ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

モスクワは涙を信じない

2012-02-19 00:57:42 | ヨーロッパ

 ”Александра”by Tatyana & Sergey Nikitin

 クソ寒い日々が続くんでヤケクソで、あえて寒い国の音楽について書いてやろうと思う。
 「モスクワは涙を信じない」といえば1979年作のロシア(というか当時はソ連)の映画で、翌80年のアカデミー映画賞外国映画部門で黒澤明の「影武者」を抑えて大賞を得ている。
 その当時、アメリカ大統領の地位にあったロナルド・レーガンが、自身言うところの”悪の帝国”たるロシアの大衆のメンタリティを知るために、なんどもこの映画を観た、なんて話があり、これには苦笑を誘われたものだ。だって、”ロシア”抜きに考えても、あれがレーガン好みの映画とは到底思えないもの。見通すのは、さぞ苦痛だったろうなあ、ご苦労さん。

 そう、「モスクワは涙を信じない」は、田舎からモスクワに上京してきた女性の生き方を描きつつ、女性の自立した生き方というものを追求した、その方面の名作として評価されているのだった。
 ここに取り上げた”アレクサンドラ”は、「モスクワは涙を信じない」の挿入歌としてロシア国内でヒットした曲であり、かの国の国民的歌手(?)であるタチアナ&セルゲイ・ニキーチンによって歌われている。
 聴いていると、広大な大地の果てにある未知の人々の暮らしに夜が訪れ、凍り付いた空気の向こうで瞬く星の光の下で、人々が灯すささやかな明かりの温もりを遥かに感じ取る、みたいな感興が生まれ、そもそもがロシア民謡好きな私にはまことに良いアンバイのものなのである。

 夫婦デュオであるタチアナ&セルゲイは、歌手であると同時に二人共が物理学者であり、研究の傍ら、歌手稼業を続けているというエピソードも知る人は知るところである。
 なんともあの国らしいというか、歌手といえども物理学の学位でも持っていなければなれないのかなあ、などと思いかけ、なんのことはない、自分もまたレーガンといい勝負の偏見だらけのロシア認識しか持っていない事実を自覚させられて、こいつも苦笑をしておくしかなかったりする。
 実際、この歌のメロディをハミングしてみたり「モスクワは涙を信じない」という映画タイトルを思い返すと、かの国、あのロシアにも我々と同じ人間サイズの悩みや苦しみの中で、それでもなんとか生きて行こうとあがく、つまりは我々と同じ人間たちがいる、そのことがリアリティを持って立ち上がってくるようで、ある意味、ハッとさせられるのだ。知っているつもりで、実は何も分かっていなかったのだな、と。

 このアルバムはタチアナ&セルゲイのベスト盤とのこと。二人の音楽の基本は、セルゲイの爪弾くギターの響きを中心にしたシンプルなアコースティック・サウンドのなかで二人の素朴な歌声が響く、といった構造で、このさりげなさにロシアの大衆には懐かしさを覚えているのかな、などと想像する。歌われるメロディも、いかにも”いわゆるロシア民謡”っぽいもので、二人の歌はわが国におけるフォーク歌謡のような存在なのかも知れない。
 ちなみに、「モスクワは涙を信じない」とは、「ただ嘆き悲しむだけでは、誰も救ってなどくれない」というロシアの格言なのだそうだ。もう少し夢のあるタイトルなのかと想像していたんだが、そいつも厳しいなあ。




最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。