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ychanまとめ:平野啓一郎さん*野口健さんの《いのちをめぐる対談》2013-08-01

2013-12-26 | イベント(レポート・お知らせ)



ychanまとめ:
平野啓一郎さん*野口健さんの《いのちをめぐる対談》
           2013-08-01


「空白を満たしなさい」著者である平野啓一郎さんと登山家・野口健さんの対談がありました。
私は痛恨の留守録画忘れで見れなかったのですが、お知らせくださったychanがまとめてくださいました。
ychan、わがままな私のためにご尽力くださって、ありがとうございます。
本当に深い味わいのある対談で、私1人ではもったいなく、L図書で共有させていただきたいと思いました。
快諾してくださって、感謝感激です。





番組はまず、野口さんの事務所での会話から始まりました。

雪崩に巻き込まれながらも奇跡的に助かった瞬間の、普段見ることが出来ない表情を、
無意識に野口さん自身が撮影した写真などを見ながらの話でした。



平野さん・・自分は山でこんなにもたくさんの人が亡くなっていると思わなかった。
それでも山にいくのは?身に危険を感じない所での自然とかじゃだめなのか?



野口さん・・正直自分でもよくわからない。どこかで命をかける行為にあこがれ、美化する。
山だと頭で考えていたのと違う死がくる。そうなったときに、死にたくない、もっと生きたいと思う。
死へのカウントダウンが始まった時に一日一日が一つの作品に思える。
極限状態に陥った時、最後に求めるのは日常。
スペシャルなものでなく、娘の後姿、ラーメン屋の暖簾とか。
日常に何も感じなくなると、山に帰りたくなる。病気かな〜

死を見ながら山に登っている。心が安定していないと、
無意識にすーっと死に引き寄せられるほうが時に勝ってしまう。




平野さん・・山で死ねたら本望という考えは危険なのか?



野口さん・・死のエネルギーは強い。下山時のほうが怖く、一緒に登った英国人は暴れたあげく、
自分でザイルを外して飛んでしまった。恐怖を跳ね返すエネルギーがいる。

エベレスト山頂直下で天気が変わり、行くか行かないかじーっと考えていたとき意識が遠のいていく中、
顔の周りにピタピタくっつくかんじがした。死の世界はいる、きたーって思った。

自分は下山し、同行の登山家は登ったが遭難し、失明、手足のほとんどの指を失った。
彼の姿を見た後、失敗ではなかったと。



平野さん・・冷静な判断ができることが成功。



野口さん・・失敗と成功ってなんだろう。
人生を振り返ったときに51%成功できたかなと思えたら、一つの作品としてまあよかったなと。




後半は平野さんの自宅他。
狭い場所がお好きだそうで、書斎も狭かったです(笑)
小説を書くときに頭の中で主人公のオーディションがあるそうです。
ゴールよりピークが大事とのこと。




野口さん・・いやらしい言い方だが、こう書けば売れるかなと思うのか、
強い想いがあって書いたものが結果的に売れるのか?



平野さん・・デビュー時はやりたいことだけやるべき。やりたいこと、できること、すべきことがある。
30になる頃に、すべきことに集中しないといけないと思った。

(・・・この辺で分人の考え方が登場・・・)


嫌な自分は一部分、消すのではなくうまく抱えて生きる。
日本人は間違っているものを厳しく罰する考えがあり、厳しさが内面化されている。
出来ない自分に厳しく当たってしまう。
自分にもあった。もっとこうしなきゃというポジティブな気持ちが伴っているが、否定的な感情もかなり強い。
自分の心境とリストカットをするのは近いんじゃないかと。
自分は、想像の痛みだけで十分苦しんだが、身体的な痛みのほうが説得力があると思う人はやる。

僕は自分のかかった病気を治す薬を開発している気がする。
自分の死後をイメージするとき、友人、家族は生きていているが、
自分は死の状態を続けなければならない。
ちょっと恐ろしいと子供の頃思った。

信仰がないので、どうしても来世があると思えない。
そういう状態で死を受け入れるにはどうしたらいいか。
死とは無になること。整理しなおしてみた。
存在は無になるけど、その後も残るもの、
記憶、記録、影響などは存在し続けるものがあると考えたら心の慰めになった。
いつまでも自分の存在が残り続けて影響を及ぼし続けるのも、
だんだんあさましく思えてきた。
ある程度のところですっぱり消えていくほうが人間は美しいのではないかと思い始めた。

小説は共感も大事だが、読み始めの自分と読後の自分が変わっているという体験がないとだめ。
深く考えて書かないといけない。開かれていく、深まっていく経験が重要。
それをやるうえで自分には小説が向いていた。




最後は富士山ろくでの清掃活動に平野さんも参加されている映像でした。
野口さんはヒマラヤのベースキャンプでもう一度作品を読みたいと仰ってました。


子供の頃お父さんを36歳で亡くされていることや、来世を思えないことが
平野さんの考え方に影響しているのかなと感じました。
病気を治すための薬が小説と仰っていましたが、
自身の想いに対する答えを見つけるために小説を書かれているのかなとも感じました。←同じか(笑)


声の高い野口さんと、低い平野さんは最後に友達宣言をされてました^^
ぐだぐだと要領を得ない文章で理解不能かもしれませんが、こんな感じでした。
長いので全文受信できるか不安ですが送ってみますね。





ychan、ありがとうございます。
こころからありがとう、と伝えたいです。
まずは本編?の部分だけをUPさせていただきますね。

L図書は、Lに捧げるちいさな図書館ですが、
蔵書として、一番大切な場所に保管したいのは、
渾身のレポートや、本や映画の感想など、
それからこうやってまとめてくださった番組要約(レポート!と呼びたい)です。

今回の対談は平野啓一郎さんの《分人思想》に感動した私にとっては、
とても読み応えのあるものでした。
感想は追って書かせていただきますね。
ありがとうございました。




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6 コメント

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Unknown ()
2013-08-02 00:57:16
ychan、こんばんは。

まとめてくださって、本当にありがとうございました。
嬉しいと同時に申し訳ない気持ちもいっぱいでした。
他人のために番組を書き起こす、なんて、
相当根気のいる作業だと思います。
野口さんの《匂い》のエピソードも控えていますが、
虚をつかれるというか、
実に《生きて日常生活を送る》ことのせつないまでの美しさを、感じることもできました。

野口さんのお話の中で、自分からザイルを外して飛んでしまった、
という同行の方の話、強烈でした。
でも、それって、平野さんの小説の中の、
自死にも通じるお話かもしれないと思いました。
楽になりたい、自由になりたいから、ある分人を抹殺したい、
その結果としての自死と、ザイルを切ってしまう行為は、
ともに恐怖からの解放ですよね。
そういうところで野口さんのお話と平野さんの小説及び分人思想がシンクロすると思いました。

野口さんって、山を綺麗にしようという啓蒙活動を主になさっているかた、と思ってました(汗)
でも、私がショックを受けたのは、
福島に置き去りにされた牛たちの遺骸の写真を添えたブログ記事でした。
平野さんとのいのちにまつわる会話、
時間があればもっと広がっただろうなあと思います。
友だち宣言なさったのなら、
今後も期待できそうですね。

《匂い》編も後日、UPさせてくださいね。
ありがとうございます。
Unknown (まろうさぎ)
2013-08-02 22:19:57
今日、樹さんが前々から推薦してくださっている「空白を満たしなさい」をようやく購入しました。これからじっくり読みます!

ychan、番組のまとめを、ありがとうございます!!
自分が見られなかった番組をこうして見どころをまとめてくださると、「あぁ、見ればよかった」といつも思います。
でも、見られなかった番組の内容がわかって嬉しいです。
野口さんのお話は壮絶ですね。下山の時の方が死の誘惑が強いということでしょうか。生(地上)に向かっているのに、死と戦うエネルギーがより必要という一種の矛盾が興味深いです。

平野さんは完全に言葉の人で、野口さんが身体の人という対比も面白いですね。自分が生きるために(死なないために)小説を書く平野さんと、山に登る野口さん。
極めると、同じ地点にたどり着く、という好例のように思いました。
Unknown (Bella)
2013-08-03 05:13:37
樹さん、そしてychanさん(←さん、いりませんか?)貴重な記事をありがとうございました。
「空白を満たしなさい」には私も深く感銘を受けました。まさに、読む前と読んだ後では自分の意識が変わるということも体感できました。
読んでいる間は「生と死」についてずっと考えさせられたのですが、この対談もその時のことを思い出させてくれました。
とくに何度も「生と死」の極限をくぐり抜けて来られた野口さんの言葉は深いですね。

「匂い」編ではどんなことをお話しされてるんでしょうか。こちらもとても気になります。「匂い」編もたのしみにしてますね。
Unknown (ychan)
2013-08-04 12:51:17
樹さん、こんにちは。

メモ書きのような文章を記事にしていただき、恐縮しています。ありがとうございます。

追い詰められたり、恐怖心を抱いたりしたときの分人が持つある種のエネルギーは、穏やかな、安定しているときの分人が持つそれより、かなり大きなものではないかと、小説や対談を見て感じます。絶対に自死などしていないと言い張る主人公や、山でなければ飛んで行ったりしなかった同行者。この自分は、自分の一部分なんだと受け入れることを知っていたら、別な意味での解放があったと思います。

野口さんは清掃活動のほかに、ヒマラヤでのシェルパの孤児を支援する、「シェルパ基金」を設立。学校を建設されているそうです。また、ヒマラヤの氷河湖が地球温暖化で決壊、その復興支援もされているそうです。

登山を止めたら他の活動を同じ気持ちでは維持できない。山に登ることは人の体に例えると、「背骨」である。手足の部分が支援活動。背骨(登山)がないと手足(支援活動)が機能しない、と話しておられました。

お二人の対談をもっと聞いていたい、見ていたいと思いました^^
Unknown (ychan)
2013-08-04 13:30:20
まろうさぎさん、こんにちは。

感想をいただき、ありがとうございます。

以前、野口さんの講演会に行ったことがあるのですが、山頂を目指している間は、緊張感でピリピリしていて、他の事は考えられないが、登頂を達成すると、一瞬気が緩む。そのときに今まで緊張感のため感じていなかった恐怖感が押し寄せてきて、さっきまでの自分を見失ってしまいそうになるのだそうです。
生きて帰るために、見えない恐怖と戦わなくてはならない、体力以上に精神力が必要なのだなと感じました。
極限状態で「死」を身近に感じている野口さんだからこそ、何気ない日常で「生」を確認、実感されているんでしょうね。

まろうさぎさんの仰るとおり、一見対照的なお二人が、極めると同じ地点にたどりつく、そのお言葉どおりの対談でした。
Unknown (ychan)
2013-08-04 14:36:04
Bellaさん、こんにちは。

感想をいただき、ありがとうございます。

樹さんに「空白を満たしなさい」を教えていただいたのですが、私も読む前と読んだ後では、自分の意識が変わりました。「分人」という考え方を知って、救われるものがたくさんありましたし、納得できた感覚を生涯忘れることはないと思います。

生と死が対峙する極限の世界は、普通に生活している私たちの想像をはるかに超えたものでしょうから、実際に体験した人にしか出せない重みを野口さんの言葉や表情に感じました。

「匂い」のお話は、対談の途中、わずかなものだったのですが、私的には好きなシーンです。想像力をフル回転させました^^


Bellaさん、お気遣いありがとうございます、「さん」は何だかくすぐったいので、ナシでお願いいたします^^(笑)



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