ビールを飲みながら考えてみた…

日常の中でふっと感じたことを、テーマもなく、つれづれなるままに断片を切り取っていく作業です。

【映画】東京夜曲:市川準が描いた「共同体」という重力と秘めた「恋愛」

2011年06月05日 | 映画♪

掛け違ったボタンのように、あるいはピースを取り違えたパズルのように、もしかしたらもっと幸せなかたちがあったのかもしれない。戻ることのできない時間。それでも続く毎日…市川準監督が東京の下町を舞台に長塚京三、桃井かおり、倍賞美津子それぞれの大人の切ない時間を描いた秀作。第21回モントリオール世界映画祭最優秀監督賞受賞作品。

【予告編】

映画『東京夜曲』 予告編


【あらすじ】

東京の下町にある上宿商店街に、数年前、家族を残して家を飛び出していたきりの浜中康一が帰ってきた。妻の久子は何事もなかったように夫を迎えるが、地元住民のたまり場である“喫茶大沢"では、そんな浜中の噂話に花が咲く。どうも浜中はまっとうな仕事に就いていなかったようだ。久子を秘かに慕っている作家志望の青年・朝倉は、そんな話を聞くうち浜中に反感を感じ、浜中と久子の過去を探り始める。(「goo映画」より)


【レビュー】

「もしあの時…」そんな想いは誰にだってあるだろう。自分の正直な気持ちに背いて、あるいはちょっとした優しさや感情のゆらぎに任せて選んでしまったこと。取り返せない日々。この作品では、そうしたちょっとした「掛け違い」によって、ずっと愛しい人への想いを胸に秘めてしまっている大人たちの、それでもそうした世界で生きていかねばならない姿を優しく描いた作品だ。

東京の下町。家族や友人、幼い頃から見知った町の人々…小さい閉じた世界の中で育ってきた浜中康一と妻・久子、友人のたみ、それに故人となったたみの夫・大沢。彼らにとっての幸福のかたちとはどんなものだったのだろう。

この作品では、久子へ想いをもつ朝倉を語り部に、康一、久子、たみの複雑な恋愛感情を描き出していく。誰もが結婚するだろうと思っていた康一とたみ、大沢のことを強く想っていた久子、しかし大沢はたみのことを想い、たみも大沢と結婚してしまう。それは愛情だったのか、憐れみだったのか。そしてまた康一と久子もそれぞれの想いを胸に秘めたまま結婚する。

互いの想いを胸に秘めることで成り立つ複雑な関係。しかし大沢の病死によってそのバランスが崩れることになる。たみと久子。康一はそのことから逃れるように町を飛び出していく。

もしこれが現在ならば、こんな風な想いは必要ないのかもしれない。バツイチや離婚・再婚も当たり前のものとなり、恋愛についても自分が愛おしい人を求めることができ、誰かを好きになればそれを素直に表現することが許されている時代。しかしこの3人の住む世界は小さな町だ。彼らにはまず「幼なじみ」「友人」としての関係があり、また「家族」や「周囲」の目もある。秘めること、我慢することしか許されないのだ。

「自由でいいわね」

久子の口からついて出た言葉。彼らはもうどこへも行くことはできない。家族があり、店があり、父親が作った借金があり、そこで働く従業員もいる。彼らは町や日常の重力に縛られている。

突然、戻ってきた康一を何事もなかったかのように許す久子。しかしそれは久子自身の罪悪感からなのか。未だに大沢のことを想い続けている自分に対して、あるいは康一からたみを奪ってしまった自分に対しての…そしてそのことは2人の関係にどこかで埋められない溝をつくりだしてしまう。

「お前に関係あることなど何もないよ」

たみにそう言い放つ康一。その言語とは裏腹に彼らは互いに求め合っている。必要としている。しかしこの町にいる限り、この関係を崩すことはできないのだ。

そして岡山へと旅立つたみ。何かが終わりを告げ、そのことで何かが始まろうとしている。同じように続く日常。しかしそこでは何かが再生される。それが新しい幸福のかたちなのか。

おそらく一番僕らに近い世代の朝倉には、そこに入り込むことのできない(ある意味屈折した)4人の関係性を見る。彼は何もできないまま、川向こうの町へと旅立っていく…

ここで描かれるのは、かっての日本がもっていた「共同体」の中で生きていかねばならない日本人たちの姿だ。それは共同体と個人との葛藤であり、美意識であり、制約である。そのことの是非はともかく、それは「パリ、テキサス」が描いたような個人の「欲望」の追求を前提とした世界とは違う。

だからこそ、懐かしさと何ともいえない(日本的な)切なさを感じさせるのだろう。


【評価】

総合:★★★★☆
長塚京三、桃井かおり、倍賞美津子のそれぞれの個性:★★★★★
こんな大人な世界を理解したいものです:★★★★★


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パリ、テキサス:ヴィム・ヴェンダースの最高傑作! - ビールを飲みながら考えてみた…



2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
重力 (PineWood)
2015-12-03 17:05:13
くぐもった感じがして郷愁すら感じしまう秀作…。(会社物語)のサラリーマンのペーソスとも通じ会う!
重力 (PineWood)
2015-12-03 17:05:19
くぐもった感じがして郷愁すら感じしまう秀作…。(会社物語)のサラリーマンのペーソスとも通じ会う!

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