ニューヨー句

1ニューヨーカーの1ニューヨーカーによる1ニューヨーカーのための1日1ニューヨー句

大皿を回して春の灯かな

2009年02月28日 | Weblog
「臥薪嘗胆」

道子が咳がひどいので、学校を休む。ヴィックスヴェポラッブを塗って、加湿器をつけるとだいぶ楽だという。今はチェロを弾いているが、夜になるとぶり返す。道子の中学はビルディングの四階にあるので、階段を上がっているときが一番咳き込むという。それはアズマではないだろうか。昨日はカンフェレンスデイだったので咳き込みながら登校した。夕方私も学校へ行き三者面談した。胸に紫の薔薇の刺青のあるミスJNRに、「LG合格おめでとう。道子は我が校の誇りよ。高校生になっても訪ねてきてね」と言われた。嬉しかった。思えば過ぎし6グレードの末、生意気な担任のミズRDGZに、「道子のインテリジェンスを(もしあるならば)見せてもらいたいわね」と言われたあの雪辱を晴らした。薪に臥して胆を嘗めまではしなかったが、道子はよくやったと思う。

「新アリスタリーホール」
リオープンフェスティバルの一つ。デビッドロバートソン/ジュリアードオーケストラを聞く。メシアンの「渓谷から星たちへ」。この曲はソプラノ歌手Alice Tully(アリスタリーホールの創始者、NYチェンバーミュージックソサエティーのチェアパーソンだった女性)がアメリカ独立宣言の200年祭を祝うためにメシアンに依頼したもの。初演は1974年、旧アリスタリーホールにて。会場には老人が詰めかけていた。それは毎度のことだが、初演を生で聞いた人もいるであろうと思うと、特に感慨深い。ジュリアードオケはプロのようにうまく、半端でなく弾きこんで入れ込んでいるのがわかる演奏で、しかも曲に対するパッションにあふれていた。NYのクラシック音楽界の歴史の一頁を作っている感動を団員もかみしめているようであった。やはりロバートソンは素晴らしい指揮者である。指揮は完璧。デュダメルどころではない。しかも性格がいい。それが振り方に現れる。ラトル、デュダメルはかっこいいし華があるがこれほど性格はよくないだろうと思われるのだ。NYPの岡本さんとかにもしもどこかでお話しする機会があれば、どうなんですか実際のところ? とお聞きしてみたい問題である。ピアニストは前半後半二人だったが、どちらもうまかった。前のピアニストは歯切れよく心地よく、後のピアニストは(ロバートクラフトのように)曲にイカレているのがわかってほろりときた。アジアンのコンマスのうまさが光ってた(次期NYPのコンマス狙えそうだ)し、ビオラ、チェロの音のよさ、コンバスもいけてて、クラもよくやってて、ホルンの女の子がまた堂々たるソロを聞かせ鳥肌もので、金管の素晴らしさには感動した。NYPの金管のうまさの伝統はこうして続いていくのであるなあ。それと、パーカッションが全員殺気立っていた。木琴、鉄筋の張り、ガムランは星星の音を出していたし、渓谷のせせらぎを担当していた女の子が声優のアイドルみたいな不思議な雰囲気を出してて、目が離せなかった。しかし何より感動したのは曲の素晴らしさ。メシアンには頭で作った理屈ぽさがまるでない。「写生道のど真ん中を闊歩する」俳人岸本尚毅の俳句のようである。写生の迫力と抒情が絡み合って心が揺すぶられる。泣ける。


飼ひ主を待つ犬達に囀れる

2009年02月27日 | Weblog
「友人の母上の思い出」
宇和島東校で同級だったAK夫妻が、われらの里帰りのために奔走してチェロを見つけてくださった。二台持って動くのは大変なので、宇和島で一台レンタルできるかどうか、松山のKMちゃん経由で三十年ぶりにご連絡したら、私のことを覚えててくださった。ポピュラーカップルのお二人は添い遂げられ、今も宇和島在住であられる。YMさんちの書店の横にあるご自宅へもお邪魔したことがある。そのとき私は、YMさんの母上に強烈な印象を受けた。母上はフォークナーに登場する(誇り高き南部の)婦人のような貫禄があった。私は当時倉橋由美子先生にかぶれていたため、物腰の凛としたYMさんの母上が倉橋先生にも能面の老女にも似ていると思った。母上のお言葉の中で、「化粧はしないがよい。マッサージなどをやればやるほど顔の皮と骨がずれてゆき、やがてくたくたの皺の顔になりますよ」というのがあった。強烈なイメージが心に残った。私は高校を卒業後、化粧をなるたけしないように暮らした。大学の演劇学科では舞台化粧をやったが、なるべく顔を動かさぬよう気をつかった。故秋浜先生に「化粧がへたですね」と言われた。本番の朝、先生自らの手で私の額に(不良娘の)青あざメイクを作ってくださったことがあった。それがわが生涯で最も素敵な化粧であった。披露宴の司会時代はいやおうなく化粧をした。 セールスウーマンに押し切られてポーラ化粧品のセットも月賦で買った。しかし高価なクリームでマッサージしつつも、YMさんの母上の言葉は胸中にあった。ポーラを使い切ってほっとした。結婚後は一切の化粧から介抱され魂の平安を得た。それで私の顔はどうなったかというと、結構皺がある。白髪もある。しかしあのときのYMさんの母上と同じような顔になっているのではないかと思える。満足である。

「朝の話題」
朝飯のとき欧介が、「イギリスでは医者が患者に暴力をふるわれるケースが非常に多い」という話をしてくれた。満足に医療が受けられない国民の怒りが医者に向けられてしまうので、イギリス国外に出て行く医者も増えているという。普通の国民の健康保険は予約してから二三ヶ月待ちが当たり前、風邪を引いてホームドクターに電話したら、診察はなしで、市販薬を買うよう言われるだけ、肺がん患者は入院待ちしている間に手術の間に合わぬところまで進行してしまうという。日本人の駐在や金持ちのイギリス人は民間の高価な保険に入っているから行き届いた医療が受けられるのである。医者を殴ってしまう患者は特別な人ではない。貧しくて病気であるというだけだ。

「成人病」
道子と町子の血液検査の結果、インシュリン値が高いとドクターCに指摘される。彼女は熱心な小児科医である。同じウェイルカーネル医大の内分泌の専門医に早速予約を取った。二人とも太りすぎだとは思っていたが、私も子供時代同じくらい太っていたが健康優良児だったので深刻に考えてなかった。二人とも糖尿病になる体質であるといわれた。ショック。しかし今から本気ダイエットをして食事を改善して運動すれば、大人になる頃には直る希望もあるというので、心を鬼にして野菜中心の食事、美味しい魚料理、減塩、減甘物を心がけようと決心。早速キャベツダイエット、野菜スープダイエットを開始する。運動も近い将来に復活させる。

写真はオープン前日のアリスタリーホール。


音楽を聞きて太りし恋の猫

2009年02月26日 | Weblog

 「ピアノチューナー」
ロシア人のおじさんである。前回はピアノを運んだ直後のチューニングだったので三回チューニングが必要で三百ドルかかったが、今回は一回ですんだ。終わってから、ユーチューブで面白いものを見せるといって、私にこれを出させた。そして「ほら見て見て、ベートーベンが寝てるんだよ」と腹を抱えて笑うでのある。私があまりに面白くなくて返答に窮していると、「今度こそは笑えるから」とこれを出させた。面白くないし、長すぎる。私がますます苦りきっていたら、ピアノチューナーは笑い止めて、「子供ならきっとわかるから、見せてあげて」と言って、百ドルのチェックを受け取って帰った。前回は「恋のバカンス」を弾いてくれて、私に歌わせてくれて、楽しいひと時を過ごしたのだが。また彼は今回、TEAをなんとスキニーでキュートなパーフェクトな子猫なんだ、とほめてくれたはいいが、白いのは太ってて嫌だね、とリンデンをけなしたのである。帰ってきてピアノを弾いている町子を呼んで、一応これらを見せたら、テリブルだよ、いい曲なのに。しかもチューニング完璧じゃないし、と町子は言っていた。今度は別の人に来てもらおうか。

写真は、コンサートの帰りに見たどこかのレストランかホテルの玄関。


亡くなりし人の噂や梅の頃

2009年02月25日 | Weblog

 お隣のMZさんたちと、みなで朝のエレベーターに乗る。チュッチュ婆さんが亡くなったことをお知らせする。先日、めいごさん夫婦が家の片づけに来ておられた。「三十年もここに住んでたのよ」と、めいごさんは泣かれた。「私達が来た頃、お婆さんはお元気で、アパートの前に車椅子で毎日座ってね。娘達が学校から帰るとキスしてくれたのよ」と話すと、めいごさんは嗚咽しておられた。私ももらい泣きした。先月、お婆さんシッターが、「レディは、いよいよホスピスへ行くのよ」と言っていた。同時に彼女は職を失うのだ。ホスピスへ行く=死にに行くことである。しかし病院でチューブだらけになって最後の瞬間まで痛い目に合うわけではない。痛みはできる限り取り去ってもらい安らかに死ぬのを待つ。私は自宅で猫を抱きながら死にたいと思うが、痛みとかあればホスピスが便利だろう。道子の理想の死の迎え方は新島先生のように炬燵で眠るように逝くことだそうだ。

 チェロを飛行機に乗せるためにハードケースを一個だけ買う。猫大騒ぎ。

 道子が一晩中咳をしていたので、今日は学校を休んで、今夜のミスターEのレッスンに備える。学校は年間十日以上休んではならない決まり。これで四日の休みだそうなので、気をつけねばならない。道子はデメリットのニコニコマークも二つついてしまった。休日に起きられなかった。これを消すには二週間の腹筋かトイレ掃除。十個でチェロ没収。町子は今のところ無欠席、無デメリット。

お見合ひパーティー果てても続く春寒く

2009年02月24日 | Weblog
「不況の影響」
昨今の不況のせいでうんぬん、という話はうんざりだが、私もちょっとしてみたいと思う。昨今の不況のせいで、下のクラブ72ではお見合いパーティーばかりしている。他のイベントでは集客できないのだろう。それはいいのだが、パーティーがおひらきになって外の道へ出てからも、なかなか散会せずに、ひどいことにバースデーソングを五十人くらいで合唱するのである。たまたま誕生日の人が三人いたら、三回歌うのである。夜の十二時とか、明け方の四時半とかに。 昨今の不況のせいで、お馴染みFウェイでも配達の注文が減っているようだ。去年までは袋を提げて歩いているのは私くらいだった。配達させればいいのに、たかが数ドルの違いなのに、と馬鹿を見るような目で見られていた。しかし昨今の不況のせいで、おじさんもおばさんも袋を提げて歩く。レジにおいても配達注文のやりとりにかかる時間が短縮されてよい。しかし昨今の不況のせいで、CタレラよりFウェイで買う人が増え、店内の混雑は倍化した感もある。

「進歩進歩」
休みが終わった。学校が始まった。町子は休みの初日に宿題を済ませた。スケッチの宿題もあっという間にできていた。一つだけプリントアウトを忘れていたが、今朝ちゃっちゃっとやって登校した。道子はじりじりと進歩している。自力で目覚ましで起き、フレンチトチーストを食べ、家族に八つ当たりせずに鬱々と登校した。進歩進歩。土曜の夜まで一ページも宿題をしてなかった。しかし去年までの道子なら、それを日曜の夜に荒れながら出して大喧嘩になったはずだ。今年は土曜の夜に笑顔で出してきた。「あれ、私ちょっとスチューピッドになったかな。この問題全然解けないよ」と軽い感じで言うので見てやると、分厚いマスブックが一冊真っ白で。「でもまだ土曜だから」と道子はほのぼの笑顔。去年までは「お父さんには教わらない」とすねて私と二人三脚で解いたものだから、夜明けまでかかってもできず二人でしくしく泣いたものだ。進歩進歩。三月のステーツ(マス)テストは、三年分の総集編なのであろう。七年生でそんなこんなでわからないまま過ぎた問題が出ている。欧介がチューターとなって、また一から教える。土曜の夜できるところまでやり、残りは日曜のR先生のレッスン中欧介がせっせと解き、それを道子が写す。写すだけでも二時間かかる。それから寝るまで、また欧介が教える。道子もだいぶ素直に教えられていた。進歩進歩。

「猫の巣」
NEKONOSUという名の喫茶店を経営している夢を見た。それはコロンバスアヴェニューのどこかの雑居ビルの二階にあるのだ。私は急な階段を猫バッグを三つ持って上がりながら、らもさんはこの階段で死んだのだろうか、などと思っていた。リンデンとメープルとTEAを店に放すと、めいめいの場所みたいなところへ行って寝たり遊んだりする。私が黒いエプロンをつけて準備していると、じゃらんじゃらんとドアが鳴って客が入って来る。アパートに住んでいるDビッドさんである。黒犬のルナを飼っているはずが、黒猫に首輪をつけて引いて来る。「Mapleサン、コニチワ。ココハ本ガ読み放題デイゴコチイイネ」とお世辞を言うのが片腹痛い。本棚の前のグループ用のソファ席(Jアードカフェにあるような)を一人客の癖に独占する。また長居するのだろうどうせと思うが、一応コーヒー一杯でも客は客なので、「エンジョイ」とお愛想を言って、西海岸式の粉コーヒーを出す。町子がチェロの練習を店の隅でしている。練習なのでつっかえたり、同じところを何度もさらったりすると、素人のくせにDビッドさんが立って行き、町子に精神面でのアドバイスをしたりして片腹痛い。ああ毎日来るのかなあ、店の住所を教えなければよかった、と後悔している夢を見た。

宿題を代わりに書きし春寒し

2009年02月23日 | Weblog
欧介が練習している合唱「手紙」の完璧バージョンを見つけた。「おた」さんによる一人男声。同じ、おたさんの一人合唱と、信長貴富さんの凝りに凝ったハーモニーで、古時計も見つけた。これもすごい。クリスマスに戻った気がした。おたさんを、動画合唱界のハイフェッツと呼ぼう。




ローゼン先生語録

2009年02月23日 | 語録
「ビッグスターの気分」
 演奏旅行はいかがでしたか? という欧介の問いに対して。
「金曜の夜、マサチューセッツ州ニューイングランドで、バッハの五番と六番を演奏してきたよ。ひとつは大学で六十人くらいの学生のため。もうひとつはニューイングランドで最も高い建築物である教会で弾いた。そこは見晴らしがよくてね。そこでは録音もしたんだが、機材がまた高価なものだそうで、”マイクロフォン界のハイフェッツ”と呼ばれるマイクだと言うんだよ。大喝采を受けてね。ぼくはビッグスターになった気分だった。旅の疲れか土曜は十二時間も気持ちよく眠った。」

「チェリストの手」
 町子のボウイングを直されて。
「手を美しく見せることは大切だよ。君はいいよ、もともときれいな手だから。ごらん、ぼくは自分の手が嫌い。毛だらけだから。美容院で剃ってもらいたいね。指の毛は一本につきいくらでございます、とかね。小指につきましては少々薄うございますからおまけしときます、とか言われたいね」

「マイホールライフ」
 ウェーバーのロンドを弾いていて。
「おや。ここGシャープではないの? Gナチュラルだって? まさかね? ぼくの全人生を通してここを間違えて弾いてたっていうの?」
と、先生はピアノ譜を所望されて確認された。「もっとリサーチが必要だ」と言われるので、別の編集のチェロ譜もお見せして、そのピアノ譜も念のためチェックなさり、四種類の楽譜をためつすがめつした結果、「マイバッド」とおっしゃった。実は相当ショックを受けておられたようだが、「ね、ティーンエイジャーはこう言うんだろ、マイバッドって?」と道子にかろうじて軽口を叩かれた。その部分は、二回繰り返しの最初がGナチュラル、次がGシャープだが、先生は両方ともシャープで弾いておられたらしい。そういうことはあるものらしい。ホロヴィッツの録音風景でも、キイの記憶間違いを指摘されると、ホロヴィッツは顔色を変えて楽譜を取り寄せたという。

「フランクールのソナタ四楽章」
道子にアドバイスして。
「この曲は悲しい。悲しいが幸福でもある。ローマの噴水をイメージして。ベリーニの彫像の裸体の男女のように寂しく素晴らしく弾きなさい。」

「音楽は残る」
「パヴァロッティやロストロポーヴィッチら音楽家は死んでも、彼らの音楽は生き続ける……」でローゼン先生がしばし瞑目されるように間をおかれたので、永遠に、という言葉が出るのをみな待っていると、「少なくとも数ヶ月は」と言われた。

「猫好き」
道子がせきをしているので。
「風邪じゃないの? アレルギー? ぼくもだよ。猫アレルギーじゃないことを祈るね。でないと、君は寄宿舎にやられるか、あるいは猫がシチューにされるか。三匹いたら三種類のシチューができる」などと言われた。しばし間をおいて、「ぼくは猫が大好きでね」と言われたので、大笑いとなった。その後TEAが臭い糞をして、私が慌ててそれを始末して捨てに行っている間に、「やっぱり今日は猫鍋だな」と言われたらしい。




囀や鳥の姿の見つからぬ

2009年02月22日 | Weblog

 「Abercrombie&Fitch
町子と、五番街の本店を訪ねる。入ると真っ暗闇。ロックが大音響で、香水の香が霧のように顔に、穴倉の奥にティーンエイジャーの群がぎっしり、ゆらゆらしている。思わず足が止まる。クラブに入ったことないけど、入ったらこんな感じだろう。おばはんもガキもお呼びでない。洋服の展示ケースのところに逆光。芝居で客に参加を促したいときに使うよな白ライト。マンチェスターの狩宿に置いてありそなナイトランプ。黒ミサ。悪魔祓い。KKKの青年支部の集会。「出ようよ。これは地獄だよ」と町子がいうので、手をつないで出口を目指すと、そこに百人ほどの白人青年が詰め掛けて容易に出られぬ。生贄を求めているような目。ネットショッピングに★一つで、「服はいいが、店内は地獄。」と書かれてあったのは中傷じゃなくて、忠告であった。逃げるように店を出て、町子とタイムワーナーセンターまで歩く。寒空に囀り。Cメンに渡すお礼のチョコを求め、BDS書店で町子の本を求め、文房具や小物をウィンドーショッピングする。CM撮影のロケを見る。町子は、「楽しいね。道ちゃんも来ればよかったのにね」と叫ぶ。町子いわく、「もうインでなくてもいい。私はこっちの方が好きだよ」。
帰ってから道子に、「だめやった。うるさくて暗くて臭くて怖くて何も買えんかった」と言うと、「やっぱりね。行くっていうから、本気かなって思ったよ。私は耳が大事だから、そんな店へは入りたくないから、だから買ってきてって頼んだんじゃん」と、にやついて言う。言えよ先に。


お姉さまにもシューベルトにも似て細魚

2009年02月22日 | 欧介

エメリアノフ先生のコンサートをオーストリア文化フォーラムで聴いた。

曲は、ハイドン、カーター、チェルハ、シューベルトで、4曲ともよかった。
特に私はチェルハがいいと思った。「ルル」の補筆者としてしかしらなかったが、ベルクよりももっと透明な感じがした。特に2楽章ノクターンはよかった。
ピアノはスタインウェイではなくて、さすがにベーゼンドルファーだった。(ウィーンのピアノメーカー。)ベーゼンの音は、ほとんど派手ではないが、ごくまれに全体が金色に輝く瞬間がある。昨日も2・3回あった。
バイオリンもチェロも、ビブラートを抑えた「ピリオド奏法」であったが、チェルハやカーターではもちろん、ハイドンやシューベルトでも機能していた。特にシューベルトは、ロマン派の文脈ではなく、新ウィーン楽派につながるウィーンの音楽の文脈で演奏されていて、おもしろかった。

Con Brio Ensemble
30 Year Anniversary Concert
Friday, 20 February 20, 2009
Paul Roczek, violin
Andre Emerianoff, cello
Diana Mittler-Battipaglia, piano

Hydn, Trio in F sharp Minor Hob.XV: 26
Carter, Figment for solo cello
Cerha, Trio (2005)
Schbert Trio in E Flat Major op. 100

恋猫の何をされても眠りけり

2009年02月20日 | Weblog


「デメリットシステム」
 まだ一つもデメリットがつかない。こんな簡単なことだったのかい。今日もテラスで日を浴びて、家の中でストレッチ。今日は道子が顔の体操をリードするというので、三人で丸くなって目をぐるぐる回したり、口を極限まで開いたり、眉毛を上下さしたりする。笑いそうになるので、私が笑わない秘訣を伝授する。それは口の内側をぐっと噛むのである。痛くて一瞬笑いはおさまるが、その顔を見た相手がまた笑う。デメリットシステムに、ニコニコマークをつけたくない、というモチベーションだけで、休日の朝起きも、定時の食事も、チェロの片付けもできるようになった。システムといっても、ただのボードにマグネットに紙が並んでいるだけのもの。たったそれだけのものが、私がなんぼ叱ってもできなかったことをやらせている。目に見えぬシステムが働いている。働いている。(ト二度言フ。)

「評論家にはなるな」
 パレスチナ問題を欧介が語るうち、板垣先生の思い出話となる。
 板垣ゼミのレポートに、欧介は壮大なテーマを立てた。国というアイデアの誕生をパレスチナ問題の起源として、コスモポリタニズムとナショナリズムの対立の観点でパレスチナ問題を解こうとした。が、思う半分も書けなかった。期日に仕上がらなかったので、ゼミの最終日に「不完全なものですが、持ってきました。もうDでいいです」と先生に話したところ、みんなの前で先生と次のようなやりとりがあったそうだ。
先生「この、君の論文のタイトル『1947年国連決議181 -- パレスチナ分割をめぐる国際情勢』だけど・・・」
欧介「(割り込んで)かっこいいですね。(他のゼミ生が笑う。)でも、そのタイトルがかっこいい、ということだけはこのゼミでよくわかりました。」
先生「私が教えたかったことはまさにそのことだ。それだけだ。そのタイトルがいかにかっこいいか。君らは、弁護士や数学者など、それぞれの道を進むのだろう。しかし、どの道においても、こういう一見地味に見えることこそが、深くてかっこいいのだ。評論家にはなるな。」