【その7へ戻】
3人の少年が化物に襲われ肝を冷やしているその頃、ナミはロビンの部屋で温かいコース料理をご馳走になっていました。
ドームの真下に続く3階の部屋のインテリアは、全て薔薇の模様で統一されていました。
青地に黒薔薇の刺繍が施された、絨毯やベッドやソファやテーブルクロス。
オークの木で造られた家具にも薔薇が彫られています。
天井には薔薇を象った硝子のシャンデリア。
壁に飾ってある数枚の額縁絵も薔薇。
薔薇薔薇薔薇に囲まれて、さながら花園に居る様な気分でした。
「随分薔薇が好きなのね」
「花は全て好きよ。中でも薔薇は別格。美しいだけでなく、醜い棘を持っている所に、人間的な魅力を感じない?」
嫣然と笑って返した部屋の主は、側に立つ美しいメイドに、食後の紅茶を頼みました。
直ぐにテーブルが片付けられて、2人分の茶器が調えられます。
カップに紅茶が注がれている間、ナミはメイドをじっと観察していました。
薔薇の香りを身に纏う彼女の立ち居振る舞いは、一分の隙も無く優雅でした。
髪と瞳の色に合わせた紅色のドレス。
目が合った瞬間微笑んだ顔は、正しく蕾が綻んだ様。
「料理はお口に合ったかしら?」
ロビンから尋ねられたナミは、ローズティーを一口啜ってから答えました。
「ええ、とっても美味しかった。花が作った料理なんて、私、初めて食べたわ」
「あらあら、やっぱりバレちゃったのね!」
聞いたロビンは楽しげに笑って、指をパチンと鳴らしました。
途端にメイドの姿がパッと消えて無くなります。
彼女が居た足下には、紅薔薇が1輪転がっていました。
「花を人や物に変えて自在に操る魔法…ドームの壁画はあんたが能力を使って描いたもんじゃないの?」
「ご名答!流石は『オレンジの森の魔女』ね!試すような真似をして御免なさい」
言葉の割に全く悪びれず、ロビンが謝ります。
己の仕業である事が露見したというのに、彼女は慌てる素振りを見せず、ナミと会話し続けました。
「化物の出る部屋に人を閉じ込めて、どうしようっていうの?」
「どうもしやしない。試すだけよ」
「試す?」
尋ねるナミの瞳が茶色から金色に変ります。
「信頼するに足る人間かどうかを――」
真偽を探る瞳を前に、ロビンは抑揚の無い声で、己の目的を告白しました。
私は長年或る秘宝を探してる。
それは失われた古代の道『レイライン』に沿って在ると云われているわ。
だから私は『レイライン』の謎を解明かしたシャンクスに近付き、秘宝探しを依頼した。
『レイライン』の発見以来、古代の遺跡に興味が向いていたシャンクスは、快く承諾してくれたわ。
依頼をする前に、私はシャンクスをドームに招いて、彼が信頼出来る人間かを確めたの。
シャンクスは一晩耐えてみせただけでなく、部屋の謎までも解明かした。
この男に任せておけば全て上手く運ぶ、そう考えていたのに…
「そのシャンクスが行方不明になってしまった。困ったあんたはシャンクスの足跡を辿る一方、秘宝探しの冒険に挑もうという人間を新たに募り、あの化物部屋に閉じ込めては、密かに度胸試しを行っていた」
話を引き継いだナミに、ロビンは頷きで返しました。
「今迄10人近く試したけど、一晩耐えられたのはシャンクスだけ。全員、朝を迎える頃には、鏡の円の中で気が触れてしまって居たわ」
「…気が触れた?」
ロビンを見詰めるナミの顔が益々険しくなります。
彼女の気持ちを覚ったロビンが、言い訳するように答えました。
「仕方ないのよ。花を使役する以外の魔法を私は持っていない。この身は普通の人間と変らないから、協力者が必要なの」
「それで己の目的の為に、他人を犠牲にしてるって言うわけ!?」
「鏡の円から出なければ、死ぬ事はないわ」
「円の外から出たら?」
「…今迄閉じ込めた人間で、シャンクス以外、円の外に出た者は居ないわ…」
「あいつらを見縊らないで!臆病なウソップはともかく、ルフィとゾロは化物を相手にしたら勇んで出るわ!賭けてもいい!」
「それなら尚の事試す価値が有るわね。何物にも屈しない強い心の持ち主こそ、私が求める人間だもの」
「その為に殺されちゃたまんないわよ!!」
立ち上がったナミがテーブルを叩いて怒鳴ります。
ティーカップが衝撃で飛び上がり、零れた紅茶がテーブルクロスに染みを作りました。
その凄まじい剣幕を前にしても、ロビンは一向に動じません。
真っ赤な顔で怒る少女を宥めるよう、彼女は冷静に話を続けました。
「もしも外に出て、化物に傷を負わされたとしても、正気を保ってさえ居れば死にはしない。
化物は全て幻覚だから。
お仲間さんが貴女の言う通り、真に強い心を持っているなら、必ず無事に生還出来る筈。
勝負が始められた以上、彼らを信じて待ちましょう」
そう言ってにっこり笑ったロビンは、厳しく自分を睨んだままで居る少女に、風呂へ入るよう勧めました。
胡散臭い女の勧めに乗るのは癪でしたが、さりとて相向かいで待って居るのも嫌だしと、ナミは大人しく風呂に入る事にしました。
服を脱いでバスルームに入ります。
中は隣の部屋同様、至る所に薔薇模様が鏤められていました。
床や壁のタイルにも薔薇。
猫脚の付いた浴槽にも薔薇。
加えて立ち込める薔薇の香り。
浴槽の横には洗面台が取り付けられていましたが、鏡は有りません。
ナミと同じ魔女である彼女は、ナミと同じく鏡を苦手にしているようでした。
シャワーで体をざっと流した後、浴槽に湯を溜めます。
体を横たえ湯に浸り、立ち昇る湯気をボーっと見詰て居ると、再び頭の中にカリファの言葉が木霊しました。
――気を付けて…あの女は世界で最も邪悪な、『黒の魔女』と噂されているわ…。
数百年前、強力な魔法で世界を滅ぼそうと企み、人間達に捕まって生きたまま封じられたと伝えられる魔女。
あの女が本当に『黒の魔女』だと言うなら、誰かが呪縛を破り解き放ったという事か?
伝説に残る魔女は、髪も目も闇の様に真っ黒。
あの女も確かに黒い髪と目を持っている。
何より『黒の魔女』なら、体の何処かに黒い魔方陣が刻まれていると云うけど…
湯に浸かって考えながら、右手で左肩に触れます。
そこには白く仄光る魔方陣が刻まれていました。
金の瞳で視ても、ロビンの体に黒の魔方陣が刻まれているかは、判りませんでした。
魔女を視るには、かなりの魔力を必要とします。
視る側が相手の魔女の持つ力を上回らなければならないからです。
あまり力を出し過ぎれば、もう『人』には戻れない…。
未だ『人』だった頃に未練を残しているナミは、力の限界を超える事を躊躇っていました。
『絶体絶命のピンチに陥った時は、意地を張らずに水明鏡で私を呼びなさい!』
胸に思い浮べた3人に向い、ナミは母親の様な気持ちで約束させました。
【続】
3人の少年が化物に襲われ肝を冷やしているその頃、ナミはロビンの部屋で温かいコース料理をご馳走になっていました。
ドームの真下に続く3階の部屋のインテリアは、全て薔薇の模様で統一されていました。
青地に黒薔薇の刺繍が施された、絨毯やベッドやソファやテーブルクロス。
オークの木で造られた家具にも薔薇が彫られています。
天井には薔薇を象った硝子のシャンデリア。
壁に飾ってある数枚の額縁絵も薔薇。
薔薇薔薇薔薇に囲まれて、さながら花園に居る様な気分でした。
「随分薔薇が好きなのね」
「花は全て好きよ。中でも薔薇は別格。美しいだけでなく、醜い棘を持っている所に、人間的な魅力を感じない?」
嫣然と笑って返した部屋の主は、側に立つ美しいメイドに、食後の紅茶を頼みました。
直ぐにテーブルが片付けられて、2人分の茶器が調えられます。
カップに紅茶が注がれている間、ナミはメイドをじっと観察していました。
薔薇の香りを身に纏う彼女の立ち居振る舞いは、一分の隙も無く優雅でした。
髪と瞳の色に合わせた紅色のドレス。
目が合った瞬間微笑んだ顔は、正しく蕾が綻んだ様。
「料理はお口に合ったかしら?」
ロビンから尋ねられたナミは、ローズティーを一口啜ってから答えました。
「ええ、とっても美味しかった。花が作った料理なんて、私、初めて食べたわ」
「あらあら、やっぱりバレちゃったのね!」
聞いたロビンは楽しげに笑って、指をパチンと鳴らしました。
途端にメイドの姿がパッと消えて無くなります。
彼女が居た足下には、紅薔薇が1輪転がっていました。
「花を人や物に変えて自在に操る魔法…ドームの壁画はあんたが能力を使って描いたもんじゃないの?」
「ご名答!流石は『オレンジの森の魔女』ね!試すような真似をして御免なさい」
言葉の割に全く悪びれず、ロビンが謝ります。
己の仕業である事が露見したというのに、彼女は慌てる素振りを見せず、ナミと会話し続けました。
「化物の出る部屋に人を閉じ込めて、どうしようっていうの?」
「どうもしやしない。試すだけよ」
「試す?」
尋ねるナミの瞳が茶色から金色に変ります。
「信頼するに足る人間かどうかを――」
真偽を探る瞳を前に、ロビンは抑揚の無い声で、己の目的を告白しました。
私は長年或る秘宝を探してる。
それは失われた古代の道『レイライン』に沿って在ると云われているわ。
だから私は『レイライン』の謎を解明かしたシャンクスに近付き、秘宝探しを依頼した。
『レイライン』の発見以来、古代の遺跡に興味が向いていたシャンクスは、快く承諾してくれたわ。
依頼をする前に、私はシャンクスをドームに招いて、彼が信頼出来る人間かを確めたの。
シャンクスは一晩耐えてみせただけでなく、部屋の謎までも解明かした。
この男に任せておけば全て上手く運ぶ、そう考えていたのに…
「そのシャンクスが行方不明になってしまった。困ったあんたはシャンクスの足跡を辿る一方、秘宝探しの冒険に挑もうという人間を新たに募り、あの化物部屋に閉じ込めては、密かに度胸試しを行っていた」
話を引き継いだナミに、ロビンは頷きで返しました。
「今迄10人近く試したけど、一晩耐えられたのはシャンクスだけ。全員、朝を迎える頃には、鏡の円の中で気が触れてしまって居たわ」
「…気が触れた?」
ロビンを見詰めるナミの顔が益々険しくなります。
彼女の気持ちを覚ったロビンが、言い訳するように答えました。
「仕方ないのよ。花を使役する以外の魔法を私は持っていない。この身は普通の人間と変らないから、協力者が必要なの」
「それで己の目的の為に、他人を犠牲にしてるって言うわけ!?」
「鏡の円から出なければ、死ぬ事はないわ」
「円の外から出たら?」
「…今迄閉じ込めた人間で、シャンクス以外、円の外に出た者は居ないわ…」
「あいつらを見縊らないで!臆病なウソップはともかく、ルフィとゾロは化物を相手にしたら勇んで出るわ!賭けてもいい!」
「それなら尚の事試す価値が有るわね。何物にも屈しない強い心の持ち主こそ、私が求める人間だもの」
「その為に殺されちゃたまんないわよ!!」
立ち上がったナミがテーブルを叩いて怒鳴ります。
ティーカップが衝撃で飛び上がり、零れた紅茶がテーブルクロスに染みを作りました。
その凄まじい剣幕を前にしても、ロビンは一向に動じません。
真っ赤な顔で怒る少女を宥めるよう、彼女は冷静に話を続けました。
「もしも外に出て、化物に傷を負わされたとしても、正気を保ってさえ居れば死にはしない。
化物は全て幻覚だから。
お仲間さんが貴女の言う通り、真に強い心を持っているなら、必ず無事に生還出来る筈。
勝負が始められた以上、彼らを信じて待ちましょう」
そう言ってにっこり笑ったロビンは、厳しく自分を睨んだままで居る少女に、風呂へ入るよう勧めました。
胡散臭い女の勧めに乗るのは癪でしたが、さりとて相向かいで待って居るのも嫌だしと、ナミは大人しく風呂に入る事にしました。
服を脱いでバスルームに入ります。
中は隣の部屋同様、至る所に薔薇模様が鏤められていました。
床や壁のタイルにも薔薇。
猫脚の付いた浴槽にも薔薇。
加えて立ち込める薔薇の香り。
浴槽の横には洗面台が取り付けられていましたが、鏡は有りません。
ナミと同じ魔女である彼女は、ナミと同じく鏡を苦手にしているようでした。
シャワーで体をざっと流した後、浴槽に湯を溜めます。
体を横たえ湯に浸り、立ち昇る湯気をボーっと見詰て居ると、再び頭の中にカリファの言葉が木霊しました。
――気を付けて…あの女は世界で最も邪悪な、『黒の魔女』と噂されているわ…。
数百年前、強力な魔法で世界を滅ぼそうと企み、人間達に捕まって生きたまま封じられたと伝えられる魔女。
あの女が本当に『黒の魔女』だと言うなら、誰かが呪縛を破り解き放ったという事か?
伝説に残る魔女は、髪も目も闇の様に真っ黒。
あの女も確かに黒い髪と目を持っている。
何より『黒の魔女』なら、体の何処かに黒い魔方陣が刻まれていると云うけど…
湯に浸かって考えながら、右手で左肩に触れます。
そこには白く仄光る魔方陣が刻まれていました。
金の瞳で視ても、ロビンの体に黒の魔方陣が刻まれているかは、判りませんでした。
魔女を視るには、かなりの魔力を必要とします。
視る側が相手の魔女の持つ力を上回らなければならないからです。
あまり力を出し過ぎれば、もう『人』には戻れない…。
未だ『人』だった頃に未練を残しているナミは、力の限界を超える事を躊躇っていました。
『絶体絶命のピンチに陥った時は、意地を張らずに水明鏡で私を呼びなさい!』
胸に思い浮べた3人に向い、ナミは母親の様な気持ちで約束させました。
【続】