昨22日は雨に祟られた東京スカイツリー開業日とかで、テレビでミヤネヤとかいうワイドショーを見ていたら、霧雨に上の方が霞んで見えない、かの巨大建造物を空しく画面に映し出しながら、「見えませんねえ」「こちらも見えません」とか、ずーっとやっていて、アホらしくて逆に面白くさえなってきたのだった。あれ、あのような想定外の事態にどう対処するか考えてないのかねえ。
それにしても、あのスカイツリーなるものの建立、なんにもめでたくない、むしろなんか知らず縁起の悪いものみたいに見えて仕方がないというのは私だけですか。
世界一とか言われても全然嬉しくないし、逆にバベルの塔今日版なんて暗いイメージが、その根っこのあたりから湧いて出ているように感じられてならない。いずれ遠からぬうちに、なんかの事故であっけなく倒壊するような絵が浮かんで来るのよなあ。
先輩?の東京タワーが戦後日本の高度成長を象徴する建物であるのに対し、スカイツリーの方は不景気とか大震災とか、どうも絡んでくる挿話もパッとしないものばかりだし。
なんてことを考えていたら、その前夜、ラジオで聞いた三橋美智也の昔々のヒット曲、おっと、今調べたら昭和37年のヒット曲となってるな、”星屑の街”のことなど、ふと書きたくなってしまったのだ。
とはいえ、この曲が大好きで、なんて話題ではなく、歌詞の意味不明な歌だったなあ、って話なんだが。
この歌の歌いだしの歌詞、これがどうも意味が分からず、子供心に不思議に思っていたのだったが、何、「今考えたってやっぱりどういうことなのか見当がつかない。
”両手を まわして 帰ろう 揺れながら”
というんだが、これ、具体的にどういう動作をするんだろうか?両腕を大車輪状態でグルグルまわして、それで空気を掻いた推力で前進するって意味なんだろうか?ほとんど物理的には意味をなさないと思うんだが。しかもその運動を”揺れながら”せねばならないのだから。もっとも、両腕をぐるぐる回している状態では当然体のバランスは崩れるし、結果として揺れるしか仕方がないのかもしれない。
この問題をネットで調べてみたが、やはり疑問を持った人はいて、いろいろ考察がなされている。いわく、これは酒場で一杯やってから故郷へ帰ろうとしている人の歌であって、両腕をぐるぐる回して、狭い酒場で凝った体をほぐしているのだ、とか。これは準備体操説といえようか。
また、故郷へ帰る列車の、その機関車の車輪の動きを両手で真似ているのだ、というのもあった。電車ごっこ説とでも言おうか。
などといろいろあったのだが、どうもスッキリ納得できるものに出会えない。
というか、作詞者本人、あるいはそれに近い人の証言などあれば、説得力があるのだが、それに出会えないので、ともかく決め手を欠く。
それにしても、当時”大人”としてリアルタイムでこの歌に向かい合った人々は、この歌詞をどのように解釈していたのだろうか?そんな昔話も見つからない。雰囲気ですべて受け入れてしまったのだろうか。などと首をかしげれども、もう時は流れ過ぎて久しい。
この歌がヒットした年、堀江謙一氏が太平洋をヨットで単独横断し、東京の人口が一千万人を超えている。
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