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日々是好日

身辺雑記です。今昔あれこれ思い出の記も。ご用とお急ぎでない方はどうぞ・・・。

伊藤ハム「シアン問題」調査対策委員会の報告書は出たものの

2008-12-09 18:25:09 | 学問・教育・研究
伊藤ハム東京工場では専用水道施設で処理した井戸水を用いて製品を作っていたらしい。平成20年9月末から10月上旬にかけて、その井戸水原水と処理水で水道水の水質基準を超えるシアンが一時的に検出されたが、それが公表された時点でソーセージとピサ計13品目約267万パックがすでに製造されていたとのことである。伊藤ハム内部でシアン検出の情報が周知されるまでに時間がかかり、その事実の公表の遅れたことがマスメディアの取り上げることとなった。伊藤ハムは対象となった26製品にシアン化合物は検出されなかったものの自主回収を進めており、12月1日現在で167万個回収済みとのことである。もしこれを廃棄するのなら、なんとも勿体ない話である。健康障害が起こりうるはずはないのに無意味なことをすると言う気が私にはあったのでこのニュースには冷淡であったのだが、今回伊藤ハムが「シアン問題」調査対策委員会の報告書(12ページのPDF文書)を12月5日に公表したので目を通してみた。伊藤ハムが委員会を設けたのは11月4日だから1ヶ月で報告書が出たことになり、その迅速性を評価するが、私が見るところ中身は科学的にいくつか問題点があって、結論を急いだなとの印象が強く残った。一番の問題点は状況証拠的な実験結果はあるものの、どこからシアンがやって来たのか、それを説明できていないと言うことである。私が問題点と思うところを順次取り上げてみる。

ことの起こりはこうであった。報告書から引用する。

《伊藤ハム(株)東京工場専用水道施設(以下、水道施設と称す)では、1号井戸、2号井戸及び3号井戸を原水として使用している。平成20年9月末から10月上旬にかけて、水道水の水質基準を超えるシアン(0.010 mg-CN/L)が、2号井戸の原水で1例(0.037mg-CN/L 10/7)、2号井戸の処理水で2例(0.022 mg-CN/L 9/18, 0.034 mg-CN/L 9/25)、3号井戸の処理水で1例(0.014 mg-CN/L 10/3)検出された。しかし、水質検査を継続して実施しても、その後は、基準値を超えるシアンは井戸水の原水及び処理水からは、検出されていない。》(強調は引用者、以下同じ)

時系列に書き直すと次のようになる。

  9月18日 2号井戸処理水  0.022 mg-CN/L
  9月25日 2号井戸処理水  0.034 mg-CN/L
  10月3日 3号井戸処理水  0.014 mg-CN/L
  10月7日 2号井戸原水   0.037 mg-CN/L

報告書には記載されていないが、産経ニュースによると《工場内の3カ所の井戸のうち1カ所に最初の検査が行われたのは9月18日。3カ月に1回行われる定期検査だった。》(2008.10.26 00:39)とのことである。水道水の水質基準を超えるシアン(0.010 mg-CN/L)が検出されたのは、後にも先にもこの4例だけと言うのが注目に値する。従って報告書が述べている次の見解は私にもよく分かる。

《井戸水などの地下水は良質の水資源であるが、いったん汚染されるとなかなか水質が回復しないことを鑑みると、シアンが井戸水や水道施設から連続的に検出されていないことは不可解である。また、水道の水質基準を越えるシアンが検出された場合、ただちに給水を停止すべきであったことは自明のことであるが、前述のことを考えると単純なシアン汚染とは考えにくい。》

このように上記4例がきわめて特異であることが分かるが、それにしてはこれらの測定値がどのように得られたのか、報告書では何一つ触れていない。3カ月に1回行われる定期検査と言うから、外注したのだろうと想像されるが、果たしてどうなのだろう。検査方法も明記されておらず、またシアンイオンとしてなのか塩化シアンとしてなのかもはっきりとしない。検査の生データの欲しいところであるが、とにかくこの異常な数値が先ずありき、で話が始まるのが私には引っかかる。これも同じ産経ニュースが《山田専務は「工場を稼働してきた約40年の間、同様の異常が報告されたことはなかった」と強調。》と伝えている。40年に一度の異常値を検出して誰もなんとも思わなかったのか、それが私には理解できない。異常値だという認識があれば当然改めて井戸水原水および処理水の採取から始めて再検査を行うのが普通の感覚ではなかろうか。調査対策委員会の委員が一人でもこの点に疑問を持てば、このような異常値の提出だけでは終わらなかったはずである。ここに大きな問題点がある。

次に上記最初の3例で、井戸水がどのように塩素処理されたのかその具体的な手順・内容が報告書には出ていない。これは後で重要な意味を持つが、ここではこの事実の指摘だけに止めておく。いずれにせよその後の井戸水原水および処理水にシアンが検出されなかったことに安心してしまったのか、異常値がどのような経緯で出てきたのかの追求がまったく為されていないようなのが解せない。報告書の冒頭でちゃんといったん汚染されるとなかなか水質が回復しないことを鑑みると、シアンが井戸水や水道施設から連続的に検出されていないことは不可解であると述べているではないか。異常値が検出されたこと自体が不可解なのであれば、先ずその異常値の出てきた状況を詳らかに調べ上げることを思いつくべきであろう。誰かが測定値に0を一つ付け忘れたのではないのか、私ならそう言うことすら疑うだろう。

さらに問題点は続く。報告書はしかし、水質検査を継続して実施しても、その後は、基準値を超えるシアンは井戸水の原水及び処理水からは、検出されていないと述べている。上の最初の3例は井戸水原水にはシアンが検出されなかったのに、処理水にシアンが検出されたことになっている。そこで原水を次亜塩素酸ソーダで処理する過程でシアンが生じたのではないかとの推理を立てて、「シアン生成に関わる再現実験」を行ったとのことである。大事をとって公的な分析機関に実験を依頼する一方、委員の一人も再現実験を行った。この経緯は私にもよく理解できる。

その試験方法とは報告書によると次のようである。先ずは公的機関での再現実験Aの場合。

《1号井戸水、2号井戸水及び3号井戸水に、塩素添加量を6段階に変えた試験を行い、シアン、アンモニア性窒素、残留塩素を測定した。まず、試験にあたっては、塩素要求量を測定し、塩素要求量の0倍、0.25 倍、0.50 倍、0.75 倍、1倍、2倍となるように塩素添加量を調整した。つまり、塩素要求量が15.4mg/Lであった場合、塩素要求量の0.25 倍及び0.50 倍となる塩素添加量は、3.85mg/L 及び7.70mg/L となる。所定量の塩素を添加・撹拌した後、20℃・暗所で2時間静置した後、水質分析を行った。》

その結果

《全ての試料について、塩素添加量/塩素要求量の比が0.75 である試験系列で、微量ながらシアンが生成されることが分かった。生成したシアンの内訳は、大部分が塩化シアンであった。》

次に委員の一人が再現実験Aと同様な方法で行った行った再現実験Bでは次のような結果が得られている。



この再現実験の何が問題なのかというと、再現とは厳密な意味では井戸水処理水で異常なシアン値が得られた時の状況をそっくり繰り返すことであるのに、報告書に目を通す限りこの状況が何一つ記されていない。と言うことは状況が把握されていないのであろう。それでその時の状況を再現できるはずがない。現に所定量の塩素を添加・撹拌した後、20℃・暗所で2時間静置が現場での原水処理のどの過程を再現していると言えるのだろう。行ったのは単なるモデル実験に過ぎないのである(報告書では後の方で一カ所「室内実験」という表現を用いている)。しかしモデル実験であれ、塩素処理の際に有効塩素濃度が低下すると、たとえ微量といえどもシアンが生成したのである。それは良い。しかしここで厳しく言うとそのシアンのレベルが問題なのである。上図で生成したシアンはせいぜい0.003 mg-CN/L程度にしか過ぎない。水道水の水質基準(0.010 mg-CN/L)の三分の一のレベルである。これでは基準値を上回るシアンの存在を説明したことにはまったくなり得ない。この事実を認めた上で報告書は次のように結論づけている。

《おそらく、再現試験で実証した現象が、伊藤ハム(株)東京工場の井戸水の水処理において発生し、悪い条件が重なって基準値を超えるシアンが検出されたものと推察される。》

この強調部分を詳らかにするのが科学なのではないのか。そのために悪い条件が重なったかも知れない異常値が出た時の状況を先ず徹底的に調べ上げるべきであるのに、その形跡が見られないことは、初動調査の段階で原因調査としては大きなミスを犯したと言わざるを得ない。しかもこの結論ではシアンの混入にこれ以外の可能性を排除してしまったことになり、それが私に言わせると危険なのである。なぜ私がこの異常な測定値が出た時の状況に徹底的にこだわるのか、私にひょっとして、と思い当たる一つの経験があるからである。次にそれを述べてみようと思う。


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2 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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待ちきれません (H)
2008-12-11 00:50:42
先生、早く続きを読ませていただけませんでしょうか。これこそ科学を愛する者が追体験できる「醍醐味」です。
下手な推理小説より格段に面白い。
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できれば今日中に (lazybones)
2008-12-11 08:55:03
これはこれは、有難うございます。
昨日は穏やかなお天気だったので庭仕事に専念しておりました。
ではこれから続きに取りかかります。
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