ビールを飲みながら考えてみた…

日常の中でふっと感じたことを、テーマもなく、つれづれなるままに断片を切り取っていく作業です。

Aが上手くいかないから、Bをする

2006年01月21日 | 思考法・発想法
「…戦線から遠のくと楽観主義が現実にとって替わる。そして最高意思決定の段階では「現実」なるものはしばしば存在しない。戦争に負けている時は特にそうだ……突然ですが、あなた方には愛想が尽き果てました…」これは押井守監督の「パトレイバー2」の中で"昼行灯"後藤隊長が警察庁幹部らに言い放った言葉。この映画を始めてみた高校生の頃はもう1つ意味がわからなかったけれど、社会人となり、ビジネスという名の戦場で働いているとこのセリフの意味がよくわかる。

年度末も近いということもあって、社内で来年度の事業計画をまとめているのだけれど、うん、まぁ、何だろう、思わず打ち合わせの中でこのセリフを噛み締めてしまう。まぁ、事業計画ということで多少無理な計画値が設定されるのは仕方がないとはいえ、そのハードルがかなり高く、かといって今の事業ドメインで勝負しても達成の可能性は難しい。そういった状況の下、その打ち合わせの中で提出されたプランというのが、新しい事業ドメインで大きく穴埋めをするというもの。

新しい事業ドメインに手をつけるということ自体は決して悪いものではない。既存の事業がある程度成長すれば、次のステップに移るというのは当たり前のことでもある。問題は、新しい事業ドメインに取り組むのであれば、そこで成功するための努力と工夫が必要になるということだ。

こう書くと当たり前のことなのだけれど、こんなケースも多いのではないか。

「Aが上手くいかないから、Bをする」

ここで問題なのはAが「うまくいかない要素」とBで「成功するための要素」は全く別ものだということ。この市場でうまくいっていない、成長しきれていないからといって、別な成長が期待できる市場に参画すればとたんに成功するわけではない。この当たり前のことが時に忘れ去られているのではないか。

果たして何故このように、「(Bで成功するという)楽観主義が(Aがうまくいかないという)現実にとって替わる」のだろうか。1つの理由としては「現実逃避」だろう。うまくいかない現実というのは、一度分かってしまうと、例え計画であったとしても楽観的な数値をあげるということは心理的にできない。しかし一方で達成しなければならない目標があるとした場合、そのギャップから、思わず現実逃避的に物事を考えてしまうのだろう。つまり理由も根拠も曖昧なまま/曖昧だからこそ、いい加減な数値や期待をぶつけることが可能となり、「あっちなら成功するかも」みたいな発想になってしまうのだ。

またこうしたものの恐ろしいところは、特定の人間だけがそうなるわけでなく、会議全体の雰囲気、会議などに参加している人間の大部分がそのような「願望」を受け入れてしまうことだ。さっきまで非常にシビアに現状について話し合っていたメンバーが、急にその根拠のない願望に対して「これで大丈夫」みたいな判断を下してしまう。

そしてそうした空気が支配的になった場合、例えばBで成功することの無根拠性を問いただしたとしても多くの場合届かない。つまりこの段階で、無意識のうちに嫌なことは聞かない/聞きたくないというモードになってしまっているのだ。そして多くの場合、しばらくたてば(その「場」の魔力が消えてしまえば)、すんなりそのことの矛盾に気が付くのだ。

この愚かさは何とかならないものなのだろうか。

しかしこれは並大抵のことではなおらないだろう。そもそも無意識のうちに現実逃避をしてしまっているということもあって、多くの人がいつのまにかこの状態に陥っている。そしてそれは一度気付けば直るというものではなく、気が付けば「陥っている」のだ。

結局、こういうものを防ぐとしたら、どこかで客観的に今自分の置かれている状況・どのように考えているのかといったことを把握し、人の話を冷静に聞く、そうしたことを心がけることくらいしかないのだろう。



レビュー「機動警察パトレイバー2」:押井守が生み出した「テロ事件」

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