”Introspezione ”by Opus Avantra
なんかこのところ、気が塞ぐことが多くてね。そんな時にはこの種の暗い闇の中の謎解きみたいな音の迷路にあえて迷い込んでみるのも一興である。と思って引っ張り出してみたんですが。
このアルバム、70年代イタリア産の、クラシック寄りのプログレ作品としてその分野で高い評価を受けている作品であります。ピアニスト、女性歌手、そして哲学者(?)という、訳のわからん構成の三人組のユニット。前衛(Avant-Garde)と伝統(Traditional)を融合、みたいな意味あいのユニット名だそうです。
まず冒頭は山下洋輔調といいますか、アバンギャルドなタッチのピアノが叩きまくり、聴き手を十分脅しておいてから(?)おもむろに、アルバムの幕が開きます。
クラシカルな弦や菅が響き、それをお供に、オペラの専門教育を受けたという女性歌手の歌声が響き渡る。演奏も歌声も曲調も完全にクラシックのフォームなんだが、その中心で渦巻いている猛々しさというか尖がった魂のありようは、確かにこれがロック畑の音楽である事を主張している。
最初のボーカル曲が”北上夜曲”みたいなベタに悲しげな曲調のマイナー・キーのワルツだったんで最初聞いたときは結構舐めてかかったんだけど、その後はやはりクラシック寄りの音の迷路が展開される。現代音楽寄りになったり、オペラチックな歌声が嫋々と響き渡ったりともう、やりたい放題。
と、ここで、「どんな具合にロックファン諸君には受け止められているんだろうな?」と興味を持ち、その関係のブログやらHPやらをうろついてみたのですが。
いや、結構評判悪いんで面白くなっちゃいましたね。なんか皆、「評論家連中は褒め倒してるが、自分としては好きではない」って方向の論調が多い。神格化されているみたいな感じだったんで、それを鵜呑みにして賞賛の嵐かと思ったら、そうでもないんだ。「閉鎖的過ぎる。もっロックっぽい音が欲しい」とか、そんな風に拒否反応を起こされているようだ。
そういう意味では「ワールドミュージック聴きが”ヨーロッパ大衆音楽の一つ”という捉え方で鑑賞する」という、変なところから高みの見物を気取っている私でありますが、冒頭に書いたように、その時の自分の心の向きによっては、この濃密な音空間、好ましく思えないでもない。まあ、私としては逆に、”ギンギンのギター・ソロ”とかは聴こえてこないほうが好都合でもあるんであって。
強烈な現実嫌悪、これがこのユニットの音楽を貫く音楽衝動の基本ではないですかね。込み入った構造の音楽の迷路を築き、そこではじめて彼らの繊細な心は猥雑な現実に脅かされることなくロマンを歌うことが出来る、みたいな。
だから彼らの音は親しみ易いロックの形を取るわけには行かなかった。と言って、自分が教育を受けたクラシックそのものの音を出すわけにも行かず、片方に”アバンギャルド”の看板を掲げずにはいられなかった。
などと深夜に、誰に読んでもらえるのかもあてのない文字を並べている私も暗いよなあ~。まあ、しょうがないね、性分だから。