ニューヨー句

1ニューヨーカーの1ニューヨーカーによる1ニューヨーカーのための1日1ニューヨー句

ドーナツの屋台に並ぶ冬朝日

2006年10月31日 | Weblog
昨日から冬時間になる。朝六時が明るくて嬉しい。夕べ夫がまた悪夢を見て叫んだ。本人いわく「止めて」と叫んだそうだが、私には「やああだ」としか聞こえなかった。「やああだ」と絶叫されて、二階で目が覚めた。きっと悪夢を見たのだ、起しに行くべきだろうかと耳を澄ませていたら、冷蔵庫を開けて麦茶を飲む音がしたので、安心してまた寝た。朝になって夢の話を聞いてみると、昔の東京の家の二階(義妹の部屋)で寝ていたら、長女が入ってきて勝手に日記を見始めたので、「やああだ(止めて)」と叫んだという。昨夜「のだめカンタービレ」の一回目を子供と見て寝たのが、夫の中のアニマを刺激したのかもしれない。二度寝した私は、夢の中でニュースのアナウンサーが、「先日ニューヨー句に掲載されました記事のうち、NYPのプリンシパル・ティンパニー奏者がベルリンフィルからヘッドハンティングされたという個所はあやまりであり、正しくはベルリンシンフォニーからであることをお詫びと共に訂正いたします」と喋っているのを聞いていた。書いた日の夜(夫に)訂正されて、まあいいや、とほうっておいたのが気になっていたのかもしれない。

刳り抜きて目鼻鋭き南瓜かな

2006年10月30日 | Weblog
チェロレッスンにて、ミスターLが次女にたずねた。次の三曲のうち次に弾きたいのはどれか。
・ フォーレ/After a dream
・ サンサーンス/Allegro appassionato
・ フォーレ/Elegy後半
次女が選んだのは最初の曲、夢の後で。これはチェロのソロだけ聞いてもわからないが、ピアノと共に聴くとあっと驚く素晴らしさだ。フォーレはハーモニーの天才である。シシリエンヌもエレジーもいいが、その二曲よりさらに洗練されて、ハーモニーは数段美しい。だがチェロはものすごく難しい。先日ストラヴィンスキーのヴァイオリンコンチェルトを弾いたGil ShahamとBrinton Smithと江口玲さんのトリオで聴く。朝お嬢さん二人を学校へ送る江口さんのお姿をたまにお見かけする。名演奏を聴いていると、またピアノが欲しくなる。

一日を南瓜あげたり貰つたり

2006年10月29日 | Weblog
<グッドニュース>
① Mathプロジェクト「ピタゴラス」終わる!
お祝いにPumpkin carving partyをやる。長女にとっては中学にあがって以来初めて、そして久しぶりのプレイデイトである。新しい友人のJCKYに彼女の双子の妹ANYに、次女の親友たちも招待する。かぼちゃのカーヴィングは三年目なのでだいぶ慣れてきた。最後に部屋の明かりを消して、六個のかぼちゃに灯を入れて見る。自分の彫ったかぼちゃをおみやげに持って帰ってもらう。
② 二十ポンド減量!
今週のバレエはMMI先生がお休みで、代わりにBB先生が来られる。MMI先生以上に厳しいレッスン。ちょっと初心者には無理なくらいの内容だ。益々やる気が出てくる。「違う先生に教えて頂くのもいいものですよ」とMMI先生のおっしゃったとおり。レッスンの後で体重計に乗ってみたら、ちょうど目標体重に達していた。だが問題は腹筋と太腿の筋肉も落ちてしまったことだ。これでは踊れない。今後は、夫と交替に私が長女を百八丁目まで送り、毎朝一時間歩いて帰ることにする。
③ 角川俳句賞予選通過!?
杉山久子ちゃんが、角川俳句賞の候補に残っていたのって、もしかして? とEメールをくださる。今回俳号の字を変えたので、もしかして? になったのだ。たぶん私だと思うが、ぐうぜん同俳号かもしれない。こちらの本屋には「俳句」がないので知るよしもない。本当にそうならものすごく励みになる。

帽子屋の夫婦と話す菊日和

2006年10月28日 | Weblog
中学からのお知らせEメールに、「何日何時のヒスパニック向け音楽チャンネルを見るように」と書いてある。ラテンポップスなど聞く気がしないので無視していたら、どうも数学の若い女教師が番組の中で踊ったらしい。生意気盛りの新卒のちょっと美人の先生である。ダンスと知っていれば見たものを。なぜ堂々と「私がテレビで踊るので見てください」と書かないのか。またそうこうするうちに、小学校からのお知らせEメールに、NJのHBKNにあるチャータースクールの案内が入っていた。チャータースクールとは、<父兄、教員、地域団体などが州や学区の認可(チャーター)を受けて設立、公費によって運営される小・中学校のこと>だそうだ。初めて聞いた。このEメールとほぼ同時に、「かのEメールは間違って配信されました」というお詫びメールも届いた。案内を読んでいたら、新校長の名前に見覚えがある。去年までいたやり手の女校長先生だ。ここにヘッドハンティングされたのだ。そういえば以前、「ご栄転」の噂を聞いた。写真など見ると、自然の中で伸び伸び学べる小中一貫教育のようである。入学は籤により決められ、地域住民の子弟が優先されます、籤は各グレードで実施します、と書いてある。中途編入も可能らしい。私立ではないが、私立のようにリッチなイメージだ。五年生による中学見学ツァーがちょうど始まったところなので、興味のある父兄もいるだろう。

浮浪者の手押し車に鉢の菊

2006年10月27日 | Weblog
カーネギーホールにてN響を聴く。もしうまければ日本に帰ってもいいくらいに思っていた。NYPには負けるだろうが、ベルリンフィルといい勝負であればと祈るような気持であった。オーボエの一音で嫌な予感がし、一曲目の武満でがっくりきた。ベルリンフィルほど揃ってもおらず、ウィーンフィルほどユニークでもなく、NYPほど音がよくない。何もかもに八十点を取る。それは音楽の好きなオケ人には到底目指せない道だろう。この数年来、至高のヴァイオリン、チェロの鉄人、ヴィオラの女王、オーボエの魔術師、フルートの妖精、ホルンの神みたいな人たちの音と歌と天才マゼールの棒捌に慣れてしまっているので、全くもって物足りない。これでは日本に帰ることができない。入れ替りに、今度NYPが日本へ行くらしい。
 

菊を見る指に短き煙草かな

2006年10月26日 | Weblog
長女の反抗期対策として部屋の模様替えをする。最近顔を合わすたびに長女が夫に喧嘩を売るので、二人を多少なりとも隔離する必要がある。次女の誕生いらい、長女は夫の作ったうどんでなければ食べないほど夫にべったりのパパっ子だったのに、今や「反抗期あいうえお」なのだ。
「あ」げ足をとる
「い」いがかりをつける
「う」しろを通らずチェロの弓にわざとぶつかりながら前を通る
「え」らそうにする
「お」まけにあやまらない
それどころか「反抗期いろはがるた」なのである。まあ、長くなるのでそれは割愛する。
一つ部屋で家族が食べて勉強して音楽して雑魚寝するのが私の理想だ。夫もそれを望んでいた。子供部屋なんぞ作るのは不本意なのだがしかたがない。子供の机に本に壁のもろもろ、思い出すべてひっぺがし、二階に運び上げる。やってしまうと淋しさより爽快感がわいた。長女は戸惑いながらも幸福そうに二階にこもってパソコンを叩いている。次女はいつものように下でちゃぶ台で宿題をしている。姉妹ゲンカも二階から聞こえてくるぶんにはよその家のできごとのようだ。「静かでいいね」と夫が言う。もっと早くこうすればよかった。だがこれが潮時というものだろう。

曇り硝子に映りたる庭紅葉

2006年10月25日 | Weblog
ミスSのアートクラスで昨日のトリップの感想を述べ合う。圧倒的にRichard Serraの鉄壁アートが子供たちの人気を博していた。赤い鉄板の内部では壁が柔らかく感じられるという意見は素晴らしい。Louise Bourgeoisの大蜘蛛と椅子が二番人気で、次女もこれが好きと発言する。その理由を聞かれて、「見ていると空想が湧いてきて自然に色んなストーリーが浮かんでくる」と答えた。学時代ミスSは、ビスコのクッキー工場でアルバイトしていた。帽子をかぶってベルトコンベアに並び、動物の型をくりぬいたクッキーを検品して、割れたのやできそこないを取り除けるパートを受け持っていた。「これ食べながらやってもいいですか?」と聞いて主任さんに「だめだ」と言われた。その工場がまさにあの美術館なのよ。何十年も子供にくりかえし聞かせている話なのだ。そういう重みはある。あの白い建物の内部の巨大オブジェのある空間に、クッキー製造の機械や歯車が亡霊のごとく重なり合って想起されるのは面白い。http://www.diacenter.org/bindex.html

雨雲に包まれてゐる紅葉かな

2006年10月24日 | Weblog
Dia Beacon Museumへ、通称ファンシーバスのコーチバスに乗って行く。行きは「ポーラー・エキスプレス」を上映していたので見ずに、寒そうなハドソン河と遠山の紅葉を楽しむ。帰りは「チャーリーのチョコレート・ファクトリー」だったので見る。この映画の貧乏家のセットが好きなのだ。一つベッドに向かい合う四人の祖父母や、屋根の隙間からチョコレート工場の塔の見えるチャーリーの部屋が私の理想である。我が家もいい線までいっている。Dia Beacon美術館は、元クッキー工場であった。高天井の広々とした一部屋に一つずつ巨大なオブジェが展示されている。地階の闇ではネオン作品に顔を照らされて歩き、庭に面した部屋では空中に浮かんだ大小の鯰の体から水が噴き出しているのを見ながら水槽の回りを歩く。白壁に蛍光灯の配された部屋をじぐざぐに歩き、赤い鉄板を螺旋に立てた壁の中をぐるぐる歩く。足を使う見学だ。私は次女を含め九人の子供を引率する。始終頭数を数えていなければならない。子供は子供でクリップボードと鉛筆を持たされ、素材や色や空間について記入しながら歩かねばならないので楽しさ半減である。次女は適当に記入して後はオブジェの真ん中で寝ころがったりしていたが、最後まで記入に追われている子もいた。質問の最後は、「あなたが大金持ちならどれを買って帰りたいか」であった。強いていえば、鉄の大蜘蛛の足の下の金網の籠の中の一脚のボロ椅子だろうか。

秋雲や夜空は河のごとくあり

2006年10月23日 | Weblog
プロコフィエフの「アレクサンドル・ネフスキー」をNYPで聴く。アイゼンシュタイン監督の映画がステージで上映され、NYPのアソシエイト・コンダクターであるミスXian Zhangが、画面モニターと秒針つき時計モニターの二台を睨みながら振る。たとえば画面で鐘が鳴れば、ミスZhangの指揮により、パーカッショニストが鐘を叩く。それが最高の鐘の音なのだ。こんな豪華な映画音楽は生まれて初めてである。あら筋は、13世紀のロシアの英雄アレクサンドル・ネフスキーがドイツ軍を氷河で撃滅するというだけのものだが、それにロシア娘を争う血気盛んな男たちの友情もからんで、愉快なシーンもある。当時ナチスの脅威にさらされつつ国の肝入りで作った映画だけあって戦闘シーンの規模は壮大だ。ザ・ロード・オブ・ザ・リングズで戦闘シーンを見慣れている子供に、「これCGじゃない。全部エキストラ」と教えて驚かせる。馬に乗り、マサカリや剣をふるう兵たちの大写しで、次女はロシア男と心を一つにして座席で飛び跳ね両腕を振り回し、隣のおじさんを喜ばせる。氷上で馬が滑って転ぶシーンでさえ観客は笑う。ベルリン・フィルからヘッドハンティングされてきた新プリンシパルのティンパニーが冴える。白いローブの胸に十字をつけたドイツ軍が氷の隙間に次々はまってゆくシーンは、モノクロだけに不気味な美しさだ。映画の最後に「もしも剣を携えてわが祖国に来るものたちは剣にて滅されよう。この信念はいつまでもロシアの大地に生き続ける」という文句が出た。

背の高き男来りし秋の暮

2006年10月22日 | Weblog
元々JFは、マンハッタン在住ピアニスト(現在育児中)のSH子さんが紹介してくれた英会話のチューターなのだが、夫のビジネス・スクール受験の折には単なる英語教師以上の働きをしてくれたし、会社の人以外では唯一の夫の友人ともなった。そのJFが次女のフォースグレードテストの応援に来てくれることになった。私と子供たちはJFと初対面だったがそんな気がしない。一時期、夫は毎日JFに会い、私たちも毎日JFの話を聞いていた。JFがアルゼンチンへ行って詩を書いていたことも知っていた。親戚の兄ちゃんが久しぶりに訪ねてくれたような懐かしい気がする。玄関で挨拶したあと、JFは靴を脱ぎ、ちゃぶ台の前にあぐらをかき、テキストを開く。すぐに低くてクリアなJFの声が聞こえてくる。いい楽器を聞いているような幸福な気分になる。声のいい人は嫌われないものだ。(余談だが、将棋解説の女流棋士の声が耳障りなので、森本レオに代わって欲しいと言う将棋ファンが多いらしい)次女も身を乗り出して、JFの話を聞き、はきはき答えている。次女の実力を見極めてもらった結果、リスニングに問題はないが、ライティングはトレーニングの必要があると言われた。ライティングを学べばリスニングもそれにつれて向上するだろう。的を得たことだと思う。今後も時々指導に来てもらいたい。帰る前にJFが、「響きと怒りや八月の光やアブサロム!アブサロム!のようなものを書いているの? グッドラック」と言ってくれた。彼はフォークナーファンなのだ。次回は一緒にチャイナFNにでも行ってカズオ・イシグロの話などしてみたい。イシグロスタイル(現在と過去の自分があたかも対話するような形式)をどう思うか聞いてみたい。JFはイギリスで教育を受けたのできっと読んでいるだろう。