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ようこそいらっしゃいました。 カトリックの信仰などについて日々心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書き綴ってみます。妻と娘と三人一緒に洗礼を受けました。そんな日常を文字にしてみます。

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2004年に晴佐久昌英神父様により成人洗礼をうけた『おやじ』の[信仰告白]風コラム
カトリック高円寺教会ANNEX
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[ Weblog ] / 2012-04-06 13:13:13
 主の晩餐のミサにあずかりながら

 使徒パウロが

 コリントの教会への手紙

 というカタチで

 語りかけてくださいます。
 

 

 「わたし自身、主から受けたものです」




 わたしたちは

 主キリストに由来していることを

 忘れずに思いおこしなさいと。

 

 神さまに

 支配されているのではなく

 依存するのでもないのだと。



 知らぬ間に

 支配者になってしまうことがあります。

 そして

 それによって

 苛立ちや

 さざ波が立って

 人と人のつながりが

 ほころびはじめることがあります。


 日頃の会社勤めや生活でも遭遇します。

 ある意味「相手の愚かさ」を

 自分の思い通りに支配をして

 変えてやりたい

 と思う気持ちが

 空回りし、打ち砕かれているような感覚が

 怒り

 という感情に変換されアウトプットされているのです。

 相手を思いやる気持ちが強いばかりに

 このような

 怒りのスイッチをオンにしてしまうとも言えます。

 もちろん

 相対している人との

 それまでの関係性や

 距離感

 さまざまな要因が複雑にからみあっていたりもします。

 自分も苦しんできたのだから

 なんとかしてあげたい。

 そんな風に前向きに思いを募らせていても

 相手にしてみれば
 
 余計なお世話とか

 おせっかい

 ってこともあったりします。

 ときには

 最後まで面倒見ることを拒否して

 「冷たい人」に変身して

 離れ離れになっていくことも少なくないでしょう。

 

 ぼくたちは

 神さまに支配されているのではないです。



 「わたし自身、主から受けたものです。」



 信じることを続けている

 弟子のひとりとして

 誰かを

 支配するようなことは

 神さまがお望みではないことは言うまでもないでしょう。

 もう一人の誰かのことを

 気づかい

 思いやることは

 尊く

 たいせつなことです。

 それが

 支配することに変化してしまわないように

 自分の思い通りに支配をして

 変えてやりたい

 という思い上がりに変わってしまわないように

 気をつけなければなりません。

 相手が

 友人だろうと

 恋人だろうと

 自分の子どもだろうと

 誰であろうと。

 でも

 こわがって

 何も言えなくなってしまうことも

 神さまは

 お望みではないでしょう。



 「わたし自身、主から受けたものです。」


 
 聖なる三日間

 味わい深く

 主のみことばを聞き

 思いを巡らせています。




 神に感謝。
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[ Weblog ] / 2012-03-19 00:00:00
あたらしい

看板が

全世界に

アップロード

された瞬間



その瞬間を

目の当たりにして

神さまへの

感謝と

賛美

そして

何とも言えない

誇らしさで

胸が

キュンと締め付けられるようです。



この看板には

聖なる

唯一の

普遍的な

使徒継承の



しるし





深く刻み込まれていることを信じます。

責任とか

犠牲とか

奉仕とか

その看板のベースには

プレッシャーや

期待感

をあらわすような

いろいろなことがうっすらと書かれ

積み重なっているようです。

ただし

ど真ん中には

ハッキリと

潔く


わたしは神さまに愛されているものです




まばゆいばかりに

光り輝いているのが

見えます。



大西勇史助祭叙階式



神さまに

直接ふれた

神さまの

御業という

リアル。




神に感謝。
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[ Weblog ] / 2012-02-22 23:23:23
 ある人と出会って

 なんとなく波長というか

 感覚というか

 雰囲気というか

 親しくなるということにレベルみたいなものがあるとするのなら

 高いレベルで

 いや、ちょっとニュアンスが違うのだけれど

 お肌にスッとなじむファンデーションみたいな感じに

 馬が合うというのか

 お互いに

 しっくりくることがある。

 これは、男女の区別がなくて

 恋愛感情に発展するような代物でもない場合もある。


 そんな感覚。


 もしかしたら

 どちらかがオープンマインドで

 どちらかがヘルプミーだったのかもしれないし

 もしかしたら

 もっとシンプルに

 立ち居振る舞いや

 声のトーンだったのかもしれない。

 「あ、この曲、イイじゃん。」みたいな。



 「信じること」

 で

 つながっている教会というコミュニティでは

 こういう親和性みたいなものが高いのかもしれない。

 そうはいっても

 それぞれの人生を歩んできた人間同士なので

 自己主張もあるし

 なんとなく

 今までの人生でやってきたいつもの役回りになっていたり

 今度こそって張り切っていることもあるだろうし

 ここでは大人しめに、ひっそりとしていようってこともあったりする。

 自分が得意なことを応用してみようとしたり

 たまには自分のものさしを振りかざし、振り回してみたりもする。

 ぼくは、試行錯誤することが好きというか性分みたいなところがあるので

 やっぱりそういうアプローチというか、そういう考え方で動き出すことが多い。

 そうすると

 ゴールというか

 目的地というか

 マイルストーンでもいい

 そういうものを

 設定したいと思うのだけれど

 このあたりから

 自己満足くんが顔をのぞかせはじめたりする。

 この自己満足くんの話をたくさんの人にしてきたのだけれど

 「自己満足でイイじゃないですか。」とか

 「自分が満足しなけりゃ、他人を満足させられないのだから、何を悩むことがある。」

 というアドバイスがほとんどで

 これはこれで

 ありがたいのだけれど

 やっぱり

 心は晴れることはなかったりする。

 しかし

 こんなことばかり

 ずっと考えていたりすると

 ひょっこりと

 糸口みたいなものが

 突然

 目の前に現れたりするので

 やっぱり人生は、おもしろいのだと言える。


 
 「あなたは、人のためになる活動を

  自分のためにやれるんだからすばらしいじゃん。



  自分のためにやっていることで

  他人がよろこんでくれるなんて

  とてもありがたいことでしょ。」



 久しぶりに

 う〜ん、と唸った。

 ものすごくシンプルなことなんだけど

 アタマで理解しようとしすぎて

 いよいよ

 身動きが取れなくなりそうになっていたから。


 ストンって

 音までは聞こえてこないのだけれど

 重く重く積み重なって

 「言い訳」という発酵をし始めていた

 根っこに

 泉から湧き出た

 新鮮な

 一滴の水が

 振りかけられた

 そんな気がした。


 水に思えたのは


 灰だったけど。


 回心


 四旬節のはじまり。




神に感謝。
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[ Weblog ] / 2012-01-01 03:03:03
 いつもより

 少し早いタイミングで

 12月31日午後11時30分くらいに

 聖堂で

 目を閉じている。

 

 新しい年の到来を

 いろいろな経験をした一年に

 ケリをつけようと

 総括しようと

 忘れてイイことは忘れてしまえと

 人それぞれの

 さまざまな思いの中で

 時間が過ぎ行くのを

 待っている

 ひととき。


 カウントダウンなのか

 カウントアップなのか

 まぁ、そんなことはどうでもイイこと。

 

 今年も

 この場所で

 新しい年を迎えることができることに

 ひたすら感謝しながら

 目を閉じている。


 とんとんとん、と

 肩をたたかれる。

 「第二朗読をお願いします。」

 神さまからのご指名であれば

 断る理由は

 何もない。

 何一つもない。

 慣れとか

 好きとか

 それこそ

 上手いとか下手とか

 そんなものも

 存在する余地もない。

 間髪入れず

 躊躇なく

 「はい。」

 と

 むしろ

 このタイミングに

 ありがとうございます

 なのだ。


 そうは言いながらも

 弱さが

 自己満足という

 シャドーが

 ひょっこりと

 むくむくと

 忍び寄ってくる。


 だから

 静かに

 目を閉じている。


 もうすぐ鐘が鳴る。

 時計の針が進む。

 きっと

 オンタイムに

 午前零時きっかりのタイミングで

 鐘を鳴らす準備が進んでいる。


 この静寂が

 待ちわびたロードショーの作品がはじまる前の

 照明が落ちた瞬間のような

 このひとときが

 この一瞬こそが

 リセットだったり

 リブートだったり

 リフレッシュだったりなんだと思う。


 迷いが何もない

 この一瞬が

 いとおしく

 ありがたい。

 
 「カンカーン、カンカーン、カンカーン。」


 鐘が鳴った。




神に感謝。
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[ Weblog ] / 2011-12-25 00:00:00
 2011年の12月24日。

 時はうつろう。

 何かが変わって

 何もが変わらない。

 降誕祭のミサ

 聖体拝領に並ぶ多くの人たち

 頭を下げて

 祝福を受ける

 神さまと

 はじめましてをしている人に

 八年前の

 自分を重ね合わせている。



 東日本大震災の被災地に行ってから

 何もできないもやもやを

 吹き飛ばそうと思って乗り込んだ

 現地の空気に触れてから

 違う種類の

 とらえどころのない

 何かに

 見えなることのない

 蜘蛛の糸のようなもので

 ぐるぐる巻きになってしまっていることに

 戸惑い

 違和感を覚え

 喉の奥に引っかかっている

 取れそうで取れない

 小さな魚の骨みたいな異物が

 その存在が

 ぼくの存在を

 否定し続けている。

 落ち込むとか

 憂鬱になるとか

 そんなことなら

 そんなにわかりやすいことなら

 重ねてきた人生の経験値の中で

 ある程度は

 対処ができると思っている。



 またひとり

 祝福を受けている。


 
 だいじょうぶと

 耳の奥から

 声が聞こえた。



 かわらないもの



 アタマにフラッシュが一閃

 

 ピュア



 今日、教会に来る前に

 本当に偶然のように開いた本に

 書かれていた

 ひとつの詩


 

 自分は目を閉じる

 真っ暗なその

 神の黒板を前にして

 自分は熱心な生徒でありたい

 何ごとも識り分けること少なく

 生きることに対し

 またも自分は質問の手をあげる

 

 
 そんなに難しく考えることないじゃんって

 自己完結に向かおうと試みたりするのだけれど

 逃避や

 先送りにするようで
 
 謙虚と

 自己満足の

 はざまで

 ペシャンコにもなれずに

 なんだかなぁと

 でも気づかれないように

 いつも通りに

 でも

 実は

 いつも通りの

 「いつも」が

 全く分からなくなっていたりする。



 変っているのは

 どこでもない

 だれでもない

 いつも

 自分自身。



 信じること

 信仰があって

 立ち戻れる場所があることに

 その原点に

 感謝します。



 すべての人に


 メリークリスマス






神に感謝。
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[ Weblog ] / 2011-04-25 15:15:15
 復活徹夜祭

 そのなかで行われる

 洗礼式

 今年の高円寺教会は

 この日

 17名の新受洗者が

 みごとに

 美しく

 まばゆいばかりの光の中で

 「信じます。」と宣言し

 まさに

 新たに

 生れ出ました。


 
 
 額を流れ落ちる

 祝福された水

 その瞬間の

 まぶしいほどの

 顔の輝き


 
 復活祭のはじまる少し前に

 聖堂にいらっしゃったシスターに声をかけました。

 「シスター、毎年毎年、歳を重ねるたびに感動が増してくるんです。

  自分のときのように、いや、自分のときのことの重みやありがたみが

  どんどん深まっていって

  今日、侍者をさせていただきながら泣かないように気をつけねいといけません。」

 シスターは、ニッコリ笑って

 ぼくの肩をさすってくださいました。



 キリスト復活。

 実(じつ)に復活。



 神に感謝。
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[ Weblog ] / 2011-03-21 10:10:10
 いまこそ、うれしい知らせや良いことを共有するときだと思う。

 とにかく

 出所がはっきりしていなかったり

 愛する人に自信を持って最優先で伝えられないよう情報は、拡散させるべきではないし

 自分の不安や心配を薄めたいというようなときには

 インターネットにしがみつくのではなくて

 人に会うことをすればイイと思う。

 励まし合う時だと思う。

 ただし

 いま、あわててあなたが英雄になることはない。

 これは、災害時に肝に銘じてほしいと思う。

 デマがチェーンメールで拡がってしまうのも

 良かれと思ってむやみやたらに物資を送りつけたり

 それこそいてもたってもいられなくて混乱している被災地に行ってしまったりすることも

 すべては、こういう意識が働かなくて

 良かれと思ったことが

 さらなる混乱を生み出してしまっている。

 難しいかもしれないけれど

 何かの行動を起こす時には

 一呼吸して、深呼吸して

 アタマを一瞬、冷やしてみる。

 そして

 お買い物をする時のように

 いろいろ比較してみること。

 その情報が、正しいかどうか。

 何度も言う。

 いま、あわててあなたが英雄になることはない。
 

 大船渡で安否確認ができていなかった高円寺教会で洗礼に預かった教会家族の無事が確認されました。

 神さまに感謝します。

 いまだに安否確認ができていない方々、そのご家族の方々のために祈ります。


 

 被災者のための祈り

 あわれみ深い神さま、

 あなたはどんな時にも私たちから離れることなく、

 喜びや悲しみをともにして下さいます。

 今回の大震災によって苦しむ人々のために

 あなたの助けと励ましを与えてください。

 私たちはその人たちのために犠牲をささげ、祈り続けます。

 そして、一日も早く、安心して暮らせる日が来ますように。

 また、この震災で亡くなられたすべての人々が

 あなたのもとで安らかに憩うことができますように。

 母であるマリアさま、

 どうか私たちのためにお祈りください。

 主キリストによって。アーメン。
                   (日本カトリック司教協議会)


 自分ができることを

 できる範囲で

 できる限り

 いっしょうけんめいやりましょう。

 決して無理をしてはいけません。

 誰かのために何かをしようとして、自分の不安を押し付けてしまうことがあるのです。

 そして

 委縮することなく

 普段どおりに生活をしていきましょう。



 だいじょうぶです。



 神に感謝。
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[ Weblog ] / 2011-03-14 13:27:20
 洗礼志願式

 「志願する」という言葉の響きに

 正直、堅苦しさや重苦しさを感じてしまうようなときもありますが

 目の前で繰り広げられている様子を見ていれば

 そんな

 単なる自己中心的な気持ちの悪さなど

 簡単に吹き飛んでいきます。

 
 今年は、タイミングが良く

 侍者として

 洗礼志願式のある、ごミサの典礼奉仕に携わることとなりました。


 洗礼志願者のみなさん

 それをあたたかくフォローする代父母のみなさん

 教会にやってきた求道者の方々をミスリードすることの無いように大切にバックアップしている入門係

 入門講座で神さまとの距離をさらに近づけてくださった神父様やシスター

 そして

 今日のこの日を

 微笑えましく

 もろ手をあげて心からよろこび

 歓迎している教会家族

 
 これってやっぱり奇跡的な出来事だと思います。

 そしてこれが決して大げさな表現ではないと思うのです。

 
 精霊の働きが

 ひしひしと感じられる瞬間です。

 「瞬間」などという言葉を使うと

 すぐに過ぎ去っていってしまうようなイメージかもしれませんが

 まごうことのないリアルとして

 すべてのみなさんの心に

 消えることのないリアルとして

 確実に刻まれたのです。


 洗礼志願者のみなさんが無事に復活徹夜際にたどり着けるように

 お祈りしています。



 神さまとの出会いを

 気づきを

 これからの信仰生活を

 みんながいっしょにいるということを

 どんな状況に置かれても

 神さまはいつもいっしょにいてくださるということを

 「信じる」ということを

 静かに

 深く

 ときにはアツく

 続けていけることに

 感謝しながら

 これからの人生を

 それぞれの人生を

 生き抜いていきます。 



 つながっているという

 圧倒的な

 心強さ。





 神に感謝。
Copyright© 2011 Luke8488
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[ Weblog ] / 2011-03-12 08:13:28
 昨日の大きな地震の後

 およそ一時間ぐらい後の余震が続く中

 教会にむかいました。

 神父さま方、司祭館や天使の森(教会売店)でお手伝いをされていた方々みなさん無事でした。

 建物は

 聖堂の瓦が落ちることもなく、天井から塗料が剥げたらしきものや一部瓦礫のようなものがほんの少しだけ落下していましたが、大きな被害はありません。

 司祭館は、揺れが一段と激しかったと聞きましたが、二階にある神父さま方の本棚の本がすべて飛び出し落ちた程度で、大きな被害はありません。

 みのり館は、棚からの落下物があったりしましたが、大きな被害はありません。

 じっくりと冷静に見てみれば、いろいろな部分で被害や不具合が出てくるかもしれませんが、高円寺教会はだいじょうぶです。

 落ち着いて

 身近な方の安否の確認をしていただければと思います。

 東北地方を中心に揺れが激しかった地域に住んでいられる方々の安全と生還を心から祈ります。

 不安感に襲われることもあるかもしれませんが

 焦らずに

 だいじょうぶです。
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[ Weblog ] / 2011-03-08 20:53:32
 妙に納得してしまう文章に出会うことがあります。

 それが聖書に書かれているものではなかったりするので

 人生はおもしろいといえます。

 きっと意識していないつもりでも

 そちら方面にアンテナが伸びているのでしょう。

 苦労

 苦労には三つの種類があるのだそうです。

 
 
 取り越し苦労
 

 
 持ち越し苦労

  

 持ち出し苦労


 
 の三つらしいです。


 取り越し苦労というのは、聞いたことがあります。

 シンプルに言うと

 「まだきてもいない未来のことを心配すること」です。

 心配性とか臆病などというニュアンスを含んでいたりします。



 持ち越し苦労というのは

 「済んだことをいつまでもグジュグジュ言っていること」らしいです。

 言い得て妙です。

 執念深いとかスランプの素、癒えない傷って感じがします。


 
 さて

 持ち出し苦労ってどういうことを言うのでしょうか。

 持ち出し苦労というのは

 「どこから持ち出してくるのか分からないけど、不幸な人の例を取り出してきて、大変だ!と言っている人のこと」だそうです。

 周りにもいるでしょう。

 お気の毒というような雰囲気を演出しているのだけれど、ゴシップニュースを伝える下品な芸能レポーターみたいなというか、大きなお世話というか、何だか嫌や〜な気分にさせてくれる人がいます。


 この「三つの苦労」の話には、オチがついていました。


 ツイていない人は、この三つのうちのどれかをやっている。

 
 なんだか妙に納得します。


 ツイてる、ツイてないってのはあんまり好きな概念じゃなかったりするのだけれど


 この三つの苦労は


 全部


 自らの不安とか闇が


 それを選択させることなので


 率先して


 前向きに


 チョイスすることはないでしょう。


 できうる限り


 抱え込むことは、ないでしょう。


 持ち出し苦労は特にお互いに

 
 遠慮するようにしませんか。





 神に感謝。
Copyright© 2011 Luke8488
 
 
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[ Weblog ] / 2011-02-01 00:00:00
 妻の仕事のランクが上がったので

 時間的な制約やら、役割分担などが発生しているのだけれど

 何となく

 だんだんカタチになってきていて

 いや

 カタチになるというとカッコウつけすぎで

 実は、ぼくや娘が「ただ、動けばよいこと。」だったりします。

 しかし

 ここで教育的指導がなされるわけです。

 たとえば

 「洗濯物は、ちゃんとしわを伸ばして干しなさい。」とか

 「食事の後片付けである洗い物は、排水溝に溜まったゴミまでしっかり処理をしなさい。」とか

 いまより若くて、浅はかで、結局自分のことしか考えていないころ

 そう、余裕が無いときには

 「こっちだって遊んでるわけじゃないだろ。やらないよりやったほうがましじゃないのか。そんなこといわれたらやる気が失せる。」

 こんな風に考えていました。

 「やるだけまし。」という詭弁を振りかざして逃げるわけです。

 「だったらやらない。」と反発するわけです。

 やらない、できない理由はいくらでも思いつきます。

 でもそれで投げ出したふりをして、手伝わなければ

 しかも

 ちゃんとやらなければ

 どこかにしわ寄せがいきます。

 負荷がかかります。

 作業量の低減だけではなくて

 ストレスが産み出されてしまったりします。

 だから

 どうせやるのだから

 ちゃんとやりましょうということになるわけです。

 

 また今日も突っ込まれます。

 「アイロンがけした服のハンガーへのかけ方方向が違う。」と

 たまにおまけがついていて

 「もう、何度言ってもわからないんだから。」などと

 とどめをさされそうになったりします(笑)

 「ありゃりゃ。」とか

 「そんなのどっちでもイイじゃん。洋服ダンスにかけるときに調整すれば」

 などと戯言を口から出してみるのですが

 内心

 「うまくできてなかったのか。」と悔しかったりします。

 でも

 できることなので

 あ〜だこ〜だ理屈をこねないで

 やるだけです。

 それは

 目的が明確だからです。


 おもいやり


 助け合い


 ただ


 それだけ。





 神に感謝。
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[ Weblog ] / 2011-01-31 23:01:44
 新しい年が明けてから

 もう一ヶ月以上のときがすすんでいます。

 昨年末から

 仕事用としてfacebookのアカウントをとってコミュニケーションをはじめる必要性に迫られました。

 ロシアの方々は口を揃えて言います。

 「先生、facebookのアカウントを教えてください。」と。

 それに加えて、別のブログでの仕事系の情報発信にチカラを入れていたりで

 なんだか

 ここで一息つくことがなくなってしまいました。

 以前からSNS(ソーシャル・ネットワーキング・システム)には、自分は向いていないと思っていたので、mixiなどについても触らないで生きていこうと決めていました。

 リアルタイムでのレスポンスを互いに期待するコミュニケーションは、直接会うことが望ましいというか、時間がいくらあっても足りなくなりそうだったので。

 しかし、こちらの思惑とは関係なく、海外の方々とやり取りするのは現在のところfacebookが最も簡単で、使い勝手が良いと、海外の方に勧められたことがことのはじまりなのですが

 やっぱり時間を割かれてしまうことになっています。

 たとえば、モスクワとは9時間の時差があったりするので、それこそリアルタイムに対応していれば、寝ている暇はありません。

 自分で決めていたことを曲げることは

 やはり

 たやすいことではありませんでした。

 そして

 はじめてしまったからには

 途中で降りたり投げだしたりするのは

 やっぱり違うと思っています。

 

 昨日の日曜日は

 ごミサの後に信徒総会がありました。

 たくさんの方が出席されて

 いろいろな思いや考えが交錯しました。

 そして

 教会家族というのは

 つながっているのだということを

 圧倒的に

 強められる。

 それが

 聖霊のはたらき

 目に見える

 リアルです。


 総会後には

 ボーイスカウトのみなさんが総出で

 おもちをついて

 おいしくふるまってくださいました。

 

 寒さは明日から緩むと聞きました。


 
 すこしづつ


 春が近づいてきます。


 冬は時が来れば去っていくのです。

 

 冬が去るのか


 春がやってくるのか


 どっちでもイイこと。






 神に感謝。
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[ Weblog ] / 2010-12-26 00:00:00
 降誕祭のごミサの余韻の中


 吉池神父様とお話をしました。


 「今日もたくさんの人が、聖体拝領で、祝福を受けていましたよね。」


 「うんうん、そうだったね。たくさんいたね。」


 

 ほんとうの心から


 心の底から


 ようこそ


 そして


 ここまでたどり着けて


 ほんとに良かったね


 と




 祝福を受けるすべての方々に


 天使が舞い降りているのが見えるようでした。


 

 この日のリアルが


 きっといつの日にか


 新たなるアクションをおこす


 きっかけになることは


 わかっています。




 久しぶりに会えた人もたくさんいました。



 
 神のみこころ。




 神のみわざ。




 メリークリスマス。



 神さまとのはじめましては面接ではなくて



 気づきへの握手。







 神に感謝。
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[ Weblog ] / 2010-12-13 10:45:48
 ごミサで侍者としてお手伝いさせていただいている様子を見て


 「今日、やさしいそうな顔で、微笑んでいたね。」と


 よくよく言われることがあります。




 聖体拝領の列


 「洗礼を受けていないので、祝福をお願いします。」


 その言葉を耳にした瞬間や


 それすら言葉に出せない小さな子どもや赤ちゃんが


 無防備に


 ひたすら


 神父さまを


 じっと見つめる


 あのまなざしに


 微笑むことをとめられないのです。


 もちろん


 お一人お一人のことをジロジロ観察などしていません。言うまでもありません。




 「神さまのお恵みがいっぱいいっぱいありますように。」




 そう言いながら


 神父さまが、赤ちゃんのほっぺたをすりすりされているお姿は


 まさに


 天の国そのものです。




 今日、ごミサの後で


 あの曲が


 オルガンで練習されていました。


 そう


 あの曲です。


 一年に一度しか聞くことのできない


 あの曲。




 ぼくにとってのスペシャルが


 今年ももうすぐやってきます。


 決して色褪せることのない


 あの瞬間。




 今年もたくさんの方々が


 12月24日に


 最寄の教会や


 偶然入った教会で


 あの曲に出会うことでしょう。





 神さまと


 はじめまして


 の瞬間。




 昨日もつくづく


 「あ〜、いま


  ここにいるんだよなぁ〜。」って


 聖堂にいながら


 しみじみとしていました。




 おもしろいほどに何かが変わる瞬間。




 そんなきっかけ。







 神に感謝。
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[ Weblog ] / 2010-12-13 05:05:05
 戦国時代のお話のようです。




 「われわれの部隊は、ある意味最前線ではなく


  出動機会は少ないが


  一年に一度


  大きな戦(いくさ)に立ち向かわなければならない。
 

  そのために綿密に慎重に準備を進めて欲しい。


  そして、戦う意欲を持ち続けていてほしい。


  われわれは、外様という立場にあるかもしれないが


  心して事にあたって欲しい。」





 ひとりのものがおずおずと申し出た。


 「この場で戦い続けることが難しくなりました。


  自らのお家の事情もあり


  常に助太刀することがかなわぬゆえこの部隊を離れることをお許し願いたい。


  しかし、いつでも参戦する所存であります。」


 たしかに最前線のように毎日戦うわけではないのだが


 人手は重要である。


 しかし、事情が事情のようなので


 こころよく送り出すこととした。




 数日後伝令がやってきた。


 「お伝えします。この度あなた様は最前線の騎兵隊の隊長に任命されましたので、お取り計らいいただきたい。」


 出番の要請にはよろこんではせ参じることにした。


 風の噂で


 あのお家の事情を理由にわが部隊を去ることとなった者が最前線に配属されることを打診され快諾したと聞いた。


 正直、どういうことなのか理解に苦しむ。


 戦の頻度は、わが部隊よりもはるかに多い。


 ましてや最前線である。中途半端な気持ちで立ち向かうことは、どのような事態を引き起こすのか考えるまでもない。


 同じ味方であることはまごうことなき事実であるので腹に落とそうと思うが


 ことのほか喉のあたりに引っかかっているような


 あまり気持ちの良くない状態が続いていた。




 そのような空気を察してか


 あるお方が声をかけてくださった。




 「そなたは、人数を集めたいのか、戦力を集めたいのか。」



 「戦力に育つことは可能では・・・。」と言いかけて


 頭の中の霧が晴れて


 喉もとに詰まっていた何かがとれる感覚に、はたとわれにかえった。


 そういうことだったのか。






 戦いの荒れ野には


 ただ


 木枯らしが


 寒々と


 吹いているばかりであった。


 何を思い悩むことがあろうか


 ここで立ち止まるわけにはいかないのだ


 次なる戦いのために


 準備をしなければならない。












 神に感謝。
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