胸鎖乳突筋の分岐部付近で呼吸性拍動の強く認められる点を刺入点とし,その刺入点より同側乳房の乳頭方向を刺入方向とすることで総頚動脈穿刺を避けることができます。また,気胸合併に注意するためには,穿刺針が肺尖部に到達しないように皮膚に対して穿刺針を60度以上にできるだけ立てて,ゆっくりと陰圧をかけながら穿刺することがコツとなります。以上は,メルクマール法とかブラインド法と呼ばれています。


 

作画:Naoyuki Matsuda MD, PhD


内頚静脈穿刺の手順とポイント

□ 体位の準備:円座で頭部固定し,頭を穿刺側と反対側へ向かせ,頭低位(10~20度のトレンデンブルグ位)とする。
□ 頚静脈拍動の観察:穿刺点の決定に役立てる。
□ エコー図の利用:カラーエコーにより,頚静脈と刺入点を確認するとよい。
□ maximum barrier precaution:手洗い・手指消毒,ガウン,マスク,清潔手袋,刺入部を含めた広範な消毒,広範な清潔覆布を必要とする。
□ イントロデューサシースと肺動脈カテーテルのプライミング:イントロデューサシースとダイレーターをセッティングし,ヘパリン加生理的食塩水などでカテーテル管腔の空気抜きを行い,肺動脈カテーテルに対して附属ビニールシートを装着する。
□ 試験穿刺:試験穿刺針23G針あるいは25G針をシリンジ装着し,胸鎖乳突筋分岐部より乳頭方向へ,穿刺針を十分に立てて,シリンジに陰圧をかけながらゆっくりと試験刺入し,血液逆流の生じた深さ・角度・方向を確認する。
□ 本穿刺:シリンジに陰圧をかけながらゆっくりと刺入し,血液逆流の生じた地点で針先の変位がないように,片方の手でしっかりと留置針を保持する。
□ カイドワイアー挿入:挿入に抵抗があるときは静脈内に穿刺針が留置されていない可能性が高い。ガイドワイヤーを進める際には力は不要である。
□ ダイレーターとイントロデューサ挿入:ガイドワイアー刺入部をカッティングし,ダイレーターとイントロデューサを同時に刺入し,挿入後にダイレーターとガイドワイアーを同時に抜去し,残っているのはイントロデューサのみとなる。
□ イントロデューサ内の血液逆流確認と空気抜き
□ 肺動脈カテーテル挿入:肺動脈カテーテルを心腔内へ進める際には,バルーン膨張用バルブよりバルーンを膨らませる。肺動脈カテーテルを引き戻す際には,脱気し,バルーンを収縮させる。

注意点
□ 血液逆流の確認:内頚静脈穿刺では,血液逆流は穿刺針を引き戻してくる際に確認できることも多い。本穿刺にプラスティック留置針を用いる際には,穿刺後に金属針を抜去し,プラスティック針のみを注射筒に接続し,ゆっくりと引きながら血液逆流を確認するとよい。
□ 総頚動脈の誤穿刺:止血の得られるまで,適切な圧で用手的に十分に圧迫止血する。

2)鎖骨下静脈穿刺
 鎖骨下静脈は,鎖骨と第一肋骨に挟まれた状態で走行しており,第一肋骨上の鎖骨下静脈溝に固定されています(図4)。この外側後方を鎖骨下動脈が走行し,同じく鎖骨下動脈溝に固定されています。鎖骨下静脈穿刺では気胸合併の可能性があることや鎖骨下動脈誤穿刺後の止血が難しいことにより,鎖骨下静脈は肺動脈カテーテル留置における第2選択以下となります。左鎖骨下静脈穿刺により乳糜胸や乳糜縦隔を合併する可能性もあります。また,穿刺部位については,鎖骨に近い近位側と,腋窩に近い遠位側が選択できますが,近位側での留置では鎖骨と第1肋骨などによりカテーテルが切断される可能性があり,これをPinch-off症候群と呼びます。一方,鎖骨遠位側での留置では鎖骨下筋を貫かないように,エコーなどで鎖骨下筋の同定が重要できると良いです。鎖骨下筋を貫いた場合,鎖骨を動かすことでカテーテルが牽引されたり,切断される危険に注意します。

鎖骨下静脈穿刺の手順とポイント

主なポイントは内頚静脈穿刺に準じる。鎖骨下静脈穿刺では,以下に注意する。
□ 体位の準備:背枕挿入,円座での頭部固定の後,頭を穿刺側へ向かせ,頭低位(10~20度のTrendelenburg体位)とする。患者の頭位は,内頚静脈穿刺と異なり,穿刺側へ向かせることで,鎖骨下静脈より内頚静脈へのガイドワーヤー迷入を減少できる可能性がある。
□ 穿刺点:鎖骨内側1/2~1/3あたりで尾側約1~2 cmとする。
□ 試験穿刺:23Gレベル以下のカテラン針で必ず試験穿刺を行う。穿刺針は,内頚静脈穿刺と異なり,針先は一度鎖骨に当て,可能な限り皮膚に沿って寝かせ,角度を付けないことで気胸合併を回避する。次に穿刺針を持たぬ手で,穿刺部の皮膚と胸壁を押し下げることで鎖骨下に穿刺針が進入しやすくなる。

 

3. 肺動脈カテーテルにおける圧波形観察

 肺動脈カテーテルを肺動脈に進める際には,カテーテル先端のバルーンを空気で膨らませて,血流に乗って進めます。バルーン膨張用バルブに接続した附属シリンジより最大1.5 mLの空気を注入します。肺動脈カテーテルを進める際には圧波形観察が大切であり,先端孔ルーメン・ハブ(図1)を肺動脈圧測定用血圧トランスデューサと接続することで,挿入過程で,順々に右心房圧波形,右心室圧波形,肺動脈圧波形,肺動脈楔入圧波形の4つの圧波系を観察します(図5)。


1)中心静脈圧および右心房圧と波形
 中心静脈圧(CVP: central venous pressure)や右心房圧の波形は3つの陽性波(A波,C波,V波)と,2つの陰性波(X谷,Y谷)で構成される。この中心静脈圧波形の特徴を,表1,図6と図7に示した。



 A波は右心房筋の収縮により生じ,心電図のP波に一致する。C波は三尖弁閉鎖により生じ,心電図のR波に一致する。V波は三尖弁閉鎖期に右心房への静脈潅流上昇によって高まり,三尖弁開放により低下し,T波に一致する。このような上昇波間に,図7のようなX谷とY谷が形成される。心房キックが低下した場合には,A波が消失傾向を示す。また,全身性炎症病態で輸液過剰などにより三尖弁閉鎖不全が進行するとX谷が軽微となり,C波とV波が突出し,Y谷が急峻化する傾向がある。このような静脈圧波形異常の特徴は,肺動脈カテーテル留置後にも心機能評価に利用できる(表2)。


2)右心室圧と波形
 右心室圧は,正常では収縮期圧30 mmHg,拡張期圧 5 mmHg以下のレベルに維持されています。等容収縮期,最大駆出期,減速駆出期,等容拡張期,急速流入期,緩徐充満期,前収縮期の7期で波形が構成されています。

3)肺動脈圧と波形
 肺動脈圧は,正常では収縮期圧30 mmHg以下,拡張期圧 15 mmHg以下のレベルに維持されています。肺動脈は弾性血管であり,肺動脈中膜には弾性線維があり,加齢により減少する傾向があります。この弾力により肺動脈圧波形は,右心拍出量に対する立ち上がりのpercussion waveとプラトーを形成するtidal waveの後に,心拡張期にdicrotic wave(重複波)が付く特徴があります(図8)。Percussion waveの立ち上がり角(dp/dt)は右室収縮性を示し,dicrotic waveは1回右室駆出量に対する肺血管抵抗を示します。肺動脈弁閉鎖後の肺動脈収縮により,dicrotic waveは形成されます。これは,PART2における肺動脈カテーテルの留置固定位置における安全管理として使用されるシグナルクオリティーインジケータ(SQI)の数値変化(適正:1あるいは2)においても,数値変動のある場合に注意して観察しています。肺動脈圧波形の変化をSQIとともに観察することは,肺動脈カテーテルの適正管理と考えています。



4)肺動脈楔入圧(◯せつにゅうあつ,◯けつにゅうあつ,Xきつにゅうあつ)と波形
 肺動脈末端で拡張バルーンが肺動脈を閉鎖させると,ふにゃふにゃした肺動脈楔入圧波形と肺動脈楔入圧(PAWP:pulmonary artery wedge pressure)が現れます。肺動脈楔入圧は,肺毛細血管抵抗がないと仮定すると,左心房圧に近似する値となります。正常の肺動脈楔入圧は,5~12 mmHg以下です。
 このような肺動脈カテーテル挿入後は,胸部単純X線像で肺動脈カテーテル先端の位置やカテーテルがループを作っていないことを確認する必要があります。肺動脈カテーテルはバルーン拡張により血流にのせて進めるため,通常は肺血流の多い下葉背側のゾーン3へ留置されます。ゾーン3へ留置の場合,胸部単純X線像での肺動脈カテーテル先端は左第2弓の左心房より下方に位置する。一方,肺上葉のゾーン1や肺中心部のゾーン2に肺動脈カテーテルが留置された場合,肺胞内圧の影響が強く出現しやすいため,PAWPの持続測定には不向きとなります。陽圧換気中のPAWPの絶対値評価では,このような肺胞内圧の影響を除くために,呼吸器を外した状態で評価しています。

4. 熱希釈法による心拍出量測定の原理

 心拍出量を間接的に測定する方法には,Fick法,色素希釈法,熱希釈法の3つの方法があります。
 Fick法の原理となるFickの原理は,1890年代にAdolph Fick6)により考案され,心拍出量は酸素消費量(吸気ガス酸素含量―呼気ガス酸素含量)を肺動静脈の酸素含有量の差で割ったものとして測定されます(図9)。1946年,KetyとSchmidt7)は,示標物質に一酸化窒素を用い,Fickの原理を用いてヒトの脳血流量の測定に初めて成功しました。その後,Ketyが1951年に,示標物質の肺および脳組織中の交換系を考案し,Fickの原理をKetyの式(dCt (t) /dt=BF×[Ca (t) -Cv(t)],Ct (t):単位時間組織中物質濃度,BF:臓器血流量,Ca (t):単位時間動脈血中物質濃度,Cv(t):単位時間静脈側物質濃度)として,微分方程式の形で表現しました。このようにFickの原理は,示標物質が代謝による増減がなく測定系に保存されるならば,目的臓器への示標物質の摂取量と,目的臓器の入口濃度と出口濃度の差から,血流量を知ることができるという原理です(図9)。心拍出量を肺循環系で測定する場合,正常の酸素消費量は200~250 mL/分,酸素消費量係数は120~160 mL/分/mm2ですが,周術期や敗血症などの全身性炎症病態では酸素消費量が変動するため,肺機能を用いたFickの原理の応用では正確に心拍出量が求められない可能性に注意となります。
 一方,色素希釈法の原理は1897年にStewartによって報告され8),さらにHamiltonによって1940年代に完成されました9)。この色素希釈法は,色素を体内循環させることにより得られる血漿色素濃度を分光光度計で測定することにより,Stewart-Hamiltonの式(心拍出量(L/分)=色素注入量(mg)×60/ [色素平均濃度(mg/L)×色素希釈時間(秒)×色素校正係数])を用いて,心拍出量を測定するものです。
 SwanとGanzは,この色素希釈法を応用してスワン・ガンツカテーテルに熱希釈法を導入し,現在の肺動脈カテーテルによる心拍出量測定の基盤を確立しました。私が心臓麻酔や集中治療を担当しはじめた1993年〜1994年の当時は,心拍出量測定は熱希釈法で測定しており(図10),血漿色素濃度の代わりにカテーテルから投与される注入液の温度変化を用いていました。現在は,臨床応用されている持続心拍出量測定肺動脈カテーテルは,サーマルフィラメントとサーミスター・コネクターにより,図10のような計算が,自動的に行われ,冷水などの投与が不要です。

 

5. 心前負荷・心後負荷および心拍出量のモニタリング

 オキシメトリCCO/CEDVサーモダイリューションカテーテルⓡ(Edwards Lifesciences)の開発により,サーマルフィラメントとサーミスター・コネクターによる熱希釈法で,連続心拍出量測定(CCO:continuous cardiac output mesurement)と右心室駆出率(RVEF:right ventricle ejection fraction)の連続測定が提供されるようになりました(表3)。また,ビジランスヘモダイナミックモニターⓡ(Edwards Lifesciences)に観血的動脈圧とCVPと心拍数を連動させることにより,1回拍出量(SV:stroke volume),右室拡張終期容量(RVEDV: right ventricular end-diastolic volume),肺血管抵抗(PVR: pulmonary artery resistance),体血管抵抗(SVR:systemic vascular resistance),右室一回仕事量(RVSW:right ventricle stroke work),左室一回仕事量(LVSW:right ventricle stroke work)をモニターできるようになりました。
 このようなモニタリングにおいて,右室前負荷はCVP,右室後負荷はPVR,左室前負荷はPAWP,左室後負荷はSVRであり,右心系と左心系を個別に輸液バランス,心拡張性,心収縮性,および血管抵抗を評価することができます。その結果として,右心機能と左心機能をRVSWとLVSWでモニターします。Forrester subset分類3-5)(図11)は左心機能を評価するものとして用いますが,右心機能に関してもCVP,PVR,RVSWを用いて評価します。



続編 参照:救急一直線 救急・集中治療 肺動脈カテーテルの適正使用 PART 2 松田直之

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