前回の記事2号井戸原水からシアン検出の謎にせまる その1に引き続き、2号井戸原水に0.037 mg-CN/Lのシアン化物イオン及び塩化シアンが検出された経緯の謎を取り上げる。と言ってもさほど難しいことではなく、2号井戸原水を分析した登録水質検査機関Bでの具体的な分析手順が調査で明らかにされればよいのである。その結果で問題の在りかがさらに絞られることが期待される。
試料水に含まれるシアン化物イオン及び塩化シアンの分析法は厚生労働省告示第261号(平成15年7月22日)別表第12の中で次のように記されている。
《3 試料の採取及び保存
試料は、精製水で洗浄したガラス瓶又はポリエチレン瓶に採取し、①試料100mlにつき次亜塩素酸ナトリウム溶液(有効塩素0.05%)1mlを加えてゆっくりかく拌し、更に酒石酸緩衝液(1mol/L)1ml及び酒石酸ナトリウム緩衝液(1mol/L)1mlを加えた後、満水にして直ちに密栓し、冷蔵して速やかに試験する。
②なお、試料に結合残留塩素が含まれていない場合には、次亜塩素酸ナトリウム溶液(有効塩素0.05%)1mlを加えてゆっくりかく拌する操作は省略することができる。》
また水質基準に関する省令の規定一部改正(平成17年3月30日)では次のような改正がなされた。
《(8) 別表第12
・ ③検水に結合残留塩素が含まれるときは、試料採取時に次亜塩素酸ナトリウムを添加し、遊離残留塩素に変化させてから分析すること等とした。》ここで①、②、③と強調は私が以下の説明のために付け加えてものである。
ところで厚生労働省の定めた分析法が現場でどのように使われているのか、和歌山市水道局工務部水質試験課がまとめた「シアン化物イオン及び塩化シアンの操作手順書」(文書番号:S-5.3-27)がインターネット上に公開されているので、試料水の取り扱いに関する部分を引用する。上記の文章と比較して頂きたい。

この操作手順書には①の部分の操作が定法として記されており、試料が井戸水の場合は原水であれ処理水であれ一様に①の操作を行うことになっている。②はある条件下では①の操作を省略することが出来ると規定しているだけなので、省略しなくてもよいことになり、和歌山市の操作手順書が②の部分を記載していないからと言って間違いにはならない。さらに①を定法としている限り③によらずともすでに次亜塩素酸ナトリウムを添加しているのであるから、わざわざ②を考慮するには及ばないことになる。だから②は手作業で原水の分析を行うような場合には次亜塩素酸ナトリウム添加の手間を省けるぐらいの便利さをもたらすが、多数の試料を連続的に分析機器で分析する際には井戸原水と処理水を区別せずに①の操作を行う方がはるかに便利である。
さらに細かいことを言えば、厚生労働省の文書では「満水にして直ちに密栓し、冷蔵して速やかに試験する」との文言があって、速やかに試験するように指示しているが、和歌山市の操作手順書にはこの文言がない。アンモニア性窒素を含んだ試料水に次亜塩素酸ナトリウムと酒石酸緩衝液成分を加えて長時間放置すると塩化シアンの生成量の増加することが下にも述べる再現実験で確かめられていることからみると、和歌山市の操作手順書で速やかに試験するとの文言を省略したのは国の定めた手順から外れていると言わざるをえない。その意味でも登録水質検査機関Bが分析を行った具体的な手順が明らかにされるべきなのである。
伊藤ハム「シアン問題」の調査対策委員会報告書(平成20 年12 月25 日)は2号井戸原水にシアン化物イオンおよび塩化シアンが検出されたことに関して「(1)考えられる原因」の中で、《塩化シアンは、シアンが塩素処理によって生成する化合物であり、塩素処理を行っていない井戸水原水では検出されることはあり得ない。また、井戸水原水では、結合塩素が検出されなかった(当然のことではあるが)ため、分析時に次亜塩素酸ナトリウム(0.05%)も添加していない。》(45ページ、強調は引用者)と述べている。その論理に間違いはないが、登録水質検査機関Bでは次亜塩素酸ナトリウムの添加に先立って結合塩素の検出を実際に行ったのかどうかは疑問である。結合塩素を分析するより次亜塩素酸ナトリウムを定法に従って添加する方がはるかに楽であるからだ。それに2号井戸原水の分析を最初に行った際に分析時に次亜塩素酸ナトリウム(0.05%)も添加していないことが事実であることを確認したとはどこにも明言されていない。46ページに《塩素処理を行っていない井戸水原水であるにもかかわらず、シアン化物イオン及び塩化シアンが検出され、しかも、原水試料に塩素が混入する可能性が皆無と思われることからすれば、原水採水後から分析結果までに何らかの塩素混入があった可能性を疑わざるを得ない。》とあるが、この強調部分は登録水質検査機関Bで確かに前処理過程で次亜塩素酸ナトリウム(0.05%)を原水に加えていないことを確認してから始めて可能になる主張であろう。
報告書(35ページ)によると2号井戸原水にアンモニア性窒素が2.40mg-N/L含まれている。もしこれが100%塩化シアンに変化したとすればその濃度は4.46mg-CN/Lとなり、現実に検出された値0.037 mg-CN/Lはその百分の一以下になる。2号井戸原水に上記の分析手順に従い次亜塩素酸ナトリウムと酒石酸緩衝液を加えて、意地でも塩化シアンを作ってみせると条件探しに頑張れば0.037 mg-CN/Lの塩化シアンぐらいは出来てくるのではなかろうか。現に再現実験Aでは2号井戸原水(塩素添加量/塩素要求量=0.00)を定法に従い次亜塩素酸ナトリウムと酒石酸緩衝液を加えて22時間放置する(登録水質検査機関Cの前処理・分析条件7)ことで0.0017mg-CN/L程度のシアン化物イオンおよび塩化シアンが検出されているではないか(図4、報告書32ページ)。
(補足説明 前処理で試料水100mlに次亜塩素酸ナトリウム溶液(有効塩素0.05%)1mlを加えたとして、この混合溶液中の有効塩素濃度はほぼ0.0005%となる。すなわち5mg-Cl/Lで上記塩化シアン濃度4.46mg-CN/Lの82%の当量比となる。言葉を変えれば計算上、井戸原水中のアンモニア性窒素の最大82%が塩化シアンに変化しうると言うことでこれは3.7mg-CN/Lに相当する。)
登録水質検査機関Bで原水に限り前処理で次亜塩素酸ナトリウムを加えていないことが確認されて始めて基準値の3倍以上のシアン化物イオン及び塩化シアンの出所がミステリーと化すのである。
私が現役時代に青酸と慣れ親しんでいた?ことが根底にあってついつい伊藤ハム「シアン問題」に深入りしてしまった。それというのも調査対策委員会報告書(平成20 年12 月25 日)が数々の問題を含んでいるにせよ、今後類似の事件が発生した時に企業がとるべき対応に対する有益な示唆があり、またそれだけに報告書のあるべき形として一科学者としての意見が触発されたからである。そこで私は出来上がった最終見解だけを提出するのではなく、思考過程そのものから公開することが科学的に考えることの一つの実例として受け取られることを期待しつつ順次見解を公開してきた。常識さえあれば誰にでも科学的にものごとを考えることが出来ることを示したかったのである。
伊藤ハム「シアン問題」の過去ログ
伊藤ハム「シアン問題」調査対策委員会の報告書は出たものの
伊藤ハム「シアン問題」の謎について
伊藤ハム「シアン問題」調査対策委員会報告書のあれこれ
謎は謎を生む伊藤ハム「シアン問題」
伊藤ハム「シアン問題」は幽霊事件?
伊藤ハム「シアン問題」 2号井戸原水からシアン検出の謎にせまる その1
試料水に含まれるシアン化物イオン及び塩化シアンの分析法は厚生労働省告示第261号(平成15年7月22日)別表第12の中で次のように記されている。
《3 試料の採取及び保存
試料は、精製水で洗浄したガラス瓶又はポリエチレン瓶に採取し、①試料100mlにつき次亜塩素酸ナトリウム溶液(有効塩素0.05%)1mlを加えてゆっくりかく拌し、更に酒石酸緩衝液(1mol/L)1ml及び酒石酸ナトリウム緩衝液(1mol/L)1mlを加えた後、満水にして直ちに密栓し、冷蔵して速やかに試験する。
②なお、試料に結合残留塩素が含まれていない場合には、次亜塩素酸ナトリウム溶液(有効塩素0.05%)1mlを加えてゆっくりかく拌する操作は省略することができる。》
また水質基準に関する省令の規定一部改正(平成17年3月30日)では次のような改正がなされた。
《(8) 別表第12
・ ③検水に結合残留塩素が含まれるときは、試料採取時に次亜塩素酸ナトリウムを添加し、遊離残留塩素に変化させてから分析すること等とした。》ここで①、②、③と強調は私が以下の説明のために付け加えてものである。
ところで厚生労働省の定めた分析法が現場でどのように使われているのか、和歌山市水道局工務部水質試験課がまとめた「シアン化物イオン及び塩化シアンの操作手順書」(文書番号:S-5.3-27)がインターネット上に公開されているので、試料水の取り扱いに関する部分を引用する。上記の文章と比較して頂きたい。

この操作手順書には①の部分の操作が定法として記されており、試料が井戸水の場合は原水であれ処理水であれ一様に①の操作を行うことになっている。②はある条件下では①の操作を省略することが出来ると規定しているだけなので、省略しなくてもよいことになり、和歌山市の操作手順書が②の部分を記載していないからと言って間違いにはならない。さらに①を定法としている限り③によらずともすでに次亜塩素酸ナトリウムを添加しているのであるから、わざわざ②を考慮するには及ばないことになる。だから②は手作業で原水の分析を行うような場合には次亜塩素酸ナトリウム添加の手間を省けるぐらいの便利さをもたらすが、多数の試料を連続的に分析機器で分析する際には井戸原水と処理水を区別せずに①の操作を行う方がはるかに便利である。
さらに細かいことを言えば、厚生労働省の文書では「満水にして直ちに密栓し、冷蔵して速やかに試験する」との文言があって、速やかに試験するように指示しているが、和歌山市の操作手順書にはこの文言がない。アンモニア性窒素を含んだ試料水に次亜塩素酸ナトリウムと酒石酸緩衝液成分を加えて長時間放置すると塩化シアンの生成量の増加することが下にも述べる再現実験で確かめられていることからみると、和歌山市の操作手順書で速やかに試験するとの文言を省略したのは国の定めた手順から外れていると言わざるをえない。その意味でも登録水質検査機関Bが分析を行った具体的な手順が明らかにされるべきなのである。
伊藤ハム「シアン問題」の調査対策委員会報告書(平成20 年12 月25 日)は2号井戸原水にシアン化物イオンおよび塩化シアンが検出されたことに関して「(1)考えられる原因」の中で、《塩化シアンは、シアンが塩素処理によって生成する化合物であり、塩素処理を行っていない井戸水原水では検出されることはあり得ない。また、井戸水原水では、結合塩素が検出されなかった(当然のことではあるが)ため、分析時に次亜塩素酸ナトリウム(0.05%)も添加していない。》(45ページ、強調は引用者)と述べている。その論理に間違いはないが、登録水質検査機関Bでは次亜塩素酸ナトリウムの添加に先立って結合塩素の検出を実際に行ったのかどうかは疑問である。結合塩素を分析するより次亜塩素酸ナトリウムを定法に従って添加する方がはるかに楽であるからだ。それに2号井戸原水の分析を最初に行った際に分析時に次亜塩素酸ナトリウム(0.05%)も添加していないことが事実であることを確認したとはどこにも明言されていない。46ページに《塩素処理を行っていない井戸水原水であるにもかかわらず、シアン化物イオン及び塩化シアンが検出され、しかも、原水試料に塩素が混入する可能性が皆無と思われることからすれば、原水採水後から分析結果までに何らかの塩素混入があった可能性を疑わざるを得ない。》とあるが、この強調部分は登録水質検査機関Bで確かに前処理過程で次亜塩素酸ナトリウム(0.05%)を原水に加えていないことを確認してから始めて可能になる主張であろう。
報告書(35ページ)によると2号井戸原水にアンモニア性窒素が2.40mg-N/L含まれている。もしこれが100%塩化シアンに変化したとすればその濃度は4.46mg-CN/Lとなり、現実に検出された値0.037 mg-CN/Lはその百分の一以下になる。2号井戸原水に上記の分析手順に従い次亜塩素酸ナトリウムと酒石酸緩衝液を加えて、意地でも塩化シアンを作ってみせると条件探しに頑張れば0.037 mg-CN/Lの塩化シアンぐらいは出来てくるのではなかろうか。現に再現実験Aでは2号井戸原水(塩素添加量/塩素要求量=0.00)を定法に従い次亜塩素酸ナトリウムと酒石酸緩衝液を加えて22時間放置する(登録水質検査機関Cの前処理・分析条件7)ことで0.0017mg-CN/L程度のシアン化物イオンおよび塩化シアンが検出されているではないか(図4、報告書32ページ)。
(補足説明 前処理で試料水100mlに次亜塩素酸ナトリウム溶液(有効塩素0.05%)1mlを加えたとして、この混合溶液中の有効塩素濃度はほぼ0.0005%となる。すなわち5mg-Cl/Lで上記塩化シアン濃度4.46mg-CN/Lの82%の当量比となる。言葉を変えれば計算上、井戸原水中のアンモニア性窒素の最大82%が塩化シアンに変化しうると言うことでこれは3.7mg-CN/Lに相当する。)
登録水質検査機関Bで原水に限り前処理で次亜塩素酸ナトリウムを加えていないことが確認されて始めて基準値の3倍以上のシアン化物イオン及び塩化シアンの出所がミステリーと化すのである。
私が現役時代に青酸と慣れ親しんでいた?ことが根底にあってついつい伊藤ハム「シアン問題」に深入りしてしまった。それというのも調査対策委員会報告書(平成20 年12 月25 日)が数々の問題を含んでいるにせよ、今後類似の事件が発生した時に企業がとるべき対応に対する有益な示唆があり、またそれだけに報告書のあるべき形として一科学者としての意見が触発されたからである。そこで私は出来上がった最終見解だけを提出するのではなく、思考過程そのものから公開することが科学的に考えることの一つの実例として受け取られることを期待しつつ順次見解を公開してきた。常識さえあれば誰にでも科学的にものごとを考えることが出来ることを示したかったのである。
伊藤ハム「シアン問題」の過去ログ
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