前回からの続きです。
Ⅰ部さんと目を合わせた瞬間から何かがおかしいと思っていた。ZEPPの「天国への階段」を弾き終えた辺りから「君気に入ったよ~」というセリフを連発し始めたのだ。
俺は「はぁ、ありがとうございます」とか言いながらなんとなくアイヅチを打っていると彼は言った。
「2人で…に行こう!」
どこへ行くのかは聞き取れなかったが、彼はいきなり俺の腕を掴み、立ち上がらせ、腕を組んできたのだ。俺は直感で「ホテルか!?」と思い身の危険を感じたが、どうするべきか考える暇もなく店の外へ引きずられていく。後ろを見ると凡蔵さん、Booちゃん、地味ィさんもお会計を済まし、ついて来る。
Ⅰ部さんが「みんなついて来なくていいのに…」とつぶやく。その瞬間から更に彼は加速。後続の3人との距離はどんどん離れていくと同時に俺の恐怖も増幅。
俺はみんながついて来るとまずいところに連れて行かれるのか!?
俺は腕を組まれぐいぐいと引っ張られていく。ついて行きたくないが、抵抗すると腕が痛いので、俺も早足になる。
通りすがりのOLや女子大生風の人たちが男二人で腕を組んで歩くの見て笑っている。非常に恥ずかしい!
この時、俺が「はたから見たら普通の男女のカップルに見えるように、少し女らしい顔になっていた事」は、きっとDEBBメンバーさえ知らなかっただろう。
そのささやかな抵抗に効果があったかどうかはわからないが、Ⅰ部さんが俺を拉致した先はラブホテルではなかった。
House Of Guitar「GEN×2(源弦)」
それが着いたBARの名前だ。そうかⅠ部さんはここにつれて来たかったのか!と納得する。
このバー、入り口の看板に壊れたレスポールが貼り付けられ、ドアノブはビグズビー。いかにもだ。そしてドアを開けると、壁に埋め込まれたマーシャルJCM900の3段スタックアンプが現れ、その横からは飾られた多数のギターとテーブルが見える。
そして巨大なストラトのネックをかたどったカウンターにはジャックが2個ついており、そこにギターをプラグインすれば、スピーカーから音が出せるのだ!
店内はアメリカン。俺は一発で気に入ってしまった。
さっきの「腕組み事件」もあって、我が腕を心配した俺はⅠ部さんの隣を避け、席を一つ空けてカウンターに座った。少し遅れて後続の3人が到着。しかしその3人が席を詰めて座ったため結局Ⅰ部さんは俺の隣に移動してきたのだった…。
それからボディタッチが容赦なく続く。といっても肩をバンバン叩かれる事が主だったが。俺はその叩かれ具合から、青アザが出来るのを終始心配していた。
ところで店の中の雰囲気的にBLACK CROWSが聴きたいなと思っていたら、見事にかけてくれたのは店員の「ケンさん」。聞けば俺と同じく泥臭い音楽が好きなようでますますお店に対する好感が高まる。
そしてギターの腕が素晴らしいと噂のマスターを待ちながら俺は顔を洗いにトイレへ。するとその間にマスターは来たらしく。店の中が騒がしい。Ⅰ部さんの声がする。
「僕の連れてきた若いギタリストはウンコに行ってますよ」。それは違う。 トイレから出ると白髪交じりのロマンスグレーな男性がいた。マスターの「ゲンさん」だ。さっそく挨拶を交わしウンコ疑惑を否定する。
話を聞くと毎晩ケンさんとゲンさんは店の中でライブをしているようで、この日もその時間が訪れた。
俺がリクエストしたのは大好きなDERK & THE DOMINOSの「ベルボトム・ブルース」だ 。期待に胸を躍らせ俺は演奏開始を待つ。
そして曲が始まった瞬間思わず息を呑んだ。ヴォーカル担当のケンさん、歌がメチャクチャうまいのだ!
俺は普段、こういった歌物ではよっぽどのことがない限り引き込まれることはないのだが、この時ばかりは最初から最後までさらりと聞くことができた。いいヴォーカルだ。ギターのゲンさんも味のあるギターソロを弾いてくれる。素晴らしい。思わず拍手を贈ってしまった。
そして成り行きでゲンさんと俺がブルースセッションをすることに。なんてことないセッションだったのをケンさんが即興で歌詞をつけたのはロバート・ジョンソンの「SWEET HOME CHICAGO」だ。これが3コードのいいところだ。そして少し盛り上がったところで終電の都合でセッション終了。
そしてこの店にまた来ることを約束し、みんな解散した。しかし俺は終電の時間を勘違いしていたため、結局は凡蔵さんに家のある大宰府まで送ってもらうことに…本当に感謝してます!
この日凡蔵さんの指摘により「もう少しメロディアスなソロを弾く引き出しを作ること」をアタマに叩き込み、
「電車で痴漢にあって電車に乗るのがトラウマになった女子高生の気持ち」を学習し、眠りに着いたのだった。