瀬戸際の暇人

今年も偶に更新します(汗)

異界百物語 ―第97話―

2009年09月03日 19時35分09秒 | 百物語
やあ、いらっしゃい。
熱帯夜が懐かしい位、過し易い夜になったね。
貴殿との別れが近付いてる事を思うと、心の内に尚涼しい風が吹くようだよ。

さて今夜も幽霊屋敷に纏わる話だが……
……評判の幽霊屋敷に住んだとしても、全ての人が怪異に見舞われる訳ではないらしい。

高知県潮江の上役地の、或る貸家に住む事になった娘さんが、語ってくれた話だそうだ。



その家は畳数から言っても、家賃は十四、五円という物件だったが、僅か六円と聞き驚いた。
しかしこれには訳が有り、家は元々弘岡に在って、金持ちの婆さんが一人で住んでいたそうだが、その婆さんが物盗りに殺されて、無住になっていた家を、家主が買って今の所へ建てたそうだが、程無く婆さんの幽霊が出るとの噂が流れて、借り手が居なくなったとの事だった。
現に私達家族が入る前も、高知署の鬼巡査と言われた某氏が、三日居て転宅してしまったという評判で、その後暫くは空き家になっていたそうである。

噂によると、幽霊の婆さんというのは、夜中に二階の梯子段の踊り場に、血塗れの姿で座って、にやにや笑って居るらしい。
その噂を母が知って父に話したが、父は平気な顔で私達に言った。

「夜は皆、寝た方が良い。
 何も夜中に起きて階段の上を覗きに行く必要は有るまい。
 それにその婆さんが暴れると言うなら事だが、血塗れであろうが、泥塗れであろうが、笑って居ると言うのだから、笑わせて置けば良いではないか」

この家に居る間、夜中に目が覚めた時や、夜遅く帰宅した時などには、こっそり階段を上がって見たが、何の異常も無かった。

この家は大変住み良い物だったが、三年目には出なければならなくなった。
理由は、私達がこの家へ入って二年目頃から、幽霊が出ない事を知った家主が、次第に家賃を上げ始め、三年目には遂に払えない位高くなったからである。




…「笑って居るなら、笑わせて置けば良い」と言ってのける父君は実に豪胆だ。
話によると幽霊は気の弱い者を狙って出るらしいが、脅かし目的なら然もありなんと納得が行く。
私事だが最近気○いに追い駆けられて困った経験が有る。
あれも、こちらが逃げて嫌がるほど、余計に追っ駆けて来るようだった。
恐ろしい目に遭っても堂々として居られる勇気を持ちたいものだ。


…今夜の話は、これでお終い。
さあ…蝋燭を1本吹消して貰えるかな。

……有難う……残りは後、3本になったね……。

それでは気を付けて帰ってくれ給え。

――いいかい?

夜道の途中、背後は絶対に振返らないように。
夜中に鏡を覗かないように。
風呂に入ってる時に、足下を見ないように。
そして、夜に貴殿の名を呼ぶ声が聞えても、決して応えないように…。

御機嫌よう。
また次の晩に、お待ちしているからね…。




『現代民話考5巻―死の知らせ・あの世へ行った話―(松谷みよ子、編著 ちくま文庫、刊)』より。

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